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72.デュラハンさんは仲良くなりたい

 僕たちが大量の切り身ゾンビに襲われた次の日。


 その日、僕らはゾンビたちが二度と起き上がらないように火葬し埋葬して眠りについた。

 目を覚ますと昼過ぎになっていて、少し頭をぼんやりとさせながらも僕はもそもそと起き出す。


 リビングに出ると既に妖怪たちも何人かは起き出して活動しはじめていた。

 ちなみに妖怪も寝ないと眠くなるらしい。

 魔力を消費することで人間よりもはるかに長く活動できるようだが、魔力効率は悪いようだった。


「おはようございます、主様」


 さっそくハナがキッチンから顔を出して声をかけてくれる。

 いつも律儀だ。

 べつに従者というわけでもないので、そこまでかしこまらなくても良いのだけどなぁ。


「ああ、ハナ。おはよう……って」


 僕はハナの後ろ、キッチンの奥から同じく姿を見せる人物を見て口を開けた。

 首が無く胴体だけの彼女は片手を上げる。

 その手には首が乗っていた。


「……デュラハンさん?」


「おはよ」


 僕の言葉に彼女は挨拶を返す。

 今は鎧を脱いでいて、その分離した首を除けばまるでそこらにいる町娘のような格好だった。

 それにしても彼女、まだいたんだ……。


「お、おはようございます……。いったい何を……?」


 おそるおそる尋ねてみる。

 切り身ゾンビの後処理に問題があったとかではないよな……?


「おいしいごはん」


 ぽつりと彼女はそう呟いた。

 それに続いてハナが笑う。


「昨日切り身の死骸を片付けた後でお夜食を作ったんですけど……」


 なにそれ聞いてない。

 まあ僕は疲れてすぐに眠ってしまったのだけど。


 ハナは僕の視線にハッと気付き、慌てたように視線を泳がせる。


「い、いえわたしが普段から二口女(ふたくちおんな)のように夜な夜な食べているというわけではありませんよ? ただお客様として彼女をお迎えするにあたりお茶菓子の一つもあった方がいいかな、って思ったんですけどちょうどよくお出しできるものがなくて」


