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64.崖下渓谷カーチェイス

 カツーン。

 カツーン。


 僕が扉を開けると、ミラの屋敷のリビングでは釘を打ち付ける音が響いていた。


「……えーと……何してるのかな……?」


 僕の問いかけに、その音の源であるミズチはこちらへと振り返る。


「おお、ご主人。見るのであります」


 そこにあったのは、キャンピングカーに備え付けられていた小さな木製の祭壇だった。


「我々の神棚であります。これによりこの地にも我々の精霊としての恩恵が幾分か与えられることでありましょう」


「うん、まあそれはいい……それはいいんだけど……」


 チラリと振り返ると、一緒に部屋に入ってきた家主のミラが無表情のままそれを見つめていた。

 その視線は冷たい。

 僕はそんな視線を意識しつつ、ミズチへと引きつった笑みを向ける。


「……ここ、誰の家なのかわかる……?」


 ミズチは自信満々に頷いた。


「そう、ここは我々の住処! 同じ釜の飯を食った仲であれば、それはもう家族同然とも言えましょう!」


「うーん拡大解釈!」


 そうして妖怪たちがそれぞれ自由にくつろぐそのリビングで、僕はミラに平謝りするのだった。

 彼女は町に必要な処置であったという僕の説得をすんなり受け入れてくれたものの、勝手に家の中を弄くり回してしまって本当に申し訳ない……。

 彼女の表情からはどこか諦めきったようなそんな達観した気持ちが見て取れた。


 ううむ、さすがにこれ以上長居するのは問題か。


「……そろそろ一旦村に帰ろうと思うんだけど」


 妖怪たちに向かって僕はそう言った。

 一度にみんなでキャンピングカーに乗って戻ることは難しい。

 僕一人カシャで戻って、村で召喚をし直すことになるだろうが……。


「主様! お供いたしますよ! はい! ハナは元気です!」


 ハナが僕に駆け寄って、ひしりと腕をつかむ。

 ……なんだか放してはくれなさそうだ。

 まあハナは一緒にカシャに乗ってもらうとして……。


「あ、ようやく帰るの? あっちに着いたらすぐに喚び出してよね。……こっちじゃわたし、マジカルスノーなんだから……」


 ユキがうんざりとした表情を浮かべながら言葉を続ける。


「せっかくの海だってのに、あんなことした後じゃ外にも出らんない……。いくら急な話だったとはいえ、やっぱりあんな格好する必要は絶対になかった……!」


 その様子に、我関せずとアズは視線を逸らして口笛を吹いている。

 なんてふてぶてしい……!


 結局マジカルスノーの一件以来、ユキは屋敷に引きこもっていた。

 顔を見られるのが嫌らしい。

 まあ僕も同じ状況ならそうなったことだろう。


 彼女の話を聞いていたミラが笑う。


「言ってくださればわたしの仮面コレクションをお貸ししたのに……」


 スッ、とミラは舞踏会で使うようなマスクを懐から取り出す。

 ……この子いつもこんな怪しい仮面を持ち歩いてるのかな……。


「――絶対、嫌」


「ええ……? なぜ……」


 ミラは困惑するが、ユキの反応が正しいと思う。

 そんな二人の後ろから、イセが慌てるように声をあげた。


「わ、わちきの毎日お魚生活、終焉の危機にゃ!? 嫌にゃー! もっとここにいたいにゃあー!」


 突然騒ぎ出したイセに、ミラが瞬時に手を伸ばして喉を撫でる。


「ふにゃあ……」


 ミラの対応にイセは全身の力が抜けたようにその場に寝転がると、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 イセの奇行は彼女にとってもう慣れっこらしい。


