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61.VSヴァンパイアロード(後編)

「おいおい、こいつは何なんだ……?」


 幾人ものチンピラたちがその扉の前に集まっていた。

 領主邸の入り口の正面玄関。


 そこにはぽっかりと地下へと通じる階段ができていた。


「お、おい。領主はこんな地下に住んでんのか?」


「お、俺に聞くなよ……。領主の館なんて入ったことねぇよ」


「吸血鬼なんだから地下の一つや二つあってもおかしくねぇか……?」


「そうだな……。中に入ってみるか」


 松明を持った数人がおそるおそる中へと足を踏み入れる。

 その地下階段の先には、大きな空間が広がっていた。


「なんだこりゃあ……」


「地下遺跡か……? 領主の館の下がつながってたのか……」


 彼らは中に入って周囲を見渡す。

 その先には一つの大きな両開きの扉。


「お、おい。誰か開けろよ」


「お前が開けろよ……」


「こんなときにリーダーがいてくれたら……」


 口々に彼らが先頭を押し付け合う中、やがて一人の男がその扉の取っ手に手をかけて引いた。


 ギギィ、と音を立てながらその扉は開く。



 奥には薄暗い祭壇のような部屋が広がっていた。

 その中央には大きな棺桶。


 そしてそこには、怪しげな仮面を付けたローブの男がいるのであった。

 その腕の中には、白髪の少女が抱えられている



「ふはははははは! よくぞ来たな、愚昧な人間どもよ!」


 彼の低音の笑い声があたりに響き渡った。


「我こそがこの地を統べるヴァンパイアである! この領主の娘は我が供物としてもらって行くぞ!」


 男に抱きかかえられた少女が声をあげる。


「……ああ! 誰かお助けください!」


 彼女の言葉に町のゴロツキたちは顔を見合わせた。


「あれが領主になり替わっていたヴァンパイアだ! 領主の娘を取り返せ!」


 唐突に、誰かの声がそこに響いた。

 それは少年のような声だったが、彼らは深くは考えずそれに呼応する。


「なんだと!? あれが!?」


「あの子が領主の娘だって!? そしてあれがヴァンパイアか……!」


「ああ、なんて邪悪そうな仮面だ!」


 その黒いローブに身を覆い隠した男がつけているのは、左右非対称のどこかの部族がつけているかのような仮面だった。


「た、確かに! あんなイカれた造詣の仮面を付けてるヤツがまともな人間のはずがねぇ!」


 男たちの言葉を受けて、大人しく仮面の男に抱かれていた白髪の少女が叫ぶ。


「この美麗な仮面がイカれたセンスですって……!? ……ってそうじゃなかった。――誰かー! 助けてくださーい!」


 一瞬怒りで我を忘れる少女だったが、慌ててそれを取り繕い助けを求めた。

 その様子に男たちは声をあげる。


「……ってことはあの怪しげなヴァンパイアが子供たちをさらったのか! 許せねぇ!」


「ふあーっはっはっは! その通り! この身の程知らずどもめ! 貴様たちには我が呪いを授けてくれよう!」


 そう言って仮面の男が笑うと、男たちの足元を呑み込むようにその背後から水が押し寄せた。


「な、なんだこりゃあ!」


