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47.湯けむり大作戦

「あああごめんなさい! ごめんなさい! ぶたないでください!」


「ぶたないから! そんな大きな声で叫ばれると勘違いされちゃうよ!」


「あああああすみませんわたしが悪いんですぅ!」


 屋敷のリビングで僕たちはお互いに床に座って謝り合っていた。

 なんだこれ。


 百々目鬼であるメアリーを召喚した翌日。

 彼女との契約を進めようと話しかけたのだが、彼女は始終謝り通しで一向に話が進んでいないのだった。


「メアリー! 君は悪くないから! むしろ助かったから!」


「はい! ごめんなさいわたしのような者が活躍なんておこがましいですよね!」


「違ぁう! 超ありがとうー!」


「ひゃあー! ごめんなさいー!」


 僕たちが騒いでいると、その様子を聞きつけたのがサグメが苦笑しつつ部屋に入ってきた。


「……なかなか厄介な妖怪を召喚してしまったようだね」


「ごめんなさい、ごめんなさい……! わたしなんかが来てしまったばっかりに……!」


 サグメの言葉にも謝り始めるメアリー。

 この子は何かに謝ってないと不安なんだろうか……。


「なに、しょうがないな許してあげよう」


「本当ですか!」


 メアリーが顔をあげる。


「そう、その代わり条件がある。君はそこのやさ男に従いなさい」


「は、はあ……。それぐらいなら……」


 あっという間に彼女を鎮めてしまった。

 大変助かるのだけれども……。


「……で、でも何か悪い気がするよ。他のみんなにも一応聞いて回ってるし」


 妖怪たちとの契約はかなりいい加減なものではあるが、完全に無償というのも少し心が痛んだ。

 ……まあまだ全然達成できていない契約ばかりなのだけれども。


 僕の言葉を聞いて彼女は頭を地べたに擦り付ける。


「ごめんなさい! ごめんなさい! そんな気持ちにさせてしまってごめんなさい!」


 彼女の様子に僕はため息をついた。


 ……と、待てよ。

 サグメのやりとりを真似するなら……。


「……わかった。許してあげる。その代わり、君の望みを教えておくれ」


 僕の言葉に彼女は頭をあげて、きょとんとこちらを見た。


「……望み、ですか……?」


「そう、望み。僕と結ぶ主従契約」


「……い、いえそんな……わたしなんかが望みだなんて……」


 彼女は目を逸らす。


「いや、僕のためでもあるからね。お互いに利益のある信頼関係を築こう」


 それは妖怪たちが暴走したりしない為の命綱でもある。

 裏切りとか造反は、利益がそのリスクを上回らない限りは起こることは少ない。

 それならお互いに有益な存在であると実証した方が早いはずだ。


 僕の言葉に彼女は少し考えた後、おずおずと口を開く。


「あの……その……では……」


 彼女は少し恥ずかしそうに、上目遣いで言葉を発した。


「おふろ……」


「風呂?」


 体を洗いたいということだろうか。

 僕の言葉に彼女はこくこくと頷く。


「あの……目の疲れには暖かいお風呂に浸かるのがよくて……」


 なるほど。

 目を温めると疲れが取れるという話は聞いたことがある。

 体の大半が目である百々目鬼にとって、お湯に浸かるのが効率が良いということか。


「……しかも外の景色を見ながらリラックスできる露天風呂だと最高だなって……」


 露天風呂。

 たしかにそれは開放感があって気持ち良さそうだ。


「そんな温泉にここでも入れたら……なんて……」


 彼女の言葉に僕も頭の中に露天風呂の温泉を思い浮かべる。


 暖かな温泉。


 広がる景色。


 立ち上る湯気。


 『主様、お背中流しましょうか』なんて言いながらハナが入ってきて……。


 サナト……ミズチ……そしてメアリーが……。


 カッ、と僕は目を見開く。



「温泉……その手があったか……!」


 勢い良く立ち上がる僕に、どこか冷たいサグメの視線が突き刺さった気がした。



   ☆



「無理でありますよ」


 僕の言葉に、ミズチはさくっとそう言った。


 屋敷の裏庭で彼女を捕まえ、温泉作りについて尋ねた結果返ってきた答えがそれだった。



「なにゆえっ!?」


 僕はミズチの肩を掴み揺さぶる。


「お、おおう!? いつになくやる気でありますなご主人……!」


「す、すまないミズチ。……だけどメアリーの頼みなんだ」


 僕は目を伏せてミズチに訴えかける。


「……僕は彼女の主人として、メアリーの為に最善を尽くしてあげたいんだ……!」


「な、なるほど……! 自分も出来る限り協力するのでありますよ……!」


 僕の熱い気持ちが伝わってくれたらしい。

 しかしミズチは首を捻る。


「うーむ、しかしことはそうも簡単にいかないのでありますよ……」


「ど、どうして……?」


熱湯(ねつゆ)の源泉がないのであります」


 ミズチは棒切れを拾って、地面に山の絵を描く。


「本来温泉とは活火山の近くに湧くものでありますゆえ、この付近に天然温泉はないのであります」


 鉱山や山脈は近くにあるが、それらは火山ではない。

