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66.情熱マニュファクチャー

「……で、カシャさんに協力してもらえれば建造予算はぐっと抑えられるかなとは思うんです」


 エルフの技術者ジェニーは、そんな港町プエルトへ続く鉄の道の構想を僕へ話した。


「なるほど。あとは材料費と、組み立て費?」


 ロージナの東の入り口で山脈の方を眺めつつ、僕は腕を組む。

 ジェニーは僕の言葉に頷くと、自身のその可愛らしい服のポケットをガサゴソと漁り始めた。


「はい。カシャさんに装填する線路ユニットを組み立てる人件費としては……あれ……どこやったかな……」


 しばらくいくつかのポケットをひっくり返りしつつスカートをひるがえして、ようやく羊皮紙の切れ端を取り出す。


「んーと……ここはその……もうちょっと検討してから話そうかな……と……」


 彼は歯切れが悪く苦笑した。


「高いの……?」


「え、ええと……まあちょっと細かい作業が必要になるので……」


 彼はえへへ、と誤魔化す。

 技術や知識が必要な作業になるのであれば、ドワーフなどの熟練工に頼まなくてはいけない。

 そしてそれは、そのまま賃金として跳ね上がってくることだろう。

 村の経営が軌道に乗り多数の人間が行き来するようになった今、無理を言って安く働いてもらうようなことをすればいろいろな場所から不平不満が出てしまう。


「うーん……。ノームたちに手伝ってもらったりはできないかな」


 ノームは元々大地の精霊だったが、人家に馴染むことでブラウニーなんかの妖精へと姿を変えている。

 彼らは夜間限定でお手伝いをしてくれて、その力は百人力とも言える便利な妖精だ。

 とはいえ飽きっぽい性格の為、お願いしてやってもらうのは少々コツがいるのだけれど。


 僕のそんな提案に、ジェニーは首を横に振った。


「……ノームさんたちにお願いすると、画一的な物ができないんですよね。凄く独創的で素敵な物は作ってもらえるんですが……」


「あー、なるほど……。精度が必要なのか」


 以前ジェニーの住む家で、彼が作った大きな振り子時計を見せてもらったことがある。

 その内部にはびっしりと歯車が詰まっており、一見しただけではまったくその機構はわからなかった。

 あんな無数の歯車がスムーズに動き続ける為には、かなりの精巧な加工が必要なのだろう。


「どうしたもんかな……」


 ジェニーの提案した馬車鉄道の計画は、鉱山で既に実績が出ている。

 港町までの長い距離を鉄道で結ぶことができれば、ほとんどロージナが港を有しているのと変わらないぐらいの流通の増加が見込めることだろう。

 鉄工所で作る鉄製品を運ぶにも、船を使った水上輸送の方が多量の運搬が出来て効率が良い。

 港から王都へ続く運河に搬入することができれば、ロージナの鉄製品の品質の良さを大きくアピールすることができるはずだ。


「うーん、ここはお金を借りてでも事業を推し進めるべきか……」


 無事鉄道が通れば回収は容易な気がする。

 そこから街へも馬車鉄道を引くことができれば……。


 僕がそんな考えを巡らせていると、東から馬車が走ってくるのが見えた。

 数日に一回やってくる港町からの荷馬車だ。

 その馬車が近付くに連れて、その御者の格好に見覚えがあることに気付く。


「……マリネロ!」


 その名を呼ぶと、彼は手綱を少し引いて速度を調整した。

 僕たち二人の前に馬車を止めると彼は生意気そうなその笑顔を浮かべる。


「よー、兄ちゃん! 仕事サボってデートか?」


「ち、違う違う! 仕事中だよ! こう見えても!」


 僕の言葉に声を出して笑いながら彼は馬の上から降りる。

 その積荷を見るに港で採れた海産物を運んできたらしい。


 彼の姿を見てジェニーは感心する。


「……凄いですね。まだ若いでしょうに、馬車を操れるなんて」


 乗馬には結構な技術が必要だ。

 荷馬車を引かせるとなれば、更に難度は上がる。