「毒か何かか……!?」


「……いや、これは……!」


 男たちは次々と靴を脱ぎだす。


「――か、かゆい!!」


「靴なんて履いてらんねぇ!」


 男たちの様子に仮面の男は笑う。


「ふはははは! 我が白癬菌の力を思い知るが良い!」


 地下の広い空間に、男の高笑いが響くのであった。



   ☆



「さて、順調順調……」


 僕は祭壇の影からヨシュアとミラの芝居を覗いていた。


 ダイタローの地面を掘り下げる力と、ハナの屋敷を作る力で即席で作った地下の祭壇。

 そこでヨシュアがその取り外し可能な首をミラの持つ怪しげな仮面とすげ替え、ヴァンパイアロードを演じてもらっていた。


 それに合わせて、こっそりサグメの声をアズの音を操る力で男たちの間に紛れ込ませる。

 彼らの中心から発せられるその言葉で、行動を誘導していた。


 ――扇動には扇動で返す。

 おそらく彼らの中に潜んでいる扇動者も異常事態には気付いているだろうが、すぐには対応できないはずだ。



 男たちはミズチとヨシュアの作った特製水虫ウォーターに足を汚染されて、その場に立ち往生する。


「ち、畜生! これじゃあ近付けねぇ!」


 さて、このタイミングに合わせて……。

 僕は祭壇の裏からヨシュアに向けて片手をあげて、合図を送った。

 彼はそれを確認すると男たちへと向き直る。

 ……彼の視界はどうなっているのだろうか……。


 僕がそんなことを考えているうちに、彼は片手を仮面に当てて高笑いをあげだした。


「――ふはははは! 領主の娘も、子どもたちも諦めるのだな! 全て我が不死の魔術の生贄にしてくれよう!」


「――そうはさせないわ!」


 高揚したヨシュアの声に呼応するように、女性の声が部屋に響いた。


「……誰だ!」


 ヨシュアの言葉と共に、男たちが声のした方へと振り返る。

 しかしそこには誰もいない。

 あたりに静寂が広がった。


 ……あれ? 打ち合わせと違う……。


 僕が若干の焦りを感じると同時に、入り口側から揉めるような声が聞こえてくる。


「……わかった、わかったから押さないで! いま出るから! ううう……!」


 そんな小声とともに、男たちの入ってきた入り口からいつもと違う格好のユキがその姿を現した。

 その傍らには、マリネロや数人の子供たちの姿もある。


「……そ、そこまでよ! ヴァンパイアロード! 子供たちは助け出させてもらったわ!」


「マ、マリネロ! それに他の奴らも!」


 男たちが彼らの顔を見て安堵の表情を浮かべる。

 ユキは周囲を警戒しつつも、ビシッと人差し指をヨシュアに向けた。


「こ、この魔法少女騎士……なんだっけ? ……そう、マジカルスノーが! ……いや少女って年でもないんだけど、とにかく! あなたを倒しに来たわ!」


 ユキはふりふりのミニスカート衣装にその身を包んでいた。

 なんでも彼女の故郷に伝わる魔法使いの伝統衣装らしい。

 ユキは嫌がっていたが、アズに猛プッシュされてそんな恰好になっていた。

 アズ曰く、顔を隠さなくてもそのあまりの奇抜さに顔を覚えられない服装らしい。


 ……その言葉に信憑性はないが、可愛いからよし!


