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76.地下遺跡に眠る者

「――あそこの扉です」


 メアリーの言葉に僕は安堵のため息をついた。

 トラップやアンデッドなんかを排除しつつ、僕らは地下へ地下へと進んできていた。

 それは結構な道のりで、もう二時間は歩き続けているだろうか。

 ちょっとしたハイキングぐらいのつもりだったものの、この距離を頻繁に往復したりするのはちょっと辛いかもしれない。


「ここから壁の材質が変わるのであります。明らかにこれまでの通路とは別の目的で建てられた建物が広がっているのでありますよ」


 ミズチがその扉の前で足を止めた。

 その鉄の扉は、カシャの元のサイズぐらいであれば楽々と通れるぐらいに大きな物だ。


「でっか……」


「大きな人が住んでたのかしらねー」


「いや、そういうわけじゃないと思うけど……」


 サナトの言葉にツッコミを入れつつ、僕はこんな地下に巨大な鉄の扉を作ることができる古代の技術力に舌を巻いた。

 当時の文明は、いったいどれほどの知識を持っていたのだろうか。

 僕がそんなことを思いながら感心していると、ミズチがその横にある四角いボタンのような物を触る。

 すると音を立てて、自動的に扉が左右に開きだした。

 扉がスライドしていくと同時に、その内部が姿を現す。


「うわっ……! 巨人……!?」


 僕は思わず声をあげた。

 扉を開けたそこには、巨大な像が鎮座していたからだ。

 その像は僕の声に反応したかのように、ピピピピ、と特徴的な高音の鳴き声を上げた。


「一つ目の……ゴーレム……?」


 どうやらそれは動くらしい。

 呆然とそれを見上げる僕の前で、それはその一つ目をギョロリと動かしこちらを見つめた。


「測定結果――オールグリーン。ヨウコソ、戦略要塞ノアへ」


「喋った!」


 その像の全長は二階建ての家ぐらいはあるだろうか。

 ずんぐりとした体が、ギリギリ地下遺跡の床と天井の間に収まっている。

 その人形は、重そうなその体を持ち上げると、僕たちに興味を失ったかのように奥の方へと歩いていった。


「……あれはいったい……?」


 どうやらそれは、全身が鉄で出来ているゴーレムのようだ。

 それはもしかすると、以前本で読んだことのあるアイアンゴーレムと呼ばれる種類の魔法生物なのかもしれない。


「――大丈夫であります。彼はこの施設内を巡回しているだけで、こちらを襲っては来ないのでありますよから」


 ミズチは笑いながらそう言った。

 彼女の言う通り、ゴーレムはこちらを見ようともせずにダンジョンの奥へと歩いていく。

 それを見て、僕は人型のカシャと似たような印象を持ってしまう。

 カシャはその後ろ姿を見つつ、静かに喋った。


「……彼は警備用ではなく、保全用の機体なのかもしれませんね」


 カシャの言葉に、メアリーが頷く。


「……おそらく、たぶん、そうかなって思います……。なにやら施設の中を歩き回って、古くなったところを修理しているような……?」


 ゴーレムというからには、誰かが作ったものなのだろう。

 製作者の命令により、彼はこのダンジョンの最深部の保全を行っているのかもしれない。

 ジェニーがゴーレムの後ろ姿を見つつ、考え込むように口元に手を当てた。


「……動力はどうなっているんでしょうね。さすが古代の魔道具です……未知の技術がいっぱいで……解体してみたい……」


 目を見開きながら、ジェニーがそんなことを口走る。

 さすがに解体しようとしたら、ゴーレムも怒るんじゃないかな……。

 それにしても古代から今まで稼働し続けているというなら、その仕事量はいったいどれぐらいになるんだろう。

 もしも人手の代わりに労働力として使うことができれば、かなり楽ができそうだな……。

 どうやらカシャもそのゴーレムが気になるようで、じっとその後ろ姿を見つめていた。


「――こっちの部屋ですよー」


 ゴーレムに注目していた僕たちに、メアリーが声をかける。

 メアリーが先導する先には、一室の部屋があった。

 そこには多数のガラスと押しボタンが無数に設置された机が並んでいて、その様子はたしかにカシャの運転室に近い雰囲気がある。

 それを見てカシャは机の上に指を滑らせた。


「……なるほど。多数の画面(モニタ)とスイッチ……。人間工学に基づけば……おそらくこの辺り」


 カシャがそのボタンを押すと、ガラスに無数の古代文字が表示された。


「す、すごい……!」


 ジェニーがかぶりつくようにモニタに目線を走らせる。


「これは……六百年以上前の遺失技術(ロストテクノロジー)……! それがこんなに綺麗な状態で保全されているなんて……! しかも問題なく動くとか、世紀の大発見ですよ!」


