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65.未来のチルドレンに

「……えーとアムダレッド先生に渡す出納帳は……」


 ガサゴソと机の上を漁る。

 山のように積まれた羊皮紙の山が机の上から数枚崩れ落ちた。


「ん……あ、これいつまでだっけ……?」


 その中から出てきたのは街から送られてきた戸口調査依頼。


「そうそう、忘れずに報告しないとな……あれ? そういえば港町からの新しい移住届けがこっちに……」


 処理する前の書類を見つけると、その中身を確認する。


「えーとここらへんはたしか誰かに確認してもらってたよな……」


 書類をひっくり返して報告書を探す。

 低質な羊皮紙を使っている上にそれぞれのサイズが異なっているのでかなり整頓性が悪い。


 とはいえ粗悪品であっても、一枚で銀貨数枚の値段になるのが羊皮紙だ。

 これを高級羊皮紙に変えてしまうと、この場に積まれた書類の原材料費だけで数ヶ月は暮らせてしまうだろう。


 何気に僕が趣味で記録を付けている日誌も、かなりの贅沢品ではあった。


「もうちょっと羊皮紙も安くなればいいんだけど……と、あったあった。……んんん?」


 一緒に発掘した書類に眼を通す。


「あーっと……ジェニーからの公共事業の提案書……?」


 頭の中に女装したエルフの子を思い浮かべた。

 たしか以前、うっすらと説明を受けたような……。

 なんでも鉄の道を作り、その上を走る車を馬で引かせる予定だとか。

 既に鉱山では試験的に運搬車(トロッコ)を導入し、作業効率の改善データが報告に上がっていた。


 ……うーむ。港町に続く道ならカシャが作ったから平坦だし、鉄の道を敷くには好都合かもしれない。

 それに両者の交易が盛んになれば港町の財政も好転するはずだ。


「んーと、その辺に回せる予算は……」


 数字を計算しつつ金庫の額を確認する。


「ああそうだ、それと港町への当面の融資も……」


 ふと、窓の外の景色が映り込んだ。

 太陽の陽射しが降り注ぎ、青い空を鳥が飛んでいる。




「……ああ……いい天気だなぁ……」


 ぼんやりと空を眺める。


 忙しい。

 なぜこんなにも忙しいのかわからないが、やることが次々溢れてくる。

 ――まあ、誰かさんが港町へ数日遊びに行く予定だったのを大きく伸ばしたせいなのだけど。


「はー……。頑張るかー……」


 肩のこりをほぐすように首を左右に曲げたところで、コンコン、とドアがノックされた。

 そちらに向けて僕は返事をする。


「……今忙しいから居留守でーす」


 僕の言葉を無視してドアが開いた。

 そこにいたのはサグメ。


「やあ、村長殿……いやもう町長って呼んだ方がいいのかな?」


 悪戯を企んでいる子どものような笑みを浮かべて彼女は部屋の中へと入ってきた。


「……どちらでも。どうしたんだいサグメ、手伝ってくれるの?」


「……まあ、それもやぶさかではないのだけど」


 彼女は窓の方へ近寄ると、引き戸を開けて外の空気を取り込む。


「僕は天邪鬼として、君を堕落させる使命があるんだ」


 彼女はその窓を開けて、今にもそこから飛び出すかのように足をかけた。


「……さあ、仕事なんて捨てて遊びに行こうよ」


 僕は書類を机の上に置いて立ち上がる。


「――よしきた、任せろー!」


 僕は外に出るサグメの後を追って、晴れ渡る青空の下へ繰り出した。

 ひゃっほー!



   ☆



「騙したなサグメー!」


「ハァーハッハー! 騙される方が悪いんだよ君ぃー! 死なばもろともだー!」


 悪役のようなセリフを吐きつつ、サグメはその足元に村の子どもたちを群れさせていた。

 僕の方には両手両足に子どもがぶら下がっており、その背中にもよじ登ろうとする男の子が一人。


「ぐわー! お前らー! 僕はこう見えてなー! 見た目通りひ弱なんだぞ! お兄ちゃんはこのまま倒れるからなー!!」


 村の広場には、二十人ばかりの子どもたちが寄り集まっていた。


 ……たしかに、サグメが僕を連れ出した時に言ったセリフは「遊ぼう」だ。

 しかしまさかそれが「子どもたちと遊ぼう」だなんて意味だったとは……!