 もしかしたら休火山なのかもしれないが、今のところ活動の兆候はなかった。


 僕はミズチに詰め寄る。


「そこをなんとか!」


「じ、自分に言われても困るのでありますよ! ただ……」


「ただ!?」


「ち、近い! 顔が近いのでありますご主人!」


 ミズチに言われて僕は彼女から離れる。

 少し気合が入りすぎたらしい。


「……ご主人、ドラゴンと戦った時より気合が入っているように見えるのでありますが……」


「気の所為だ。きのせい。ぜんぜんきのせい」


 僕は何度も頷く。

 ミズチは疑いの眼差しを僕に向けつつも、地面に図を書き足した。

 山、地面、そして地下と水脈。


「山の地下深くには高温の岩漿(がんしょう)があり、地表に近付くに連れてその地熱が伝わってきているのであります。よって地下数百メートルほどの地下水を用いればぬるま湯程度なら作れないこともないのであります」


「ほう! それはミズチの力で汲み出すことはできるのかい!?」


 僕の言葉にミズチは頷く。


「アズ殿と協力して地下の水脈と地脈を弄くってなんとかできるとは思うのであります。危険な面もあるので、あくまでも慎重に時間をかけて手繰り寄せる必要があるのでありますが……」


 なるほど。

 大地の力と水の力の合わせ技か。


「よし、ちょっとアズと準備をしておいてくれないかな。場所は追って伝えるよ」


「ラジャー、であります」


 僕はミズチに頷くと、その場を後にする。

 ぬるま湯でも温泉が作れるのであれば、それを利用して温めれば……。


 僕は急いでムジャンの元へと向かった。



   ☆



「……というわけなんだ」


「風呂か」


 ムジャンの工房にやってきてその構想を説明すると、彼は頭を捻った。


「たしかにそんなんがありゃ村のみんなも助かるし、観光客も来るかもしれねぇな」


 周りの職人たちも興味津々といった様子でこちらの話を聞いてくれていた。


「そうなんだ。なんとかお湯を沸かせるようにできないかなって」


 僕はそう言いながら、手持ち無沙汰に火が燃え盛る炉の中を見る。

 そこにはどこから入り込んだのか、火吹き蜥蜴(ファイアリザード)がのんびりと炭を食べていた。


「ふむ。どこに作るんだ? 宿の近くか?」


「そうだね。街の中央に近いし、それがいいかも」


 僕は火かき棒で炭の塊を砕く。

 ファイアリザードは小さくなったその炭を口に頬張った。

 なかなか可愛らしい。


「親方、それなら製鉄所(ここ)の排熱を利用したらどうでしょう」


 周りで聞いていた職人の一人が声をあげた。

 それを聞いて別の職人も続ける。


「ここの近くに建てりゃ、少なくとも昼間の間は燃料の心配はいりませんぜ」


 彼らの言葉にムジャンが頷いた。


「なるほど。それなら確かに維持費は安く済みそうだ。しかも俺らが帰りに入っていけるわけだ」


 ガハハ、とムジャンが笑うと周りのドワーフたちも笑う。

 僕もそれに続けて笑った。


「いいね。温泉宿としてもう一軒ここの近くに立てるのもありかもしれない」


 村営の宿場として精霊亭より割増にすれば採算が取れそうだ。


「じゃあその設備に関しては任せるよ」


「おう、わかったぜ」


 僕は頷いて工房を後にする。

 その炉の中では、ファイアリザードがぷえーと小さく火を吐いていた。



   ☆



 ダイタローに土地をならしてもらい、露店風呂の土台を作る。

 更にドワーフたちにも協力してもらって、岩風呂の基礎を作った。


 僕は並行して、小さな数十センチ程度の岩風呂を作る。

 そこにお湯を張って、小さな村の住人たちを招待した。


「ささ、お客様! どうぞこちらへ」


「なんなのだー?」


「オイラたち茹でられるのだ?」


「食べられちゃうのだー!」


 不安を口にするノームを、お湯の中へ入るよう促す。


「食べませんよー。さあさあどうぞどうぞ」


 彼らは服を着たまま小さな岩風呂へと浸かった。



「ほわー……!」


「オイラたちにちょうどよい湯加減……」


 幸せそうな表情を浮かべて彼らは空を見上げる。


「さあどうぞどうぞこちらもぐいっと」


 彼らにお猪口でお酒を振る舞う。


「これは……天国……!?」


「オイラたちの楽園(パラダイス)……!」


 彼らはそんな感想を口にしながらうっとりとお風呂へ浸かった。


 くくく……。

 計画通りだ……。


「……さ、それではこんなところで今日の露天風呂体験会は終わりです!」


 彼らをささっと岩風呂から出して、布で体を拭く。

 僕は彼らの体に残る水分を布に吸い取らせながら、わざとらしくつぶやいた。


「いやー、こんなのがあったらずっと入ってもらうんだけどなー! 残念だなー! まだこれは試作品だからなー!」


 僕はそう言ってそそくさとその場を後にする。

 ノームたちの寂しそうな視線をその背に感じた気がした。




 そしてその翌日。

 僕の思った通りそこには立派な露天風呂が出来ていた。

 数十人は入れる広いサイズだ。


 後はミズチとアズにお湯を出してもらい、それを温める機構をムジャンに設置してもらえばとりあえず風呂部分は出来上がる。

 温泉宿計画はとりあえず置いといて、これで僕の計画は完成だ……!