「……慣れれば案外簡単だぜ。元々馬の世話を手伝ってたのもあるけどさ」


 マリネロはジェニーの言葉に照れるように、鼻の先をこすった。


 僕が馬の目を覗き込むと、馬は僕の顔を一瞥したあとすぐにそっぽを向いた。

 ……馬とマリネロとの間にはきっと特別な信頼関係があるのだろう。


 そんなマリネロはジェニーと僕を交互に見比べる。


「……そ、それにしてもその、さ。……この子は?」


 ジェニーは彼の視線にニコリと笑みを浮かべた。

 マリネロはそれに驚いたのか目を見開くと、視線を逸らしながら咳払いをする。


「……い、いや、その……。えーと……エルフ? あ、あーと、俺はマリネロ……」


「あ、はい。ボクはジェニーです。よろしくお願いします」


 手を差し出したジェニーの手をとって、マリネロは握り返す。


「よ、よろしく……」


 ジェニーはぎゅっと握った後でその手を放すと、僕の方を向いた。


「……じゃあボクはもう少し鉄道の事業計画を見直してみます」


「うん、ありがとう。僕の方でも何か考えてみるよ」


 彼ははにかみながら軽く手を振ると、自分の家の方へ向かって歩いて行く。

 ぼんやりとジェニーの後ろ姿を見送るマリネロは、自身の手を見つめながらぽつりと呟いた。


「……なあ兄ちゃん、今日泊まっていっていい?」



   ☆



「兄ちゃーん! 頼むお願いだ! 一生のお願いだ!」


「うわああ!?」


 次の日。

 屋敷の物置で片付けをしていると、マリネロが背中からタックルを仕掛けてきた。


「僕にこんなことをしたらどうなるかわかってるのか!? 派手に転んで怪我しちゃうぞ!」


「ご、ごめん。そんなに貧弱だなんて……」


 僕の剣幕に押されたのか、マリネロは一言謝るとその腕を放してくれた。

 まったく。僕のひ弱っぷりを見くびらないで欲しい。


「いや、兄ちゃんのひょろさはともかく! 俺をその鉄道事業とやらに一枚噛ませて欲しいんだ!」


「え、ええ……? 突然どうしたの?」


 僕が首を傾げると、彼は顔の前に拳を突き出した。


「昨日の晩、晩飯食いながらジェニーに聞いたんだ……。港と鉄の道を繋げるっていう兄ちゃんたちの計画を!」


 どうやら昨晩、酒場で二人で話をしていたようだ。

 彼も何かジェニーと通ずるものがあったのだろうか。


「鉄道が出来たらもっと早くここと港を行き来できるようになるし、俺もそれに協力させてくれ! いや、ください!」


「……よくわからないけど」


 協力してもらえるというなら別に拒む理由はない。


「べ、べつにいいよ……。……とは言っても今はできることなんて……」


 今の計画のネックは人件費だ。

 とはいえ、マリネロ一人が働いたところでどうなるものでもない。


「……俺は少しぐらいならミラねーちゃんに教えてもらった魔法が使えるぞ……! 火と氷のやつ!」


 彼はその瞳に熱意を(たぎ)らせた。


「これからもっと魔法の理論についても勉強もする! だからどうしても、その……ジェニーの役に立ちたいんだ!」


 熱意を持って彼はそう言い切る。


 ジェニーの役に立つ、か……。

 鉄道に限らず彼の役に立てることだったらいいんだろうか……。


「そうは言ってもなぁ……」


 僕が頭を悩ませているのを見て、彼は慌てた様子を見せる。


「……じゃ、じゃあ何か欲しい物とかは!? 港にはいろんな物が入ってくるし、探してくるぞ!」


 彼は胸元から薄い木片と木炭を取り出した。

 どうやらメモとして使っているらしい。


 その様子が昨日のジェニーの姿と重なった。

 彼も羊皮紙の切れ端を持ち歩いていたっけ。


 ……メモ、か。


 ジェニーの先程の言葉を思い返して、一つのアイデアが思い浮かんだ。


「……そうか。ノームに精密な物を作ってもらえないっていうなら」


 僕は長いあいだ放置して忘れていた木製の桶を、倉庫の奥から引きずり出す。


「……作り方を精密に伝える方法があればいい」


