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73.初級マジカルレッスン

「水よ……この手に集え……クリエイトウォーター!」


 夜も浅い夕闇の庭に、メアリーの声が響いた。

 彼女はおそるおそる胸の前に突き出した拳を開く。

 その中を覗いて、彼女はため息をついた。


「……駄目みたいです。ごめんなさい……」


 うなだれる彼女の前で、ミラは腕を組んで考え込む。


「……いえ、べつに謝る必要はないんですけども」


「あわわ、すみません、ごめんなさい……!」


 あ、無限ループのパターンだコレ。

 僕は彼女たち二人の間に入って、ミラへと尋ねる。


「……魔法って、何かコツみたいなものはないの?」


「……魔術のイメージは個々人で大きく違うんですよね」


 ミラは小さくため息をつきながら、人差し指を立てた。


「――例えば炎を出すということ一つに対しても、術者によって無限のパターンが存在するのです」


 彼女は手早く呪文を唱えて、その爪の先に小さな炎を灯す。


「燃える炎や太陽をイメージする人もいれば、燃やしたいものが実際に燃え上がる姿を想像する人もいます。かと思えば火打ち石や摩擦で炎の火種を生み出す……なんてその仕組みを思い浮かべる人もいる」


 ミラはメアリーへとその視線を向けた。


「人によって合ったパターンを見つけるまでは、手探りになりますね。場合によっては詠唱内容もカスタマイズする必要がありますし」


 うーん。魔術を使うって、なかなか難しいんだな。

 僕が教えることができれば良かったんだけど。


「……僕は練習したら使えるようになったりはしないのかな?」


 正直、魔法に少し憧れはある。

 僕は兄貴のような体力は持っていない。

 しかし同じ血を引く一番上の兄上は、魔術に長けていたのだ。

 もしかしたら僕にも――。


「これをどうぞ」


 彼女は庭に生えた低木の葉を一枚千切って、僕へと差し出した。

 葉の周りがギザギザと尖っており、なかなか特徴的な緑の葉だ。


「魔影草と言われるもので……これを少し強めに、指でこすってみてください」


 僕はそれをミラから受取って、親指と人差し指で挟んでぐりぐりと力をかけてみる。

 しかし特段、何も起こらない。


「……やってみたけど」


 僕の言葉にミラは頷き、その葉っぱを僕の手から取り上げた。


「この葉は、魔力の影響を受けやすいんです」


 彼女が指先に力を入れる。

 すると、すぐにその葉は変色して濃い青色になった。


「魔術を行使するには体外へと魔力を放出する力が必要となります。なのでスキル判別(聖別)の際に感知できないような極わずかの魔術素養だったとしても、存在さえすればわかるのですが――」


 聖別。

 この国において貴族に義務付けられている、その人の持つ性質(スキル)の判定法だ。

 僕が子供の頃に行って判明した才能は、唯一霊感だけだったんだけど……。


「――この色の変わらなさだと、あなたは訓練しても魔術を使えなさそうですね」


 彼女はそう言って青く変色したその葉を、地面へと捨てた。

 どうやら僕は不合格だったようだ。


「……残念」


 苦笑する僕に、ミラは笑みを浮かべる。


「……ただあなたの内包魔力量はかなり大きな物です。魔道具の力を借りるか、私の知る魔術形態とはまったく異なる系統の魔術なら一流の魔術師になる可能性もありますけどね」


 魔道具の力か。

 僕は契約の本(レメゲトン)を思い浮かべた。


「……これでいうなら、妖怪という種族とはいえメアリーさんには十分な魔術素養があります。おそらく彼女は魔術を使う才能があると思うのですが……」


 彼女が視線を向けると、メアリーは「ううう」と泣きそうな表情を浮かべた。


「……まあ、ゆっくりとやっていきましょうか」


「……はい」


 メアリーはがっくりと肩を落としながらそう答えた。



   ☆



「うーん、水ー水ー」


 食卓に座るメアリーは、グラスの中の水を眺めながらそんな唸り声を発していた。

 そのグラスは遠くの国から輸入されたもので、半透明の美しいガラス細工で出来ている。

 そんな器に並々と注がれた水を前にして、彼女は一心不乱に魔術を使おうとしているようだった。


「……そんなに根を詰めたら、出来るものも出来なくなっちゃうよ」


「御主人様……」


 苦笑する僕に、彼女は深くため息をついた。


「……でもわたし、非力でして」


 両手でグラスをつかんで、彼女は視線を伏せる。


「地下の迷宮をミズチさんやサナトさんと探検している時も、わたしは足手まといなんです。だからマッピングするようにしたり、遺跡に書かれている古代文字が読めるようにミラさんから教えてもらってはいるんですが……」


