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54.爆炎熱湯サラマンダー

「ビバ温泉!」


 仕事の疲れを癒やすために温泉へ浸かりにやってきた。

 簡素に作られた更衣室の中で温泉用の下着をはいて、外に出る。

 そこにはちょうどお風呂に入りに来たのであろう、ユキの姿がそこにあった。


「……なんだ、ユキか」


「なんでちょっと残念そうなのよ……」


 いや、彼女が残念なのではないが、サナトとか……メアリーとかもいいなって……。

 僕は彼女から視線を逸らし温泉へと歩いていく。


 まあリフレッシュが目的だからな。

 リラックスができれば良いのだ。


 僕はそっと温泉に足を入れるとその湯の中に身を――。


「ホワチャァ!」


 入れる前に叫んで足を引っ込めた。


「――どうしたの?」


 後ろからユキがやってきて声をかける。


「いや、凄い熱いんだけど……」


 あやうく火傷するところだった。

 ユキも恐る恐る手をつけると、訝しげな表情を浮かべる。


「……ホントだ。故障?」


 ユキの言葉に僕は首を傾げた。



   ☆



 ムジャンに聞いてみたところ最近工房の製鉄設備については性能が上がったものの、温泉の配管については特に手を加えていないとのことだった。

 そこで一緒に原因を調べてもらったところ、どうやら源泉の温度が上がっていたらしい。


 元の出ていたお湯はぬるま湯だったはずだが、今ではちょうどよい温度になっていた。

 その為ムジャンに配管の流れを変えてもらい、源泉をそのまま温泉へ出してもらう。


 これでとりあえずは温泉としての機能は果たせることだろう。

 ……しかし。


「……何で起こったんだろう」


 ミズチとアズを呼んで、そんな状況を説明した。

 ミズチは温泉に手を入れてその温度を確かめる。


「……たしかに、この温度の上昇は異常でありますな」


 温泉のお湯を一舐め。

 成分を分析しているのだろうか。


 その横ではアズが耳を地面に押し当てつつ、寝そべっている。

 彼女は地べたに横になりながら、マラカスをトントンと地面に向けて叩いていた。


「……地脈が動いているです」


 アズは片目を開ける。


「……この前、山の形を変えたときは結構気をつけてやったですけど……」


 彼女はトントン、とマラカスで叩きその振動を聞き分けていた。

 ミズチは腕を組む。


「……いやいやおかしいのでありますよ。こうも短期間で地殻変動が起こるなんて。たしかに自分たちが多少刺激したのはありますが、岩漿(がんしょう)が生き物みたく這い出てくることは考えにくいのであります」


 ミズチの言葉に横になったままアズは頷いた。


「……アズとそいつの仕事は完璧でした。もし問題があったなら、地脈を弄った瞬間に地震が起こっているです」


 アズの言葉を受けて僕は考えた。

 二人の言葉を整理すると、山のはるか下にあったマグマが徐々に上へ昇って来ているということか。


 ……ひょっとして大事なのでは?

 鉱山が噴火したりしたら、当然この村はそれに呑み込まれてしまうことだろう。

 それが凄い速さで地表に向けて迫っているのだとしたら……。


「ど、どうしよう……。村のみんなを避難させるべき……?」


 僕の言葉にアズは冷静さを保ったまま口を開いた。


「慌てなくて大丈夫です、マスター。少なくとも速度から言って、一週間やそこらで村がどうこうという話ではねーです」


 彼女の言葉に僕は胸を撫で下ろす。


「……でも、何とかしないとはマズイよね」


 ミズチは頷く。


「しばらくは自分たちで抑えられないか試してみるのであります」


「進行を妨害してみるです」


 僕は頭を捻る。


「生き物のように迫るマグマかあ……」


 そんな自然の前では僕らが出来ることなんて何も……。


 ……いやまてよ?

 もしかして本当に生き物なのか……?


 いや、そんな高温で生きられる生物はいない。

 だとすると、考えられるものは……。


「……精霊……?」


 僕の言葉にミズチは目を細めた。


「……たしかにその可能性もあるのでありますな。岩漿の動きには明確な指向性を感じるのであります」


 彼女の言葉にアズが続く。


「でもそれ自体は精霊っぽくはねーです。怪しげな音は聞こえねーですし。……もしかしたら本体がどこかにいて、呼び寄せているのかもしれねーです」


「本体、か……」


 僕はまるで自然そのものを睨みつけるように、空を見上げた。



   ☆



「んんん……ごめんなさいぃ……」


「いや、大丈夫。でも怪しいものがないかは引き続き探してくれないかな」


「はい……」


 僕の言葉にメアリーは頷く。

 妖怪たちみんなに声をかけて、精霊を探してもらうことにした。


 しかし頼みの綱であったメアリーでも見つけられないらしい。

 そもそも姿がわからないのだ。

 炎の魔神イフリート、灼熱の巨竜サラマンダー、不死鳥フェニックス……。

 伝承にある火の元素精霊は様々な形で伝えられている。


 マグマを呼び寄せるような精霊なのだから、少なくとも光を放っていてもおかしくはなさそうだが……。


「マグマ……溶岩……噴火……」


 山の周囲はダイタローやサナトが探してくれているが、未だ怪しいものは見つかっていない。

 だとすると屋内?