「……とうっ!」


 ユキが足元に魔力を放つと、地面を覆っていた汚染水が凍りついていく。

 そしてその上を、スケート靴を履いたユキが滑りだした。


 彼女は小さく呟く。


「……うう、なんでわたしがこんなことを……!」


「しょーがねーです。氷魔法は見栄えがいいですし、あの猫又に魔法少女任せたら十八禁になっちまうですから。がんばれーマジカルスノー」


「うるさい、マラカスマスコット!」


 ユキの傍らにはマラカスがふよふよ浮いていた。

 アズが姿を消してユキにしがみつき、その声をその場の人間たちに聞こえるよう拡散している。

 周囲にわかりやすい正義と悪の構図をアピールする演出だ。


 ユキが氷の上を滑る勢いに乗って、その体を宙へと舞わせた。


「……スーパー、アイスノンキィィックゥ!」


 ユキは半ばヤケになったような叫び声をあげながら、ヨシュアに跳び蹴りを入れた。


「グワァー!」


 彼は大げさな声を上げつつ、その腕の中にいたミラの身体を手離す。

 ユキは空中で彼女をキャッチして、そのまま地面へと着地した。


「――ええい! 逃がすものかぁ!」


 一方のヨシュアは声を荒げると、その両手を高く掲げる。


 すると地面から何体もの人型の物体が姿を現した。

 関節にコケとカビが生えた泥人形だ。


 それはアズの大地の力、ミズチの水の力、そしてヨシュアの細菌を操る力……。

 それらの力を組み合わせて、人と同程度の速さで動けるよう調節したゴーレムだった。


「行けぇ! 我がシモベたちよ!」


 ヨシュアの号令一つ、無数の人形たちは男たちに怪我をさせない程度に襲い掛かる。

 その表面は泥とカビが混じり、薄暗い地下祭壇の中ではまるで腐りかけの死体のように見えた。


屍食鬼(グール)だ! 奴らを倒してヴァンパイアをやっつけろー!」


 いつの間にか男たちに紛れていたサグメが、声をあげる。


「うおおー! やってやらー!」


 その声に扇動されて、男たちが棍棒や斧を持って人形に襲い掛かった。

 そうして地下の広場は混戦状態となる。



「ふははは! かかって来るが良い! マジカルスノー!」


「あ、あんたノリノリね……」


 ヨシュアとユキがキノコを生やしたり氷漬けにしたりとやる気のない戦いを続ける中、僕は影から地下洞窟の中の様子を探っていた。


 僕と兄貴の予想が正しければ、そろそろ……。


 キラリ、と光の反射が見えた。

 そして僕がそれに気付いた時には、既にその凶刃は祭壇の上に立つミラの首元へと迫っていた。


 投げナイフ。


 カン、と金属音があたりに響く。


「――ん~? 甘い甘い」


 それを剣で撃ち落とし、いつもと同じ余裕の笑みを彼は浮かべる。


「俺様はちいとばかし未来予知レベルの危険感知スキルを持ってるんだよなー。護衛とかそういうの、俺様のめちゃくちゃ得意な分野なのよ」


 僕と同じく祭壇の後ろに隠れていた兄貴が、彼女の前に躍り出ていた。

 そしてその姿を見て、泥人形と戦っていた男たちが声をあげる。


「リーダー!」


「リーダーが帰ってきた!」


「先に潜入してやがったのか! さすがリーダーだぜ!」


 僕は彼らの方に視線を向けた。

 しかし今しがた投げナイフを投げた者は、既に彼らの中に紛れ込んで身を隠したようだ。

 おそらくは兄貴の言った通りその道のプロなのだろう。さすがに仕事が早い。


 ――しかし、一度尻尾を出したなら。


「メアリー! イセ! 証拠品だ!」


 僕は二人の名を呼ぶ。

 彼女たちはそれに応えて祭壇の影から飛び出した。


「壁に耳あり障子に目あり――」


 メアリーが両目を閉じて、その額にある第三の瞳を開く。

 それに続いて、イセが右手を上げて手招きするようなポーズをとった。


「――笑う門には福来たり! こんな地下の中にもお日様にゃあー!」


 イセが遠吠えをするようにニャオーンと鳴き声を上げると、空中に無数の火の玉が出現して燃え上がった。

 それは薄暗い洞窟の中を照らし、あらゆる影を消し去る。


 それに続いてメアリーが足元に落ちているナイフを拾い、その両目を見開いた。


「柄に残った指の跡。その皮脂の痕跡はあなたを追い詰める――」


 メアリーの頬に目が増える。

 首、手の甲、足首。

 露出した彼女の体に無数の目が出来ていった。


「――無限拡大(クローズアップ)千里鏡(・インサイト)


 彼女はしばらく全ての眼球をキョロキョロと動かした後、人差し指を一人のローブを着た男に向ける。


「――合致しました。この場にいる人の中では、間違いなくあの方の指跡」


 イセはその言葉を聞いてニッと笑うと、鳴き声を上げた。


「にゃっはぁ! 久々の大捕り物にゃあ!」


 イセは大きく飛び跳ね男に迫る。


「――チッ!」


 その男は自身の仕業がバレたことに気付いたのか、慌てて背中を向け逃げようとした。

 しかし彼が後ろを振り向いた瞬間――。


「――五豊、忍穂」


 ストン。

 すれ違いざま。

 血の一滴も出さずに男の四肢は彼女の剣に貫かれた。


「――あ」


 男が悲鳴を上げようと口を開いた瞬間、その口にサナトのつま先がねじ込まれる。


「――あらあら」


 そのまま男は勢いよく蹴りぬかれて、地面に頭を押し付けられた。


「ふふ。自害できるとは思わないでくださいねー?」


 サナトは薄目を開けて彼を見下ろした。

 彼の両手両足の腱は切られ、口を塞がれている。

 命に別状はないが、彼はその行動を大幅に制限されていた。


 そしてそれを見下ろす影が一人。


「さて……反乱扇動なんてそんな面白そうなこと、ボク抜きでするなんてズルいなぁ……」


 サグメがその顔に笑み浮かべた。


「さあ、じっくりと話し合おうじゃあないか。君がその心を僕に開放してくれるその時まで、ね」


 男は彼女の笑みに背筋を震わせ、一筋の汗を流す。

 しかし彼の取れる選択肢は、既にその全てが封殺されていた。



   ☆


 ――ふはははは! 次に会った時は覚えているがよい、マジカルスノー!