 唐突な僕の言葉にマリネロは首を傾げた。


「マリネロ、ちょっと手伝って欲しい」


「……なんだこれ?」


 マリネロがその四角い桶を覗き込む。


「設計図を作るんだ」


 その蓋を開けると、中には白濁した液体が入っていた。



   ☆



 それは以前、米を収穫したときに仕込んでいたものだ。

 そのとき余った稲わらを細かく砕いて、灰を溶かした水に漬け込んで放置していた。


「ついでにこれも入れてみよう」


 港町から持ってきた麻袋に手を入れ、中身を取り出す。


「それは……貝殻?」


 マリネロの言葉に頷く。

 それを袋に入れたまま細かく砕いていく。

 そうして粉砕した粉を灰色の水の中に入れてかき混ぜた。


「さて、まずはこれで中身をすくう」


 細かな目の網を貼った木枠を、水の中へと泳がせる。

 僕お手製の木枠だ。

 ……少し(いびつ)だけど。


 そうして桶の底から白い沈殿物をすくうようにして木枠を水から上げる。

 長い時間をかけてバラバラになった稲わらの繊維が幾重にも折り重なり、その表面に薄い膜を作った。


「これを板に挟み込んで上から押し付けて……」


 上下から平らに切った木片で体重をかけ、水分を絞り出す。


「そしたらあとはじっくり乾かす」


 周囲に枯れ草を積んでマリネロが静かに呪文を唱えると、小さな火が灯って周囲の枯れ草がゆっくりと燃えだした。

 魔術のことはあまりわからないが、なかなか様になっている。

 彼はいろいろ器用なところがあるし、将来が楽しみだ。


 魔術の行使に緊張していたのか、彼は安堵のため息をついた。


「……よし、火力はこんなもんでいいかな?」


「うん。あんまり強くして焦がさないようにね」


 圧力をかけたそれをしばらく火の側において、水分をとばしていく。

 しっかりと乾いたのを確認して、くっつかないよう注意しつつ板を外すと……。


「紙の完成だー!」


「おおー?」


 そこには薄い繊維の塊があった。


 昔、街で錬金術師の爺さんに教えてもらった紙の作り方だ。

 本を作るには羊皮紙を使う必要があるが、羊皮紙は動物の革を使う上に加工にも手間がかかるので一枚で銀貨数枚程度の価値がある。

 それで作った本はかなりの値段になってしまい、庶民にはなかなか手が出せないものだった。


 南の地方では紙にしやすい植物が多い為、羊皮紙はあまり使わないらしい。

 ロージナでも紙を量産できるようになれば一つの産業になるとは思うものの、実際に作ってみると結構手間がかかるもんだな……。


「へぇー……。羊皮紙みたいだけど、なんか表も裏もざらついてんだなぁ」


 マリネロがその端を両手でつかみ、ひらひらと空中になびかせる。

 それは少し(いびつ)でゴワゴワとしており、太陽にかざすと繊維の線が透けて見えた。


「……よし。問題なさそうだしもう何枚か作ってみよう」


 僕の言葉にマリネロは頷くと、引き続き同じ作業を開始した。


 こうして何十枚と同じ規格の紙を作ることができれば、きっちりとした部品の仕様書を大量に書くことができる。

 精密な指示を出すことができれば、ノームの力を借りて均一な品質の部品を大量生産することも不可能ではないはずだ。


「よし、ありがとう兄ちゃん! 頑張るぞ……!」


 マリネロはそんな言葉を口にしながら、紙を作り続けるのだった。



   ☆


 その翌日。


「――兄ちゃーーーん!」


「ぐへぇ!」


 マリネロの突進を受けて、僕は地面に転がった。

 ……ま、まだ港に帰ってなかったのかマリネロ……。


 僕が土を払いつつ起き上がると、マリネロは自身の顔を覆うように両手を当てた。


「どうして言ってくれなかったんだ……!」


「え? 何が?」


 僕が首を傾げると、マリネロは呻くような怨嗟の声をあげる。


「俺の初めての……うわあああぁぁぁー! 認めない! 俺は認めないぞぉー!」


 彼は叫んで走っていく。

 い、いったい何があったんだ……?


