77.SW-38調査結果報告
カシャ視点でのお話になります。
日付不明。地下遺跡の調査日誌を記録する。
暫定的に本日を『解析初日』と定義。
マスターと共に、港町プエルトの地下遺跡の調査へと同行。
最下層にて旧世紀文明の遺産と思わしき物を現認。
おそらく電子計算機の一種と思われるが、魔力技術との関係は不明。
記録されている内容に関しては設計技師ジェニー、並びに通訳者メアリーへと一任。
本機の接触により現世界への技術躍進などを引き起こす可能性を考え、現地人である設計技師ジェニーへと解析を任せる。
また、並行して旧世紀文明の人型巨大兵器についての解析を開始する。
設計技師ジェニーの情報によれば、該当兵器は旧世紀文明の崩壊記録などから六世紀ほどの継続稼働が予想されている。
該当兵器による現世界への影響、並びに技術転用の可能性を調査する予定――。
カシャが人体のこめかみにあたる部分にさっと指を触れると、視覚に合成されたその記録データは消えた。
メインメモリにデータを転送し、カシャはその頭部のカメラを目標である巨大なゴーレムへと向ける。
「――恋、ですか」
カシャはさきほど主人に言われた言葉を繰り返す。
カシャに性別は存在しない。あえて定義するなら、個体人格設定や合成音声などから女性と定義されるのだろうとカシャは思う。
「もしこれが恋だとするなら、恋とはなんと無機質な物なのでしょうね」
彼女は魔術によるゴーレムの稼働エネルギー源について興味を抱いていた。
カシャの動力は妖怪となった事による魔力と、そして化石燃料などの化学エネルギーを併せた合成エネルギーだ。
魔力は電気の代わりに彼女の体を動かし、そしてメインの動力として使っているのは原油を内部で分離させた石油。
彼女は化石燃料や水素がなければ、稼働できない。
それは彼女が妖怪となったときに出来た制約でもあった。
彼女はその為、自身のエネルギー問題を解決する方法を太古のゴーレムに求めていた。
「打算の無い感情が『恋愛』であると、データベースには記録されていますが……」
彼女は頭を捻って頭の中に自らの主人と、同僚とも言えるハナの姿を思い浮かべた。
「主従契約を円滑に行う為の関係として試行してみる価値はありますか。しかし、恋とは……? 愛とは……?」
そんな言葉を発しながら、彼女は頭の中で計算式を走らせる。
妖怪となってこちらの世界で人々と交わったことで、彼女は徐々に感情を発芽させていった。
――最初に感じた感情は後悔だったろうか。
主人であるセームを危険に晒したとき、プログラム上に感情の波が発生した。
それから彼女の性質は少しずつ変質しだす。
とは言っても、彼女自身はそれを重くは受け止めていない。
それまでの彼女がプログラムされた内容の流れ通りに動いていたように、彼女にとっては感情もまた解釈プログラムのように順を追って論理的に処理するだけの物だった。
「……おっと」
計算に負荷がかかり、彼女は巨大ゴーレムの動きを見落としていた。
彼女は歩みを進めるその後を追う為、足裏の車輪を回転させ始める。
――人型形態の時に独り言が多くなるのは、改めなければいけませんね。
それは彼女にとっての人間の認識が、『言葉を話す者』だったからだ。
カシャには意思疎通を図ろうとする者こそが人間であり、内部処理にて完結するものが機械であった。
☆
「施設ノ修復を開始しマス……」
カシャがゴーレムに追いつくと、ゴーレムは地面に屈み作業をしているようだった。
カシャはその様子を覗き込む。
その床には一つのひび割れがあった。
どこから迷い込んだのか、一匹のトカゲがそのひび割れに潜んでいる。
それは爪に微弱な毒を持つ、この世界でポイズンリザードと呼ばれる小さな爬虫類の一種だ。
カシャはダンジョンの道中で何度かそのような小動物を見かけたことを思い出す。
いくら人工的に作られアンデッドなどが徘徊する遺跡とはいえ、数百年も放置されていれば自然に侵略されてしまう。
――発達した文明であれ、人がいなければ自然に呑み込まれるのみ……か。
