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50.ティターン・カレッジ

「あー足りない! 彩りが足りない! わちきここのお食事に飽き飽きしたにゃあ!」


 猫又のイセがやって来てから数日が経った。

 今日のメニューは鳥肉と芋、大根に白人参(にんじん)を酢醤油で煮込んだハナの手料理だ。

 醤油の香りが嬉しいさっぱりとした味で、イセはお代わりをして人一倍食べていた。

 今はその満腹のお腹を満足げにさすりながら、彼女はソファーに寝転がっている。


「うーんこの説得力の無さ」


「わちきの言葉を信じられないと!? この純粋でつぶらな瞳を見るにゃあ!」


 彼女は目を爛々と輝かせる。


「おっとその手には乗らないぞ……! 油断ならないやつだな……」


 その魔性の瞳には魅了の力があるようだった。

 彼女は初めて出会って以来、何度かそれを僕に対して試みている。


「にゃんと! このぬし様、その顔に似合わず高度な学習能力がお有りで……!?」


「誰がアホ面だ。誰が」


 ……前にも誰かとこんな話をした気がする。

 おかしいな。僕は知性が顔に滲み出ているはずなのに……。


 そんな自分でも頭が悪いと思うようなことを脳裏に浮かべていると、彼女は誤魔化すように「ふにゃあ」とあくびをした。


「わちきそんなこと全然思ってないにゃあ。心外だにゃあ……」


 彼女はそう言うと、腹ばいのままソファーの上で足をバタつかせる。


「でもやっぱり足りないにゃあ。体が求めて止まないんだにゃあ」


 彼女は恍惚とした表情を浮かべると、遠くを見つめるように虚空へと視線を泳がせた。


「ああ、愛しのお魚……。わちきの恋人だにゃあ……」


 魚……?