 火を扱う場所といえば、厨房……そして……。


 僕は考えながら、ムジャンの工房へと足を運んだ

 中に入るとその熱気がムワッと僕を襲う。


「……ムジャン、何か変わったことはない?」


 僕はこれまでの話を説明しつつ、彼に尋ねてみた。


「変わったことって言ってもな。さっきの温泉の話が一番おかしな話だったぜ」


「だよねー」


 彼の言葉に肩を落とす。

 まあ精霊なんてその辺にゴロゴロいるわけがないか。


 僕は頭を巡らせつつふと炉の中を見る。

 するとそこには火吹き蜥蜴(ファイアーリザード)が大きな炭を相手にコロコロと格闘していた。

 僕は火かき棒を使ってその炭を割る。

 小さくなった炭のかけらをファイアーリザードが呑み込んだ。


「……うーむ。……ねえ、君は何か知って……」


 そのトカゲに話しかけつつ、僕はその考えに思い当たって体を強張らせる。

 そんな僕の後ろから、ムジャンが声をかけた。


「……ん? そういや前から思ってたが……」


 彼は訝しげな表情を浮かべる。


「――なんでここに来る度、炉をかき回してんだ?」


 その炎の色をしたトカゲは、ぽふんと小さく息を吐いた。



   ☆



 サラマンダー。

 それは火の精霊のうちの一つで、炎をまとった巨大な竜の姿をしているという。

 ムジャンの工房の炉の中にいたのは、僕の想像とは全く違った小さな小さなトカゲだった。

 それはそこらへんにいるヤモリなんかと同じ外見で、その表皮は燃えるように赤い。


 しかしその姿はムジャンたち職人には見えていなかったらしい。

 つまりこれは僕にしか認識できない精霊の一種なのだろう。


 ちなみに一度それを説明したら、彼らにもうっすらその姿が見えるようになった。

 精霊も妖怪と同じく、認識の力が重要なようだ。


「……さてと」


 職人たちに今日は休暇を取ってもらい帰らせて、ユキと僕はそれに対峙した。

 とは言っても、戦いに来たわけではない。

 べつに僕たちは精霊を滅ぼしたいわけではないのだ。

 むしろ仲良く付き合っていきたいと思う。


 僕はそう思い、いくつかの供物を持ってきた。

 炭、肉、米、石油、酒。


 それらを器に入れてそっと炉の中に置く。

 サラマンダーは順番にそれらを探るように鼻先を近付けた。


「ど、どうかな~? 気に入ってくれるかな~?」


 誰にともなく僕はそう口にした。

 今までの経験からすれば、言葉が通じてもおかしくはない。


 しかしサラマンダーはまるでその言葉を無視して、順々にそれらを口にしていった。


「ぽわっ」


 サラマンダーは炭や石油を口に入れて、火を噴く。

 肉や米はお気に召さなかったらしい。

 次に酒の入ったお猪口にその口を近付け、ズズズとすする。


「……こちらとしては、とりあえず地下のマグマは遠ざけていただけると嬉しいかな、なんて……」


 酒を飲み干してから、サラマンダーはグルリとその眼をこちらに向けた。

 そしてその口を開く。


「――危ないっ!」


 瞬間、ユキに突き飛ばされた。

 それまでいた場所に、火炎が吹きかけられる。


「あ、あれ!? 交渉失敗!?」


 ユキの体重を感じつつ、僕は地面に寝転がる。


「わかんないけど、話が通じる相手じゃなさそう!」


 慌ててユキは立ち上がると、その手を自身の前の空間に滑らせた。


「氷凍られ凍りましょう、寒さ寒々寒空に!」


 サラマンダーがその小さな口を開く。

 中にはオレンジ色の魔力の光が見えた。


「――絶対零度の空の下! 冷気漂う氷雪と!」


「ぷぇ」


 サラマンダーの口から放たれた灼熱の火球と同時に、ユキの手元から青い魔力が吹き荒ぶ。

 それらは炉の前で衝突すると、激しい気流を室内に巻き起こした。


「ぐえっ」


 僕はカエルのような声を漏らしつつ、入口側に弾き飛ばされる。


「逃げるわよ!」


 ユキに首元を抱えられ、僕は担がれるように外へと出た。

 僕たちが外へと出た次の瞬間、その入口から炎が吹き出たのが見える。


「ひえっ……!」


「あんなのと室内でやりあったら酸欠で倒れちゃう!」


 ユキは叫び声をあげた。

 その声に気付き、温泉の近くにいたミズチとアズが駆け寄って来てくれる。


「だ、大丈夫でありますか!?」


「大丈夫じゃないかも……」


 見れば炎の嵐に乗って、サラマンダーが工房の入り口へと出てきていた。

 その周囲には人のサイズよりも大きな火球が六つ空中へと浮いている。

 自身の周りに大量の炎をまとわりつかせ、サラマンダーはこちらにその縦に割れた瞳孔を向けた。


「せ、精霊ってあんな凶暴なのもいるのか……」


 僕の頭の中を「オイラ!」と叫ぶ小さな精霊の姿が駆けていく。

