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46.シャナオウたずねて一千里

「シャーナオー!」


 僕は庭に出て叫ぶ。

 しかし答えは返ってこなかった。


「……シャーナオー! シャナオー! シャナッシャナッ! ウェーイ! シャナオー!」


 リズムに乗って踊ってみるがシャナオーは返事をしない。


「……若くん、なにしてるの……?」


 後ろからサナトに話しかけられた。

 どうやらずっと見られていたらしい。

 僕は視線を逸らし彼女の質問に答える。


「……その、情熱が溢れて……」


「……シャナちゃんに何か用なの?」


 僕の言葉を華麗に受け流してサナトは言葉を続けた。

 辛い。

 その優しさが辛い。


 僕は手に持っていた馬具を見せる。

 

「……これをシャナオーにプレゼントしようと思ってね」


 イスカーチェさんとムジャンに竜の骨を加工して作ってもらった、シャナオー用の鞍だ。

 横に古代文字で呪文が掘られており、それを指でなぞることで魔力を消費して乗り手の重量を軽減することができる。


 その鞍を見て彼女は手を叩いた。


「あら素敵。シャナちゃんもきっと喜ぶわー」


 彼女は微笑みを浮かべた後、首を傾げて口元に指を立てる。


「……でもどうしたのかしらね、シャナちゃん。最近見てないのよね」


「まさか……家出……?」


 僕は首を捻る。

 最後に見たのは二週間以上前か……?

 元々半分野生のような形で暮らしていたし、数日間姿を見せないこともよくあった。

 見かけたときはごはんはあげるようにはしていたと思ったが、何か不満が……?

 それとも何か事件に巻き込まれたのか……?