「……まあ、べつに滞在していただく分には構わないのですけどね。騒がしい生活にはもう慣れましたし」


 そう言って彼女はイセを撫でながら穏やかな表情を浮かべる。

 彼女自身、妖怪たちとの生活も楽しんでいるようだった。


「うーん、まあそこまで遠い距離でもないしね。僕もまたすぐに戻ってくるよ」


 村でやる仕事も溜まっているが、こちらでもやってみたいことはいくつかあった。


「じゃあもしよかったら、イセはもうちょっと預けておこうかな?」


「やったにゃあ! お魚生活延長のお知らせにゃ! 番犬ならぬ番猫の役目は引き受けたにゃ!」


 僕の言葉に寝転がりながらイセは喜んで手をあげる。

 そしてそれに便乗するようにミズチも手をあげた。


「あっ! 自分ももうちょっと遺跡探検をしたいのであります!」


「そ、そう……? まあそれなら遺跡組ももう少しこっちにいてもらうか……」


 僕の言葉にアズが頷く。


「アズが村から町の声を拾ってやるです。何かあったら神棚に叫ぶといいです」


 アズはミラの方を向きながら、妖怪たちを模した小さな人形が乗った神棚を指差した。

 ミラはそれに頷く。


「ではそのような形で……。あ、そうそう」


 彼女はポン、と顔の前で手を叩いた。


「お土産を持っていってくださいね」


「……お土産?」


 僕は彼女の言葉に首を傾げるのだった。



   ☆



 ブオーンという独特の鳴き声を放つカシャに乗って、僕とハナは山岳の谷間を村に向かって走っていた。

 左右を高い崖に挟まれた薄暗い渓谷は、まるで自然のトンネルの中を走っているようだ。


 ちらりと後方確認用の鏡(バックミラー)に視線を移す。

 カシャの後ろに連結された居住スペースには、今では冷凍の魚介類がみっちりと詰まっていた。

 その上には同じく冷凍されたカツオやマグロなんかも括り付けられている。


 ……まあつまりは交易の為の冷凍した魚の輸送実験みたいなものだ。

 村に戻ったら、すぐにユキを召喚して冷凍しなおしてもらわないと。


 そんなことを考えつつ、カシャの自動運転に任せながら僕は運転席でハナの作ったおにぎりを食べていた。

 パリッとした海苔に包まれており、中には塩鮭、昆布、おかかと様々な具が入っている。

 それはまるで中身のわからないクジのようで、食べ進めていく楽しさがあった。


 カシャの速度は普通の馬車なんかよりも断然早い。

 この調子でいけば、日が暮れるまでには村へと着くことだろう。


 そうしてのんびりと車内で遅めの昼食を摂っていると、突然カシャが声をあげた。



「ワーニング! マスター、背後から未確認車両が近付いてきています」


「……未確認車両?」


 ちらりと車内に備え付けられたバックミラーを見る。

 そこには黒い馬車の姿が見えた。


「……あれがどうかしたの?」


 確かに黒い車両というのは怪しく見えなくもないが、べつに珍しいというわけでもない。

 僕の呑気な言葉に、カシャは再度警告をした。


「マスター、異常事態です。……車両と本機との差が縮まっていっています」


「え……? ……あ、そうか!」


 いくら後ろに大量の積荷を載せているとはいえ、カシャの速度は通常の馬車よりずっと速い。

 それに追いついてくる馬車ということは、通常の馬車ではないということだ。


「主様! あの御者と馬――!」


 ハナが助手席の窓から少し顔を出して、後ろの馬車の姿を確認していた。


「――首がありません!」


 僕はその言葉に頭の中の記憶を探る。


「首無しライダー……デュラハンか!」


 それは伝承に伝わる上位アンデッドの一種。

 首がない馬が引く馬車に乗った首が無い騎士で、死の運命をもたらす為にターゲットの下へとやってくるという。

 遠目では気付きにくいが、その馬の頭部には頭の代わりに黒いモヤがかかっていた。


「……こ、この状況、まさか僕を狙っているのか!?」


「わかりませんが、マスター。追いつかれないよう本機は出力の最大効率化に徹します。コントロールは任せました」


