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70.風受け帆を張りいざ進め

「ヒャーッハッハーッ! 久しぶりじゃあねぇかぁ!」


 港町の食堂の扉をドカン、と乱暴に蹴り開けてやってきたのは、色黒のトサカヘッドの男だった。

 僕は注文したキュウリウオの丸揚げマリネをかじりつつ、そちらに視線を向けた。


「……よもや俺のことを忘れたとは言わせねぇぜぇ~!」


 その男はあからさまに僕のことを見ながらヅカヅカと中へと入ってくる。

 彼はたしか……。


「あ、うん……ええっと、そうそう……その節は……どうも……?」


「明らかに忘れてんじゃねぇか!」


 僕の言葉に半裸のトサカヘッドは怒鳴り散らす。


「いや、覚えてるよ、あれだろ? えっと……地下同盟の……トサカくん……」


「誰だよそれはぁ! 俺にはバルって名前があんだよ! 泣くぞコラ!」


 そう叫びつつ彼は涙目になっていた。案外メンタルは弱いらしい。

 店のカウンターの中からオバチャンが顔を出す。


「うるさいよ! バル! 店を荒らすなら出て行きな!」


 その声に気圧されて、彼は静かにドアを閉める。


「な、なんだよう、ちょっとカッコつけただけじゃねぇか……」


「だいたいあんたはいつまで遊んでんだい! ええ!? マリネロなんかはもう――!」


「ごめん、ごめんってオバチャン……」


 ガミガミと怒鳴る店のオバチャンに、バルと呼ばれたトサカヘッドはその威勢を霧散させながら僕の隣の席に着いた。


「……ええっと……何か用……?」


「おう。仕事の話だ。俺の」


「仕事……?」


 よくわからないが、仕事でも紹介して欲しいのだろうか。

 僕の言葉に彼は頷く。


「そうだ。スラムで暮らしていた俺だが、あの一件以来心を入れ替えて働こうと思ったわけよ」


 彼はどっしりと椅子に座り、こちらを向く。


「……あの件は正直言って詳しいことはわからねぇ。だがあんたが裏でいろいろ動いてくれたことはわかる」


 僕は口を閉ざした。

 ミラと暗殺者の件は、表向きは「悪い吸血鬼を倒してめでたしめでたし」という話になっている。

 ただし事件の当事者でもある彼ら地下の同盟員からしてみれば、納得いかないこともあるだろう。

 しかしそれでも彼らは、あの後は特に何も聞いてきたりはしなかった。


「あとちらっと見た新しい領主の姉ちゃんは色白で可愛いかったしな」


 彼は少し照れるように笑う。

 可愛いは正義らしい。


「というわけであんたはきっと正しいとは思う。だが世の中は常に正しいことばかりとは限らねぇ」


 彼はその目を細めた。


「……クライアントから口止めされてるから言えねぇが、あんた最近いろいろこの町にちょっかいかけようとしてるようじゃねぇか」


「ちょっかい……?」


 僕は首を傾げる。

 まあいろいろなことはしているけど……。

 彼は僕の言葉に頷いた。


「ああそうだ。……例えば流通に関わること、とかな」


 ……なるほど。鉄道のことを言っているのか。


「新しい技術、素晴らしいじゃねぇか。だが――」


 彼はその視線を僕の目から逸らした。


「新しい手段ってやつは、古い手段を駆逐する。今までの時代の流れに(すが)って生きている奴は、それが怖いわけよ」


 古い手段。

 鉄道に対する流通。

 この港町において、つまりそれは。


「……船、か」


 僕の言葉に彼はニヤリと笑みを浮かべた。


「ここからが本題だ」


 彼は胸を張って笑う。


「俺は何とかあんたの事業の邪魔をしなきゃいけねぇ。それが仕事だ」


「バル! またあんたそんなこと言って!」


 店のオバチャンが横から口を出す。

 バルは苦笑しつつ、首を横に振った。


「い、いやいや、俺がやらなかったとしても、他の流れ者が雇われるだけさ。その方が面倒だろ?」


 彼の言葉にオバチャンは黙る。

 たしかに彼の言う通りだ。

 誰かが僕の邪魔をしようとしているなら、彼を排除したところで別の人間が雇われるだけ。

 それでは根本的原因の解決にならない。


「――だから、あんたにこうして頼みに来たんだ」


 彼はまっすぐに僕を見据えた。


「俺の仕事を成功させる為に、あんたと協力したい」


 その目は真剣だ。


「ふーむ……」


 僕は腕を組んで考える。


 彼はおそらく、この港町の流通を扱う貿易商の誰かにでも雇われてきたのだろう。

 鉄道が通れば今は船が担っている商売を横取りされるかもしれない。

