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48.英雄候補チュートリアル

「やはり富国強兵こそが世界征服への第一歩である!」


「ストップ世界征服!」


 居間で村の帳簿を付けていると、突然ヨシュアに話しかけられた。

 彼は竜骨の頭を傾げつつ、ドサッと対面のソファに座る。


「しかし我が主よ、人口も増えそろそろ村という規模でも無くなって来たのであろう」


「う、うん。それは確かに……」


 移住者と家が増え、村から出入りするお金も桁違いに増えた。

 そろそろ町と名乗っても問題ない規模になってきたことだろう。

 まあべつに、国の法律でも町と村を区別する明確な基準はないのだけれど。


 僕の答えに彼は言葉を続ける。


「であれば兵は必要である。王に反旗を翻し、国を切り取りにかかるのはまだ先としても……」


「まだどころか永遠に来ないって! 僕を反逆者にしたいの!?」


 ファナにでも聞かれたら異端の疑いありと断罪されるかもしれない。

 思わず僕は周囲の様子を伺ってしまった。


「それは状況によるだろう。……しかして、とりあえず今の治安を維持する為に暴力装置というのは必要なものだ」


「ううむ」


 いわゆる衛兵というやつだ。

 今までは村の規模も小さかったことから、エリックたちが自警団代わりとなったり、妖怪たちの力を借りて何とかなってきた。

 これから先もしばらくは大丈夫だろうが、先を見据えるといつかは必要になってくるのかもしれない。


「つまり、覇道の第一歩としてまずは兵力を整えるべきである!」


「……覇道はともかく。確かにその必要はあるとは思う……。とはいえ、冒険者がその役割を担ってくれるとは思うんだけどね」


 冒険者ギルド。

 他の街との横の繋がりはないが、この村独自で冒険者への仕事を斡旋を行っている場所だ。

 いざとなればお金で雇った冒険者たちが村の為に戦ってくれるはず。


 ……ただ、雇われ傭兵には問題もある。

 当然だが、いくら村を気に入ってくれていても命を賭けてまでは戦ってくれないだろう。

 こちらが提示した報酬以上の仕事は働いてくれない。

 それに――。


「――あの雑兵たちのことか?」


「……うぅ」


 ヨシュアの言葉に僕は目をそらした。


 そう。

 ヨシュアの指摘通り、彼らは弱いのだ。

 もちろん、上級者と言われるような冒険者たちも在籍はしてはいる。

 しかしその数は少なく、この村を拠点とはしていても大半の期間は遠くの遺跡へと旅立っていることが多い。


 最近一番活躍しているのは、えっと……なんだっけ……名前を忘れたけど、あの人だ。

 ……顔は思い出せるんだけど。


 ……ともかく、冒険者たちの多くは低レベルな戦闘力しか持たない。

 素人に毛の生えたような人材で、当然戦闘技能以外の経験や知識も少ない。

 大体は地元で働き口が無かったり、居場所が無くなったりしてこの村へと希望を追い求めてきた者達だろう。


 そんな人たちにいきなり危険な仕事を預けては無駄死にすることになる。

 かといって、訓練になるようなちょうど良い仕事もそうそう都合よくは存在しなかった。


「……彼奴(きゃつ)らを戦力として数えたいのであれば、鍛錬を付けさせるべきだろうな」


 彼らを兵士として雇い入れれば訓練を付けさせることはできる。

 しかし常備軍として彼らを食わせ続けるほど、この村に余裕ができたわけではなかった。


「……ううむ。確かに冒険者のみんなが強くなってくれれば、それだけ村には経済効果が生まれる」


 彼らが危険なモンスターの討伐に成功すれば、それだけこの村から出る冒険者の行動範囲が広がる。

 行動範囲が広がれば、さまざまな遺跡からの出土物を村に持ち帰ってくれる。

 そうなれば経済が発展し、更に村が発展する。


 そう考えると、彼らを育て上げるのは村への投資とも言えるかもしれない。


 彼らを兵士として雇い入れるのは無理でも、彼らに訓練を付けさせる場を作れば……?