「コントロールって……運転を!?」


「イエス、マスター。大丈夫、わかりやすいオートマチックです。フットペダルの右が加速、左が減速、正面ハンドルが舵です」


「いやいやいや! そんなこと言われても……!」


 しかしそんなことを言う間にも、デュラハンの操る馬車は徐々にその距離を詰めてくる。


「……言ってる場合じゃないか!」


 覚悟を決めて、右足のペダルを踏む。

 カシャが激しい唸り声をあげつつ、その速度を加速させた。

 ハナが声をあげる。


「主様! 前方に別の馬車が!」


「うおおおお!」


 ハンドルを切って車体をふらつかせながらも、前の荷馬車を避けて追い越す。


「よし……ってデュラハンは!? 今の馬車は大丈夫!?」


 僕が尋ねると、ハナは再び後ろを振り返る。


「あっ、はい! 無事……というかあのでゅらはんさん、馬車には脇目も振らずこちらに向かっています!」


「やっぱりこっちが目的か……!」


 とはいえ、このまま村まで走ったところで……!


「……デュラハンは死の呪いを与えるというけれども……。このまま村に戻っても村が巻き込まれるだけか……!?」


 それならどこかで迎え撃つべきなのだろうか。

 しかしハナは僕の言葉に首を振る。


「――いえ、屋敷まで行きましょう! あそこならわたしの領域です! 呪いなんかには特に有利に働くはず……!」


「……わかった!」


 ハナの言葉に応えて僕は更にアクセルを踏む。


「主様! 曲道(まがりみち)です!」


 山に亀裂が入った際に角度がついてしまった道が前方に見える。

 とはいえ減速していては追いつかれてしまう。


「……カシャー!」


 僕はその名を叫びながらハンドルを切った。


「オールライト、マスター」


 カシャは側面へと炎を噴射すると、その勢いで車体バランスを制御する。

 キキィーと地面を滑りつつ、その制動力で何とかカーブを曲がりきった。


 それによりデュラハンの馬車とは大きく差をつけることができたようだ。


「よし……! この調子なら……!」


 そうしてしばらくカシャを走らせてようやく山中の道を抜け出す。

 そのまま村の方へと向かってアクセルを踏んだ。


「村の南から大きく回り込んで屋敷を目指そう……!」


 屋敷は村の西側にある。

 村の外周を沿うようにすれば……!


「――主様! あれを!」


 僕はハナの声にミラーに視線を向けた。


「……と、飛んでる……!?」


 デュラハンの操る馬はその蹄で宙を踏みしめ、空を駆けていた。


「このままだと追いつかれる……!」


 こちらは緩やかなカーブを描くように走っているが、相手はこちらの動きを予想して常にインコースぎみに走ることができる。

 走れば走るほど、少しずつその差が詰められていくことだろう。


「……屋敷に入る為にカシャさんから降りる瞬間が一番危険です! それまでに何とかこの差を維持できれば……!」


 ハナは焦りの表情を浮かべながらそう言ったが、おそらく残りの屋敷への距離的にギリギリ間に合わないだろう。

 屋敷に駆け込む際に一瞬の隙が出来てしまう。


 ……それなら!


「ハナ!」


 僕はハンドルを握りつつ、彼女に語りかけた。


「先に謝っておく……ごめん!」



   ☆



「見えた!」


 屋敷の玄関が見える。

 既にデュラハンの馬車はほぼ頭上を走っており、今この車を降りると確実に対峙することになるだろう。

 死の呪いを持つデュラハンに生身で相対するのは非常に危険だ。


 だから、僕は止まらないことにした。


「カシャ! 頼んだ!」


「イエス、マスター。乗務員はシートベルトを締め、お近くの突起物にお捕まりください」


 その言葉と共に、僕はブレーキを踏みながらハンドルを切る。

 激しいドリフトと共に後ろの積荷部分の鉄の車輪が大きく地面を削っていった。

 そのままカシャの車体は平行するように屋敷へと近付いて――!


