52.異端の技術者
「お願いします! あなたじゃないと駄目なんです!」
僕が村長としてしなくてはいけない手続きのために外へと出ると、庭からその声が聞こえてきた。
僕は思わず物陰に隠れてその様子を覗き込む。
そこにいたのはイスカーチェさんの紹介でこの村へやってきたエルフの子、ジェニーだ。
「一目その姿を見た時以来、ずっとあなたから目が離せなくて……。ボクどうしてもあなたのことをもっと知りたいんです……」
その声からはある種の悲壮さにも似た心苦しさが感じられた。
一目惚れというやつか……。
いったい相手は誰なんだろう……?
僕が首を伸ばすと、彼がその想いを告げている相手の姿が見えた。
「ノー、ミスタージェニー。本機体の詳細は機密事項です」
そこにいたのは無機質な荷車の姿のカシャだった。
……カシャだったかぁ……。
カシャはその車輪を動かし、ガシンガシンと体を揺さぶって説明した。
「お、お願いします! 分解とまでは言いません! 少しだけ触らせていただけたら……」
「ノー、ミスタージェニー。本機密は最重要秘匿事項です。軽率に触れた場合、排除行動に入ります」
ぶおおん、とカシャは威嚇の鳴き声をあげる。
「ひゃあぁ! ら、乱暴にはしませんからぁ!」
それでも彼は食い下がり、両手で祈るようにカシャへと懇願する。
ちょっと応援したくはなってきた。
僕は彼らの後ろから近寄ると、二人に話しかける。
「……どうしたの? 二人とも」
「ああ、長様!」
彼は僕に振り向く。
「カシャさんにその体を見せていただけないかとお願いしていたところでして……いえ、決してやましい気持ちじゃあないんです!」
彼はそう言って僕に上目遣いとなるように訴えかけた。
……カシャにやましい気持ちを抱いてしまうとなると、かなり難儀な趣向を持っているように思えるが……。
そんな僕の思いをよそに彼は言葉を続ける。
「彼女の洗練されたフォルム、合理的な機能性、想像もできないようなその原理……! 美しさの極地です! 見ているだけで惚れ惚れしてしまいます……!」
彼はそう言って恍惚の表情を浮かべた。
あ、そういう趣味をお持ちの方でしたかー。
「……ま、まあ本人も嫌がってるようだし、あんまりそう言ってあげるのもやめた方が……」
僕の言葉にカシャはその車体を左右に振った。
「ノー、マスター。ミスタージェニーの言うことには妥当性が存在します。本機は無駄を排除した合理的なフォルムを追求されています。その美しさはたしかに賞賛に値するべきものでしょう」
そ、そう……。
彼らの趣味自体は合致しているらしい。
カシャの自慢にジェニーも大きく頷く。
「そうなんです! カシャさんの変形後の形態は直進時の風を分散させ、そして衝撃を受けた際の破壊制御などボクの理想とするような構造を形にしたような、まさに神の設計とも言うべき――」
「あ、うん、わかったわかった。全然わかった」
早口にまくし立てる彼の言葉を遮って落ち着かせる。
……なるほど、これがエルフの異端かぁ……。
僕はイスカーチェさんがしていた説明になんとなく納得しながら、カシャへと視線を向ける。
「……それならカシャも仲良くしてあげたらいいんじゃない? 趣味が合いそうだし」
僕の言葉にカシャは機体を左右に振る。
「ノー、マスター。それとこれとは別の問題です。本機の内部構造は重要機密となっており、緊急時を除いてそれを公開することはできません」
カシャの言葉にジェニーはがっくりと肩を落とす。
「ぜ、絶対に壊しませんから……」
「ノー、ミスタージェニー。機密は保持することに意味があります。本機の機密事項の拡散は我々に良い結果をもたらさないことでしょう」
カシャは頑なにそう主張した。
カシャとしても何か譲れないものがあるのだろう。
とはいえ、涙目となっているジェニーを見ると彼に協力してあげたい気もする。
……いやべつに変な気持ちなんて一辺たりともないぞ。
なにせ相手は男の子だからな!