 ……陸路の流通が増えることで、需要はむしろ拡大するとは思うんだけど。


 船と鉄道では、輸送量や速度、そして陸路か海路かなど、運搬用途が全然違う。

 とはいえ、そんな不安を理屈で払拭することは難しい。

 誰しも今の生活がかかっているのだ。


「……わかった。何とかしよう」


 力強く頷く。

 ……とはいえ、まだ何も考えてはいないのだけど。


 僕の言葉に、彼はニッと笑って手を差し出した。


「おう、兄ちゃんやっぱ良い奴だな。よろしく頼むよ」


「うん、よろしく。……それにしても」


 僕は彼の手を握る。


「僕に話して良かったの? 雇い主に怒られるんじゃないかい?」


 僕の言葉に、彼は声に出して笑った。


「そりゃあんた、ダメに決まってんだろ」


 僕らはそうして、二人で悪巧みを始めるのだった。



   ☆



 一週間後。

 僕はサナトと二人で、桟橋に繋いだ小さな船の上にいた。


「……貴様、これはどういうことだ! せっかくチンピラの貴様に目をかけてやったと言うのに……!」


 トサカ頭のバルと共に来たその恰幅の良い商人は、岸辺から僕の顔を見るなりバルに向かってそんな声をあげた。

 品が良さげなその身なりは、この前僕が直接挨拶に言った商人のうちの一人だ。


 ……まさか彼が嫌がらせを命じるような人物だったとはなぁ。


「どうもこうもてめぇが――」


 商人の言い方が気に食わなかったのかバルが抗議の声をあげようとするが、僕がそれを制して叫ぶ。


「――よくぞ聞いていただけました!」


 僕が張り上げた声に、二人は驚き口を閉じる。


 今回は彼を追い詰めるのが目的ではない。

 よって僕は――。


「こちらの船を御覧ください!」


 それはボロボロに補修された、人が五人ほどは乗れるであろう小型帆船だった。

 帆が破れ使われずに放置されていた古い船を、僕たちで修繕したものだ。

 今は補修したその帆はたたまれている。


「……な、なんだ。その船が何かしたのか……?」


 商人は困惑する。


 彼はその船が何を意味しているのかわからない。

 こちらの行動の意図がわからない。

 故に、どう対応したらいいのかもわからない。


 ――よって話の主導権を握るのは、こっちだ。


「これは港に打ち捨てられていた普通の船です。――ただし」


 僕が畳んでいた帆を広げた。


「――今は特殊な呪術がかけられています」


 その帆はツギハギだらけの布で出来ていた。

 しかしその中心には目を引くように、大きな魔法陣が描かれている。


「……呪術?」


 商人はそれを見て首を傾げた。


 帆に様々な模様が描かれるのは珍しいことではない。

 所属を明確にする為、海難よけのお守りの為、持ち主の美的センスの為。

 古代においては、魔術を用いて加速する魔道具船と言われるような物もあったらしい。


 僕はその船を係留しているロープを外した。


「……サナト、頼む」


 小声で合図をすると、彼女は頷く。


「……風さん風さん、ちょっとだけお姉ちゃんに力を貸してね……?」


 彼女の呪文と同時に周囲に風が吹いた。

 ゆっくりと船が動き出す。


「さあ、見ていてください……!」


 僕の声に従うように、ふわりと三角帆が風を拾って張り詰めた。

 それと同時に船が加速する。


「――これは……!?」


 商人のあげた驚きの声が遠ざかる。

 船の動きが加速して、海の方へと船が進んだ。


「……あ、ちょっとサナト抑えて」


 思ったよりも早い。

 このままでは商人のいる桟橋から離れすぎてしまう。

 せっかく速度をアピールするために作ったのに、遠くに行ってしまっては意味がない。


「あ、あれ? ちょっと待ってね……風さん? 風さん?」


 船はよりいっそう勢いよく風を受け、沖合へと進む。


「サナト! サナト!?」


「風さん、風さーん!? すとっぷ、ストップ~!」


 二人して慌ててオロオロと船の上を動き回るも、風は強く吹いて僕たちを外海へと導いていく。


「こ、こんなことなら予行練習しておくんだった!」


 さすが僕、詰めが甘い!


 いや、たしか船は帆の向きを調整することで風上にも動けるはず!

 華麗にターンして元の位置へ戻れば……!

 慌ててマストから伸びたロープを引っ張った。


「あっダメっ!」


 サナトの言葉も遅く、帆が風を斜めに受けて船体が傾き、そして――。


「あっー!」


 船が浮いた。

 風を強く受けて、まるで空を走るように滑空し――!