 僕が困惑したまま彼の後ろ姿を見送ると、今度は別の声がかけられた。


「――あの! マリネロくん見ませんでした……!?」


 息を弾ませながら、ジェニーが走ってやってくる。


「マ、マリネロならたった今あっちに走って行ったけど……」


 僕が指差すと、そこには既に走り始めた荷馬車の姿が見えた。


「ああ……残念。ちょっと遅かったみたい」


 彼は伏し目がちにそちらに視線を送る。


「……マ、マリネロに何かしたの……?」


 彼の尋常でない様子に僕が恐る恐るそう尋ねると、ジェニーはきょとんとした表情を浮かべて首を傾げた。


「へ? いやべつに何も……?」


 あれ?

 てっきり喧嘩でもしたのかと思ったが、マリネロの身にはいったい何が起こったんだ……?


 僕も同じく首を傾げつつ、荷馬車の走っていった方向を見つめる。


「……彼は――」


 ジェニーも目を細めて、名残惜しそうにそちらへと視線を向けた。


「――彼は魔術に詳しくて、熱心にボクの話も聞いてくれたんです。……ボクって話し出すと周りが見えなくなっちゃうんですけど」


 彼はバツが悪そうに苦笑する。


「……そんなだからボクはエルフの中でも周りに馴染めなくて」


 何かを思い出すように、彼は空を見上げた。


「でもそんなボクのことを彼は『好き』って言ってくれたんです」


 ジェニーはそう言って穏やかな笑みをこちらに向ける。

 ――『好き』……?


「……男同士の友情ってこんなのなんだなって嬉しくなっちゃって。……ありがとうございます、これも(おさ)様のおかげです」


「いや……それは……まさか……」


 ジェニーの全身を改めて見る。

 ……その姿はどこからどう見ても可愛らしい女の子。


「……でも、それで仲良くしたくて何か失礼なことを言っちゃったのかも……」


 僕は頬に一筋の汗が流れるのを感じた。


「そ、そうなんだぁ……。なんでだろうナァ!」


 ――マ、マリネロ……! もしかして君は……!


 僕はジェニーから視線を逸らしつつ、少年の顔を思い浮かべた。

 そんな僕の横で、ジェニーは何かを思いついたように声をあげて懐に手を入れる。


「……そうだ。これ、マリネロくんに渡しておいてくれませんか」


 彼は僕に手のひらサイズの薄い金属の円盤を差し出した。


「これは……時計?」


 その表面には文字盤が刻まれており、カチカチと秒針が動いている。

 

「はい。数日に一回はこのネジを巻いてもらわないといけないんですけど……」


 彼は突起の部分を差した。

 こんな小さなサイズの時計は見たことがない。

 ……魔道具なのだろうか?


「……振り子とかはついてないんだね」


 僕の言葉に彼は目を輝かせる。


「はい! そうなんですよ実は! これは脱進機構もさることながら、中の調速バネ(ヒゲゼンマイ)の機構が、あ、それ自体はムジャンさんと一緒に作った剛性のある――」


「うん、わかった! わかったから! 今度会った時にマリネロに渡しておくから! いやあ近々港町に行こうとも思ってたんだ!」


 僕は無理矢理話を切り上げてそれを受け取り、時計をポケットにしまいこんだ。

 ……止めないと数時間ぐらい話し続けるもんなあ、この子。


 僕の言葉に安心したのかジェニーは笑みを浮かべて、東の空を見つめる。


「ありがとうございます。……また彼とお話できるといいなあ……」


 僕はマリネロの不幸に同情しつつ、東の空に向かって目を細める。


 ――彼らが仲良くできますように。


 額に冷や汗を感じながら、僕はそうして少年たちの幸せを祈るのであった。

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