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53.夜の酒場で

「ふわ……ん……」


 誰もいない店内でユキはあくびをした。


 既に夕食時も終わり、こんな時間に来るとしたら飲んだくれの男たちだけだろう。

 早い家庭なら既に就寝していてもおかしくない遅い時刻。


 客は誰も訪ねてこない。

 その店は酒場だというのに表には店仕舞いの看板が掲げられていた。

 というのも今日は宿の女将マリーが朝から産気付いており、人手が足りなくなることが予想されたからだ。


 本日の営業はほぼ停止。

 しかし宿泊客もいれば空き部屋もある為、完全に店を閉じることはしていない。

 村の住人や冒険者たちもその辺の事情はわかっている為、今日は村唯一の酒場もいつもの喧騒を無くしていた。


 ――とはいえ。


「んん……暇……」


 背伸びをしてユキはカウンターに頬杖を付く。

 何人かの冒険者なんかは部屋から降りて来たりはしたが、彼女の顔を見るとすぐに視線を逸らして部屋に帰っていった。


「……ちょっと失礼じゃない……?」


 彼女は自身の目元をぐりぐりと押さえる。


 ――そんなに目つき悪いかな。


 彼女は目を細める。

 宿の主人であるエリックは、あらかじめ宿泊客には「夜間は対応できない」と告知していた。

 その為よほどの用事がなければ彼らがユキを頼ることがないとは彼女自身も知っていたが、それでもその顔を見た途端逃げるように戻っていく彼らの姿を見て彼女は少しだけ自身の行動を反省していた。