 しかし、どうやって……。


 僕が悩んでいると、ヨシュアはその手を広げて高らかに笑った。


「ふはははは! 何を思い悩んでいる我が主よ! 我らの力、思う存分使ってみるがよい!」


 妖怪の力を使うと言っても……。

 僕は天井を見上げる。


 訓練……。

 兄貴でも居てくれたらなあ。

 ……いや、あの人が先生だと誰もついていけないな……。


 かといって僕が教えられることなんて何もないけど、みんなで手分けすれば……。

 教える……?

 ああ……それなら。



「……冒険者教室」


 僕の言葉に再びヨシュアが高笑いをあげた。



「ふはは! ではその案、形にして見せるがよい!」




   ☆




「基礎的なことではありますが、人体で一番扱いやすい武器は拳であります」


 数日後。

 村の広場に集まった数人の冒険者たちの前で、ミズチとサナトが講習を開いていた。

 僕は彼女たちの言葉の要点を黒板へとまとめている。


 ……板書した内容は後で本にまとめておいた方がいいかもしれないな……。


「自分の場合は対人戦闘に特化した戦い方ではあるのでありますが……」


 ミズチは拳を握り、サナトの方向へと向けた。


「基本は真っ直ぐ。予備動作を付けると避けられるので、最短距離で打ち抜く」


 スンッ、と音を立ててサナトの顔の前にその拳を寸止めした。

 サナトはその動きに眉一つ動かさない。


「掌底でも良いのでありますが、とにかく真っ直ぐを意識した方が良いのであります。変に負荷がかかると骨が折れたり肩が外れるし、大振りであればあるほど軌跡からその動きを予測されるのであります」


