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67.天体観測GPS

「あわわわわわ……」


 呆然とその様子を眺めるハナの横で、僕はどこから指摘していいのかわからずにそんな声を漏らしてしまった。

 商取引の為に港町へと足を運んだ僕が見たのは、荒れ果てた領主邸だった。


「こ、これは違うのでありますご主人!」


「さもありにゃん! これには海よりはやや浅いものの山よりはちょっと高い、そんな意味深長な事情があるにゃあ!」


 キッチンからもくもくと黒煙を生じさせながら、ミズチとイセが姿を見せる。

 僕が何かを言う前に、イセが両手をあげて弁解を始めた。


「一宿一飯、猫の恩返しに新鮮な海老の天ぷらを食べさせてあげたいと思ったにゃ!」


 彼女の言葉にミズチが頷く。


「そう、ミラ殿にお礼の意味を込めて今日は我々が夕食を作ろうと! しかしイセの奴が火力を間違えて見るも無残な姿に!」


 彼女は消し炭の塊を持って、ぶらぶらとさせた。


「ふにゃあ! 手酷い裏切り! 水をぶっかけたのはわちきじゃないにゃあ! 河童にゃ! 河童の仕業にゃ!」


「まさか熱した油に水をかけたらこんなことになるだなんて、夢にも思わなかったのであります!」


 ぎゃーぎゃーと言い合いを続ける彼女たちをなだめつつ、僕は辺りを見回した。


「……まあなんとなく事情はわかったから、二人ともとりあえず落ち着いて……」


 ハナが彼女たちの出てきたキッチンを覗き込む。


「幸い出火はしていないようですが……これはなかなか」


 ハナはその表情を引きつらせた。


 屋敷のリビングも前にもまして荒れ果てており、まるで瓦礫が崩れた後のように地下遺跡からの発掘物が散乱していた。

 ……片付けられない子たちを残してしまったようだ。


 そんな反省を心の中でしていると、その瓦礫の中から呻くような声が聞こえた。


「……たしゅけてぇー」


 僕はその声にハナと顔を見合わせたあと、慌てて二人で荷物をかき分ける。

 そうして僕らは積もった古代遺物(アーティファクト)の山の中から、メアリーを発掘した。


「だ、大丈夫……!?」


「ごめんなさい、ごめんなさい……わたしが……普段から整頓していないせいで……」


 どうやら本当に荷物が崩れていたらしい。


「……そんなことより怪我はない? いったい何が……」


「は、はい……。……爆発の振動で……いろいろと、崩れてしまったようで……」


 どうやらミズチたちの”料理”に巻き込まれてしまったらしい。


「あああ……どうしましょう……。そろそろミラさんが起き出す時間です……。これは謝り倒すしか」


 メアリーは窓の外を見つめる。

 さきほど日が沈んだところだ。

 太陽の光に弱いミラは日が沈む頃に起きて、昼前に眠る生活リズムらしかった。


「まあ、とりあえず片付けよう。……ハナ」


「はい、お任せください主様」


 彼女は頷くと、煤けたキッチンへと入っていく。

 あちらは彼女に任せれば問題ないだろう。

 僕は足元の散らかった荷物を見渡す。


「えーとここらに散らばってるのはいったい……」


 そこには何に使うのかわからないような金属片や木工細工などが散乱していた。


「そ、それは遺跡にあった魔力を感じる品々で……いえ、使い方はまったくわからないんですけども……」


「それはつまりガラクタというのでは」


 魔力が宿っているということは、何らかの魔道具なんだろうけども。


「とりあえず隣の部屋が空いてたよね? そこに押し込んじゃおう」


「にゃ! それならわちきの猫の手、大活躍の予感にゃ!」


 そう言ってイセはその辺に散らばったガラクタを拾い集め、どっさりと抱えて運んでいく。

 こぼれ落ちないようバランスを取る様は、なかなか器用であった。


「……次にこのあたりの物は……古文書の一種になるのかな」


