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58.反乱の兆し

「我々がヘネル隊長に命じられたのはブリコルカ卿への調査と助力。最低限の兵しか連れて来てはいません」


 宿の一室でコロネさんはそう言った。


「始まりは卿からの姫への支援依頼です。表向きは治安維持への協力と今後の領地運営への相談とのでしたが、こともあろうにあのアルマ姫へ援助を訴えるぐらいなのでこれは何かあるぞと」


「こともあろうにって」


 酷い言い様だ。

 ……まあ彼女のお転婆な様子を見ればたしかにそう思うのもわからないではないが。


 僕の言葉を聞いて失言をしたと思ったのか、彼女は眉間にシワを寄せたまま手の平を振った。


「あ、いえ、その。姫はああ見えて考えるべきところは考えているお方でして。姫自身も対外的に見えるようわざとワガママを言っているところはあります」


「う、うん……。やっぱりワガママだよね……」


「いえ、あの、その」


 彼女は言葉を濁す。

 こほん、と咳払いをした。


「……それはともかく。とりあえずお話を聞くための代理として我々が来たわけです。しかし卿は自ら姫に助力を頼んでおきながら、我々との接触を避け続けています」


「ええと……暗殺者がどうとか」


 僕は守衛のお爺さんに聞いたことを話すと、彼女は頷いた。


「ええ、それです。実際に侵入者があったらしいというのは使用人から裏を取っていますが、犯人はまだ捕まっておりません」


 そ、そうなのか……。

 彼らはこの町に来てから真面目に調査をしているようだ。


「スラムにある裏組織が暗躍しているとの噂もあり調査を進めていました。ニ、三人で鎧を着て存在をアピールしたりもしたのですが、特に玄人が襲いかかってくることもなく」


「自分たちを囮に……?」


 なかなか恐ろしい発想だ。

 王都では暗殺や襲撃は日常茶飯事なのだろうか。



「ええ、抑止力としての意味もあってですが。町の犯罪は多少減ったようで」


 マリネロがぼやいていたのを思い出す。

 王都の騎士団が来て治安が回復するということは、衛兵とかはあまり機能していないのかもしれない。

 うちの村のことを思い出すと他人事でもないな……。


「そんな中、先程の密輸船から見つかったのがこれでした」


 彼女は一枚の羊皮紙を取り出し、机の上に広げた。

 それは水を吸って若干湿っている。


「沈んだ船の中から引き上げた物です。ブリコルカ卿の許可印……通商許可証ですね」


 そこには格式張った文章が並べられていた。

 それが正式な物なのかを見分ける知識はないが、大きく証印が押された公文書独特のレイアウトをしている。


「つまりあの船はブリコルカ卿の許可を得て商売をしていたとみられます」


 彼女の言葉に僕は腕を組んだ。

 密輸に領主が関わっていたとなれば、家のお取り潰しなども考えられる一大事だ。


「……偽造とかの可能性は?」


 僕の言葉に彼女は頷く。


「それを判断する為、一旦こちらを王都に持ち帰って調査したいと思います。罪人も連行しなくてはいけないので」


 罪人とは密売に携わっていた女性たちのことだろう。

 御禁制の麻薬の取引となると刑罰を免れることはできない。


「わかりました……。えっとそれじゃあ僕は――」


 ――これで村へ帰ります。

 そう言おうとした僕の肩を、彼女はがっちりと掴んだ。


「はい! 後を頼みます! 姫が認めたあなた様がいれば、この町もきっと安泰でしょう!」


 彼女の瞳には信頼の色が見える。

 

「い、いやいや! 僕にはそんなこと――」


「ご謙遜を! 姫を感嘆させた以前の歓待に加え、村を襲ったドラゴンの討伐、此度の麻薬船の摘発……まさしく一騎当千の英雄に相応しいご活躍!」


 本心から言っているのであろう彼女の言葉に、僕は自身の顔が引きつるのを感じた。


「我々が戻るまで、この町をよろしくお願いします!」



   ☆



 数日後。


 彼女の言葉に押され断ることもできず、僕はそのまま町に滞在していた。

 町をよろしくなんて言われてもなぁ……。


 騎士団を見習おうにも僕に何ができるわけでもないし。

 サナトでも召喚して巡回でもしてもらうべきか?