 ジェニーの興奮っぷりに僕は首を傾げる。


「そ、そんなに凄いのこれ……?」


「はい! 凄いです! とんでもなく! ここの機材だけでたぶん、一生遊んで暮らせるぐらいの価値がありますよ!」


 た、たしかにそれは凄い。

 ……エルフの一生って何年ぐらいになるんだろう。

 ジェニーは視線を外さないまま、食い入るように画面に流れる文字を読み続けた。


「……ところで、これって何が出来るの?」


 首を傾げる僕に向かって、ジェニーの代わりにカシャが答えた。


「おそらくは記録媒体と数学的な処理システムです。旧文明の技術情報が得られたり、大規模な計算ができるようになるかもしれませんね」


「記録……計算……」


 失われた古代文明の技術。

 高度な魔道具の製造技術なんかは未だに解明されてはいない。

 現代でも高位の魔術師と錬金術師が協力して、やっと質の悪いスクロールが作れるレベルと聞いている。

 もしそれらが解明できるようなら、人類の技術力は一歩先に進むかもしれない。

 そんな古代遺産を見て、ジェニーは眉をひそめた。


「これは、もしかしたら遺失呪文なんかも記録されているかも……って、もしそうなれば魔術師ギルドが黙ってないかな……」


 ジェニーは頭を悩ませるように考え込んだ。

 しばらく唸った後、彼は僕に向かっておずおずと口を開く。


「あの……(おさ)様……」


 少し考えた後、ジェニーは僕に向かって上目遣いで顔を覗き込んできた。

 少しドキリとしてしまうが、いやいや相手は男の子だ。

 何を考えているんだ、僕。


「しばらくここのことを内密にしてもらうことって出来ますか? ……国の研究機関に知られれば、おそらく徴収されてしまいます」


 ジェニーは不安げな様子で尋ねる。

 国にバレてしまえば、彼がここを解析することは困難になるだろう。

 王家直轄の魔術師ギルドに全て明け渡してしまうことになると、その技術を全て秘匿される可能性もある。

 ……せっかくメアリーたちが見つけたのだから、少しぐらいは内容も知っておきたいな。


「……そうだね。しばらくはここは秘密にしておこう。ここは君とメアリーに任せるよ」


 元よりこの町の地下遺跡は、国からは放置されていた場所だ。

 僕たちが勝手に研究したところで文句は出ないだろう。

 僕の言葉にジェニーはホッと安堵の表情を浮かべると、すぐに満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます! (おさ)様! ここはお任せください!」


「いやいや。何かあったら教えてくれれば問題ないよ」


 きっとジェニーたちなら何か役に立つ情報を見つけてくれるだろう。

 ……僕にはさっぱりわからなかったけど。

 僕はそうしてジェニーたちにその場を任せて、部屋を出るのだった。



   ☆



「あれ、カシャ?」


 さきほどの画面の並んだ部屋から出ると、カシャは巨大なゴーレムの背中を見つめていた。


「……どうしたの? 恋?」


 僕の小粋なジョークにカシャは首を左右に振る。


「セクハラです、マスター」


「えっ、あっ、ごめんなさい……」


 まさかカシャにそんなことを言われるなんて。

 しかし少し反省してしまう。

 たしかに軽率な言葉ではあったかも……。


「冗談です、マスター」


「ジョークかよう!」


 くそう、弄ばれた。

 悔しさを露わにする僕に、カシャは静かにつぶやく


「……そもそもわたしにそのような感情は存在しませんから」


 カシャはそう言うと、ゴーレムの方へと向き直った。


「……彼の動力源に興味があります。数百年もの間、補給なしで自律稼働するシステム……研究する価値があるでしょう」


 通路を巡回しつつ、たまに通路にひび割れなんかを見つけては、修復作業を始めるゴーレム。

 そんな姿をカシャはどこかぼんやりと眺めていた。


「無補給かぁ……。カシャは燃料が必要なんだよね?」


「イエス、マスター。本機はその設計思想上、稼働にあたってなんらかの燃料が必要になります。妖怪となったことでその制限は大きく解除されましたが、長期間の稼働は不可能です」


 僕たち人間だって、3日も何も食べなければお腹が空いて動けなくなるし、1日水を飲まないだけでも結構辛い。

 生き物が活動するには、何かを消費することが必要だ。


「……カシャは、妖怪になる前はゴーレムのような状態だったの?」


 僕の言葉に、カシャは頷いた。


「イエス、マスター。本機はこの世界よりも発達した文明によって製造された機械が、経過年数と共に意思を持った物……と自身のことを認識しています」


「なるほど……。機械、か」


 僕は妖怪がどんな存在なのか、なんて知識は持っていない。

 精霊と似たような物だと認識していたが、自然に生み出された精霊と、彼ら妖怪は成り立ちが少し違っているのかもしれない。

 ……ん?

 カシャは元となる道具……荷車のようなものが妖怪となった存在なのだろう。

 ……だとしたら、ハナやアズたちは――。


「――質問ですが、マスター。特に危険な存在でもなさそうなので解析してみようと思いますが、問題ないでしょうか」


「え? あ、うん。いいよ」


 思考を遮ったカシャの言葉に僕は頷く。

 カシャは口元に手を当て、背筋を伸ばした。

 それはやたらと人間らしい仕草だ。


「了解です、マスター。完璧な複製を作れるぐらいに分析を進めてみます」


「べ、べつにそこまでする必要はないんじゃないかな……」


「目指せ小型量産化」


「あ、それならちょっと欲しいかも」


 カシャぐらいのサイズのゴーレムなら、細かな作業含めていろいろな仕事ができそうだ。

 上手くいけば人が働かなくて済む日が来るかも……。

 ……僕の代わりにロージナで書類を整理する仕事もしてくれるようにならないかな……。

 働かずにのんびりと暮らす生活を夢見る僕の横で、カシャは頷く。


「製造・運用のコストパフォーマンスが良ければ……になりますが。とにかく、一度解析をしてみましょう」


 カシャは一言そう付け加えた後、足裏の車輪を回して走り出した。

 遺跡の床を、カシャの車輪が駆け抜けていく。

 ……カシャが自分から何かに興味を持つことは珍しいし、好きなようにやらせてみようかな。

 僕はそう思いつつ、元来た地下通路の先に視線を向けた。

 その先には、無限とも思えるような暗闇が広がっている。


「――またこの長い道を戻らなきゃいけないのか……」


 片道二時間半ほどの道中を思い出し、僕はため息をつくのだった。

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