「――ああ待ちたまえそこの少女! 一人でどっかに行くんじゃない! そっちの兄ちゃんに遊んでもらえ!」


 サグメがまだ歩き始めたばかりのような女の子を慌てて取り押さえる。

 彼女に取り押さえられながら、その少女はキャッキャと笑っていた。


「違う! 鬼ごっこじゃないから! だから君たち逃げないで! ――ああもう、論理が通じない!」


 サグメが涙目になりながら叫ぶ。


 今はちょうど作物の収穫タイミングや鉄工業の納期が重なってしまい、村の大人たちは仕事に駆り出されていた。

 いわゆる繁忙期だ。


 そこで目をつけられたサグメが半ば無理矢理子守を押し付けられたらしいが……。


「……ってどこ触ってんだこのエロガキ! 色気を出すには十年早いんだよ! 悪気がないだけに尚更タチが悪い!」


 サグメは既に半泣きになっていた。

 ……うーん、子どもたちに翻弄されている。


 無邪気。

 天邪鬼とは対極の存在と言えるが、僕たち二人だけでは彼らを相手にするには少々荷が重い気がする。


 ダイタローやカシャは収穫を手伝っているし、アズとヨシュアは収穫した後の作物の管理をしていた。

 ここは契約の本(レメゲトン)を使ってミズチたちを呼び戻すべきか……?


 僕は空を見上げる。


「ああ、ハナ……早く戻ってきてくれ」


 頼みの綱のハナは今は子どもたちの昼食作りを頑張ってくれているはずだ。

 彼女の任務が終わるまで、僕たちは二人で彼らの面倒を見なくてはならない。


 それまでこの状況をどうしたものかと途方に暮れていると、そこに天の助けとばかりに通りがかる人影がいた。


「……何してんのあんたら」


「――ユキ!」


 僕とサグメは同時にその名を呼び、それぞれが彼女の両足に縋り付く。


「助けてくれ!!」


「……(あっつ)苦しい!」


 そして僕だけが蹴られた。

 理不尽っ……!