 そんな僕に向かって、サラマンダーは六つの火球を発射した。


「――ユキ殿!」


 ミズチが地面に手を当てると、温泉から水の波が押し寄せる。


「――氷凍られ凍りましょう、寒さ寒々寒空に。絶対零度の水の下……!」


 ボシュン、ボシュンと火球が水に吸い込まれそれを蒸発させる。


「一人残った君独り!」


 ユキの魔力が水の壁を凍りつかせていく。

 次いで四発の火球が氷の壁にぶつかって打ち消された。


「げ、もう次ができてる……」


 ユキが言った通り、サラマンダーの周りには既に九発分の火球が浮いていた。


「魔力が桁違いです!」


 アズが叫ぶ。

 ――これ、かなりピンチなんじゃ……。


 そう思った瞬間、声が響いた。



「にゃっはあ! 絶体絶命、一発逆転! 今こそぬし様の危機を救うときにゃあ!」


 その声は工房の屋根の上から聞こえてきた。


「イセ!?」


 僕が叫ぶと同時に、彼女は屋根から飛び降りてサラマンダーを押さえつける。


「ぷぇっ!?」


 小さなトカゲの身体は彼女の手に捕まえられた。


「暖かな屋根の上で昼寝しているわちきの邪魔したのが運の尽きだにゃあ! ……って(あっつ)! なんて熱さだにゃあ!」


 彼女は叫びつつもその手を離さない。

 サラマンダーは首だけ百八十度回して彼女を見つめると、その周囲に浮かばせていた火球を揺らめかせた。


 ――マズイ! 猫のステーキが出来上がる!


 僕は咄嗟に契約の本(レメゲトン)を開く。


「――其の名は猫又!」


 イセを転移……いや、間に合わない!


「鬼火を操る火の化身!」


 契約の本(レメゲトン)が赤い光を放つと同時に、火球がイセを襲った。

 激しい爆発が起こり、あたり一面に炎が広がる。



「イセ!」


 あまりの熱に僕は片目を閉じる。

 その爆炎が収まると同時に、その炎の中に彼女の影が見えた。


「――にゃっはあ」


 どうやら無事らしい。

 僕はほっと胸を撫で下ろす。


 するとその影はトカゲの尻尾を掴んで顔の上にぶら下げると、そのまま口を開けた。


 ……え……!?


 僕が声をかける間もなく、影はその手を離す。

 サラマンダーが口の中に消えていった。


 ゴックン。


「……にゃふ。これは、なかなか刺激的な味わいにゃあ……」


 炎が散り、イセがその姿を現す。

 ぼふん、と口の端から炎を漏らし、サラマンダーを呑み込んだ彼女は僕に笑いかけた。



   ☆



「身体が! わちきの身体が火照って仕方ないのにゃあー!」


 翌日。

 サラマンダーの力を取り込んだイセは、ムジャンの工房にやってきてそんな叫び声をあげていた。


「はいはいどうどう」


 彼女の背中を撫でてあげる。

 すると毛玉を吐き出すように、彼女は炎を吐き出した。


「ふにゃー。お世話されるのは猫の本懐なものの、これじゃあお年寄りの介護にゃ……」


「助かってるよー、イセばあちゃん」


「ふにゃあああ」


 彼女は僕の呼び方に不服そうな声を漏らす。


 アズに調べてもらったところ、地下のマグマはその異常活動を停止したらしい。

 しばらく様子を見る必要はあるものの、どうやら原因だったサラマンダーが排除されたことで普通のマグマに戻ったようだった。


「おう嬢ちゃん、炉の中にならいくら吐いても構わねぇぞ」


 ムジャンはそう言って笑う。


「にゃにゃにゃ。猫はこたつで丸くなることこそが完全正義。それならこのぬくい施設もこたつの一種と思えば快適なのかもしれないにゃ……」


 彼女は悩むようにその身体を曲げた。


「それにしてもぬし様には助けられたにゃー。危うく消し炭、あの世に猫まっしぐらだったにゃ」


 彼女の言葉に僕は笑う。


「あはは。成功してよかったよ」


「んにゃふ。ありがとにゃあ。五徳猫や火車なんかはわちきの親戚みたいなもんとはいえ、行灯の油を舐めて悪戯に火を出してたことが役に立つ日が来るとは思わなかったにゃあ」


 そう言って彼女は人差し指を立てると、長い爪に火を灯した。


「にゃっふー。そう考えると、この芸もきっと身を助ける日がそのうち来るにゃあ。その日までは堅忍不抜、じっくりと爪を研いでおくとするかにゃー」


 彼女はそう言って笑った。


「もう十分役に立ってくれているよ。……火の精霊としての役割はこれから一緒に考えていこう。きっとすぐに使い道も思いつくさ」


「にゃ! 手始めに絶妙な焼き加減の焼き魚を作るにゃー! さんまがわちきを呼んでいるにゃあー!」


 僕の言葉にイセは手を上げて喜ぶ。

 僕たちはムジャンの工房を後にして、屋敷(うち)への帰り道を歩くのだった。

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