「――ブワァーッ!」


 そのままバランスを崩し横転して、僕たち二人は盛大に海に投げ出されたのだった。



   ☆



 サナトの翼に助けられ、僕は岸へと運ばれる。

 転覆した船のマストから帆だけ回収して、僕らは商人とバルの前へと降り立った。

 彼は困惑しているのか、まるで化け物を見るかのような表情を浮かべて小刻みに震えていた。


「……わたしが悪かったから、目の前で自殺とかやめて……? 本当ちょっと嫌がらせしてやろうかとか思っちゃっただけだから……」


「ち、違います! 違うんです! 今のは事故!」


 どうやら頭がおかしい奴と見られたらしい。

 いや、そう見られたなら見られたでいいのかもしれないけど……。


 僕は帆となっていた厚い布を差し出して笑みを作った。


商売(ビジネス)をしましょう」


「へ?」


 僕の言葉に商人の男は首を傾げる。


「ここで同じ風を感じてもらったとは思いますが……べつに、さっきの速度は強風の魔法を使ったからではありません」


 サナトの魔法が暴走はしてしまったけど。

 僕は商人に見せるように水を吸ってやたらと重くなったその布を広げる。


「秘密はこの帆にあります。この帆はわずかな風を増幅して、船の速度を高める効果がある」


 その言葉に商人は眉をひそめた。


 帆に描かれた魔法陣を見せる……が、実はこの魔方陣は別段意味のあるものではない。

 ミラにお願いして書いてもらった海難避けのお守りであって、魔術的な効果はない。

 ……かといって、これは詐欺というわけではないのだけれど。


「……これを使ってみたくはありませんか?」


 僕はそう言って彼の顔を伺う。

 その瞳は真剣な面持ちで地面に置かれた布を見つめていた。


 ――手応え有り。


「当然、製造法は教えられません。量産出来るものでもありませんので値は張りますが……出来るだけお安くはしますよ」


 種を明かしてしまえば、その布にはヒポグリフの毛が縫い込まれているのであった。

 村に住むシャナオーたちの抜け毛を紡いで出来た糸を混ぜ込んでいる。

 その毛によって作られた帆は、風を受けるとその力を何倍かに増幅するようになっていた。


 わざわざ「呪術」と言ったのは、その製法を秘匿する為の印象付けだ。


「……わ、わたしを許してくれるのか?」


 彼は(うかが)うように僕の顔を覗き込んだ。


「ええ、当然ですよ! これからはビジネスパートナーとして仲良くしていただけると信じています!」


 僕が手を差し出すと、彼は恐る恐るその手を握った。


「……ありがとう。恩に着るよ」


 彼はその顔に気弱そうな笑みを浮かべる。


「商談、成立ですね」


 そうして僕は満面の営業スマイルを彼に送るのだった。



   ☆



「――で、いいのか兄さん? あんな狸親父と取引なんてしてよ」


 僕は町一番の食堂で、海蛇のゼリー包みをフォークで突付きながらバルの声を受けた。

 彼の方も無事報酬をもらったらしく、店のオバチャンに麦酒を頼んで飲んでいる。


「――ああ、いいんだ。なんだかんだきちんとした商売だよ。迷惑料は値段に乗っければいいし……」


 プルンとしたゼラチンに包まれた海蛇の身を口に入れる。