 そう言って彼女はサナトのスネに向けて、右足のローキックを繰り出す。

 その軌道の途中から股関節が大きく開かれ、サナトの頭に振り下ろすように蹴りが放たれた。

 それはまたしても、彼女の顔の寸前で止まる。


「……と、このように相手の予測を利用した二段蹴りなんかもあるのでありますが、そういうフェイント動作はその分動きが遅くなるので上級者向けでありますな」


 彼女はそういって姿勢を元に戻す。

 サナトが彼女の言葉に続いて口を開いた。


「じゃあ、次はお姉ちゃんから」


 彼女は人差し指を立てて、ミズチの額に当てた。


「だいたい生き物の急所っていうのは中央にあるの」


 その指を鼻、口、首、鳩尾、股間へと這わせていく。


「ひゃぁ! くすぐったいのでありますよ!」


 ミズチの反応にガタリと講習を受けている男たちが立ち上がった。

 僕も思わず反応してしまったが、すぐに黒板へ向き直る。


 サナトはクスクスと笑いながら、木の枝を拾うとミズチに向けた。


「それを守る為に……そして、そこを狙うために剣は自身の正面へと向ける」


 彼女は木の枝を自身の正中線の前へと構える。


「そして身体は斜めに半身(はんみ)。これで相手の攻撃を防ぎやすく、そして被弾面積を減らすの」


 彼女は片足を前に出して、背筋を伸ばしたまま身体を斜めに向けた。

 ミズチは生徒たちの方向へと向き直る。


「……とまあこんな感じで、あとは実戦でありますよ。さあ準備運動、準備運動」


 ミズチはニコリ、と満面の笑みを生徒たちに向けた。

 生徒たちは少し笑みを浮かべながら、足を伸ばしたり肩を回したりと体をほぐしだす。


 彼女たちの実力をあまり知らない、最近村に来た冒険者たちばかりだ。

 ……かなり厳しい稽古になるとは思うけど、頑張って……。




   ☆




 模擬戦闘の間、サナトは冒険者たちに声をかけながら風の力を操って動きの指導を行った。

 風を手足に纏わりつかせ、体重移動や姿勢などの基本の動きの補助を行う。

 それは冒険者にとっても言葉で説明するよりわかりやすかったらしく、素人の僕でもその動きの変わりようが目に見えてわかった。

 ……とはいえ、上級者であるミズチやサナトに彼らが敵うはずもなく。


 触れることすらできずボコボコにされた彼らに、ガスラクとヨシュアが傷の手当を行う。


「まずは綺麗な水で洗うがよい」


 ヨシュアはその低い声で受講者たちを威圧した。


「魔物の中には毒や疫病を持った者もいるだろう。彼らの爪や牙を受けた際は、必ずそれを洗え。水で洗うだけでその後の生存率は大きく変わる」


 ヨシュアは白い布を取り出す。


「傷というのは体という城塞に空いた大きな穴である。故にそこを塞がなければ、城は瞬く間に陥落してしまうことだろう。敵を排除する清潔な水と、壁を塞ぐ布。それらは是が非でも常備しておけ。必ずやそれは貴様たちの命を助けることになる」