「君はお魚が好きなの?」


 僕は対面のソファーに腰掛けて彼女へと尋ねる。


「そう! 猫と言えば魚! にゃんといえばわん! それぐらいにわちきのお魚への愛は限界を知らないのにゃ」


 何を言っているのかは理解に苦しむものの、彼女が魚好きだということは伝わってきた。


「……そうなんだ。猫っていったら肉食のイメージがあったけど」


「わちきの祖国では漁業が盛んだったゆえ、お手軽なお肉といえば魚肉だったんだにゃあ。ああ、磯の香りが恋しいにゃ……」


 彼女の国は島国だったのだろうか。


「あー、毎日新鮮なお魚を食べさせてくれるなら、思わずぬし様に忠誠を誓ってしまいそうだにゃあ。ちらっちらっ」


 彼女はウィンクをして露骨なアピールをしてくる。

 そこまで魚が好きなのか……。


「……とはいえ、海までの道は遠いんだよね……」


 東の港町までは、直線距離でいうならそんなに遠くはない。

 しかしこの村と港町の間にはブオルケ山脈が南北に横たわっている。

 そんな険しい山を越えて食品を持ち運ぶ人などいない。


 南の街を迂回してくる交易ルートもあるが、そんな長距離を輸送していては魚などは腐ってしまう。

 少量であれば干物ぐらいは手に入るかもしれないが、それもほんの僅かばかりだった。


「そこをどうにかするのがぬし様のお仕事だにゃあ? ほらほら、今ならこんなたわわな子猫ちゃんが手に入る千載一遇の好機だにゃ」


 と、彼女は胸を寄せて上げて見せつける。


「ううむ。となれば……」


 たわわな子猫ちゃんはともかくとして、彼女を放っておけば住人たちとトラブルが起こる可能性もある。

 彼女の行動を抑制する意味でも、港町への交易ルートの開拓が急がれた。


 港町プエルトは近隣のブリコルカ子爵が治める交易都市だ。

 取引できるようになれば税はかかるものの、べつに実家(うち)と仲が悪いわけでもないし相互利益が期待できることだろう。


 僕は天井を見上げて、呟く。


「――山、動かしちゃうか……!」


 僕の言葉にイセはその両手を叩くと、大げさに喜んで見せた。




   ☆



「ふんぬぬぬぬ……!」


 数十メートルもの巨大な姿となったダイタローは山を押す。


「頑張れー! 君なら出来る! 行ける行ける! やれるって! ファイトー!」


 僕はアズに声を拡声してもらって声援を送るが、ダイタローは力尽きたのかそのまま山へと体を預けた。


「……うーん、やっぱり無理か……」


「……塵も積もれば山となるとは言っても、その堆積には長い時間がかかるです」


 アズは僕の隣で噛みしめるように言った。

 ダイタローはシュルシュルと縮め、僕の身長よりもその体を小さくする。


「ごめんなさい、ご主人さま……」


「いやいや、いいんだよいいんだよ……」


 ドラゴンとの戦いを通じて一回り大きな男へと成長したダイタローであるが、それでも山は動かせそうになかった。


「しかし、どうしたものかな……。この前はお酒を呑んだんだっけ」


 あの時はお酒やガスラクの作った強壮剤を服用することで気を大きくしたらしかった。


「……ごめんなさい。あれからお酒を呑んでもみたりもしたんですけど、あまり効果がなくて……」


「そうなんだ。……いや、気にすることはないよ」


 どうやら一度使った手は使えないらしい。

 とはいえ、そうなると後は地道に努力して自信を付けるしかないかなぁ……。


 自信……。

 それはつまり自分が出来るという予測。

 その為には成功体験が必要で……。

 小さな山から動かす……?

 いやでも……。


「……悩んでいるですか、マスター」


 アズの言葉に僕は頷く。


「……うん。山を動かすなんて途方もないこと、本当に出来るのかな……」


 僕の言葉にダイタローも続く。


「やっぱりぼくなんかじゃあ、そんな大それたこと……」


 僕たちの言葉にアズは答えた。


「それは二人次第です」


 ……そういえば最初に会ったときも、そんなことを言われた気がする。


「妖怪の力は認識の力です。そうあれ、あるべし、あるだろう。未確定の事象に対する想いが妖怪という存在を形作るです」


 むむむ。

 なんだか難しいことを言われた。

 つまりはそう思うことが重用であり……。


 ……ん?

 思い込み……?

 そういえば、たしかカシャが以前言っていた言葉があったな……。


「……偽薬効果(プラシーボ)