 彼女はグラスの中の水を揺らして、静かに言葉を続けた。


「それでもゴーレムやアンデッド相手だと何もできなくて……少しでも補助が出来たらなーって……」


 そういうことだったのか。

 たしかにミズチやサナトと比べると、彼女が戦闘能力が低いようだ。

 適材適所とは言うものの、危険に接する地下遺跡の中で自分も何か出来ることがあるというのは、万が一の時に心の支えにもなる。


「わたしそれで、まずは地下では少ない『水』を生み出せればと思って練習してるんです」


「あー、なるほど。ミズチは水がないと力を発揮できないしな……。皿が乾くと力が出ないらしいし……」


 彼女の全力の戦闘スタイルは、大量の水を用いる戦い方だ。

 戦いの最中に使える水を生成できればパーティ全体の戦力向上につながり、メアリーは正しくサポートに徹することができる。

 たしかに彼女が水を生成する魔法を覚えたいのは、理に適っていた。

 僕が何か協力できることはないかと考えていると、リビングの扉がバーンと開かれる。


「――ふふふ、自分の名を呼んだのでありますか……!?」


「たしかに名前は呼んだけど……」


 そこに現れたのはミズチの姿だった。


「そう、呼ばれたからには応えねばならないのであります! 水の神霊ミズチ、ここにありと!」


 ミズチはつかつかとメアリーのもとへ歩み寄ると、背中から腕を回した。


「……ひゃっ!」


 ミズチはメアリーの様子を気にせず、彼女の両手に自信の手を重ねた。


「……といっても、魔術なんて自分にはさっぱりでして。水を操るというのは手足を動かすのと一緒で、口で説明は難しいのであります」


 ミズチが彼女の耳元で口を動かす度に、息がかかっているのかメアリーはくすぐったそうに身をよじった。


「だから、感覚を一緒に共有するのでありますよ。……ささ、メアリー殿。やってみるのであります」


 メアリーはミズチの言葉に首を傾げつつも、言われるままに目を閉じた。


「――水よこの手に集え……クリエイトウォーター」


 震えるようなメアリーの声と共に、ミズチがぎゅっと彼女の手の甲をにぎる。


「あっ……」


 メアリーはわずかに声を漏らした。


「……さあ、どうでありましょう」


 ミズチがメアリーから体を離す。

 メアリーがその手のひらを開くと、一雫の水滴がその手の中からこぼれ落ちた。


「……や、やった……! できた……!」


 笑顔を浮かべるメアリーに、ミズチは笑う。


「さっすがメアリー殿であります! さあこの調子でもう一度!」


 ミズチの言葉に頷いて、メアリーは再度手を握りしめた。


「水よこの手に集え……クリエイトウォーター!」


 メアリーの声が響き渡る。

 ……しかし――。


「――あれ?」


 彼女は拳を開いてその中を覗く。

 そこに水の気配はなかった。


「……うーん、ダメでありますかー」


 ミズチが申し訳なさそうに口を開いた。


「水が出ると思い込めば、あとは再現出来るのかと思ったのでありますが……そんな簡単な話ではなかったのでありますな」


 よく見れば、テーブルの上のグラスに注がれた水が空になっていた。

 どうやらさきほどの成功はミズチが水の動きを操作して、メアリーの手の中に水を仕込んだらしい。


「……いいえ、ごめんなさい。きっとわたしが自分の力を信じられないから……」


 メアリーは涙目になりつつミズチに謝る。


「いやいや、自分が軽率な行動をしてしまっただけなのであります……」


 ズーン、と重い雰囲気が両者を包む。

 ……双方落ち込む結果となってしまった。


「うう、ごめんなさい、ごめんなさい……! やっぱりわたしのような者が魔術なんて使おうだなんて、おこがましいことだったんです……」


 相変わらず自虐的な子だ。

 そんなに卑下しなくてもいいのに……。

 僕は腕を組んで考える。

 ……それにしても、魔術の行使とは難しいものだ。

 いったいどうやったら水を創り出すことなんてできるようになるのだろう。

 ……いやそもそも彼女は、千里眼なんかは普通に使えているのだし、『魔術を行使する』という点については問題ないのか……?