 僕が部屋の一画へと目を向けると、そこには巻物(スクロール)や石版、魔導書らしき物なんかが散乱していた。

 メアリーはそれに頷く。


「は、はい。何らかの資料価値があるかと思って保管していたんですけども……」


「……とはいえ――」


 メアリーの言葉に、ミズチはそのうちの一本を紐解いて僕へと中身を見せる。


「――何が書いてあるかは全くわからないのでありますが。こちらの言語とも違うようで」


 ミズチの言う通り、そこに書かれているのはたしかに古代文字のようだった。


 ……そう言えばこの前、イスカーチェさんに貸してもらった本に古代文字の読み方が書いてあったっけ。

 僕の記憶が正しければ、書かれているのはそんな古代文字の一つで……。

 ミズチの持つ紙の方向が間違っていたので、僕は首を横に傾けた。


「えーと……空間跳躍(テレポート)?」


 僕がそう口に出した瞬間。

 ミズチの持つ紙が一瞬で燃え上がった。

 それと同時に、視界が歪む。


「……ひゃっ!?」


 横でメアリーが声をあげる。

 それと同時に目の前に暗闇が広がって、足元の床が消えた。

 僕とミズチ、メアリーの三人は重力に引かれるように落下する。

 すぐにバシャン、という音と冷たい水の感触を同時に感じた。


「ごばぁーっ!?」


 口の中から空気が漏れる。

 それと入れ替わりに侵入する水には、塩辛さを感じた。


 これは……海だ!


 そうそう、港町だもんな。

 そういえばせっかくの海なのに海水浴もしてなかったなぁ……。


「ごぼぼぼぼ!」


 頭の中でそんな呑気なことを考えながら、僕の意識は海の底へと消えていくのであった。



   ☆



 暖かい感触を口元に感じる。

 ……圧迫感が息苦しい。

 うう……苦しいって、苦――!


「――うぇっへ! げっほ!」


 むせて咳をする。

 そして視界に入ったのは夜の闇。


 薄暗い月明かりの中、僕たち三人は夜空の下にいた。

 上半身を起こして改めて首を回すと、僕の横には水に足を付けながら座るミズチとメアリーの姿。


「ごちそうさまであります」


「……何が……? ていうか、ここはどこ……? 何があったんだ……?」


 周囲を見渡すと四方に水平線が見えた。


 海だ。

 海のど真ん中だ。

 海に浮かぶ小さな岩の上に僕は寝かされていたらしい。


 僕は記憶を辿る。

 たしか屋敷でスクロールを開いて、そこに書かれていたのは……。


「もしかして、空間跳躍(テレポート)したのか……?」


 四方が海に囲まれ、陸が見えないということはかなりの距離を瞬間移動したのかもしれない。

 ぼ、僕はただ一言読み上げただけなのに……!


 ……たったそれだけで、三人一緒に一瞬でテレポートしたのか。


 あのスクロール、もしかしたら凄い力を秘めていたのかもしれない。

 少し惜しいことをしてしまった。


 しかし使ってしまったものはしょうがない。

 そんなことよりも、今の問題は……。


「……いったいここは町からどれぐらい離れた場所なんだ……?」


 僕の問いに、ミズチは真剣な面持ちで答える。


「海の真ん中の岩礁(がんしょう)の上、という以外はさっぱりであります」


 僕たちは人一人が横になれる程度の大きさの岩の上に座っていた。

 そして四方に陸地は見えない。

 これはつまり……。


「そ、遭難……?」


 僕の言葉にメアリーは頷いた。


「……ごめんなさい、すみません。どのぐらい移動したのかはわかりません……」


 彼女は空を見つめる。

 その視線の先に浮かぶのは三日月。

 どこかわからない海のど真ん中に放り出されたらしい。


「……そ、そんな……。い、いや待てよ」


 そうだ、幸か不幸かメアリーがいる。


「千里眼……! メアリー、君なら太陽が昇れば陸地の方向がわかるんじゃない?」


 彼女には遠くを見通す力がある。

 夜目は利かないようだが、朝まで待てばきっと……!