「……愛想笑いとか、苦手なんだけどな……」


 ぽつりと呟く独り言とともに、店のドアが開かれた。

 そこから顔を出したのは一人のエルフだった。


「――こんばんは」


 ギギギ、と頬を吊り上げて笑みを作るユキ。

 そのエルフも疲れた笑みを浮かべつつ、それに応えた。


「……こんばんは。こんな遅くにすみません。余り物でもなんでもいいので、食事をさせてもらえないかなって……」


 その言葉にユキは頷く。

 彼女一人の負荷を考えて積極的に営業はしていないが、べつに働いてはいけないわけでもない。


「オッケー。……何かリクエストはある? ……ええと――」


 ――話したことはないけど、こんな可愛い女の子一度見たら忘れるはずがない。たしか最近来たエルフの子で……。


「――ジェニーちゃん……だっけ?」


「は、はい。……ええとごめんなさい、まだ村の人たちの顔と名前が一致してなくて……」


「いいよいいよ。わたしはユキ。よろしくね」


「ありがとうございます、ユキさん。……ごはん食べるの忘れてて……。きちんと食べておきたくはあるんですけども……」


 ジェニーは申し訳なさそうに目を伏せる。


「了解。まあ大したものはないけどねー」


 ユキはその様子に笑って、厨房へと入った。

 かまどの上に横方向に刻まれている文様を指でなぞる。

 その文字が一瞬赤色に光ると、その下部に設置されたかまどへと小さな火が灯った。


 中に炭が入っていることを確認して、今度は縦方向に刻まれた文様をなぞる。

 今度は緑色の文字が光って風が起こり、そこに炎が燃え上がった。


「よしよし……。ちょっと待ってね、今てきとーに作るから」


 彼女はスープを温めつつ、冷やしていた材料を取り出す。


「ふふふ。家庭科の鬼と呼ばれたこの腕前を見せてあげる……!」


「カテイカ?」


 ジェシーの言葉をスルーしつつ、ユキはまな板の上へと玉ねぎを乗せた。

 ナイフで二つに割り、片方を千切りに刻む。

 フライパンへ油をしいた後に刻んだ玉ねぎを入れ、温まった鳥のスープが入った鍋と交換して火にかけた。


 冷やしておいた鳥肉を取り出し、胸の部分を少し切り落とす。

 それらを一口サイズに刻んだら器に移し、醤油と酒、砂糖、塩をふりかけた。

 すりおろしておいたショウガを少し加え、フォークを取り出して穴を開けるようにつつく。

 その鳥肉を玉ねぎの入ったフライパンの中へと入れ、鳥ガラのスープをお玉ですくってフライパンへ注いだ。


 ジュワァ、と肉の焼ける音ともにその香りが立ち込める。


「あっ、すごい良い匂い……!」


 ジェニーの言葉にユキは笑みを浮かべる。


 彼女は並行して卵を割り、器に入れて溶いておく。

 鳥肉にきちんと火が通ったのを確認したら、フライパンへ玉子を少しずつ注いでいった。

 玉子が少し固まってきたら、蓋をしてかまどの火から離して少々待つ。

 予熱で玉子がふんわりと固まったら、更によそったごはんの上へとそれを乗せた。


 ユキはスープを付け、それをジェニーへ出す。


「へっへっへ。ユキちゃん特製親子丼!」


「わあ! 美味しそう!」


 ジェニーは添えて出されたスプーンを手に、笑顔でそれを一口すくい口に入れる。

 はふ、と熱さからか息を吐きつつ、そのまま口の中で咀嚼した。


「んん……! ふわっとした玉子と味の染みた鳥肉が美味しい……!」


 ジェニーは次々とそれを口の中に入れていく。


「あわてないで食べなよー」


 よほどお腹が空いていたのか、ジェニーはガツガツとそれを口に放り込む。


「玉子の香りとソースの芳ばしい香りが鳥の油と溶け合って、まるで一つの芸術品……!」


「そんな大げさな」


「これぞ機能美! 美しさすら感じるこの味わい……!」


 その言葉にユキは照れるように笑った。


「……こんな時間まで仕事してたの?」


 彼女の言葉にジェニーはバツが悪そうに答える。


「仕事っていうわけでもないんですけど。ちょっとアイデアが煮詰まっちゃって」


「アイデア?」


「はい。もうちょっと工房の鉄の製錬精度を上げたいんですけど、どうしても火力がネックになっちゃうんですよね。風を絶えず送ることができればいいんですけど、それには人手が必要で」