 僕の言葉に、ダイタローは首を傾げる。


 小麦粉を薬と偽って飲ませることで、少しばかりの効果を得られる……というような類の思い込みの力のことだ。

 それに裏付けされるのは、信頼。

 信頼を構築するのは、理屈と経験。


 僕はダイタローの顔を見つめながら、頭の中でその導線を手繰り寄せる。


「な、なんでしょう……ご主人さま」


「……ダイタロー。君一人の力じゃあできなくとも」


 僕はアズの肩をつかむ。


「――きっと、みんなの力ならできる。そう思わない?」


 僕のそんな問い掛けに、彼は表情を明るくさせた。



   ☆



「作戦はこうだ」


 僕はダイタローへと説明を開始する。


「まずはアズが地脈を弄る」


 既にアズは地面に手を当てて、作業を開始してもらっている。


「……山の中に脆い地盤を作るです」


 彼女の突き立てるマラカスに、黄色い魔力の光が灯っていた。


「そしたらダイタローがそれに衝撃を与える。そこで出来た溝に、カシャが道を作る」


「オールライト、マスター。完璧な計画です」


 僕の言葉に、連れてきたカシャが返事をした。

 しかし当のダイタローは不安そうな表情を浮かべている。


「も、もしぼくが出来なかったら……」


 その言葉に、僕は笑顔を浮かべた。


「大丈夫、秘策がある」


 僕は刷毛と染料を取り出した。

 青キャベツから抽出した青色の染料をダイタローの体へと塗りつける。


「こ、これは……?」


 僕は頷く。


「古代術式、巨人兵の躍進(ティターン・カレッジ)。この術式を刻まれた者は、咆哮と共にその身体を巨大化させることができる」


 僕はそう言って、刷毛で文字を書いていく。


「そんな魔法が……!?」


「うん。いつもと同じように精神を集中して、掛け声をつけながら体を大きくさせればいつもよりも何倍も大きくなれるはずだ」


 ……まあ、そんな魔法は存在しないのだけど。

 僕はそれを悟られないよう、自信満々といった様子で作業を続ける。


「ただし注意してくれ。効果は一瞬だが、君の体にかかる負荷は相当なものだ。下手すると命に関わるかもしれない」


 ダイタローはゴクリと唾を呑み込んだ。


「肩に書く文字はウメルス。この術式は君の膂力を三十六倍にまで上昇させる」


「そんなに……!?」


 嘘である。


「胸部にはコル。君の魔力量を増加させ、大気中の魔力……オドの吸収効率を増加させる」


 嘘です。


「……全身にわたって書かれたこの文様は古代の狂戦士の正装だ。この地の多くの祖霊が君を後押ししてくれるだろう」


 嘘なのだ。


「……いけそうな気がする……!」


 純粋なダイタローは頷き、僕は彼へのペイントを終了した。

 ……ちょっとばかし良心が痛むが、なかなか呪術師めいて(さま)にはなっていると思うんだ。

 ちなみに彼に描いたのは古代文字でもなんでもない、デタラメな模様である。


「……さあ、完成だ!」


「……こっちも終わりです」


 そう言ってアズがダイタローの後ろへと下がる。

 彼女の方も準備が完了したらしい。


 僕は彼の背中に触れて、静かにつぶやいた。


「……いくよ、ダイタロー」


「……はい!」


 僕は彼の背中に当てた手に力を込める。


「――術式構築(コードセット)……開始(スタート)!」


 そう言った後、僕は彼の巨大化に巻き込まれないよう少し後ろに下がった。


「――うおおおおおおお!」


 ズズズーっとみるみるうちにダイタローの体が大きくなっていく。

 数十メートル、いや数百メートル……!?


「さすがダイタロー……!」


 想像以上の効果に僕は歓声をあげた。


「――どっせーい!」


 ズドン、とダイタローが岩山へとタックルを仕掛ける。


「ぬおおおおおお!!」


 ダイタローの叫びがあたりに響き渡った。


 ――駄目か……!?

 いいやまだだ! 頑張れ、ダイタロー!


