75.それいけ迷宮探査団
「その……地下の最深部に到達してしまったんです、御主人様」
僕はロージナからジェニーを連れて、港町プエルトの領主邸へとやってきていた。
彼を連れてきたのは、メアリーたちに依頼された為だ。
「地下にはなんだかカシャ殿みたいな、つるんとした感じの石壁で出来た施設があったのでありますよ」
領主邸の庭先で今日取れたばかりの魚やイカなんかを網焼きにしつつ、ミズチたちはそんな話をしてくれる。
今日のお昼は海産物のバーベーキューで、芳ばしい匂いが辺りに広がっていた。
「カシャさんみたいな施設……!? それはつまり、古代遺産なのでは!? わっはーっ!!」
ミズチの言葉にジェニーは目を輝かせる。
地下の古代遺跡に眠る旧世代の文明の遺産。
うん、ジェニーがとても興味を惹かれそう内容だ。
「そ、それはどんな感じの遺産なんですか!? 何をするもの!? どれぐらいの大きさで!?」
ジェニーの興奮した言葉に、イカ焼きの身を切り分けながらサナトが答えた。
「それがねー。なんだかいっぱい押しボタンとかがあって、お姉ちゃんたちにはよくわからないの。だから何も触らないで出て来たんだけど……」
僕はサナトの言葉を聞いて、カシャのトラックモードの車内を思い浮かべる。
そこには多くのボタンがあり、押したらいろいろなことが起こるようだ。
なので、乗っている間は勝手に操作しないようカシャ本人に注意されている。
サナトは首を傾げつつ、言葉を続けた。
「だから若くんとかジェニーちゃんに調べてもらおうかなー、って思ったんだけど……どうかな?」
そんなサナトの話を聞いて、庭に停車しているカシャも会話に参加してきた。
「この世界の現存文明より、高度な文明かもしれません。マスター、調査に行かれるのでしたら十分にお気をつけを」
カシャの言葉にジェニーも頷いた。
「古代文明の遺跡となれば、侵入者避けのトラップが付き物ですからね……」
「そ、そうか……。大丈夫かな、地下のダンジョンだなんて。僕がいったらすぐに罠に引っかかって死んでしまうんじゃ……」
僕には冒険者としての心得なんてまるでないぞ……!
思わず不安を吐露する僕の言葉に、ミズチが頷いた。
「そこは我々にお任せするのであります。一度攻略した迷宮など、恐るるに足らず! でありますよー」
そう言ってミズチが胸を張る様子は頼もしくもあり、なぜか少し不安でもあり。
……まあ実力は確かな物だし、彼女たちを信じて付いて行ってみようかな。
正直、古代遺跡のダンジョンなんて聞いただけでワクワクしてしまう。
そう考える僕の横で、ジェニーが悩むようにうつむいた。
「……もしかしたらボクよりも、カシャさんの方が調査には向いているのかもしれません。高度な知識というのは、そこに至るまでの知識を知っていないと理解できない物なので」
ジェニーは眉をひそめつつ、カシャへと尋ねる。
「……なので、どうでしょうかカシャさん。ボクと一緒に古代遺跡を調査しに行きませんか?」
ジェニーがそう尋ねると、カシャは否定するようにその車体を左右に振った。
「しかし本機はこの世界の古代文字を読解できません。同行したところで、お役に立てるかというと――」
カシャの言葉を遮るように、メアリーが手を上げた。
「あっ、それでしたらわたしが。魔術を習う過程で、一応古代語は学習したんです」
なんなく彼女はそう言って見せた。
……彼女がミラに魔術を教わり出してから、まだ一月も経っていないような……。
メアリー、実は凄い勉強家なのかもしれない。
「……でもカシャ、君のサイズじゃ地下通路は通れないかも」
僕はカシャを見つめた。その車体は馬車よりも大きい。
僕の問い掛けに、カシャはギュインとその車輪を回す。
「本機に搭載されたファイアーチャリオットモードをお忘れでしょうか、マスター」
「あー、そういえば……」
カシャは二輪車の姿に変形することもできるんだっけ。
たしかにあれなら、頑張れば運び込めないこともないかも……。
僕がカシャをみんなで担ぐ姿を想像していると、カシャは早速ガシャコンガシャコンとその体を変形させ始めた。
「――あのモードのように、圧縮させることで本機は体積を抑えることができます」
どこから声を出しているのかはわからないが、カシャはその体を変形させつつそう言った。
「そして……分離によるさらなる縮小も可能なのです!」
「お、おおお……!?」
僕はその姿に驚きを隠せず、ぽかんと口を開けてしまった。