「――お、あんたはこの前の」


 僕が考えながら歩いていると、そんな声をかけられた。

 そこには果物の露店が開かれており、以前と同じくお爺さんが座っている。

 歩いているうちにスラムの方にまで来てしまったらしい。


「どうだい? あれから荷物は見つかったかい」


 彼の言葉に僕は苦笑する。


「あ、はい……おかげさまで」


 いろいろあったものの、無事契約の本(レメゲトン)は取り戻した。


 ……そういえば、この前はツケがあったんだっけ。

 僕は財布を取り出すと彼に銀貨を一枚差し出す。

 その様子を見て、彼はカカ、と笑った。


「すまんすまん。前のは冗談だ。しまっときな」


 僕は彼の言葉に銀貨を財布の中に戻すと、代わりに銅貨を出して彼へ渡す。


「それじゃあ、そのリンゴください」


「へいまいど」


 並んだリンゴを手に取ると、そのままかじりつく。

 強く効いた酸味とリンゴの香りが口の中に広がった。


 僕の様子を見ながら彼は眉をひそめる。


「……そういやあんた、大きな帽子をかぶった男の子を見なかったか? これぐらいの身長なんだが」


 彼は自身の胸下に手を当てた。


「……マリネロ?」


 少年の名を口にすると、彼は驚きの表情を浮かべる。


「ああ。知り合いかい?」


「ええ。……あの日、一緒に荷物を探すのを手伝ってくれたんです」


「へえ、あいつが。らしくないことをするもんだ」


 そう言うとお爺さんは大きくため息をついた。


「よく悪さする坊主だが、根は悪いやつじゃないんだ。駄賃さえ払えば嫌な顔せず手伝ってくれるしな」


 彼は視線を裏路地へと向ける。


「……でも何日か前から姿を見てなくてなぁ。また神隠しじゃないかとちょいと心配になったのさ」


「……神隠し」


 子どもがいなくなるという噂の話だ。

 料理屋の店主もそんなことを言っていたっけ。


「それって本当の噂だったんですか?」


 僕の言葉に老人は頷く。


「ああ。最近スラムの子どもが突然いなくなるんだ。親がいない奴ばかりだから、一人ぐらい減っても誰も気にしやしないよ」


 彼は伏し目がちにそう言った。

 訴える者がいないから騒ぎにもならないってことか。


「まあスラムの連中だって毎日顔合わせてりゃ情だって移る。”同盟”の連中はカンカンだよ。奴ら気が立ってるから、地下道には近寄らない方がいいぞ」


 彼はため息をつきながら、そう僕に忠告した。


「……ありがとうございます」


 僕は礼を言ってその場を立ち去る。


 ……とはいえこのまま放っておくのも少し気になる。

 コロネさんに町のことを頼まれたのもあるが、それよりも行方の知れなくなったマリネロの身が心配だった。

 彼の後を追えば、町に流れる噂の真相を突き止めることもできるかもしれない。


 ……それならまずは。

 僕は路地裏に立つと、持ってきた契約の本(レメゲトン)を開いた。



   ☆



「ううう、ごめんなさいすみません申し訳ありません……」


「いやいや、毎度のことながら手がかりが少なくてこちらこそごめんね……」


 謝り倒すメアリーの前で、僕も負けじと謝った。

 身長、年齢、帽子や服装。

 マリネロの特徴を教えて町を見渡してもらったものの、彼の存在を見つけることはできなかった。


「……まだ町の中にいるようなら、あとは屋内ぐらいかとは思うんですが……」


 そんな彼女の言葉に従い、僕とメアリーは彼と初めて出会った地下の空洞へとやってくる。

 当然だがそこには誰もいなかった。

 ここにいるようであれば先程のお爺さんも彼の身を案じたりはしないだろう。


 天井が崩れ光が差し込む薄暗い空間の中、僕は頭を抱える。


「地下のどこかにいる……としたら”同盟”の人たちが見つけてるよな」


 地下通路ダンジョン同盟とかいう名前だったか。

 そんな名前を名乗るぐらいなのだから、地下の遺跡には精通しているのだろう。


 やはりマリネロは噂通り吸血鬼の領主に……?