「フルブレーキング!」


 カシャの声が響き渡ると同時に、側面から炎が噴出する。

 その姿勢制御の噴射により、屋敷の壁が焦げ付いた。


 ガシャン! と激しい音と共にカシャの車体が玄関に衝突し、扉をぶち破る。


「あああああ! お屋敷がああ!」


 涙目になりつつ、助手席のハナは叫んだ。

 ……ごめん、ハナ!


 僕はシートベルトを外してカシャのドアを開けると、車体の外へと出た。

 そこは既に家の中の廊下だ。


 僕はカシャの車体ごとダイナミックに家の中へと帰宅したのである。


「グッド、マスター。最善の判断です」


 運転席を通ってハナも降り、カシャがその車体を後ろへと後退させる。

 僕が契約の本(レメゲトン)を取り出して構えるのと、着地したデュラハンがその馬車から降りるのは同時だった。


 ハナが僕の前に立って、手のひらを前に出す。


「――家内安全……!」


 ゴウ、と彼女の周囲に魔力の奔流が渦巻いた。

 例え伝説級の魔物であろうとも、その魔力障壁を越えることは難しいはず。


 デュラハンはその片腕に美しい女性の顔を抱えながら、一歩こちらへと歩みを進める。


「――貴殿」


 頭に響くような女性の声がした。

 これは僕の霊感に訴えかけるアンデッドの声――!


 デュラハンはもう片方の手をこちらへと向ける。

 その手に持っているのは――!


「――これ、落としたよ」


 マグロ。

 車体にくくりつけていたはずの冷凍のマグロだった。


「……えっ……」


 僕は呆気に取られて声をあげる。

 彼女はつかつかとハナに近付くと、それを渡す。

 ハナも目を丸くしつつ、両手で受け取った。


 彼女は僕らの様子を気にも留めず、カシャの下に歩み寄る。


「――コレすごいね。速くて、カッコイイ……」


 そう言って彼女はカシャの車体を撫でる。

 ピカピカとカシャは車窓を光らせた。

 照れているらしい。


 デュラハンは自分の頭を両手で持つと、カシャの前で上下左右に動かしていく。

 どうやらいろんな角度から観察しているようだった。


 しばらく見回して満足したのか、彼女は何も言わずに自分の馬車に乗り込む。


「――それじゃあ。バイバイ」


 彼女は右手で自身の頭を抱きかかえながら、もう一方の手をこちらに向けて振る。

 僕とハナはただ無言で手を振り返し、それを見送るのであった。



   ☆



「おいおいおい! お前、最後までそんな派手な話は盛りすぎだろ!」


「いやいや! 本当にデュラハンが追いかけて来たんだって!」


 涙を流しながら笑うエリックに、僕は弁明した。


 その夜は港町であった出来事の報告がてら、精霊亭へと晩御飯を食べに来ている。

 積荷の魚は召喚したユキに冷凍保管してもらいつつ、その中から一つ魚を持ってきた。

 ハナが厨房でそれを料理するのを眺めながら、僕はエリックとの話に花を咲かせているのだった。


「悪い悪い。疑ってるわけじゃねーけどよ。まあさすが賢者様というか何というか……」


 エリックは肩をすくめる。

 忙しさに忙殺されているかと思ったが、思ったよりも元気にやっていたらしい。


「ま、お前じゃねーとできねー仕事も山のように取っておいたから、思う存分また仕事してってくれ」


 彼の言葉に僕はため息をつく。


「……働きたくなーい」


 ハナはクスクスと笑いながら、そんな僕のテーブルに芳ばしい香りの料理を持ってきた。


「さあ、主様にはきちんと食べて元気を付けていただかないと。鯛のパエリアですよー」


 お米に鯛やトマト、玉ねぎなんかが入った魚料理だ。

 美味しそうなトマトの香りが空腹を刺激する。


「……頑張ります」


 僕は明日から襲ってくるであろう忙しさにため息をつきながら、その柔らかな魚の身をほぐしつつ口に入れるであった。

 ……美味しい。

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