カシャはその様子を見て以前の記憶データを読み込んだ。
過去の世界。広がる文明の残滓。侵食する自然。わずかに残った人々。
カシャがそうして昔体験した記録映像を反芻していると、ゴーレムはその指先を地面のひび割れに向けた。
カシャはゴーレムが施設の保全を図るのだろうと考え思考を打ち切り、行動を開始する。
「……じっとしていてくださいね」
カシャはそっとゴーレムの背後に近付くと、勢いをつけ飛び跳ねてその首元にぶら下がった。
ゴーレムの頚椎に当たる部分に手を伸ばし、そっと指を潜り込ませる。
「おそらくこの辺に――」
カチャリ、という音と共にその背中のロックが解除される。
カシャは更に勢いつけてそのゴーレムの肩によじ登ると、自身の背中からケーブルを伸ばしてロックが解除された部分へと向けた。
「……さすがに見たこともない規格ですね」
彼女がゴーレムに設置されたコネクタ部分を見て一言そう漏らすと、彼女の背中から伸びたケーブルはバラバラに分かれて何本もの細い導線となる。
「少々解析に時間はかかりそうですが――」
カシャがゴーレムの肩に立ち上がり、周囲にオレンジ色の魔力の光を放つ。
分かれた導線はまるで触手のように蠢き、ゴーレムの脊椎部へと潜り込んだ。
「――時間さえかければ、分析できることでしょう」
そう言って、彼女はちょこんとゴーレムの肩に座り込む。
所在なげにブラブラと足をぶらつかせていたカシャの視線が、ふとゴーレムの手先に移った。
彼女はその指先に、先程のポイズンリザードがよじ登っているのを見つける。
――おや。
カシャは改めてその光景をズームアップする。
そこにいたのはこの世界には比較的どこにでも分布する爬虫類。
ゴーレムとは共生関係にならないだろうし、カシャにその個体の特異性は見出だせない。
その生命を保持したところでこの遺跡には何もメリットはないだろう、とカシャは結論付けた。
「生命保護プログラム……?」
彼女は首を傾げつつ、一番に考えられる可能性を口にした。
――機械や人命への安全性を考えれば、動く物に危害を加えないようゴーレムにはプログラムされているのかもしれない。
「修復を開始しマス」
ゴーレムはヤモリを指先に乗せたまま、その動きを停止した。
すぐに胸部のあたりからモーターの回るような駆動音を放つ。
ゴーレムの駆動音に合わせて、床の亀裂が自動的に盛り上がるように塞がれていった。
「……地下施設の自動修復を確認。これはいったい……」
カシャはその様子をムービーとして自身の内部に記録する。
それはまるで傷口の復元を早送りで見ているかのように、周囲の壁が迫り上がるように修復された。
「施設に何か仕掛けがされている……? それともこのゴーレムの力か……」
カシャの言葉をよそに、ゴーレムは指先を地面に近付ける。
彼の手の上では、未だポイズンリザードがその瞳をギョロギョロと動かしつつ這い回っていた。
ゴーレムはしばらくその姿勢のまま待機していたが、一分ほどして再度立ち上がる。
その手の上と、肩の上に乗る客人のバランスを考慮するかのように、ゴーレムはゆっくりと施設内の巡回へと戻るのだった。
☆
四日目。
施設、並びにゴーレムの調査は順調。
マスターは地上へと帰還。
妖怪たちが食事を運び、調査を進めるジェニー技術員の体調を管理している。
施設からは旧時代の文化を示唆するさまざまな痕跡を取得。
引き続き、技術情報に対しての解析を進めている。
ゴーレムについては有線アクセスの確立に成功。
接続形式については未知の物ではあったが、分析を進めると既知の情報通信の組み合わせにより接続可能な物だった。
例えテクノロジーの形態が変わろうとも、論理形態は変わらないようだ。
接続開始と共にゴーレムは自己紹介をしてくれた。
『ハロー、コチラSW-38サイクロプス。戦略要塞ノア内部ノ施設保全ロボットデス』
彼の内部情報にアクセスするのは容易で、詳細な設計図面までは管理者権限が必要だったものの、彼の設計思想や管理方法などは読み取ることができた。
彼の主な動力源は、非接触の魔力充填のようだ。
