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71.ウォーキング・フィッシュ

 ここ数日、港町は連日のイワシの大漁に大いに沸き上がっていた。


「ハナー! ちょっと来てもらっていいー?」


 特に僕が何かしたわけではないが、『とてもじゃないが食べきれない』と漁師の皆様方に大量のイワシを分けてもらった。


「あらあら、どうしました主様」


 ミラの屋敷の中から、ハナがパタパタと足音を立てて庭先に出て来る。


「やっと運び終わったよ。港でもらっちゃってさ」


 そう言って彼女にイワシを見せる。

 その数、樽五つ分。

 よほどの大漁だったらしい。


「さすが主様。日頃の行いを認めてもらったに違いありません。……とはいえ、これは結構な量ですね……」


「このイワシ、どう保存したものかな」


 彼女はそう言って中身を検分した。

 活きのいいイワシが中にみっちりと詰まっている。

 かといって、このまま放置しておけばすぐに傷んでしまうだろう。


「……そうですね。それじゃあこれで、魚醤(ぎょしょう)を作りましょうか」


「魚醤か……。たしかにそれなら作り置きしておけるね」


 魚を発酵させた塩味のソースだ。

 製法によってはとても臭いがキツい物もある。


「はい。まずは不要な部分を抜き取りましょう」


 そう言ってハナは樽の中からイワシを取り出し、ナイフで頭、内臓、エラを落としていく。

 どうやら僕の知る作り方とは違うようだ。

 僕はハナのするやり方を見よう見まねで模倣しつつ手伝った。


「だいたい魚の分量、四割ぐらいの塩を入れて混ぜ込みます」


 身の部分だけとなったイワシと、塩を混ぜ込みながら作業を進める。

 ……生臭い。


 混ぜ込むのには地下遺跡から発掘してきた古道具の棍棒を使った。

 以前イセが魚粉を作るのに使っていたやつだ。

 これが先端が分かれてかき混ぜやすい構造となっており、意外と樽の中を撹拌するのにとても便利だった。


 何の魔道具かは知らないが、よもや作った人は魚をかき混ぜることに使われるなど予想もしなかったことだろう……。


 一時間ほどそんな作業を続けて、ようやく樽が一つ埋まった。


「……そうしたら後は暗所に保管します」


 ハナはそれに蓋をする。

 これでやっと一樽かぁ……。

 なかなかに大変な作業だ。


「さて、この調子で頑張りましょう! 主様!」


 魚臭くなった屋敷の庭先でハナに励まされながら、僕らは残り四つの樽を仕上げるのだった。



   ☆



 ヨシュアを召喚してさくっと発酵させてもらおうかと思ったが、ハナ曰く魚醤の発酵には瘴気以外の要素も関わってくるらしかった。

 その為、きちんと寝かせないといけなくてしばらく口にすることはできないらしい。

 うーん残念。


 そんなことを考えながら僕はその夜、領主邸の客室に横になっていた。

 手は洗ったものの、体が魚臭い……。


 とはいえ今日も港町を歩き回ったり、ハナと遊んだり、ハナと一緒にごはんを食べたりして僕の体は疲れきっていた。

 そのうち眠れるだろうと思って静かに僕は眼を閉じる。



 ――その声が聞こえてきたのは、そうして寝入る直前の夜遅くのことだった。


「ひゃああああ!」


 僕はパチリと眼を開けた。

 ミラの声だ。


 寝間着のままだがすぐに起き出し靴を履いて、客室の扉を開ける。


「ミラ!?」


 声のした方向へと駆けていくと、廊下には尻もちを着いたミラの姿があった。

 彼女はリビングの方を指差しながらこちらに目を向ける。


「あ、あ、あ……」


「どうした……の……!?」


 僕も彼女の指示に従ってリビングの中を見た。

 そこには――無数の肉塊が床や壁に散乱しているのが見えた。


「ひっ……!? こ、これは……!?」


 リビングのいたるところには赤黒い、手のひら大の大きさの肉塊が散らばっている。

 そしてそれは、その全てがまるで生きているかのようにうごめいていた。

 無数のその小さな肉片は、意思を持っているのか僕たちの方へ向かってずりずりと這い寄ってくる。


「……お……おお……体……」


「肉ぅ……うぅ……」


 小さな無数の声が聞こえる。


「この声は……!」


「……声……?」


 僕の言葉にミラが眉をひそめた。

 その声はミラに聞こえていないということだ。

 つまりこれは……。


「――アンデッドだ!」


 肉片のゾンビ……!?