僕は頭の中で自分に言い聞かせるようにそう言うと、カシャに向かって提案する。
「……それじゃあ触れない程度に見てるっていうのはどうかな? それぐらいなら機密……というか隠しようもないし、問題ないでしょ?」
僕の言葉にカシャは悩むように車輪を動かして、その体を揺らした。
「……オーケイ、マスター。……マスターがそう言うのでしたら」
カシャの言葉にジェニーは喜びの声をあげる。
「や、やった! 絶対触れませんから! 他の人にも言いふらしたりしませんから!」
彼はそう言って木炭と羊皮紙を取り出し、早速スケッチを開始した。
「……まあ今日一日ぐらい付き合ってあげなよ、カシャ」
僕の言葉にカシャは首を振ると、ゆっくりと動き出す。
「ノー、マスター。本機のスケジュールは過密となっております。その為……」
ギュイン、と車輪を滑らせてカシャはジェニーの方向を向いた。
「本機の後を追尾することを推奨します。よろしいですか?」
「……はい!」
ジェニーが頷くと、カシャは村へ向かって走っていく。
その後をジェニーが続いた。
……彼は走り方までなんだか女性っぽいが、あれ絶対狙ってやってるよな……?
僕はそんな疑問を心にそっとしまいつつ、自身の仕事へと戻るのだった。
☆
「ああ! その流線的なフォルム……! なんて素晴らしい美しさ! こ、この後部の羽はどんな意味が……!?」
「ノー、ミスタージェニー。その質問は機密事項に抵触します」
「ああすみません! カシャさんの姿がとっても格好良いせいでつい!」
「イエス、ミスタージェニー。十全にその通りです」
そんな会話をしつつ荷物を運びながら村を右往左往する二人。
「カシャさん少しだけ! 少しだけお腹の方も見せて下さい!」
「ノー、ミスタージェニー。作業の邪魔です。安全性を考慮した場合それに承服できません」
「少しだけ! ちょっとだけその魅惑的なお腹の下をー!」
走るカシャに追いすがるジェニー。
「……ま、待って……ハア……ハア……ちょ、ちょっとだけ……ゆっくり……」
「ノー、ミスタージェニー。あなたの速度に合わせていては本機の業務に支障を来たします」
「……うう……頑張り……ます……」
外見通り彼は肉体派ではなさそうだった。
そんなこんなで日も傾いてきた夕方。
トラクターモードのカシャの背中に乗せられてジェニーは帰還した。
……どうやら体力を使い果たしたようで、その上ですやすやと眠っている。
「……お疲れ様、カシャ」
屋敷の前に着くとカシャはキッと一鳴きしてその動きを止めた。
「ノー、マスター。お疲れなのはミスタージェニーです」
その顔を見ると疲労からか、うなされているようだった。
「あはは。村に来たときの僕を思い出すな」
今ではほんの少しだけ体力が付いた気はするが、僕も最初の頃はすぐに倒れ込んでいたように思う。
僕は笑いながら彼の手元に散らばっていた羊皮紙を拾った。
「……お、すごい。かなり丁寧に描かれてるよ、カシャ」
そのスケッチは写実的にかかれており、カシャの機構の構造を予測した注釈がつけられている。
「……イエス、マスター。彼の描写は正確です」
カシャの言葉に僕は頷いた。
「すごいな。そのうちカシャと同じような車両も作ってくれるかもしれないね」
僕の言葉にカシャは言葉を止める。
しばしの沈黙が流れた後、カシャはゆっくりと言葉を発した。
「――マスター」
「ん?」
「……もしも、ですが……」
カシャはためらうように言葉を続ける。
どうやら真面目な話のようだ。
「……もしも村が発展するに連れて自身の寿命が減るとしたら、マスターはどうしますか?」
「……へ?」
な、なんだか突拍子もない話だ。
……い、いやしかし妖怪を扱う契約の本の仕組みなんてわからないし、もしや本の使用には僕の寿命を犠牲にしているとか……?