 まるで死神のようなその姿に大きな説得力を感じているのか、受講者たちは何度も頷いた。

 ……怖がっているだけかもしれない。


 ヨシュアに続いてガスラクが自分の薬を持って彼らの傷口に塗る。


「ギャギャー! これ血止め! 塗るト、すぐ塞がる! 包帯もずっとしてるとバッチィ! 洗うの忘れルな!」


 ガスラクが傷薬を彼らに塗り込んだ。

 その上から布を巻き、いくつかの薬を取り出す。


「こっちは、毒消シ! これ腹痛用! こっチは熱冷まし! どれも一つ持っておけば、旅モ安心!」


 抜け目なく宣伝をするガスラク。

 これで薬の売上も上がることだろう。


 傷の手当が終わると、今度はハナが鍋を持ってやってくる。

 今日の訓練の終わり。

 昼食の時間だ。


「体の基本はごはんから! さあみなさん運動して疲れたことでしょうし、ごはんを食べながらお勉強です!」


 ハナはいくつかの大きな鍋を冒険者たちの前に置いた。


「こちら、鶏ガラベースのちゃんこ鍋です!」


 青空の下でその蓋をとると、湯気をあげて中身が姿を見せる。

 それは透き通っただし汁の中で、いくつもの食材が煮炊かれている寄せ鍋だった。


 僕も彼らと共に座り、鍋を囲む。

 おたまとフォークで取り分ける。

 サイバシなる木で作られた二本の棒もあったが、僕にはその使い方はわからなかった。


 ハナは一つの鍋から白い塊をすくってみんなに見せる。


「まずは必要なのは炭水化物。これは体を動かす力の源です。お米、麦、豆など穀物が主な素材です」


 中にはお米を固めて作られたお団子のような物が入っていた。


 僕もそれを小皿へ取り分けて、フォークで一口。

 染み込んだ鳥ガラのだし汁がじゅわりと口の中に広がった。

 噛む度にお米の香ばしさとスープの美味しさが混ざり合っていき、ほのかな甘味を感じさせた。


 ハナは次に鍋の中からぷりぷりの骨付き肉を取り出す。


「次にお肉。お肉に含まれるタンパク質は体を作ります。傷口を塞いだり筋肉を作るには炭水化物とタンパク質が必要です」


 僕もハナの言葉に合わせて鳥肉を取り、大きく口を開けてかぶりついた。

 あつつつ……。


 柔らかなそのお肉は噛み切るとともに口の中に油とスープを噴出させ、口の奥の奥まで暖かな旨味を繰り広げる。

 お肉と油の味わいが舌をとろけさせ、その柔らかな皮と肉の歯ごたえが快感を感じさせた。


 はー、おいしい……。

 体が温まる……。


 ハナは周囲の様子を伺いながら、茹でられ火が通った白と緑の葉をおたまですくう。


「……そして忘れちゃいけないのがお野菜です! 野菜には体に必須の栄養素が含まれていて、食べないでいると体調を崩します」


 中に入ったいくつかの野菜を口に入れる。

 キャベツはとろとろになるまで茹でられていて、口に入れると同時に蕩けるような甘みにスープが絡み合って豊かな味わいを口の中に残した。

 薄く切られた玉ねぎは辛味を感じさせず、甘みとその香りが濃厚な味を演出する。

 それぞれがスープに溶け合い、スープの旨味を引き立てているようだった。


「あと付け合せのお漬物もどうぞ。野菜には火を通すと壊れてしまう栄養があるので、長旅の際はこちらも忘れずに」


 ハナ特製のキャベツの酢漬けだ。

 パリパリとした食感が楽しく、口の中でわずかな甘みと酸味が味覚を心地よく刺激する。


 見れば周りの冒険者たちもハナの話を聞きながら、料理に舌鼓を打っていた。


「美味しい……」


「こんな美味いもん初めて食ったぜ……」


「毎日こんなもんが食えるようになりてぇなぁ……」


 冒険者たちが口々に呟く。

 この講座がモチベーションにも繋がってくれるなら尚良い。



 今回の講座は登録した冒険者なら一回まで無料で受けられる講座だ。

 その分の教育費は村が負担しているが、これもまた必要な投資ということだろう。


 そうしてお昼ごはんを食べ終わってその会は解散となる。

 これなら冒険者たちも参加してくれるだろうし、鍛錬を始める最初の一歩としてはわかりやすいのではないだろうか。


 そんなことを考えていると、冒険者たちがミズチに声をかけているのが見えた。



「……ミズチ師匠! さきほどの動きがわかりません!」


「し、師匠……!? ……おお! よし! ではその体に叩き込んでやるのでありますよ!」


 どうやら弟子が出来たことが嬉しいようで、張り切ってミズチは冒険者たちを投げ飛ばす。

 ……やりすぎなきゃいいんだけど。


 そしてその横では、ガスラクの方にも何人かの冒険者が集まっていた。



「ガスラクさん、この薬草についてお聞きしたいことが……」


「お、おおー? オレも知らネー! なんだソレ!?」


 普段は話しかける機会も少ないであるガスラクにも、こんな場であれば気軽に話しかけられるのだろう。

 ガスラクも興味津々といった表情で意見を交換していた。



「我が主よ」


 その様子を眺めている僕に、ヨシュアが話しかけてくる。


「良い趣向だ。新兵の士気も上がり練度も上昇する。主君への忠誠心が育てば、自ずとこの地を守る尖兵となろう」


 彼の言葉に僕は肩をすくめた。


「……そこまで考えてたわけじゃないけどね。将来的にどちらにとっても有益になってくれればいいと思うよ」


「ふはは! 謙遜しなくともよいぞ! その思慮深さ、さすが聡明たる我が主よ!」


 僕の言葉を聞かず彼は笑い声をあげた。


 ……彼の中で僕は虎視眈々と王の座を狙う奸雄にでもされているのだろうか……。

 軍備の為だけというわけでもないんだけどな……。



 僕は楽しそうに意見を交換するガスラクたちを見る。

 この場はそれぞれの知識を突き合わせる場としても優れているのかもしれない。


 僕は黒板に書いておいた要点を羊皮紙に書き写しながら、それらを眺めた。


 知の蓄積と共有。

 それはこんな僕でも、村の未来の為にできることの一つなのかもしれなかった。


「……図書館とか作ろうかな」


 知識を書き留め、未来に残す。

 それはきっと将来的にこの村に多くの利益をもたらすことだろう。


 そんな僕のつぶやきを聞いて彼は両手を広げた。


「……技術や知識とは即ち力。はるか未来すらも見据えたその胆力、まさに王の器である! ふはははは!」


 彼は心底楽しそうに高笑いをあげた。

 ……もう何を言っても無駄なようなので、彼の言葉に愛想笑いを返す。


 僕は頭の中で村の未来図を描きながら、その先にある希望へと思いを馳せた。

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