 ……ちょっと生臭い。


「……ああいう輩は下手に刺激しない方がいい。こっちが新参者なのは事実なんだし」


 問い詰めたところでそこには禍根が残るだけだし、彼がメンツを潰されたことを気にしてまた厄介な出来事を起こすかもしれない。結局はいたちごっこになるだけだろう。


「だったら船の性能を上げて彼の目先の利益を保証してあげる……フリをして、抱き込んだ方がいいって思っただけさ」


「……『フリ』って。兄ちゃん案外、肝が座ってんなぁ」


 隣に座るバルは苦笑した。

 ――たぶん、サグメがいれば似たようなことを考えたはずだ。


 僕は手元の海蛇を、ゼラチンと白身に丁寧によりわける。

 ゼラチンは残そう……。


「……鉄道が通れば否が応でもその利益はもたらされるからね。そうなればあの人はたぶん、こんな小競り合いする暇もなく鉄道を使った商売を考えるよ。その方が効率よく稼げるもの」


 僕はそう言いながら、よりわけた海蛇の白身を口に入れた。


 ……こんな風に落ち着いて言えるのも、あんな商人がいたところで怖くも何ともないせいかもしれない。

 こっちは命の危険も何度か潜り抜けて来ている。

 ――それに。


 バタン! と店の扉が開く。


「オバチャン! お酒たくさんちょうだーい! あ! 若くん!」


 その手で二人のチンピラの手を握って関節を()めながら、サナトが店に入ってきた。


「や、やめてくれ! 俺たちが悪かった! もう喧嘩はしない!」


「そうだ! 俺らはもう仲良しだ! 仲良すぎて二人で一緒に外で踊りたくなってきた!」


 その腕に抱えられた彼らは、慌てるように口々に叫んだ。


「そうなのー!? それじゃあ祝い酒ねー!」


 彼女に抱えられた二人は、普通であれば嬉しい美女のお酒の誘いに顔を青褪めさせている。


「やめて! サナトさん……やめてください……! ごめんなさい……!」


 どうやら彼らは彼女の腕っぷしとお酒の強さを既に知っているらしい。

 おそらくこの町の治安を守るよう命じたサナトに、以前同じようにオシオキされた経験があるのだろう。


「さーて飲もっかー!」


 彼女は運ばれてきたお酒を飲み、同じように彼らに飲ませ始める。

 ――僕には彼女のような強力な用心棒が付いているのだから、あんな商人の一人や二人がいたところで全然怖くないのであった。


「あの人、綺麗だよなぁ……」


 隣のバルがサナトが酒を流し込む様子を見つつ、そんな感嘆の声を漏らした。

 ――たしかにサナトは美しい。でも酒を持ってるときに近付いたらとにかく飲ませられまくるので、絶対に近付いてはいけない。


「あ、若くんも飲むー?」


「いえ、結構です!」


 僕は速やかにそう言って、お勘定を机の上に置いた。


「バル、ちょっと次の仕事について話があるんだけど!」


「え、ええ……!? もったいねぇなあ……。俺も一緒に――」


 彼はサナトの方を名残惜しそうに見つつ、僕に無理矢理腕を引かれて外へと出る。

 きっといつしか彼も僕に感謝する日が来る事だろう。

 そう思いつつ僕はなおも渋る彼を引きずりながら、その店を後にするのであった。

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