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6.スライム討滅戦EX

「さてご主人、ともに来ていただきたいのでありますが」


 底なし沼に下半身を沈ませて、ミズチは僕に手を差し出した。


 数日前、そこにハマったときのことを思い出す。

 

 あの時は動けば動くほど体が沈み込んでいった。

 このまま沼地のアンデッドとなって妖怪の仲間入りかと思ったが、運良くハナが叫び声に気付いて駆けつけてくれた。


 屋敷を出たことで少し魔力を消耗したようで、ハナには感謝してもしきれない。

 ――あとできっちりとその分の魔力は吸い取られたのだけれども。



 そんなことがあった為、僕は目の前の沼に少し……いや、だいぶ恐怖を感じていた。


「……ど、どこに行くの?」


 ミズチは沼の水面を指差した。

 

「三途の川へご招待……であります」






   ☆







 ゴボボボボボボボ!


 ちょっと気をゆるしたらコレだ!

 

 ミズチの手を取った瞬間、水の中にひきずりこまれた。



 あずき洗い(アズ)を召喚したときも鉄砲水に呑み込まれたし、僕は水難の相でも持っているのか!?


 もしくは女難、いや妖怪難!




 しかしそんな叫びも声に出すことはできない。


 なぜならここは沼の中で、声が出せる場所など存在しないのだから。





 ゴボボボボボ。


 何とか目を閉じ口を押さえて空気の流出を抑えようとするが、突然のことでどんどん体内の酸素が逃げ出していく。



 ああこのまま僕は死ぬのかな、なんて思ったところで唐突に水面から顔が出た。


 空気を感じる。




「ぷはっ!」


 慌てて呼吸をして酸素を確保する。




 ……死ぬかと思った。


 死ぬかと思った!!!



「ミズチ、お前さあ!」



 一言いってほしい。

 

 そう声をあげる前に、彼女は人差し指を僕の口の前に立ててウィンクした。



 黙れ、という合図だろう。




 辺りを見渡す。

 

 大きな空洞のようだ。


 岩盤が剥き出しとなっており、ところどころにゴブリンゴールドと呼ばれる光る苔が生えていた。


 この苔は大気中の魔力濃度が高い場所に生息し、魔力を吸って光を放つ特性を持っている。



「……ここは?」



 声を潜めて尋ねる。


「ここは村の地下であります。水脈が集中するいわば元栓」



 そう言いながら、彼女は水面から体を乗り出す。

 僕も同じく水からあがった。




 そこは村の酒場ぐらいならすっぽり収まりそうなほどに広い空間だった。


「あれを見るのであります」


 その空洞の最奥。


 いくつかの水たまりや横穴の向こうに、それはあった。



 

「水……いや……スライム……?」


 そこには巨大なスライムが地面の穴に(はま)っていた。

 まるで穴に覆いかぶさるように、不透明な水色の体がマッシュルームのように存在している。




「……あれは……? あれが水の流れを堰き止めているの……?」


「いやいや、そんな単純なものではないのでありますよ」




 ミズチはスライムに向かって歩き出す。


「あれはこの地脈の(あな)。つまりは水脈を支配し、水という属性の魔力を抽出しているのであります」


 ……ん?


 ……ま、まあ詳しくはわからないが、なんだか重要なポイントをスライムが抑えているということだろうか。

 こんなことなら兄上の魔術講義をきちんと聞いておくべきだった。

 

 でもあの人の声、やけに眠くなるんだよなぁ。





 そんな僕ののんきな思考をよそに、彼女はスライムの前に腕を組んで立った。


 そのスライムは彼女の三倍ぐらい大きい。



「どのような理由からこんなことになっているのかはわからないのでありますが――」


 仁王立ち。


「はてさて、こいつが原因なのは間違いないのでありましょう」


 彼女は首だけ振り返る。


「ご命令を、ご主人」





   ☆






 水虎はスモウが得意らしい。

 スモウとはレスリング。

 

 つまり肉弾戦だ。


 そう思って力任せの排除をお願いしてみたのだけど……。

 

 