 あわあわと狼狽(うろた)えつつ言い訳を並べ立てるハナの横で、デュラハンさんが上下に首を動かした。


「お米? ……と、お魚。それに海藻の味……。美味しかった」


「昆布出汁のおかかおにぎり鯛茶漬けでした」


 ハナの言葉からその料理を想像する。

 器に満たされた昆布出汁の香りに、ごはんの上に乗ったぷりぷりの鯛の身がカツオブシと絡み合い……。


「……おいしそうなメニュー」


 ううん、考えているとお腹が減ってしまうな。

 僕がお腹を押さえると、ハナは誤魔化すように苦笑した。


「す、すみません……。今、朝ごはんを作りますので」


「いやいや、気にしないで。それよりも――」


 いつかまた食べる機会もあるだろう。

 僕はキッチンへ近付いて、中を覗いた。


「――朝ごはんは何? 僕も手伝うよ」


 もう朝ごはんどころかお昼にしても遅めな気がするけれども。お腹減った。

 ハナは僕の言葉に笑顔を浮かべると、その調理台の上に置かれた一匹の大きな魚を紹介するように手のひらを向けた。


「鮭です!」


 そこには僕の腕よりも大きな、下顎が突き出た凶暴な外見の魚が寝そべっていた。

 その大きな顎からは獰猛さを感じさせる牙が生えており、人間すらも食い殺すと聞く獰猛な鮭。

 この辺ではグリーンサーモンと呼ばれる大きな魚だった。


「こ、これを食べるの……?」


「はい! 見たことない鮭ですが、漁師さんに聞いたところ食べられるようだったので」


 そうなのか……。でも確かに食いでがありそうだ。

 見れば既に内臓が取り除かれているようで、その体にはところどころ切り込みが入っている。


「中の筋子は取り除いて昨日加工しておきました。この鮭で朝ごはんを作ります」


 デュラハンさんはナイフを持って調理台の前に立つと、その鮭をちょんちょんと突付いた。


「……死んでる……」


 死んでいなかったら今頃暴れまわって大変なことになっていたかもしれない。

 ハナはデュラハンさんの様子に苦笑する。


「お魚やお肉は死んですぐに死後硬直が始まります。それが解かれた頃に旨味が増していくので、生きていたり、死んですぐではダメなんです」


「……なるほど」


 コクコクと頷くデュラハンさんに、ハナは鮭の身の捌き方を指導していく。

 ……えーと僕はどうしようかな。

 手伝うことはないかと彼女たちの様子を眺めていると、ハナがそれに気付いたのか鍋を僕に差し出した。


「では主様はお湯を沸かしてください」


「りょーかい」


 鍋に水を張って魔道具を起動して火にかける。

 着火の魔道具は便利ゆえに普及しているが、まだまだ高価なので庶民の家庭にまでは行き渡っていない。

 一部の魔導を極めたマスタークラスの魔法使いでもなければ作れない、量産性の悪さがその価格の高さに反映されていた。

 まあ普通に火打ち石と炭を使えばいいという話なのだけれども。


「次にこれらを洗って、生姜と茹でてください」


 そう言ってハナが僕に差し出すのは、デュラハンさんが鮭から切り落とす骨付きの部分。

 この前食べたアラ汁だ。


「お味噌汁だね。上手くできるといいけど」


 せっかくなので一人でも作れるようになっておこう。


 そうして作業を進める僕の横で、ハナは土鍋を火にかけ出す。

 中にはお米が入っていた。


「浸したお米の上に、生姜、醤油、酒、昆布と切り出した鮭の身を乗せてー」


 具材を入れた後にハナは鍋を閉じる。


「これで炊き上がるのを待ちます!」


「……こっちは?」


 デュラハンさんが残りの鮭の身を指す。


「こっちは塩をすり込んで保存しておきましょう。……塩鮭は朝ごはんにいいんですけどねー」


 残った切り身は今度のお楽しみらしい。

 僕は煮立った鮭のアラに味噌を入れつつ味の調節。


「……うん。ちょっと濃い目ぐらいが好み」


「あまり入れ過ぎちゃダメですよ? 塩分の取りすぎは身体によくありません」


 ハナの忠告を受けつつ、僕はもう一口すすった。

 溶かし込んだ味噌の匂いがあたりに広がる。

 そうこうしているうちに、ご飯の方も炊きあがったようだった。

 ハナは土鍋の蓋を開けた。


「……うん。良い感じに炊き上がってますね」


 見れば鮭の色が着いたのかほんのりとごはんが茶色に染まっていた。

 鮭の香りと炊き上がったお米の香りが食欲をそそる。

 ハナはご飯をかき混ぜた後に器へよそうと、調理台の下から蓋をした鍋を取り出す。


「これは昨日鮭から取り出した筋子を、ぬるま湯でほぐした後に醤油漬けにしたものです」


 彼女が蓋を開くと、醤油の中に無数の赤い魚卵が浮いていた。


「出来たイクラをご飯の上に」


 パラパラとハナはそれを散らすように乗せた。


「これで完成! はらこ飯です!」


 イクラが盛り付けられた鮭の炊き込みごはんに、同じく鮭のアラ汁。

 骨の髄まで食べ尽くす豪勢な一品だ。

 見ればデュラハンさんも楽しみなのか、穏やかな笑みを浮かべている。


「さあ、食べましょう!」


 ハナはそう言って、それを食卓へと持っていった。



   ☆



「いただきます」


 デュラハンさんはテーブルの上に頭を起きつつ、その上で祈りを捧げるようなポーズを取る。

 目を閉じてじっくりと祈るその姿はまるで、修道女のようだった。

 僕とハナは祈り続ける彼女に視線を集める。

 たしか教会なんかでは、このようにきちんとした祈りを捧げるはずだ。

 しばらく祈った後に彼女は瞳を開けると、何事もなかったかのようにスプーンを使って自身の頭の口へとごはんを運ぶ。

 なかなかにマイペース。


「んんっ……!」


 そうして一番はじめにそれを口に入れたデュラハンさんは、快感に打ち震えるように声を漏らした。


「魚の卵と植物の種子の味……魚の肉も味がする……」