「――ダイタロー! いけぇー!!」


 僕の声をアズが拡声する。

 その声を受けてか、ダイタローは力を振り絞り山へと立ち向かった。



 ――ピシリ、と。


 辺りに軋むような音が響く。


「これは……!?」


 僕の声にアズが吠えた。


「――今です! 崩れるがいいです!」


 アズがダイタローの股の下で地面にマラカスを突き立てると、そこから(ひず)みが生じ眼前の岩山へと一直線に亀裂が入っていく。


「……うおおおおおおお!」


 ダイタローが更に力を入れると、その亀裂が広がり山の間に隙間が出来ていった。


「や……やった! やったよ、ダイタロー! 君はやっぱり出来るんだ!」


「ふぬうううう!」


 ダイタローと叫びと共に更に亀裂が広がる。

 十メートルほどには広がったその谷間に向かって、カシャが躍り出た。


「イッツ、ショータイム!」


 カシャの車輪から出た虹が地面を駆け、ただの裂け目でしかなかった谷がガコンガコンと音を立てて通路へとなっていく。

 まるで最初からそうであったかのように、側面を壁に囲まれて作られたかのような道路が次々とできていった。


 カシャはブルゥンと一鳴きすると、その谷間へと走っていく。


 それと同じくして、ダイタローは力尽きたのかその身体をシューっと縮ませた。

 ダイタローはその場に倒れ込む。


「だ、ダイタロー! 大丈夫!?」


 なんだかげっそりとしたダイタローは、今までにないほどやせ細っていた。


「ご主人さま……ぼく……魔力を使い果たしたみたいで……」


「ダイタロー! しっかりして! ダイタロー!」


 僕は声をあげながらダイタローの手を握りしめる。


「さいごに……役に立てて……しあわ……せ……」


「ダイタローーーー!」


 彼の名を叫んだ。

 山のふもとに僕の声が轟く。


 こうして僕はダイタローのすっかり軽くなった体を背負って、帰路につくのであった……。





 ちなみにその後、家に帰ってごはんを食べたらダイタローはすっかり元の体格に戻った。

 妖怪の体はなかなかいい加減にできているらしい。



   ☆



「にゃほーう!」


 イセは食卓に上がったブリの照り焼きに歓喜の声をあげた。



 数日後。

 カシャが道路を作り、それを通って馬車が山の間を通り抜けて。

 そうして村と港町の交易は開始された。


 当初は双方の商人ともに気味悪がってはいたのだが、地震による地殻変動だったと噂を流すことでなんとか無事交流が始まった。

 とはいえ、出来たばかりの谷間の道は落石などが心配されるために少し注意が必要なのだが。


 早めの馬で走らせれば片道一日ほど。

 輸送環境に気をつければ、ギリギリ鮮度を保ったまま村に魚を届けることができるようだった。


 魚の値段はまだまだ高いが、この先交易が活発になればもっと安くなるかもしれない。


「……ってこらイセ!」


 イセは自分の分の切り身をぺろりと平らげたかと思うと、僕の皿へと手を伸ばしていた。


「はっ!? ばれたにゃあ! かくなる上は魚を賭けた真剣勝負……!」


「……いや、まあべつにいいんだけれど……」


 そもそも勝負とかいう前にそれは僕の分だが、この際それは気にしないでおく。

 きっと彼女も久々の好物を前にして嬉しいのだろう。

 僕は苦笑しながら自分の皿を彼女に差し出した。


 僕があっさり引き下がったのを見て、彼女は口元に手を当てて驚愕の表情を見せる。


「はにゃあん! ぬし様お優しいにゃあ! こんなことされたらころりと落ちちゃうにゃ! ぬし様のことすっかり見直してしまったにゃあ~」


「僕の評価ってブリの照り焼き一つで上下するほど低かったの……!?」


 彼女は器用にハシを使ってブリの照り焼きを口に運ぶ。


「んっふ~。なかなか見所がある主人にゃ。……お魚も毎日食べさせてくれそうだし、それじゃあ契約とかいうやつを認めてやるかにゃあ~」


 こちらを向いて笑顔を浮かべる彼女に、僕も笑みを返した。


「……よろしくね、イセ」


「……ふにゃっ!?」


 彼女は僕の言葉に驚いたように自身の胸を押さえ、静かに口を開く。


「……なるほどにゃあ。これが”契約”。……面白い呪術にゃ」


 彼女はそう言って立ち上がると、僕の方に回り込み胸へと顔を近付けた。

 な、なんだ……!?


「……ふんふん。香り立つぬし様の匂い……。なかなか素敵にゃあ」


「に、匂い……?」


 結構、体は清潔にしているつもりなんだけど……。

 僕の言葉にイセは笑う。


「……そう、匂いにゃ。魂の匂い……というよりは、人格の匂い。人柄って奴かにゃあ?」


 彼女はそう言うと顔を遠ざけて、僕から離れる。


「んふー。”強制力はあんまり無い”……かぁ。……でもこんなの、一緒に遊びたくなっちゃうにゃあ。そっちの方が面白そうだもんにゃ」


 彼女は振り向くと、少しドキリとするような妖艶な笑みを浮かべた。


「……しょうがないにゃあ」


 彼女は手を後ろに回すと、首を傾げてこちらを見つめる。


「改めて、これからよろしくにゃ。ぬし様」


 彼女はそう言うと、何事もなかったかのようにソファーへと寝転がった。


 ……”契約”か。

 契約の本(レメゲトン)の召喚、契約。

 僕のでっちあげ魔術と違って、それはきちんとした術式なのだろう。

 今後トラブルを防ぐためにはその辺もしっかり考えながら確認しておかなきゃいけないのかもしれない。


 そう思いつつイセを見ると、彼女は満腹になったせいか既に寝息を立てていた。


 ……まあ、彼女のように深く考えず生きるのも大変魅力的なのだけど。


 人畜無害そうな表情を浮かべて眠る彼女を見て苦笑しつつ、僕はその体に毛布をかけた。

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