 ヨシュアがそんな捨て台詞を残しながら、悪のヴァンパイアロードとして逃げおおせた数日後。

 ハナの力で随分と綺麗になった領主邸には、アルマ姫が騎士たちを連れて自ら出向いていた。

 

「ほほう! 素晴らしい! さすがわらわの見込んだ男だ! よくやったセーム・アルベスク!」


「は、ははは……。ありがたきしあわせ」


 僕と兄貴、そして渦中のミラから事態の顛末を説明されたアルマ姫の言葉に、僕は乾いた笑いを浮かべた。


 ……場合によっては戦地になるかもしれなかった場所にわざわざ来るとは。

 権威を示すにしたって、彼女は少々命知らずかもしれない。


 前領主の行った不正と、彼の暗殺。

 密輸船の襲撃と、暗殺犯の逮捕。

 スラム民の反乱と和解。


 それらを聞き終えて、アルマ姫は大きくため息を吐いた。


「いいなぁ~~~! やっぱりわらわも最初から来るべきだったなぁ~!」


 彼女の言葉にその場の全員が苦笑いを浮かべる。

 うん、まあ、こんな子だったよな……。


 しかし僕が緊張を緩めるのとは逆に、彼女はその顔から表情を消す。


「……それで? その暗殺は誰の命なのだ?」


 彼女の言葉に兄貴が笑った。


「プロが失敗した上に自害もできない状況はあちらさんも想定外だったみたいでな。なかなか活きのいいネタが入ったぜ」


 サグメがメインとなって友好的なお話し合いをして、僕たちは暗殺者の男から穏便に情報を聞き出していた。


 ――そう、あくまでも平和的に。

 今の彼は、以前とはまるで別人になってしまったのだけれども……。


 忘れよう、と思考を切り替える僕の横で兄貴が笑う。


「依頼主の特徴、依頼に使った符丁(コード)……俺の記憶が正しけりゃ第二王子の配下の騎士だな」


 王位継承権第二位。第二王子、リベル・ブランダー・ディオス。

 兄貴の口から出た言葉を聞いて、アルマ姫はニィ、とその顔に笑みを浮かべた。


「ほっほう! そうかそうか! 大方領地を没収して港を押さえるつもりだったんだろうなぁ! ざまーみろー! あいつ嫌な奴なんだ!」


 彼女はそう言って笑う。

 ……あんまり笑いごとじゃない気もするんだけど。


 僕が言いたいことが伝わったのか、彼女は片眉を上げながら口の端をつり上げた。


「まあ、わらわも同じことを考えておったからなー。愉快愉快! よくやったぞ!」


 ……彼女もこの領地を狙って騎士団を派遣してたのか……。

 王族の考えることって怖い。

 ていうか、今そんな内輪揉めをしている場合じゃないと思うんだけど……。


 困惑する僕に、改めて彼女はその顔を向けた。



「それで?」


 僕の顔を覗き込む。


「事実として御禁制の品を取引していたのだろう? そしてその娘は領地の管理能力に難が有り、家の財政は困窮していると。ならば領地と爵位ぐらいは剥奪せねばな?」


「え!? ええっと……それは……」


 つまりお家のお取り潰しだ。

 ミラはその言葉を聞いて、下唇を噛む。

 一方のアルマ姫は期待の眼差しを僕に向けた。


「さあ、どうするのだ! いくらお前が庇いだてしようとも、事実は覆らぬ。対外的にもわらわが見逃すことはできないぞ!」


 その表情は何やら僕を試すような顔。


「このままではブリコルカの家を取り潰し、わらわの直轄地としてこの町を管理することになるだろう。わらわはそれでも良いが、それが嫌ならこの場を見事切り抜けてみせよ!」


 と、突然そんなこと言われても……!

 僕は頭を巡らせる。


 こ、こんなとき兄上が居てくれたら……。

 社交術に長け、王族や貴族の(まつりごと)に関する知識が豊富な兄上ならきっとこんな状況も簡単に切り抜けられるのだろうけど……。


 いや、でもアルマ姫の管理地となるならそれはそれで大丈夫なのか……?


 僕はミラの方に視線を向ける。

 彼女はその白い肌をより一層、青白くさせていた。


 彼女がこの地を追い出されたら天涯孤独。

 財産もなければ生きる知識もなく、太陽の下では火傷してしまうようなひ弱な体を持っている。

 彼女が一人で生きていくことは難しいかもしれない。


 それなら僕の村に連れていくか……?