 そんなものがあるのか!?


「苦しい……苦しい……」


「助けて……」


「洗濯物取りこまなきゃ……」


 無数の怨嗟の声やそうでない個人的な事情が聞こえてくる。

 それにしても驚きなのがその数だ。

 それらの肉片一つ一つがゾンビとすると、その数は百を超えるだろう。


「小さいとはいえこんなゾンビの大群、一体どこから……!?」


 僕がそうつぶやくのと、ハナが駆けつけるのは同時だった。


「主様! ミラさん! 大丈夫ですか!?」


 ハナはミラに寄り添い、彼女を抱き起こす。

 その動きに反応したのか、肉片ゾンビの一つが声を上げて彼女たちに飛びかかった。


「……肉……肉を……よこせぇ……!」


 ゾンビはその苦しみを和らげる為、生者の肉を喰らうといわれる。

 僕は慌てて周囲を見ると、昼間に魚を混ぜるのに使った棍棒が転がっているのが目に入った。

 それを手に取り、思いっきりフルスイングする。


「――カッキーン!」


 ジャストミート。

 運良く棍棒の芯に当たったその肉塊は弾き返され、屋敷の壁にその肉片をぶちまける。


「――ナイス! ありがとうございます!」


 ミラは感謝の言葉と共に立ち上がる。

 慌ててやったにしては上手く打ち返せたが……。


「……やばい」


 そんなまぐれ当たりが続けて出来るとも思えない。

 そして今、残りの大量の肉片たちは僕たちを包囲するようににじり寄って来ていた。


「こ、これは……」


 ハナが改めてその姿を見て驚愕の声をあげる。


「イ、イワシの切り身……!?」


「……えええー!?」


 薄明かりのせいでよく見えていなかったが、その肉片たちを観察すると、たしかに切り身だった。

 昼間に僕たち二人がさばいたイワシだ。


「なんでそんなものがゾンビに!?」


 ミラも狼狽して声をあげるが、それは僕にもわからない。

 ……下処理に失敗してゾンビになるとか、聞いたことがないぞ!


「――二人ともお下がりください!」


 ハナが何かに気付いて僕らに声をかけた。

 よく見れば、リビングの中に這い回るイワシの切り身がそれぞれ体を震わせている。

 ――何かするつもりだ!