 しかし僕の言葉に、彼女は首を横に振った。


「……いいえ。……それは、物理的に無理なんです。……ごめんなさい……」


 彼女は泣きそうになりながら謝る。


「ど、どうして……?」


「……仰角(ぎょうかく)です」


 彼女は申し訳なさそうに言葉を続けた。


「わたしたちが立つこの地表は球形となっています……」


 そう言ってメアリーは岩礁の上に立ち上がる。


「わたしの身長から水平に見た場合、視界に見える水平線はせいぜい五キロ程度」


 彼女は水平線の先を見つめてそう言った。


「……大きな球の上からでは側面が見えないように、見える距離には限りがあるんです」


 ……地面が球形……?

 大地には緩やかに傾斜がついているということだろうか。


 頭の中に家よりも大きなボールをイメージする。

 ボールの頂上から見下ろした場合、たしかに球の真横は見下ろせない。


 ……となると、その距離を増やす方法は……。


「……高い位置から見るとかは? ミズチに水の足場を作ってもらうとか」


 角度が問題というなら、空高くから見渡してみてはどうだろうか。

 そんな僕の言葉に首を横に振ったのは、そのミズチだった。


「……いいえ、ご主人。自分では海水を操ることはできないのであります」


 彼女は沈んだ面持ちで言葉を続ける。


「自分は河川を司る妖怪。……海辺を住処とした同胞もいるのですが、その場合はまた少し在り方が違うのであります」


 ミズチはパシャンと音を立てて海に飛び込む。


「元来、水棲生物というのは一部の例外を除いて淡水と海水を行き来することは困難なのであります」


 ミズチはバシャバシャと背泳ぎを始めた。

 月明かりを浴びて、その横顔が照らされる。


「浸透圧の違いがあり水中呼吸もままなくなる……。よって海の上の自分はただの”泳ぎが上手いだけの可愛いミズチちゃん”でしかないのでありますよ」


「……可愛いかどうかはさておき……」


 ミズチの戯言(たわごと)を流しつつ、僕は考えを巡らせる。

 このままここで干からびるのを待っているわけにもいかない。


「どうしたものかな……」


 僕は水平線を見つめる。

 せめて陸地の方角だけでもわかれば……。


 何か僕にできることはないだろうか。

 ……とは言っても今は契約の本(レメゲトン)も持っていない。

 いやこの場合は水に濡れなくてよかったと考えるべきかもしれないけど。

 他に何か持ち物は……。


 そうして服の中を漁っていると、ふと上着のポケットに何かが入っていることに気付く。


「これは……」


 それを取り出す。

 ジェニーからマリネロ宛に預かっていた懐中時計だ。

 何かあってはいけないと革袋に入れていたのが幸いして、ほとんど海水にも濡れていない。

 カチカチと時を刻み続けているその文字盤を、メアリーが覗き込んだ。


「……時計、ですか?」


「うん、たぶん壊れてはいないと思うんだけど……」


 僕の言葉に彼女は口元に手を当てて考える様子を見せた。


「……どうかしたの?」


「……ええ、少しお待ちください」


 懐中時計を見つめながら数分間じっくりと考えたのち、彼女は顔をあげる。


「――三つ」


 唐突に、彼女の額の目が開いた。


「三つだけ、質問があります。御主人様」


 彼女は指を三本立てる。

 彼女の意図が読めず、僕はただその言葉に頷いた。


「一つ」


 彼女は薬指を折る。


「”季節”は知っていますか」


「え? そ、そりゃあ……」


 季節。時期によって気候が変わること。


「……昔は(・・)あったらしいけど」


 僕の生まれる前の話だ。

 精霊たちがいなくなってから、そんな寒暖差はどんどん失われていったらしい。

 この周辺では若干の温暖化に加えて、雨季がなくなって慢性的な水不足に陥っていた。

 他の国や地域では極端に温度が上がったり、逆に寒冷化した地域もあるらしい。