 僕は彼女の今までの言動を思い出した。


「……見えない物は見えない、か」


 僕の言葉にミズチとメアリーは首を傾げる。

 僕の記憶が正しければ、彼女の千里眼は遠くの物や小さな物を見通す能力だ。

 しかし、物陰や光の届かないところを見ることはできない。

 逆に言えば、見えるところにある物は見える。

 つまり彼女が既に出来る範囲のことなら、出来るということだ。

 そして今できないことは、ミズチが試しにやってみても成功を信じることが出来ない……。

 それなら。


「ねえ、メアリー」


 僕はメアリーの頬に手をあてて、彼女が流す涙をぬぐった。


「もし君が自分の力を信じられないというなら……対価を払うのはどうかな」


「……対価?」


「そう。きっと君は、自然に魔術が使えるようになるなんて、信じられないんだ」


 自分に自信が無いから。

 何かを失わなければ、前に進めないと思っているから。


「だから、修行をしよう」


「しゅ、修行!?」


 僕の言葉にメアリーは慌てて聞き返す。


「そう! 『こんなに苦労したんだから、きっと魔術が使えるはず!』と君には思ってもらう!」


「え、えええ……!?」


 まあ誰だって「無意味な修行をしよう!」なんて言われたら、そんな反応にはなるとは思うが……。


「大丈夫、すぐに終わるよ」


 僕は彼女の手を取った。


「なにせ、修行場所はすぐそこだからね」



   ☆



「御主人……様っ……! うっあ……! わたし……辛いです……!」


「頑張ってメアリー……! 僕も辛いんだ……!」


「だって、こんな、こんなのっ……わたし……! うっ……うっ……!」


「大丈夫、メアリー……! 凄い溢れてるよ……!」


「う、うぇぇえん……!」


 トントントントン、とナイフの音があたりに響く。

 僕たちは二人してキッチンにいた。


「あーーーー! もう目を開けるの、無理ぃ!」


 大量の玉ねぎを前に、メアリーは全身すべての目を閉じた。

 ぽろぽろと無数の目から涙をこぼす。


「さあ今だ! メアリー!」


 メアリーは僕の声に目をうるませながらも全ての目を見開く。


「水よ……出ろー! クリエイト・ウォーター!」


 懇願にも似たその涙声に反応して、彼女の流す涙が青白い光を放った。

 それと同時に、彼女の目という目からまるで滝のように涙が溢れた。


「で、出た! 出たー!」


 当然、そんな涙が普通に出るはずがない。

 実際に出たとしたら脱水症状を起こしてしまうだろう。

 まるで水鉄砲のようなその噴射は、キッチンをびしょびしょに濡らしていった。

 次第にその勢いが収まっていく。


「やったぁ……出たぁ……。うわぁ……本当に出た……」


 成功して気が抜けたのか、メアリーは両手で玉ねぎを切っていたナイフを握りつつ、へなへなとその場にへたり込んだ。


「だ、大丈夫?」


 僕も玉ねぎのせいで涙を流しつつ、彼女に声をかける。


「……はい」


 彼女はその顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしつつ、満面の笑みを浮かべた。


「……これでみんなのお役に立てます。ありがとうございます、御主人様」


「いや、良かったよメアリー」


 これで成功していなかったら、僕がただメアリーを泣かせただけになるところだった。

 しかも自分も目が痛いというおまけ付き。

 成功して本当に良かった……。


「……水よ、出ろー……」


 早速彼女はもう一度呪文を唱える。


「クリエイトウォーター!」


 バシャー、と今度はナイフの先から水が出る。

 どうやら無事、彼女は水を作り出す呪文を習得したようだった。


「よかったよかっ……」


 僕がその視線に気付いて振り向くと、そこにはハナが立っていた。

 玉ねぎと水で溢れたキッチンを見て、彼女は唇をきゅっと結んでいる。


「ご、ごめんハナ! すぐに片付けます!」


「ごめんなさいー!」


 無言のハナの前で、僕たち二人はすぐにキッチンを片付け始めるのだった。



   ☆



「クリエイトウォーター!」


 太陽が注ぎ込む庭に水が撒かれ、庭先で育てられた植物たちに水が行き渡った。

 僕はそれを見ながら、手を叩く。


「すっかりマスターしたみたいだね、メアリー」


 僕の言葉にメアリーは照れながら答えた。


「はい。これも御主人様のおかげです……でも」


 メアリーはがっくりと肩を落とす。


「自由に使うことはできなくって」


「自由にって……?」


 僕の問いかけに、彼女はポケットから白い塊を取り出した。

 しゃくり、と彼女はそれにかじりつき、その顔を歪める。


「かりゃい……」


 涙目になった彼女は、心を集中させるように目を閉じた。


「水よ出でよ! クリエイト、ウォーター!!」


 ヤケになったようにそう叫ぶと、メアリーの眼前から水が射出された。


「……玉ねぎが無いと、使えないんです」


「……どうしてそんなことに」


 彼女は目尻に涙を浮かべる。

 ……なかなかに厄介な制約が付いてしまったようだ。


「ま、まあ……きっとそのうち無くてもできるようになるさ。まずは一つ成功したんだから。大丈夫だいじょうぶ」


 僕の根拠のない慰めに、メアリーは頷く。


「……はい、懲りずにもう少し頑張ってみます!」


 彼女は自分に言い聞かせるように拳を握りしめる。

 どうやら心は折れてないようだ。

 そうして僕たちが笑う庭先には、彼女の魔法で綺麗な虹がかかっていた。

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