 ジェニーは食事に手を付けつつも悩むように首を傾げた。


「風ねぇ……。そういうのはよくわかんないけど。サナト案件なのかな……」


 ユキはうーんと首を傾げる。


 ――風を送る、か。

 彼女はチラリと視線を厨房へ送った。

 魔道具で作られたかまどは、着火の後に風を送る仕組みになっている。

 そのようにたくさんの風を送って火を強めれば良いのだろう。


「王都なんかでは水車を使っているんですよね。あそこは大河が近くに流れているので」


 そう言ってジェニーはズズ、とスープをすすった。

 ユキは昔の記憶を思い出すように、視線を空中へと向けた。


「……水車がダメなら……風車とか?」


「風車……?」


 ジェニーは首を回した。


「……そうか。水を使うように風の力を使って……そういえば、最近の地殻変動で山風が強くなったって言ってたっけ……」


 真剣な眼差しでブツブツと呟きジェニーは思索の海を泳ぎだす。

 しばらく悩んだ後、突然ドン、とカウンターに銀貨を二枚置いてジェニーは立ち上がった。


「……すみません! ありがとうございました! とっても美味しかったです! ボクはこれで!」


 ジェニーはそう言い残すと足早に店を出ていく。

 その背中を見送りつつ、ユキはぽつりと言葉を漏らした。


「ボクっ娘かぁ……」



   ☆



 ジェニーの食べた後を片付けつつ、ユキは店番を続ける。

 すると入り口の扉を開けて見知った二人が店へと入ってきた。


「……お、元祖ボクっ娘登場。……そっちは終わったの?」


 そこにいたのは天邪鬼のサグメと疫病神のヨシュアだ。

 ユキが声をかけると、サグメは普段は見せないような疲れ果てた表情で答えた。


「……終わった」


 ユキの軽口を受け流す余裕もないのか、彼女は一言そう言うとその身を投げ出すようにカウンター席へと座る。

 続いてヨシュアもその隣に座った。


「……母子共に問題なし。感染症の心配もない」


 ヨシュアはそう言うと、パチリと指を鳴らす。


「シェフ、我にブドウ果汁を頼む」


「……こっちはいつもの」


 ヨシュアとサグメの言葉にユキはため息をついた。


「あんたらね……。まあいいけど。……っていうかいつものって何?」


「いつものって言ったらいつものだよ……。……麦果汁、ロックで」


「麦茶って言いなさい」


 ユキはサグメにそう言うと、葡萄を絞ったぶどうジュースの入った壺を取り出す。

 それをグラスへ注ぐ彼女に、ヨシュアは声をかけた。


「ぬるいままでよいぞ。体内で発酵させるからな」


「最初からワインを頼みなさいよ……」


 彼女はそう言いつつもヨシュアの前にグラスを置く。


 次に彼女は作り置いていた麦茶をグラスに注いだ。

 手で水をすくい、それを少しずつ氷にしながら麦茶へと入れる。

 グラスを振ると、いびつな形の氷の塊が麦茶をかき混ぜた。

 ユキはサグメの前にそれを置き、彼女を見下ろす。


「随分と疲れてんのね」


 ユキの言葉にサグメはぽつりと呟いた。


「……ボクは痛みが伝わってくる場は苦手なんだ」


 彼女は両手で麦茶の入ったグラスを手に取り、一口喉へ流し込む。


「そりゃボクの力は励ましたり不安を和らげることに使うこともできるさ。でもどうしようもない痛みもダイレクトに共感してしまう」


 サグメはその口から魂でも吐き出しそうなほどの大きなため息をついた。

 ユキはそんな彼女の様子を見て苦笑する。


「お疲れ様。あんた戦いとかには向かなそうね」


「はは、勘弁してくれ……。戦場なんて負の感情の塊、絶対に願い下げだ……」


 サグメはめまいを感じるような仕草で頭を振った。

 ユキは普段見せない彼女の弱音に苦笑する。


「……あ、そうだ」


 ユキは一言そう言うと、厨房の中へと入った。

 粒苺を取り出してまな板の上で細かく刻む。

 次にミルクの入った壺を取り出すと、小さな器へと移して砂糖を入れる。

 少しかき混ぜて、それをヨシュアへ差し出した。


「はい、発酵」


「む?」


 ヨシュアはミルクへ手をかざす。

 彼の手の内から緑色の魔力の光が漏れ、そのミルクを凝固させた。


「ありがと!」


 ユキはそこに先程の苺を果汁ごと入れて、またもかき混ぜる。


「――冷んやり冷気の冷たさに……」


 彼女が小さく呟くと同時に、水色の魔力が匙を伝って器の中を冷やした。


「……うん、これぐらいかな」


 ユキはスプーンを入れたまま、その器をサグメへと差し出す。


「いぇーい、フローズンヨーグルト! 疲れた体には甘いものが一番!」


 ウィンクしながらそれを渡すユキに、サグメは苦笑を浮かべた。


「……甘味は苦手なんだけどな」


 そう言いながら彼女はスプーンですくい、白いそれを口に入れる。


「――んっふ」


 思わず笑みを漏らしてしまったサグメは、その顔を伏せた。


「美味しいでしょー? 美味しいでしょー!」


 ユキの自慢げな声に、サグメは平静を装おうとして失敗しつつその顔をあげた。

 その顔にはこらえきれない笑顔が浮かんでいる。


「……まあ、食べれなくはないね」


「素直じゃないねー」


 サグメはユキの言葉を聞こえないように振る舞いつつ、シャクシャクとそれを食べ進める。


 その横で、ヨシュアがビシッと横に向かって腕をあげた。

 ユキとサグメが視線を集中させる。



「……我の分は?」


 彼の言葉にユキは笑った。


「……はいはい、今作るから待ってね」


「良いぞ。待とう」


 彼の言葉にユキは厨房へと入る。

 村に新たな住人を加えつつ、妖怪たちの夜はそうして更けていくのであった。

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