流線型のボディに赤と白のカラーリング。
そしてその横には本体から切り離したのか、刃先が短い鎌のような形状のパーツが分離して地面に置かれている。
そうして出来たそのカシャの体は――。
「人型……!?」
カシャはまるで全身鎧のような二足歩行の姿になっていた。
その角が生えた頭部や胸部、そしてスリムな体躯にスカートのような腰部からは、どこか女性を模した人形のような印象を受ける。
その瞳にあたる部分は、赤く光を発していた。
「オールライト、マスター。この形態であれば、狭い地下通路の中でも自立して行動することができます」
その身長は僕よりも少し低めだろうか。
カシャは幾本もの髪飾りをつけたように尖ったその頭部を、こちらに向けた。
「本機が同行することで、道中のマスターを保護することも出来ます。この形態だといくつかの機能は制限されますし、外に出るまで形状を変えることはできませんが……」
カシャの言葉に僕は頷く。
「心強いよ。僕も役に立てるかどうかはわからないけど、地下遺跡に行ってみたくはあるし……」
小さい頃は、僕もそういうのに憧れたものだ。
英雄伝説に出てくるような、深淵の洞窟、地下迷宮。
凶悪なモンスターや見たこともないお宝……。
何の取り柄もない僕には、まったく関係ない世界の出来事だと思っていた。
でも――。
「――お土産話、期待してますね」
ハナが巨大なエビを網の上に乗せながら、笑みを浮かべた。
「主様、さきほどからすごく楽しそうな顔をしています。まるで子供みたいで」
「あはは……。ちょっと冒険心がくすぐられたというか」
男の子は何歳になったって、こういうのには憧れてしまうものなのかもしれない。
そんな僕の様子にハナはクスクスと笑う。
「……決して、無理はなさらないでくださいね」
「――ああ。約束するよ」
冒険とは言ったものの、ミズチたちが既に危険は排除しているだろうし、何かあったとしても彼女たちが付いている。
それに僕には契約の本があるんだ。
万に一つも危険な目に合うことなんてないだろう。
僕らは地下遺跡に潜る計画を練りつつ、お日様の下でお昼ごはんを食べるのだった。
☆
「ぎゃー! 落ち……落ちるっ! 深っ!?」
「ご主人! あんまり暴れないで欲しいのであります! ……ちょっとどこ触ってるのでありますか!?」
「ふ、不可抗力……! っていうか落ちるってー!」
無限に続くのかと思うほど深い落とし穴の中、僕はミズチになんとかしがみついて一命を取り留めていた。
穴の上からふんわりとサナトが降りてくる。
「あらあらもー、変なところ触っちゃダメって言ったじゃない、若くん」
「いやいや! 今のは触ってないって!」
「触ったのでありますよ!」
「そっちじゃなくて、ダンジョンの方!」
僕らはサナトに抱きかかえられてなんとか奈落から這い上がった。
そこは四方を平らな壁に囲まれた通路だ。
滑らかで継ぎ目のない壁からは、それを作った文明の技術力が窺える。
「あー、ご主人に弄ばれたのでありますなー」
泣き真似をするミズチを放置して、僕は胸を撫で下ろした。
「いや、本当に僕はみんなと同じく普通に歩いていただけで……」
「赤外線センサーですね」
カシャが壁際にしゃがみ込んで、何やら足元の平らな壁の隙間を弄っていた。
指先を器用に動かしているところを見るに、人型の体になったことで細かな運動もできるようだ。
「不可視の感知罠です。次からは常時探査しますので、お気になさらず」
カシャはそう言ってその場に立ち上がった。
た、頼もしい……。
「――それにしても」
僕は立ち上がり、周囲を見渡す。
そこには薄暗い通路が、どこまでも広がっていた。
「地下通路は安全だったんじゃ……?」
今日、僕が罠に引っかかるのは三度目だった。
僕の後ろではジェニーが先程から震えている。
そんな僕の問い掛けにミズチは笑っていった。
「いやあ、ご主人は運が悪いのでありますよ。普段はそんなに罠は発動しないのであります」
その言葉にメアリーが続く。
「わたしはだいたい怪しい場所は切れ目とかが見えるので……ミズチさんやサナトさんは勘が良いですしね……」
「お姉ちゃんは『わたしだったらここに罠を置くなー』っていうところはそもそも歩かないようにしてるよー」
続くサナトの言葉に、僕は思わず苦笑する。
「は、はは……。そういうのは早く教えてね……。なるべく早めに……」
僕やジェニーが命を落としてからでは遅いからね……!