   ☆



 ブロロロロロ。

 カシャの駆動音が近付いてくる。

 お昼近くになって、その背中にヨシュアとハナを乗せたカシャが僕たちのいる丘の上へとやってきた。


「……主様、大丈夫ですか……?」


「……大丈夫くない……」


 疲労によりその場に寝転ぶ僕たちの周りで、子どもたちは雪遊びをしている。

 丘の上からソリで滑ったり雪玉を投げ合ったり。

 ユキが薄く降り積もらせたその新たなオモチャを自由に使って、彼らは遊んでいた。

 ちなみに既に僕とサグメは全身雪まみれのぐちょぐちょになっている。


「子どもに全力で向かい合ってたら、そりゃそうなるって……」


 丘の上に座りつつ、ユキが苦笑する。

 疲れきった僕とサグメの様子を見てハナもクスクスと笑った。


「……さーみんなー。お昼ごはんを作りますよー。集まってくださーい」


 ハナはそうやって子どもたちに声をかける。

 そしてカシャに積んできたテーブルや水の入った壺を地面へと下ろした。

 子どもたちが「わー」と声をあげつつ集まってくる。


「はーいみんな手は洗おうねー。そしたらこれを掴んでこねこねするよー」


 ハナはそう言って、取り出した大量の米粉の入った器に水を入れていく。


「パンを作りますからねー。もちもちこねこねー」


 その言葉に子どもたちは群がるようにして生地を掴んでこね回す。

 まるで粘土のように、子どもたちはそれをべたべたと握ってテーブルに叩きつけた。


「うーん、これは知育玩具……」


「遊んだあとは食べられますよ」


 僕の言葉に笑うハナの横で、ヨシュアが右手を空に掲げながら高笑いをあげる。


「ふはははは! イーストたちよ! その力、我が前に見せるが良い!」


 彼はこねあがったパンにその魔力を宿らせていった。


「我が前においては一次二次という区分すら必要なく! そのパンたちを発酵し尽くしてくれようぞ!」


 子どもたちのこねたパンがまるで革袋に息を吹き込んだかのように膨らんでいく。

 その様子に彼らはキャッキャと笑い声をあげた。

 これぐらいパパッと出来るなら、子どもたちも飽きずにパン作りを楽しめることだろう。


 普通はもっと時間がかかったりパン種が必要だったりするので、こうしてヨシュアの力を借りても自分で作れるようにはならないのだけど……。

 まあ今は勉強ではない。ただの遊びだ。


 ハナはカシャの背に搭載された鉄の箱の扉を開くと、膨らんだパン生地を皿に乗せてそれに入れた。


「ではカシャさん、ファイアー!」


「イエス、ハナ」


 ハナの言葉にカシャが炎を吐き出す。

 カシャの火力を計算して作られたジェニー特製の移動式オーブンは、下から吹く炎の熱を均等に振り分けて中の生地を炙った。


 十数分ほど経つとパンが焼きあがる芳ばしい匂いがあたりに立ち込め、ハナがオーブンから皿を取り出す。


「さーて、みんなのパンはきちんと焼けてるかなー? 見てみましょうねー」


 ハナはそう言って、子どもたちに見えるようにそれをテーブルの上に置いた。

 丸いパンや歪な形のパンがいくつも並ぶ。


 こんがり焼けたパンを嬉しそうに眺める女の子に僕は声をかけた。


「これは……動物かな?」


「うん! ねこさんー! それでこっちがトリさんー!」


 元気よく女の子が答えていく。

 子どもたちの作るパンの形を見ていくと、入道雲のようなモコモコとした大きなパンもあった。


「この大きいのはいったい……?」


「それはダイタロー!」


 べつの男の子が答える。

 そ、そうか……。たしかにダイタロー大きいもんなぁ。

 子どもたちには大人気みたいだぞ、ダイタロー……!