 僕がそんな空想を巡らせていると、暗闇から声が向けられた。


「……あんたら、何してんだ。ここはデートスポットじゃねーぞ」


 通路の奥から姿を現したのはトサカヘッドの男だった。

 今日も上半身裸だが、寒くないのだろうか……。


「ど、どうも……。いや、僕、マリネロを探しに来て……」


 僕の言葉に彼はその表情を不機嫌そうに歪めた。


「あいつのことは……諦めな」


 彼は伏し目がちにそう言った。

 その表情には若干の寂しさが見える。


 ……彼らは仲が悪そうに見えたが、案外そうでもなかったのかもしれない。


「……神隠し、ですよね」


 僕の言葉に彼は頷く。


「ああ。……だが、もう俺たちも我慢の限界だ」


 彼は言葉を吐き捨てる。


「……あんたこの前、ド派手にぶちかましたんだったな。領主の船が沈められたって噂だ」


「え、ええと……それはその」


 正確には僕は何もしていないんだけれども。

 僕が言い淀んでいるのをよそにして、彼は言葉を続けた。


「……そんなあんただから言うけどよ。今晩俺たちは領主邸に乗り込むつもりなんだ」


「の、乗り込む……!?」


 ……それはもしかして反乱という奴なのでは……。

 彼は真剣な眼差しを僕に向ける。


「……あいつも、今ならまだ生きてるかもしれねえ」


「……で、でもまだ領主邸に捕まっていると決まったわけじゃあないんですよね……?」


 慌てる僕の言葉に、彼は頷いた。


「……そうだ。でも前々から決めていた事なんだ。これはよ」


 彼は静かに言葉を続ける。


「俺たち地下ダンは元々、貧乏な家から捨てられた子どもが命を繋ぐ為に群れただけの集団だった。それに家を失った連中や親に捨てられた連中が合流して出来たスラムの共同体だ」


 彼はその視線を真っ直ぐに僕に向けた。


「領主に対する恨みなんて、そりゃもう常日頃から持ってる。遅かれ早かれ俺たちは殴り込むつもりだったのさ。最近じゃあ警備にかける金も惜しんでるみてーだしよ」


 その瞳には決意の色が見えた。

 彼の言葉に、僕は悩む。


 ……これは止めるべきなのでは。

 少なくとも騎士団は今、密輸船について調べるために王都へ戻っているわけで。

 で、でも本当にマリネロが捕らえられているなら、一刻を争うべきなのかも……?


 僕がそんな考えを頭の中で巡らせていると、またも通路の奥の闇の中から声がかけられた。


「――おい、何やら楽しそうなお喋りしてんじゃねーか」


 どこかで聞いたような、低い男の声。

 コツ、コツと足音を鳴らしてその声の主が近付いてくる。


「げっ!? リーダー!」


 トサカ頭の男がそちらを見て叫んだ。

 ……同盟のリーダー?

 彼が地下通路ダンジョン同盟を率いているのか……?


「ち、違うんですよ! こいつは領主の船を沈めたっていう噂のものすごい奴で……!」


 慌ててトサカ頭の男は彼に弁明する。


「……へえ」


 僕は息を呑み、その影を見つめた。

 天井の隙間から注ぐ光が彼の姿を照らす。

 短く刈られた髪、鍛えられた体、腰に差した剣……って!?


「……あれ? セームじゃん。こんなとこで何してんだお前」


 そこには僕のよく見知った顔があった。


「……あ……兄貴ィー!?」


 アレックス・アルベスク。

 我が家の台風が、そこにいた。



   ☆



「お前ら飲め飲め! そんなんじゃあビビって本番で震えちまうぞ! 決起集会って奴だな! あっはっは!」


 兄貴の号令の下、地下で酒盛りが始まった。


 地下通路の奥にある地下通路ダンジョン同盟のアジト。

 メアリーにハナへの伝言を頼んだ僕は、兄貴に引き連れられてそんな奥の奥までやってきていた。


 地下遺跡の奥に隠していた酒と乾物を取り出して、三十人ほどの荒くれ者たちが酒盛りを始めている。

 アジの干物や身欠きニシン、スルメなんかを炙りつつ、みんなが安酒をあおっていた。


「おい! セーム! 飲んでるか!? ああ!? どうなんだおい!」


 兄貴が僕の首に腕を回し、絡んでくる。

 ……兄貴、完全に出来上がってる……。


 どうやらここでも彼は周囲に馴染みきっているらしく、僕たちを見た周りの男たちがその様子に笑った。


「の、飲んでる……飲んでるから……」


 い、いったいどうしてこんなことに。

 これじゃあ僕も彼ら反乱チームの一員みたいじゃないか……。


 僕がそんな風に思い悩んでいると、彼は更に強く僕の頭を抱え込んだ。


「そうか! そりゃあいいなぁ……おい! ほら! 肩貸せ!」


「ど、どうしたの……?」


 兄貴に言われるまま肩を貸し、彼を持ち上げるように立ち上がる。

 