 僕はそうして期待に胸を膨らませ、来たるべく日を待つのであった。



   ☆



 一週間後。

 僕は一人、その広い露天風呂に浸かっていた。


 体が芯から温まる。

 なんという心地よさだろうか……。


 お米で作ったお酒をちびちび呑みつつ。

 ノーム用の試作風呂を利用して作った、入るには熱い過度に熱した温泉で温泉卵を作りつつ。


 空に浮かぶ月を眺めがら、僕は温泉を満喫していた。

 これだけでも作った甲斐があるというものだ。


 ……しかし!

 ここからが!

 重用なポイントなのである!


 さきほど屋敷で聞こえた会話の一部を抜粋しよう。

 『あとでお風呂に入りにいきましょうか』

 『おーいいでありますなー。メアリー殿も一緒に行くのでありますよ』

 『ひゃっ、は、はい……』


 僕はそれを聞いてすぐに「散歩に行ってくるよ」と言って速やかに屋敷を出てきた。


 そう、偶然! 散歩のついでに!

 露天風呂に入りたくなった僕は!

 偶然! あくまでも偶然に!

 お風呂に入りに来た彼女たちと、遭遇してしまう!!

 なんて完璧な作戦だ!


 合法! 合法です!



 僕はお風呂に浸かりつつ、今か今かとその時を待っていた。


 少しだけ心臓が高鳴る。

 うん、決してこれはやましい気持ちではなくて。

 裸の付き合いは心との心の触れ合いであり、それは形而上学的意味合いからその体を離れた魂としての喜びを――。


「……お、誰もいないのでありますなー!」


 ――来た!

 もはや自分でも何を考えているのかさっぱりわからない状態である僕の耳に、ミズチの声が聞こえた。


「……本当に温泉に入れるだなんて……わたしなんかがいいのでしょうか……」


 メアリーの声も聞こえる。

 心臓の鼓動が早くなる。

 これは偶然、これは偶然であって、何も何も――。


「――あら? そこにいるのは……主様……?」


 ギンッと首を動かしハナの声が聞こえた方向を見る。

 あくまでも偶然であって、それを強調することで僕は無罪を勝ち取るのだ……!


 僕の視線の先にいたのはハナとミズチとサナトとメアリーと――。



 ――下着?


 いや、あのカラフルでフリフリとした感じは下着というよりも。



「…………みずぎ」



 僕は引き絞るような声をあげると同時に、全身の力が抜けるような感覚を感じた。

 バシャン。


「……あ、主様ー!?」


 ぶくぶくぶくぶく。

 あれ、ちから……はいらない……。


 僕はそうして、意識を失った。



   ☆



 僕が目を覚ますと、月が浮かぶ夜空が目に入った。


 ……ここは。


「お気付きになられましたか?」


 ハナの顔が頭上から覗き込んだ。

 どうやら僕は彼女の膝の上に寝かせられているらしい。


 ……ハッ。


 慌てて腰元を探る。


 布が被せられていた。

 お気遣い感謝します……。


 ぼんやりと空を見上げる。


「主様ったら、のぼせるまで入っているなんて。お風呂の中ではお酒は禁止ですよ」


 めっ、と彼女は僕の額に指を乗せた。


「……ごめん」


 いろいろとごめんなさい……。

 反省の心を胸に、僕は彼女と空を見上げる。


 視界の端では、ミズチやサナトたちがお湯に浸かって同じく空を見上げていた。


「御主人様」


 いつの間にか僕の横に来ていたメアリーが、手をついて頭を下げる。


「ありがとうございます。わたしのためにこんな素敵なお風呂を作っていただいて」


 彼女は顔を上げて、その顔に笑みを浮かべた。


「こんなに優しくしていただいたのは、初めてです……」


「……い、いやいや、君の為だけじゃないから、気にしないで……」


 良心をちくちくと痛ませながら、僕は引きつった笑みを浮かべる。

 僕は視線を逸らすように月を見上げた。


 ……まあ、たまには風流にこういうのもいいのかもしれない。

 みんなが楽しんでくれるなら、無理を言って作ってもらった甲斐があるというものだろう。


 ぱしゃぱしゃとお湯で遊ぶノームたちを尻目に、僕はハナの膝の上で涼しげな夜風を浴びてそう思った。

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