 心の中でまるで自分のことのように喜ぶ僕。

 そんな僕の隣で、ハナは手を叩いて子どもたちに呼び掛けた。


「さあ、それじゃあお昼ごはんを食べましょう!」


 ハナはヨシュアと協力して、カシャの背中から大きな鍋を下ろす。

 蓋を開けると、そこには濃い茶色のスープ。

 辺りにほのかなトマトの香りが立ち込めた。


「ビーフシチューです。トマトと細かく刻んだ玉ねぎや人参、牛すじ肉をワインで煮込んだソースはなかなか美味しくできましたよー!」


 僕はそれを見て感嘆の声をあげる。


「おお……! すごい、完璧だよハナ……!」


 実はこの前、ハナと街のレストランのビーフシチューの味を再現できないかなーといった話をしていた。

 その時のハナは僕の話を聞いたあと「……なるほどつまり肉じゃが……?」と小さく呟いていたので、期待はしていなかったのだけど……。


 彼女は驚く僕を見てにっこりと笑い返す。


「主様の教え方がお上手でしたから。要点をかいつまんだ説明はとてもわかりやすかったです」


「け、決してそんなことはないと思うんだけど……」


 僕が彼女に教えた内容なんて、せいぜい必要な材料と大体の完成形の姿だけだ。

 その途中の調理法などはほとんどハナが独自に考えたようなものだろう。


 そんな僕の考えをよそに、彼女は僕を褒めつつ浅めの皿にビーフシチューを盛り付ける。


「……それに、問題は味です。こればかりは実際に食べて確かめてもらわないと」


 そう言って彼女は僕へと皿を差し出した。


「さあ、どうぞどうぞ」


 彼女の言葉に従い、スプーンでそれをすくって口に運ぶ。

 トマトの酸味の効いた濃厚な味が口の中に広がった。


「……うおおお! これは紛うことなきビーフシチュー……! いや、街の店で食べるより美味しいかもしれないよコレ……!」


 野菜やお肉の風味が舌を楽しませる。

 思わず笑顔になった僕の顔を見て、ハナは安堵の表情を浮かべた。


「……良かった。さすがに伝聞だけですと、きちんとできたかは自信が持てなかったんですけども。隠し味に醤油を少々入れました」


 彼女はそう言いながら子どもたちにもビーフシチューを配っていく。


 さあ、みんなで昼食だ。


「いただきます」


 ハナの言葉を合図として、子どもたちもそれらを食べ始める。

 ビーフシチューの中のお肉は大きくぶつ切りにされているにも関わらず中までしっかり火が通っていて、口の中に入れただけでホロホロと崩れるほど柔らかった。

 その脂の旨味は米粉で作られた芳ばしいパンによく合う。


 そうして子どもたちが草や雪の上に座って昼食を食べている中、僕の隣に座ったハナはその様子を見ながら穏やかな表情を浮かべた。


「――この子たちがこの先もずっと、幸せに暮らしていけるといいですね」


 彼らが浮かべる笑顔を眺め、彼女はそう呟く。

 僕はその言葉に笑った。


「……僕たちで守ろう。ハナも一緒ならきっとできる」


 僕の言葉にハナは笑う。


「……はい、きっと」


 ……その為には、仕事サボってる場合じゃないなぁ……。

 憂鬱な気分になる。

 後でサグメも手伝わせてやろう。


 さっきから四肢を投げ出したまま動かないサグメを横目に、僕は空に思いを馳せた。



 ……子どもかぁ。

 兄上もまだ結婚してないし、父はまだ孫の顔を見てないんだよな……。

 僕はチラリとハナの横顔に視線を向ける。

 長いまつ毛が見えた。


 ……そういえば、妖怪って子どもは作れるのかな?

 精霊やアンデッドみたいなもんだし、やっぱり無理なんだろうか。

 ……いやしかし、そうと決めつけるのも早いか……?


 彼女は僕の視線に気付き、首を傾げた。


 ……確かに精霊やアンデッドが子どもを産んだなんて話は聞いたことがない。

 しかし同時に、彼らが子どもを産めないという話も聞いたことはなかった。

 いや、常識で言ったらそりゃ産めないんだろうけど……。


 ハナの姿を上から下まで観察する。

 肉体年齢は問題なさそうである。


 ……もしかしたら可能性はあるんじゃないか……?

 ごはんだって食べられるし、カシャと違ってハナなんかは肉体的な構造は人間に近い気もするし……。

 もしかすると認識の力や魔力が関係する可能性も……?


 頭の中で考えを巡らせていると、ハナがはにかみながら口を開いた。


「あ、あの……どうしました? わたしの顔に何かついてます……?」


「……あ、ごめん」


 ぼーっと思索に(ふけ)っていた僕はハナに謝る。


「ハナと子ども作れないかなって、考えてて……」


 僕の言葉に、ハナはその表情を凍りつかせた。

 同時に隣でビーフシチューをすすっていたユキが咳き込む。

 ハナの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。


 ――しまった。


「……あ! いや、違っ! そういうことじゃなくて!」


 違うんだ、これはセクハラじゃなくて、知的好奇心というか、探究心?

 真理を追い求める、正しい知識と僕たちの未来についての真面目な話で――!


「……(あるじ)くん、真っ昼間から大胆だねぇ……。でも時と場所は考えなよ」


 咳き込んでいたユキが呆れたようにそう言った。

 ち、違う。過程の話ではなくて、あくまでも結果としての子孫という存在を……。


「え、えっと、主様、今はあの、お昼ですし、いえ、あの、やぶさか、やぶへび、やぶからぼう……」


 ハナは赤面しながら身振り手振りを交えて何かを話そうとするも、それは言葉になっていなかった。


「ち、違う! 落ち着いてハナ! 今のは無かったことにしよう!」


「えっ!? あっ! はい! 無かった、無かった……!」


 二人して慌てふためいていると、寝転んだままのサグメが足をジタバタ動かす。


「あーもう。そういうのは二人っきりでやりなよ! 家の中でこっそりさぁ! こっちまで暑っ苦しいったらないよー」


「ご、ごめんなさい……」


 叱られるまま謝る僕の横でユキが笑った。


「あははは。冷やしとく? 冷やしとく?」


 彼女はそう言いながら寝転がるサグメの頬にその両手を当てる。


「冷やすのはボクよりそこの二人だろー?」


「そーだよねー」


 サグメとユキに冷やかされつつ、僕とハナは二人で顔を火照らせるのだった。


「……うう、今回は僕が悪い。巻き込んでごめんよ、ハナ」


「い、いえ! 全然、全然……嫌じゃありませんし……大丈夫です……主様……大丈夫……」


 ハナが視線をあさっての方へと向け、僕たちの間に気まずい空気が流れる。

 その後しばらく、僕らはからかわれ続けるのであった。

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