 ハナが前に出てリビングの扉を閉める。


「……家内安全!」


 彼女が扉の前で斜めに十字を切ると、その扉を封印するように黒いバツ印が刻まれた。

 途端、ドドドドンと重ねて扉を叩く音が鳴り響く。

 どうやら多数の肉片が飛び跳ね殺到しているらしい。


 ドン、ドン! という打撃音とともに、みしり、と扉の支柱が軋むのが見えた。


「……持ちません! 一旦外に逃げましょう!」


 ハナの言葉に頷いて、僕たち三人は外へと走る。

 後ろから、ドアの破られる音が聞こえた。


 僕らは全速力で走り、玄関から外へ出る。

 夜空には星々が広がっていた。


「外におびき寄せればわたしの魔法で……!」


 ミラがそう言って周囲を見渡す。

 迎え撃つ場所を考えているのだろう。

 しかしそれが定まる前に、僕たちはもう一つの異変に気付いた。

 僕は夜空を見上げる。


「……この音は!?」


 本来であれば静かな夜の港町。

 そんな中、そこに響き渡る異様な音がした。


 パカラ、パカラ、という馬の蹄の音。


「あれは――!」


 ミラが上空を見上げる。

 そこには空を翔ける、漆黒の首なし馬車がいた。

 ――その姿には見覚えがある。


「デュラハン!?」


 ミラがその名を呼ぶ。

 それはゆっくりと地面へと近付いてくる。


「……ゾンビといい、今日はお客様が多い日ですね」


 舌打ちをするミラに苦笑しつつ、僕はハナに声をかけた。


「……ミズチやサナトは?」


「お昼から地下遺跡に潜ったままのようで……」


「となれば召喚して呼び戻す……いやそれには本が必要か……」


 部屋に置いてきたレメゲトン(契約の本)を取りに戻るには、ゾンビたちを蹴散らさなければならない。

 そう考えているうちに、バシャァン、と窓を破って切り身ゾンビたちが外へと飛び出す。

 ゾンビたちが外に飛び出たのと、デュラハンが地面に降り立ったのはほぼ同時だった。


 デュラハンが抱えるその頭には見覚えがある。

 ウェーブのかかった金髪と端正な顔。この前、ロージナへの帰り道で出会ったデュラハンと同一人物だろう。

 今度も友好的に応対していただけると助かるのだけど……。

 彼女は僕らを見ると、その口を開いた。


「……貴殿ら」


 僕とハナはその声に身をこわばらせる。

 ミラにも聞こえているらしい。

 人型のアンデッドなので、普通の発声もできるのだろう。


「彼らは……貴殿らの作り出した物?」


 彼女は視線を切り身ゾンビたちへと向ける。

 僕とハナは慌てて首を横に振った。


「違います違います」


「勝手に動き出したんです」


 たしかに切り身の状態にしたのは僕らだが、こんなゾンビを作ったつもりはない。

 彼女は自身の腕に抱えた首を、斜めに傾けた。

 ……首を傾げているらしい。


「……わかった。ちょっと趣味悪いと思ってた」


 デュラハンさんは結構常識人らしい。

 彼女は片腕でその身長ほどある大剣を掲げ、その切っ先を切り身ゾンビに向けた。


「――この採魂の剣の前において、その不死性は反転する」


 ジャキリ、と音を立てたと思うと、彼女の剣が崩れるようにしなった。

 まるでそれは蛇の腹を彷彿とさせる鞭のような剣。

 彼女がそれを振るうと、一閃にして数体の切り身ゾンビが切り裂かれた。

 少しでも切られたゾンビは、ぴくぴくと震えその場にのたうち回る。


「あ、あれは……!?」


 まるで麻痺毒でも盛られたかのようなゾンビたちの動き。

 デュラハンさんはその蛇腹剣(フレキシブルソード)を翻しつつ、僕の声に答える。


「この剣は死霊の操る魔力の流れを破壊する。死者に限り、それは動きを止める毒となりえる」


「それは……アンデッドキラー……?」


 ミラが声をあげた。

 本で読んだことがある。かつて王都には、そんな効果を持つ剣が収められていたらしい。

 目の前の事象が彼女が持つ剣の効果なのか、それとも彼女の持つスキルなのかはわからない。

 だがどちらにしろ、その流れ弾がハナに当たるとマズイ気がした。


「ハナ、僕の後ろにいて」


 僕はハナをかばうように位置取り、彼女の前に手を伸ばした。

 ハナはそれに気付いたのか、少しためらってから僕の背中にひしりと密着する。

 そんな僕たちの様子を見てデュラハンはクスリと笑いつつ、切り身ゾンビたちを切り払い続けるのだった。



   ☆



「……それ」


 切り身ゾンビをすべて沈黙させた後、デュラハンは僕の元に来て剣の切っ先を向けた。

 びくりと震えてしまったが、その視線の先をよく見れば彼女が指し示していたのは僕の持つ棍棒だった。


「あ、これ……? これは……」


 魚醤を作ろうとした際、樽をかき混ぜた棍棒だ。

 それはたしかミズチたちが地下遺跡から拾ってきたもので……。


「……死霊の杖(ネクロマンス・ロッド)。あまりよくない物」


「えっ!?」


 僕は慌てて手を放した。地面にその棍棒が転がる。

 そ、そんなあからさまに怪しい物だったのか……!