「ストップストップ! 一旦引こう!」


 射出されるスライムの一部を、ミズチは身をひねりかわす。


 その際に右からのフックの拳でスライム本体を叩くが、その衝撃はスライムの一部を削り取るのみ。

 削った部分は水になり、地面に散らばった。


 そしてその削り取った穴から溢れた水が、間欠泉のように彼女を撃ち吹き飛ばす。


 ゴロンゴロンと転がる彼女を慌てて受け止める。




「……ナイスキャッチであります、ご主人」



 ハラハラして気が気ではなかった。


 彼女自身は手慣れたように立ち回っていたが、モンスターとの戦いだなんて兵士や冒険者の仕事だろう。

 当然だが、僕もそんな経験はない。



 スライムは低レベルで、クワを持った農民でも撃退することができる――と本には書かれていた。


 しかし現実はどうだ。



 その体をみると、さきほどミズチが傷をつけた部分は既に修復されている。


 攻撃する傍から復元し再生する。

 無限に見える再生能力を前に、僕らは手も足も出ないでいた。





「――申し訳ない、自分は役立たずであります」


 そう言ってミズチは立ち上がる。


「待って、違う。そんなことはないよ」



 そうだ。

 前にあずき洗い(アズ)の力を引き出したときにも思ったことだ。


 僕がするべきことは、彼女の能力を引き出してあげること。





 考えろ。


 このスライムを何とかすればこの地に水が溢れるはず。

 ならどうにかして倒さないと。


 無限に再生する相手を力押しでどうにかする……?

 いや、そんなことは無理に決まっている。

 



 だから頭を切り替えよう。


 とはいえどうしたものか。

 倒す術が思い当たらない。


 そもそもだって、こんなのおかしいだろう?


 スライムごときがこんなに強いだなんて。

 

 実家で読んだ魔物大全にだってスライムは低級の魔物として――。



「――あ、そうか」



 ふと思い当たる。


 そうだ、僕はスライムなんて、ただの一度も実物を見たことがなかったんだ。




「もしかして、スライムじゃないのかアレ」



 スライムとは直径三十センチほどの半透明な体を持つ不定形モンスターだ。

 コアが存在し、周囲の体を削るか中央のコアを潰すかすればその活動を停止させる。


 じめじめした湿気の多い場所に好んで生息する、陸のクラゲとも呼ばれ地域によっては食されることもあるらしい。


 もちろんそれはこんな巨大な大きさではない。

 その他にも削った体が水に戻るだとか、みるみるうちに復元するだとか……。


 そんな特徴、スライムは持っていない。



 ……しかしそうなると。




「だとしたら……あいつはいったいなんなんだ?」



 半透明の体。


 水属性の軟体。


 そして、水脈の栓。


 この特徴に当て嵌まるモンスター。





「――いや、もしかして」


 確証はない。

 見たこともない。

 

 しかしそれが当て嵌まる条件のものが一つある。




「……水精霊(ウンディーネ)……?」


 途端、そのスライムが大きく震えた。

 

 こちらの声に反応したのだろうか。





 元素精霊達は過去の人魔大戦で大きなダメージを負って滅びたと聞く。


「……まさかここで傷を癒やしている……とか?」


 僕の言葉に、ミズチは首を横に振る。



「いいえ、ご主人。あれは既に亡霊のような存在であります。この世に残る未練の残滓。……我々妖怪の在り方に、よく似ている」


 ミズチが憐れむようにそれを見つめた。


「出来ることなら、最期を看取ってやりましょう」



 ミズチは真剣な眼差しを僕に向ける。




 僕は迷った。


 果たして排除してしまっていいのだろうか。

 

 相手は元は自然を司るほどの元素精霊。

 人間と魔族の都合で滅ぼされ、今もまた人の都合で退治されようとしている。


 いや、そもそも、そう簡単に排除できるとも思えないんだけども。


 そんな思考の迷路に迷い込んでいると、声が聞こえた。




「……たくない……」




 それはその水の塊の声だった。


 一歩、近付く。


「……消えたくない……」




 今にも消え入りそうな声だった。



 おそらくそれは、霊感スキルでしか感知することのできない声。


 僕にしか聞こえない、(もと)精霊の悲痛な叫び。



 かつては自然を司っていた精霊がこのような形で生にしがみついている。


 なら、僕がするべきことは――。





「ここは僕に任せて、ミズチ」







  ☆







 深く呼吸をして、精神を落ち着かせた。

 その塊の前に手をかざす。



「――君の存在を定義しよう」



 果たして結果がどうなるかはわからないが。




「水の元素精霊――」




 その名を口にする。



「――”ウンディーネ”!」



 僕の叫びと共に、そのスライムが形を変える。

 女神のような美しい女性へとその姿を変貌させた。

 