 とはいっても僕が生まれる前の話なので、伝聞の知識でしかないのだけど。


 僕の言葉を聞いてメアリーは頷いた。


「ではもう一つ」


 彼女は中指を折る。


「なぜこの文字盤は”十二の数字”で区切られているのですか?」


 そう言って彼女が指したのはジェニーの作った時計の文字盤だ。

 それはこの国では一般的な形で、十二の数字が円形に並んでいた。


「えっと……一日は二十四時間で昼と夜に分かれているから……かな」


 こんな回答で良いのだろうか。

 とは言ってもその起源なんて僕は知らないぞ。


 彼女は僕の答えを聞くと、額の目だけ開いたまま左右の目を閉じた。

 しばらく彼女は考えたあと、その両の目を見開く。


「……ええ、では最後の質問です」


 彼女は三つの瞳で、僕のことを見つめた。


「わたしのこと、信じてくれますか?」



   ☆



「――あ、じゃああれはどうでしょう」


 肩越しに彼女の指差す方を見る。

 そこにはいくつかの星が輝いていた。


「あれはドラゴン座だよ」


「ええ……? どの辺がドラゴンなんですか? ごめんなさい、わたしのような劣った感性の持ち主では理解できなくて……」


「そんなに卑下しなくていいから……」


 僕は思わず苦笑する。

 僕たち二人は背中合わせに岩礁の上に座り込み、星を見上げていた。


 彼女が何をしたのかは、僕にはわからない。

 彼女は時間を確認した後、水平に腕を伸ばして指を開いた。そうして空を見上げる。


 幾度かのそんな動作を繰り返して、彼女は一つの方向を指し示した。

 メアリーいわく、そんなに遠くに転移したわけではないらしい。

 そんな彼女の言葉に従って、ミズチは夜の海をまっすぐ泳いでいった。


「……あの星座はスカイドラゴンとかの尾長の竜種を指してるんだってさ。曲がってるのが頭の方で」


「なるほど……。まあ、おおぐま座よりはわかりやすいかも」


「大熊? あれが? さすがに熊には見えないと思うけどな……」


 僕らはミズチを信じて星の空を眺める。

 きっとすぐに、助けは来るはずだ。


 メアリーとしばらくそんな星空の話をしたあと、彼女はつぶやくように静かに切り出した。


「……御主人様、わたしは」


 彼女の体重を背中に感じた。


「信じてもらえない辛さは、わかっていたはずなんです。……謝っても何をしても許してもらえない。そんな辛さは」


 その言葉からは少し寂しさのようなものを感じる。


「でもきっと、さっき御主人様に言われるまでわたしは忘れていたんです」


 彼女の暖かな体温が背中越しに伝わってきた。


「――だから、次は」


 彼女の声が耳元に聞こえる。


「次は、わたしが信じる番」


 その声には確かな決意を感じた。


 先程、彼女はわざわざ「自分のことを信じてくれるか」と確認した。

 それはきっと、自分の言葉を信じてもらえる自信がなかったからだ。


 彼女の過去に何があったのかは知らないが、信用してもらえなかった経験があるのかもしれない。

 だから僕は――。


「僕は君を信じるよ。君が僕を信じてくれるように」


 僕はさっき彼女に言ったものと同じ言葉を返した。


「……僕は君を傷つけることは無い……とは言い切れないかもしれないけど……ううむ」


 我ながら優柔不断な僕の言葉に、彼女は背中越しにくすりと笑う。

 うーん、格好がつかない。


 それでも彼女は笑いながら、朗らかに言葉を続けた。


「はい……その……変なことを聞いてしまって、ごめんなさい……じゃなくって――」


 彼女は僕に背中を預けたまま、恥ずかしそうに言った。

 

「――聞いてくれて、ありがとうございます」


 夜の海をほのかな月の光が照らす。

 僕らはそうして背中を支え合いながら、救助の船が到着するまでの数時間を過ごしたのだった。

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