 ……デュラハンさん、やや語彙力に乏しい。

 美味しい……のだろうか。


 僕は彼女に続いてそのごはんを口に入れる。


「おお……ぷちぷちとしたイクラの食感と、ごはんの風味が溶け合って……そこに鮭の身の塩味がアクセントになって噛む度に美味しい……!」


 僕の言葉にデュラハンさんはこくこくと頷く。


「無数の命をいただく、背徳的な味……」


「それは考え過ぎでは……!?」


 というか、デュラハンさんは体から離れた頭の口で食べるんだな……。

 首が離れていても、喉の奥はお腹につながっているんだろうか。


「……わたしは生と死を司る者。死者の魂を鎮めるのが役割。よってこの朝ごはんはわたしの存在と相反している。……でもそれとは関係なくめっちゃ美味しい」


「そ、そうだね。関係ないね……」


 デュラハンさんは口数が少ないものの、その内では考えすぎなぐらいにいろいろと考えているようだった。

 ――それにしても。


「……アンデッドかと思っていたけど、デュラハンさんは精霊のような存在なのかな」


 考えてもわかることではないので直接彼女に尋ねてみた。

 デュラハンさんは僕の言葉にもちもちと咀嚼を続けながら、その手で頭を傾けさせる。


「……よくわからないけれど。たぶんわたしの存在はハナと似ている。この家にはたくさんいる」


 彼女はハナの方に視線を向けた。

 妖怪たちと同じということだろうか。


「君はやっぱり精霊なのかもね」


 生と死を司る精霊。

 そんな者が存在したなんて初耳だ。

 しかし以前、大量の冷凍魚をロージナに運んだり切り身ゾンビが大量発生したりした時に駆けつけてくれたのは、彼女のそんな在り方が影響していたのかもしれない。


 彼女の外見を観察する。

 精霊の中にはノームのような意思疎通がかろうじて出来る者から、サラマンダーのような対話ができない存在もある。

 その中でも彼女は、とても理性的な存在に見えた。


「……今までわたしと同じような者は見たことがなかった。だから、新鮮」


 デュラハンさんはどこか嬉しそうにそう言った。

 ……世間から精霊が消失したとされるのは数十年前だ。

 その間、彼女はずっと孤独だったのかもしれない。


「……そうだね、もしよかったら――」


 僕はハナとデュラハンさんを交互に見比べた。


「――友達になろう。僕と、ハナたちと、そして君と」


「……ともだち」


 彼女はその言葉を確かめるようにつぶやく。


「うん。この家と、前に出会った西の方の村に僕たちはいるから、いつでも遊びに来て」


 僕の言葉に、彼女はお辞儀するように卓上の頭を傾けた。


「……よろしく。またごはん食べに来る」


 彼女の様子にハナはクスクスと笑った。


「はい。いつでも御遠慮なく。美味しい料理を作ってお待ちしています」


 デュラハンさんはハナの言葉に笑みを浮かべつつ、再び目の前の食事に手を付け始めるのであった。



   ☆



「いや、びっくりしたよ。あの馬、頭が見えないのにモサモサ草食ってるんだ」


 マリネロはそう言いながら夕飯の席に着いていた。

 彼が言っているのはデュラハンさんの馬車を引く馬たちのことだろう。

 彼らは首が無く、その部分には黒い霧のようなモヤがかかっている。

 しかし普通に餌を食べたり水を飲んだりするようだった。


「……と、そろそろ起き出してくる頃かな?」


 マリネロは腰につけていた懐中時計を開く。

 リビングの扉を開けてミラが入ってきたのは、それとほぼ同時だった。

 彼女の完璧な体内時計にマリネロや他の子どもたちは思わず吹き出してしまう。


「……どうかしました?」


「ううん、なんでもない」


 マリネロたちに怪訝そうな顔を向けつつ食卓に座るミラ。

 彼女は腰掛けると同時に、その対面に座る人物を確認して眉をひそめた。


「……なるほど。そういうことですか」


 彼女の言葉に、その視線の先にいたデュラハンさんは頭を斜めに傾けさせる。

 せっかくなので夕飯にもデュラハンさんを誘っていたのだが、ミラは別段その姿に驚いた様子を見せることはなかった。

 しかし彼女はなぜか、軽蔑するような眼差しを僕に向ける。


「……あなたは人外だったら何でもいいんですね」


 彼女の言葉に僕は咳き込んだ。


「ど、どうしてそうなるの!?」


「だって、ハナさんたちにデュラハンさんに……」


 彼女はそう言いかけて、「ハッ」と何かに気付いたように自分の口を押さえた。


「……もしかしてヴァンパイアだと思ったからわたしにも優しくしたのですか……!?」


 ミラは大げさに震えながら自身の体を押さえるように腕を回す。


「ご、誤解だ! そんなことは全然ない!」


「――ではデュラハンさんをナンパしたわけではないと……?」


「そ、それは……」


 たしかに「友達になろう」って言ったのは僕からだけど……。

 ……あ、これナンパになるのか!?


 口をつむぐ僕に、ミラは呆れたような表情を浮かべた。


「……デュラハンさん気をつけてくださいね。セクハラされたら切り伏せていいので」


「わかった」


 ミラの言葉にデュラハンさんは食卓の上の首にちょこんと手をあてて、お辞儀するように頷く。


「僕はそんなことしないから! ……でも、斬るのは無しでお願いします」


 デュラハンさんに人間の常識が通用するかわからない。

 本当に切りつけられたら死んでしまう。

 僕のそんな不安を知ってか知らずか、彼女はその顔に笑みを浮かべる。


「……大丈夫。生きてる人にはちょっと痛いだけだから」


「痛いのも勘弁してください!」


 新たな友人とそんな他愛もない会話をしつつ、ゆっくりと夜は更けていくのだった。

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