 僕が必死で頭を回転させている中、その沈黙を破ったのはいつもの男だった。


「――しゃーねーなー」


 兄貴がため息をつく。


「つまりだ。領主の娘の力を借りて、悪の領主を討伐したヒーローがいればいいんだろう? しかもきちんと名のある身分のしっかりした奴が。それが大義ってやつになる」


「ほうほう?」


 兄の言葉に姫が感心を示す。


「つまりシナリオはこうよ。スーパーヒーローの俺様がこの白髪女の力を借りて悪の領主を討伐! キャーかっこいー!」


「白髪女ってあなた……」


 ミラが口を尖らせる。


「そう、その時こいつは俺に惚れてしまったのだ!」


「はあ!?」


 彼女は不満の声をあげた。


「でもって俺を婿にする。隣の領地の貴族の息子を迎え入れ、民は新たな領主を迎えて万々歳。領地の運営は親父と兄貴が責任もってやってくれるってわけよ」


「ちょ、ちょっと! わたしの意思は!?」


「なんだ? 俺が相手じゃあ嫌か?」


「いや……それは……べつに……その……よくわかんないっていうか……」


 しどろもどろな彼女に兄貴は首を傾げる。


「じゃあセームにするか?」


「えっ!?」


 突然矢面に出されて僕は驚愕の声をあげた。


「それは嫌」


「ええっ!?」


 フラれた。

 僕、何も言ってないのに勝手にフラれた。

 しかも即答だった……。


 なんだかショックを受けてしまう僕をよそに、兄貴は自身の胸の前で腕を組む。


「しょうがねぇなぁ。じゃあ婚姻は置いといて、うちの庇護下に入るってことでどうよ。それなら問題ねーだろ?」


 兄貴がアルマ姫にそう言うと彼女は笑った。


「なるほど、連帯保証人というやつか!」


 えっ!?

 そこまでは言ってないような……!?


 僕の心配をよそに、アルマ姫は言葉を続ける。


「罪は全て前領主にあり、何かあればアルベスクの家が代理責任という形だな! わかりやすく、民草も気に入る話だろう! アルベスク家が領地経営に失敗したら、両家ともにわらわが没収してやるから安心するがよい!」


 それ責任の範囲が広くってヤバイやつでしょ!

 父上や兄上に相談もせずにそんな事を決めたら……!


 しかし僕が異を唱えるより先に、姫と兄貴は立ち上がり帰り支度を始めた。


「さあ! では早速帰って事務手続きの準備だ! 王都に戻るぞ!」


「おう、ジャリ姫! 話がわかんじゃねーか!」


「誰がジャリ姫か! お前減俸な!」


「なんだとっ!?」


 兄貴と姫はギャーギャー騒ぎつつ、護衛の騎士たちを連れて部屋を出ていく。


 二つの嵐が過ぎ去って、部屋の中に静寂が戻った。

 残された僕とミラは顔を見合わせる。


「……あの」


 彼女はおずおずと、口を開いた。


「……あ、ありがとう」


 彼女は恥ずかしそうに上目遣いで僕を見つめる。


「い、いや僕はほとんど何もしていないっていうか……」


 最初から最後まで美味しいところは兄貴が持っていった気がする。

 僕の言葉に彼女は首を横に振った。


「そうじゃなくて……。あの時、あなたがわたしのことを人間だって言ってくれた時。……少し救われた気がしたの」


 彼女はぼんやりと天井に視線を移した。


「領主の娘でもなく、吸血鬼のような化物でもなく、父の人形でもない。……わたしはわたし。一人の人間だって、そう言ってもらった気がした」


 人は人との関係性の中で生きる。

 社会との関わりを持った時点で、自身の存在は絶えず他人に定義され続ける。


「……まあ、次はあなたの家の付属品になってるのかもしれないけど」


 彼女は苦笑してそう言った。


「……そんなことないと思うよ」


 僕も笑う。


「自分がどう在りたいかと決めるのは、君自身だ」


 あのとき彼女が本当に吸血鬼になりたいと願っていたなら、魔術の力を借りて人間をやめてしまっていたかもしれない。

 だから彼女の在り方を決めたのは、彼女自身なのだろう。


 僕が村の代表となれたように。

 妖怪たちの主と認められたように。


 きっと彼女だって立派な領主になれるはずだ。


「だからきっと、君はもう大丈夫」


 僕の言葉に、彼女はその顔に笑みを浮かべる。


「……そう。きっと、そうかも。そうだといいわね」


 彼女は立ち上がった。

 外ではマリネロたちが待っている。


 僕らは部屋を出て、一緒に前へと進むのだった。

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