 しかしすぐにその体は崩れ、死神を彷彿とさせる髑髏のような姿となる。



「オオ……オオ……!」


 その低音の悲鳴が洞窟内に響く。

 

 怨嗟の声が僕の体に鳥肌を立たせた。




「ご主人!」


 ミズチが間に割って入る。

 

 周囲の魔力濃度が上がったのか、肌がピリピリと焼け付くような感触を感じた。




 頭上を大きく超える大きさの髑髏が、僕とミズチに襲いかかろうと迫りくる。





 僕は声を張り上げる。



「……そして!」


 その精霊の残骸を見据えた。




「君の存在を再定義(・・・)する!」



 契約の本(レメゲトン)を頭の中に思い浮かべる。




「其の名は”水虎”、この地の水の神!」




 言葉と共に、目の前のミズチの身体が淡く光る。


 そして頭上な巨大な水の骸骨もまた、その体の表面が同じく光りだした。

 


 

「オ……オ……オ……オオ……!」




 轟音と共にそれは身体を仰け反らせる。



 一筋の光がミズチとその骸骨をつなぐ。



 

 そしてまるでミズチに吸い寄せられるように、巨大な骨のスライムが徐々に削り取られていく。





「んっ……んんっ……!」



 ミズチは顔を歪める。




 後ろからその肩を支えた。



 どうすれば指示すればいいかはわからない。


 耐える……いや違うか。



「――受け入れるんだ! 大丈夫、僕がついてるから!」




 ミズチは額に汗を浮かべつつも、笑みを浮かべて頷いた。


「……やってやらーであります!」




 ミズチはその場に足を開き腰を落とす。


 力にあらがうように踏ん張った。






 光が洞窟の中に溢れ、僕達の視界を覆って――!







   ☆







 ドーン、という音が村に響いた。


 何事かと思った村人たちが外に出て辺りを見回す。



 それを僕は、空から見下ろしていた。


 僕の姿に気付いて村の人達がこちらを指差している。




 僕は水で出来た蛇の上、空高くにいた。

 

 蛇というよりは竜と言った方が正しいのかもしれない。

 飛行竜(ワイバーン)とは違う、伝説の飛翔龍(スカイドラゴン)のような細長い、しかし巨大な龍の頭の上に乗っているようだった。




 傍らにはミズチがいて僕を支えてくれている。


 屋敷の裏庭の沼から伸びる水龍は、雨のように多くの水を周囲に撒き散らした。





 見ると村の中央の井戸からは水が溢れ出ている。


「あ、あれ大丈夫!? 明日にはこの村が湖の底に沈んでいるとかないよね!?」


「大丈夫であります! この地が潤えばすぐに水は引くのであります!」




 ホッと胸を撫で下ろすと、村の人達の様子が目に入る。


「先生……すげえや!」


「賢者様ー!」


 こちらに手を振る人の他に、手を前に組んで祈りを捧げている人もいる。


 あ、あはは……。

 賢者って。




 うう、魔法の一つも使えたらいいんだけど……。




 とりあえずあとで説明しにいかないと。

 洗濯物を干している人には大ダメージだ。





 そんなことを考えながら、水の龍で村の上空を翔け巡る。


 荒れ地に呑み込まれる寸前だった開拓村。


 しかし今はその地に、人々の笑顔が満ちていた。




「ご主人」


 ミズチが僕の耳元で話しかける。


「異界の地で水神の名を取り戻すとは、自分はまったく予想していなかったのであります」


「いやあ、僕もまったく予想してなかったけどね……」


 水神。


 最初、契約の本(レメゲトン)を読んでいる時はしっくり来なかった。

 でも僕達の世界でその役割を考えると、神というよりも水の精霊が近いのだと思い当たった。


 なら元々水の神として存在した水虎と、精霊の残骸(ウンディーネ)は仲良くなれるのではないかと思ったのだ。

 

 ――アズとミズチが仲直りしたみたいに。




「ミズチのおかげでもあるよ」


「ええ!? 自分、何もしてないのでありますよー? まるっとご主人のおかげであります!」


 そんな会話を交わしつつ、僕達はびしょ濡れのまま屋敷へと戻るのだった。

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