「そ、それ僕の話……?」
僕が恐ろしくなって聞くと、カシャは慌てて左右に車体を振った。
乗っているジェニーが「ううん」と寝返りをうつ。
……寝てても色っぽいな。
「ノー、マスター。ただの比喩表現です。ご安心を。そのようなことは一切ありません」
……な、なんだか物騒な比喩だな。
「村でなくても構いません。国でも、種でも。そんな状態におかれた時、マスターならどのようにお考えになりますか?」
言葉を選びながらカシャは言葉を続ける。
……よくわからないけど、僕なら……。
「寿命が減らない方法を探す、かな」
僕は答えた。
カシャは黙って耳を傾けている。
「発展っていうのはつまり、みんなが幸せになるってことだしね。それを止めたりはしたくないな。……まあだからといって死にたくもないけど」
僕は笑ってそう言った。
「だからみんなと一緒に過ごしながら村を発展させる方法を探す……なんて回答は駄目かな?」
僕の言葉に、カシャはその窓をピカピカと光らせた。
「……ノー、マスター。パーフェクトな回答です」
カシャの車体を夕日が照らした。
「……我々は消失を恐れすぎていたのかもしれません。――ああ、だとしたら」
カシャは悩むようにその車体を震わせた。
「……そもそもこの世界へ来たのも、間違いであったのかもしれません」
……今のは、彼ら妖怪の話だったのだろうか。
僕はカシャの車体に手を触れる。
「……そんなことはないよ。君たちがいてくれて僕たちはとても助かったし、君たちのことはみんな好きだもの」
その車体からカシャの暖かな温度が伝わってきた。
「みんな一緒に幸せになれるのが一番じゃないか。その”みんな”には、当然君たちも入っているよ」
僕の言葉にカシャは車輪を空転させる。
「――イエス、マスター。ありがとうございます。あなたがマスターで我々は幸せです」
カシャの言葉に僕は笑い返した。
車体の振動が伝わってか、ジェニーもカシャの背で眼を覚ます。
「あ、あふ……。あれ、ここは……」
「……ジェニー、お疲れ様。ごはん食べていくかい?」
「え、あ……あわわ、もうこんな時間」
そう言って彼は立ち上がると、今日一日で描いた手稿をまとめた。
「……今日は一日ありがとうございました! とっても参考になりました!」
ジェニーは笑顔でカシャへ礼を言った。
対するカシャも、その車輪を空転させて前方を起こす。
「イエス、ミスタージェニー。……その手に、良き未来を」
カシャはそう言うと、その場を後にした。
僕とジェニーは屋敷へと入る。
疲れた彼と、大して疲れていない僕を迎えてくれたのは、ハナ特製のすき焼きだった。
☆
一週間後。
庭に何やら大きな物が運ばれてきていた。
「見てください! カシャさん!」
「オゥ……」
ジェニーが運んできた巨大な荷車を見て、カシャは声を漏らした。
カシャが圧倒されているのは初めて見たかもしれないな。
「ドワーフの親方と一緒に作った鉄の荷馬車です! カシャさんの機構を参考にしてサスペンションを取り付けて改良したので、より多くの物を安全に運べるようになりました! これを接続すればカシャさんの運搬効率も大きく上昇しますよ!」
彼は早口でその構造を説明する。
「あとはそのタイヤを真似できればよかったんですが、錬金術で作ろうにも良い材料がなくって。今は鉄の道を作って鉄の車輪と組み合わせることで摩擦負荷を減らそうかと考えていて、それなら馬の馬力でも――」
「――ノーコメント、ミスタージェニー」
彼の言葉をカシャは遮った。
「ミスタージェニー。あなたの発想には驚嘆します。しかし本機から言えることは何もありません」
「ええ!? どうしてですか!? そんな複雑な構造をしているカシャさんなら、きっと良いアイデアが……」
「どうしてもです、ミスタージェニー。あなたの存在は本機にも予測できないパラダイムシフトを引き起こす可能性があります」
カシャの言葉にジェニーはがっくりと肩を落とす。
「よ、よくわかりませんがそんなに拒絶されるなんて……」
「――いえ、拒絶ではなく……」
カシャが珍しくその様子を気にしたかと思うと、彼は言葉を遮り手を叩いた。
「……あっ! そうか拒絶……反発か! ドラゴンの骨に魔力を通して車輪を少し浮かせるようにすれば……」
「ノー、ミスタージェニー! あなたが本機と関わることを全面的に拒否します!」
「え!? そんなぁ!」
カシャはブロオオンと鳴き声をあげて走り出す。
ジェニーはその後を追って駆け出した。
……うーんいいコンビには見えるけど、何やら思う所があるカシャにとっては気が気でないのかもしれないな。
僕はそんなことを思いながら、二人の背中を見送るのだった。