「よっし……いいぞう……オラ、便所はあっちだ! 連れてけ!」


「この人は本当自由だなぁ!!」


 いつもの事ながら周りの迷惑なんて全然考えない人だ。

 僕は兄貴に言われるまま彼に寄り添い、地下通路を歩いていく。



 しばらく通路を歩くと、地上へ繋がる出口の前へたどり着いた。


「……兄貴、結構歩いたけどトイレはどこなんだよ……」


 僕の言葉が終わる前に彼はその身を離して、地下通路の壁に寄りかかる。

 その顔に笑みを浮かべると、兄貴は静かに口を開いた。


「――さて、セーム。情報共有と洒落込むか」


 彼の口元は笑っているが、その目は真っ直ぐと僕のこと見つめていた。


「兄貴……! まさか今までの振る舞いは全部演技だったの……!?」


 この人が力技以外の手段を使うの、初めて見たかもしれない!

 何年も前に兄貴が起こしたウルブス頂上決戦トーナメントなんかは彼の性格を代表する出来事の一つである。


 僕が昔の記憶を思い返していると、彼は笑いながら口を開いた。


「……当たり前だろ? 俺様を誰だと思――オエエェェ!」


 びちゃびちゃとその場に吐瀉物をぶちまける兄貴。

 ……酔ってんじゃん! かなり泥酔してんじゃん!


「……うぷ……。うぇ……」


 僕はうずくまった兄貴の背中をさすった。

 しばらくすると落ち着いたのか、彼は顔を青ざめさせながらも立ち上がる。


「ふぅ……全部出たぜ……さすが俺様……」


「兄貴はどうしていつもそんなに自信満々なの」


「そりゃ俺様だからよ」


 そう言って彼はその顔に笑みを浮かべた。

 ……昔から全然変わらないなぁ。


「……で? どーよ。こちとらあのジャリ姫にケツ叩かれてここまで探りに来たわけだ。あの姫さんが何考えてるかは知らねーけどな」


 ――この人に調査依頼をするなんて馬鹿じゃないだろうか……。


「兄貴に調査依頼なんてするぐらいだから何も考えていないんじゃないかな」


「お前今、思い浮かんだことそのまま言ったろ」


「い、いやそういうわけでは……」


 ちゃんと表現を柔らかく修正したよ……!

 僕はコホン、と咳払いをする。


「……っていうか、兄貴はなんでまたここでリーダーなんか?」


 僕の言葉に彼は呆れたように口を開く。


「なあにここに来たついでにひと暴れしたら勝手に担ぎ上げられただけだよ。どうせ実際に事を起こしたら責任被せてポイだろうな」


 兄貴はそう言って笑った。


 ……やっぱりこの人は考えなしに暴れているだけなんだな。


「……あの中の誰かが裏で扇動してる気はするぜ。俺が邪魔しようとしても反乱は止まらない。……まあ俺様そういうの得意じゃねーから誰が誰だかさっぱりわかんねーけど!」


 兄貴の言葉に僕は考え込む。

 そういうのはサグメが得意なんだけどな……。

 僕が頭を悩ませている様子を見て、兄貴は人差し指で自身のこめかみをトントン、と叩いた。


「さあよく考えろセーム。この町の状況、出来すぎてる気がしないか?」


「……まさか兄貴に考えろなんて言われるとは」


「うるせえ。俺も日々成長してんだよ。ガキだった頃とは違ーうの!」


 昔は脳味噌が筋肉で出来ていた自覚があるらしい。

 兄貴は自分の口の前に人差し指を立てた。


「……町の噂もスラムの話も、みーんな領主をぶん殴れって言ってやがる」


 確かに兄貴が言う通り、状況証拠で言うならブリコルカ卿は真っ黒な気がする。

 圧政に苦しむ民と、それを虐げる悪逆領主。

 調べれば調べるほど、そんな構図がくっきりはっきり見えてきていた。


「俺様そういうのはさぁ~……」


 兄貴は頭の後ろに手を回す。


「人に言われるとやる気なくなっちゃうんだよな~!」


「子どもか!」


 僕の言葉に兄貴は笑い、地下通路の出口へ向かって歩き出した。


「……つーわけで、行くぞ」


「い、行くって……どこへ……?」


「ああん? そんなん決まってんだろ」


 彼は振り返り、口の端を吊り上げる。


「ヴァンパイアの待つ領主邸に、だよ」

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