施設内部の魔力発現施設と共鳴することで、自動で彼の稼働エネルギーは供給される。
また彼自身も二次供給媒体となっており、施設内に配置されたナノマシンへとエネルギーを供給することで施設の自動修復を行っているらしい。
SW-38はまた天井にひび割れを見つけると、周囲のナノマシンを操りそれを修復していた。
そうして施設の状態を維持するのが彼に命じられた仕事のようだ。
「六百六十年間の保守作業……」
カシャはいつものように彼の肩へと腰掛けつつ、そう呟いた。
彼は長い間、誰もいなくなった施設の中で一人孤独に作業を続けていたらしい。
「……この先、その身が朽ち果てるまで永遠に続けているのでしょうね」
カシャは感慨もなくそうつぶやくと、その肩を降りた。
彼の非接触動力とナノマシン修復……その二つの技術は、カシャにも再現可能ではあった。
しかし彼女の技術知識を持ってしても、この地下施設の外では使用不可能だ。
主人であるセームがこの中で暮らすというならまだしも、そうでないなら彼女には考慮すべき価値がない技術だった。
「――ゴーレムの調査はこの辺で十分でしょう」
カシャは考える。
――マスターたちが死に絶えた後、そこに待つのはこんなわたしの姿なのだろうか。
魔導ゴーレムの後ろ姿を見送りながら、カシャはそんな思いを自身のメモリの中に巡らせるのだった。
☆
七日目。
「どうやらこの施設の、魔力供給設備に問題があるようなんです」
その目元にクマを刻んだジェニーの言葉にカシャは頷いた。
「……供給量が不十分で、駆動魔力が確保できないということでしょうか」
ジェニーが言った供給設備とは、彼らが調査を行っていた管制室の更に奥にある部屋のことだ。
カシャの言葉にジェニーは頷き、ため息をつく。
「技術系のデータは容量が大きいらしく、読み出しには大きな魔力が必要みたいで……。でも魔力の供給量は日々減り続けていて、このままだと近いうちにバックアップデータ含めた全てのデータが失われてしまうかも。バッテリーが尽きる前にここを発掘できたのは、不幸中の幸いでしたねぇ……」
肩を落とすジェニーの様子に、カシャは口元に手をあてて考えるようなポーズを取った。
「データの読み出しに物理的なエネルギーが必要なのですか?」
「はい。大容量のデータは一塊のデータとなって読み出す必要があるので、それを維持するのに大きな魔力が必要になるんです。大儀式を伴うような大魔法に大きな魔力が必要になるのと同じ仕組みですね」
「なるほど。本機が知る技術形態とは異なるシステムのようです」
彼女は頷きながら言葉を続ける。
「揮発性メモリを数世紀もの間、維持出来ていた方が奇跡というものでしょう。施設の耐用年数を考えるに、明日全データが消える可能性もある。いち早くデータの回収をするべきです」
「そうなんです……。その為には何とか魔力のリソースを増やさなくてはいけないんですが、どうにも外部魔力は受け付けないようで」
バリバリとジェニーは何日も洗っていない頭をかいた。
カシャはゴーレムにアクセスして得た旧文明の知識を、彼女が持っている異世界の知識とすり合わせる。
「……おそらく魔力の供給設備は放射性同位体熱電気転換器と似たような仕組みで稼働しているはずです」
「へ……?」
ジェニーがその言葉を理解できず首を傾げると、カシャは首を振った。
「いえ、こちらの話です。お気になさらず。……ただ老朽化した魔力供給設備に手を出すのは、非常に危険です。下手をすればこの部屋まで汚染され、一帯に生物が近付けなくなる可能性があります」
カシャの言葉に、ジェニーは額に手を当てて思い悩む様子を見せた。
「でも今ある魔力リソースで何とかしようにも……」
ジェニーの言葉に、カシャは部屋の外を見つめる。
「……この施設内で余分に使用している魔力を、削減する必要がありますね」
その視線の先には保守作業の為に遺跡を巡回するゴーレムの姿があった。
「魔導ゴーレムを停止させましょう。それがデータを回収する為の、唯一の手段です」