僕はジェニーに振り返り、低い声で静かに口を開く。
「……ジェニー、僕たちはカシャのあとをゆっくりついていくことにしような……!」
ジェニーにそう言うと、彼はコクコクと頷いた。
僕たち二人はみんなと違って戦闘力がない。
慎重になりすぎるぐらいがちょうど良いだろう。
僕がそんなことを考えていると、カシャが前に出て僕たちをかばうように腕を広げた。
「――マスター、本機の後ろからは出ないように」
カシャの言葉と同時に、その場の空気が変わったのを感じた。
「本機はこれより二人の護衛を優先します」
カシャの言葉に合わせて、ミズチとサナトが前に出る。
「……おや、まーだ残っていたのでありますか」
ミズチがため息混じりにそう言ったのと同時に、それは通路の奥から姿を現した。
「……スケルトンか!」
僕の声に反応するように、三体の白骨死体はカタカタと顎を鳴らす。
実際に見るのは初めてだが、動く骨のアンデッドだ。
「うんうん。ここはお姉ちゃんたちに任せて、若くんたちは下がっててね」
サナトが腰の剣に手をかける。
ミズチとサナトは特に言葉もかけることなくお互いに視線を交わすと、一つ頷いて同時に床を蹴った。
「――ハッ!」
ミズチの発声と同時に、その突き出した掌底によってスケルトンの頭蓋が砕かれる。
それに並行してサナトの剣がもう一体のスケルトンの骨を中央から真っ二つに両断する。
一撃で二体のスケルトンが屠られるも、もう一体のスケルトンが二人を間を抜けてこちらへと迫ってくる。
「――クリエイト・ウォーター!」
そのスケルトンに向けて、たまねぎにかじりつきながらメアリーは空中に水を生み出した。
彼女の瞳には涙が浮かんでいる。
……辛そうな魔法だなぁ。
放出された水球を、スケルトンは正面から受け止める。
スケルトンは水をかけられながらも、特にその勢いを殺さず僕たちの方へと迫ってきた。
……まあただの水だしな。
――しかし。
「……おおっと、自由にはさせないのでありますよ」
ミズチの声と共に、スケルトンに纏わりついた水がその動きを鈍らせる。
それを見たカシャが、仁王立ちのように足幅を開いてスケルトンを正面に見据えた。
「――オールライト。ファイアースターターモード。点火……」
ゴゥ、とカシャの足元から炎が吹き上がる。
熱風が僕の頬を撫でた。
「……三、二――ファイア!」
声と同時に、炎を噴射しながらカシャの体がスケルトンへと放たれる。
突き出した右手が、射出の勢いによってその骨の体を粉砕した。
「――実用試験はまずまずの結果ですね」
そう言いながら、膝をついていたカシャはその場に立ち上がる。
あとには粉々になった骨の残骸が散らばっていた。
「カ、カシャって強いんだね……」
カシャが能動的に戦ったのを見たのは初めてだ。
そんな僕の言葉に、カシャは首を横に振った。
「皆さんの戦闘映像を蓄積し、研究した結果です」
カシャは腕を組んで、仁王立ちでその場に立つ。
「――つまり、勢いを付けて殴ると強い!」
「し、真理だ……!」
カシャ、普段の言動とイメージが違うというか、さては脳筋なのでは……?
そんなことを考えている僕の横で、ジェニーが手を叩く。
「さすがですカシャさん! 強い! かっこいいー! すごいすごい! どうやったんですか今の!?」
ジェニーがカシャのことを褒めちぎる。
この子は本当にカシャのことが好きなんだな……。
僕は思わず苦笑してしまう。
「……それにしても、一撃かぁ」
スケルトンは割とメジャーなアンデッドではあるが、その骨の強度から誰にでも倒せるようなものでもない。
少なくとも、ハンマーも使わずに素手で打ち砕いたり、剣で切れるような物ではないとは思うんだけど……。
「改めて、みんな凄いな。……僕なんかに従ってもらってて申し訳なくなっちゃうよ」
そんな僕の言葉にミズチは笑った。
「何を言ってるのでありますか。ご主人には、ご主人にしか出来ないことがあるのでありますよ」
「そうそう! お姉ちゃんたちは若くんから、いつもいーっぱいもらってるからね!」
彼女たちの言葉に、少し気恥ずかしくなり僕は頬を掻く。
魔力以外に僕が提供できているものなんて、何かあったかな……。
そんな僕たちの様子を見て、メアリーがクスリと笑った。
「……さ、御主人様。そろそろ目的地に到着しますよ」
そんな彼女の言葉に促され、僕たちは先へと進むのであった。