「……それを使わなきゃ、きっと大丈夫……」


 彼女は蛇腹剣を鞘にしまって笑みを浮かべた。


「……ありがとうございます。助かりました」


 どうして彼女が通りかかったのかはわからないが、迅速にゾンビを倒せたのは彼女のおかげだ。

 僕の言葉を聞いて、にやりと彼女は静かな笑顔を浮かべる。


「……私は自然の生命を司る者。死者の異常発生は、見過ごせない」


 彼女はそう言って、地面に散らばる切り身ゾンビたちを眺めた。


「彷徨う死霊たちを集める効果がその杖にはある。一網打尽できて楽なので、是非また今度開催してほしい」


「いや、ゾンビパーティなんて開いたつもりはなかったんだけど……」


 デュラハンさんにとっては宴会みたいに見えたのだろうか。

 ……もしかしてこの前、冷凍魚を大量に運んでいた時も「たくさんの死体が楽しそうに高速移動してる」ぐらいの認識だったのかもしれない。


「……まあそれはそうと」


 僕はいまだピクピクと震える切り身ゾンビたちが散らばった屋敷の廊下、壁、そして庭を眺める。


「……片付けるか」


 僕はため息をついた。

 今日は家中魚臭くて眠れそうにない。

 しかもまだ少し動いてるし……。


 僕の言葉に、デュラハンさんは優しく微笑む。


「私も手伝う。ゾンビは筋繊維がなくなるまで燃やすのが、一番」


「そ、そんなことまで……!? ありがとうございます……!」


 アフターサービスまで完備……!

 なぜか手伝ってくれるデュラハンさんと一緒に、僕たちは後片付けを始めるのであった。



   ☆



 翌日。


「にゃはー。なんか騒がしいと思ったらそんなことになってたにゃんてにゃあ。油断大敵わちき大不覚にゃ」


「いやむしろあの騒動の中、ぐっすりと寝てられる方が逆に凄いと思うよ……」


 あの後起きてきたイセに切り身ゾンビの火葬を任せながら、朝方までかかってようやく片付けを終えた。

 ちなみにミラは既に寝ている。


 ……しばらくは家の中、魚臭くなっちゃいそうだな……。


 片付け終わった僕らがデュラハンさんとお茶を飲んでいると、聞き馴染んだ元気な声が耳に入ってきた。


「うわっ! なにがあったのでありますか!? 魚臭っ! っていうか誰!?」


 そこにいたのは地下遺跡の探検から帰って来たミズチたちの姿だった。

 彼女たちは屋敷に広がる生臭さと、そして首を抱えたデュラハンさんを見て驚いている。


「すごい……。こんなにたくさん仲間がいるんだ」


 デュラハンさんは妖怪たちが珍しいのか、目を丸くして彼女たちを見つめていた。

 僕はミズチへ乾いた笑いを向ける。


「これはええっと……切り身ちゃんがね……」


 ハハハ、と苦笑する僕の言葉にミズチは首を傾げた。

 その後ろからサナトがニコニコしながら顔を出し、僕へと何かを差し出す。


「ねぇねぇ若くん、これ見てこれ! 素敵でしょ!」


 彼女がそう言いながら僕に手渡したのは、髑髏の形をした水晶だった。

 その額に埋め込まれた赤い宝石が、キラキラと光を反射して輝いている。


「すごく悪趣味で逆に趣があるっていうか……どうどう? 若くん、御守りに持ち歩かない?」


 彼女の言葉に僕は死霊の杖(ネクロマンス・ロッド)を思い出し頭を抱えた。


「……遠慮しときます」


 今度は一体どんなおかしな魔道具を発掘してきたのだろうか。

 僕は危険が無いか確かめるべく、彼女たちの発掘品を仕分けするのであった。

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