 心の中で不安が強まっていく。

 もしかしてどこかで倒れてたりするんじゃ……。


「け、怪我をしてたりするのかも……。探さないと……!」


 なんだかんだシャナオーとも付き合いが長い。

 当初はヒポグリフを飼えれば馬代わりにならないかなぁ、ぐらいに考えていたものの、今では立派な家族の一員だ。


「じゃあお姉ちゃんは高いところから探してみるね」


「うん、お願い! 僕はちょっと村の中を探し回ってみるよ!」


 そう言ってサナトと別れ、僕は村へと走り出した。



   ☆



 夕暮れまで探し回ったものの、村の中にシャナオーの姿は存在しなかった。

 家出……誘拐……事故……。

 さまざまな不安が脳裏を過ぎる。


「き、きっと大丈夫ですよ主様……! あの子は勇敢な子ですし……!」


 家の前でサナトと落ち合った僕に、ハナが声をかける。


「で、でもその勇敢さが仇となって道行く野良ヒポグリフを野良ドラゴンから守っていたりするのかも……」


 悪い想像が僕の中でどんどんと膨らんでいく。

 野良ドラゴンってなんだよ、と思わなくもないが、この村には実績があってしまうので何ともいえない。



「……そうだ」


 僕は屋敷の中に戻り、契約の本(レメゲトン)を取り出す。

 この中に……確か……。


「……あった」


 果たしてこの妖怪にシャナオーを見つけることが出来るのだろうか。

 いや、きっと出来るはず……。

 今なら護衛としてサナトもいることだし、喚び出すリスクは少ないはず……。

 ……それなら。


「……ハナ、サナト」


 僕は二人に声をかけた。

 彼女たちは僕の視線に応えるように頷く。


「主様の御心のままに」


「何かあったらお姉ちゃんに任せてー」


 僕もそれに頷くと、精神を集中して目を閉じた。



「――彼の地よりいでよ」


 レメゲトンから青白い光が漏れ出る。

 頭の中に名前を思い浮かべ、口を開いた。



「――百々目鬼(どどめき)!」


 僕の声と同時に本から放たれた光が収束し、人型の輪郭を形成する。

 そこから一つ、二つと目が開いていった。

 無数の瞳が全身に現れたかと思うと、それは一度に目を閉じ肌と柔らかな生地の服が形成される。

 そこにいたのは白髪の少女だった。

 彼女の額には閉じられた第三の瞳があり、その下の二つの目でぱちくりとこちらを見つめている。


 契約の本(レメゲトン)の内容によれば、それは百の目を体に持つ妖怪。

 どうも目の前の彼女の様子からして、恐ろしい妖怪ではなさそうな気がする。

 僕は彼女と交渉する為、出来るだけ気さくに話しかけた。


「……やあ、僕はセーム。出会ってすぐで悪いんだけど、僕に――」


 ――協力して欲しい。

 そう僕が言おうとする前に、彼女はその場にへたり込んで自身の両手を顔の前に出す。


「ぶ、ぶたないでください! 何でもしますから!」


 彼女の叫び声に、僕は間の抜けた声をあげた。


「……はい?」




   ☆




「うっうっ。わたしを見るとみんな怖がって……。ちょっと目が多いだけなのに……」


 ……ちょっとではないとは思うんだけども……。

 実際に数を数えたわけではないけど、五十倍っていうのはなかなかの数字だと思う。


 突然叫び声をあげて許しを請い出した彼女を、みんなで協力してなだめつかせた。

 最終的にハナが苺を砂糖で固めて作ったイチゴ飴を与えることで、やっと彼女と落ち着いて会話が出来るようになったのであった。


 ……うん、ハナに同席してもらってよかった……。

 妖怪の召喚は何があるかわからないな……。


 僕はそんなことを考えながら、笑みを浮かべて彼女に優しく語りかける。


「……それでまあ、ちょっと協力してもらいたいなーって。ぶったりはしないからさ」


「い、言うことを聞けば、ぶたれないんですか!?」


「言うこと聞かなくてもぶたないよ! 安心して!」


 イチゴ飴を舐めながらもびくびくと怯える彼女に、僕は苦笑を浮かべた。

 ここまで怖がられるとなかなか会話しにくいな……。


「あ、えっと……わたし……メアリーって言います……あの……」


 恐る恐るこちらを覗く彼女。


「わ、わたしに……いったい何をさせる気なんですか……?」


 彼女はそう言って僕の顔を伺う。


「ああ、えっと――」


「だ、駄目です! わたしは肌が弱いんです! 目なので! 全身弱点なので! 戦いとかも、全然役に立ちません! ごめんなさい!」


 イチゴ飴の串を握りしめながら、悲壮な声をあげる彼女。

 ……は、話を聞いてくれない……。


「待ってメアリー、僕は――」


「ああごめんなさい! ごめんなさい! わたしがもっと使い物になったら!」


「落ち着――」


「すみません! すみません! わたしが弱いのがいけないんです! ちょっと筋トレしてきます!」


「思ったよりアグレッシブだね!?」


 そして気が長い。

 この子、案外大物なんじゃないか……。


 僕はそんな疑念を頭に浮かべつつ、根気強くゆっくりと話しかける。


「……メアリー、大丈夫だから話を聞いて。僕がちょっと協力して欲しいのは、探し物なんだ」


「はい……? 探し物……?」


 彼女はきょとんとこちらを見る。

 どうやら落ち着いてくれたようだ。


「うん、僕の友達の姿が見えなくて……その子を探して欲しいんだ」


 僕の言葉に彼女は僕を見上げた。


「探す……」


 ぽかんとこちらを見つめる彼女に、僕は口を開いた。


「……君の存在を定義しよう」


 静かに語りかける。


「君のたくさんの瞳は多くの物を見通す。ならきっと、君はここから遠くの物を見通すことができる」


 それは僕の願いでもある。

 きっと彼女なら、どこかに行ったシャナオーの居場所を見つけられるはずだ。


「君の力は――千里眼。その力を僕のために使ってくれないかい」


 僕の言葉を受けて、彼女の瞳がぼんやりと魔力の色を帯びた。


「……はい。……わたしなんかで、いいのなら……」


 彼女の言葉に、僕は笑みを浮かべた。


「……よかった。それじゃあ早速、シャナオーを探して欲しいんだ。メスのヒポグリフなんだけど……」


 僕の言葉に、彼女は首を傾げた。



「……ヒポグリフ、ってなんですか?」



   ☆




「第一回! ヒポグリフお絵かき選手権ー!!」


 僕の言葉に集まってくれた数人の妖怪たちがパチパチと手を叩いた。


「さあ始まりましたヒポグリフお絵かき選手権! 司会はわたくしセーム・アルベスクと、コメンテーターとしてイスカーチェさんにお越しいただいております」


「うむ、ヒポグリフは鷲の頭に馬の体をした翼の生えた魔獣だ。その生体は未だ解明されてはおらず、群れをなして移動することもあれば単独で定住することもあり――」


「――はい! ではありがとうございました! それでは時間もないので早速似顔絵の方にいってみましょうー!」


 日は既に沈みかけていた。

 メアリーは涙目になってこちらを見る。


「あ、あの、ごめんなさい……。わたしが鳥目なせいで……」


「はい大丈夫ですよー。泣かないでくださいねー。さあ早速いってみましょう! さーてまずはハナから!」


 僕の言葉にハナは羊皮紙を頭上に掲げる。

 そこには何やら一人の人物が描かれていた。



「……えっと……これは……」


「はい! シャナオウちゃんに乗って空を翔る主様です! ……ちょっと時間が足りなくてシャナオウちゃんは描けなかったんですけど……」


「うーん! 本末転倒だぁ! それにしてもそれ僕だったのかぁ! てっきり僕とハナでは見えてる物が全然違うのかと思ったよ!」


 ハナが掲げているのは完全にただの人物画だった。

 イスカーチェさんがそれに寸評を与える。


「美化され過ぎているな。本物はもうちょっと――」


「――はい、それでは次に行きましょう! 次はアズー!」


 遮る僕の言葉を受けて、アズが羊皮紙を頭上に掲げる。


「……会心の出来です! さあ見るが良いです!」


 そこにはなにやらぐねぐねと蠢く邪神のようなものがこちらを睨みつけていた。



「ひえええ!?」


 メアリーが悲鳴をあげる。


「アズ! 何を描いたの!? それ大丈夫!? 何か召喚されてきたりしない!?」


「えぇー? ……ここが目でー、ここが牙でー……」


「ストップ! 解説しないで! それを理解すると、どんどん心の中の何かが削れていく気がする! っていうかヒポグリフに牙は無いよ!?」


 その恐ろしい姿にアズ以外のみんなが恐怖を覚えた。

 後でこれ、焼いたりしたほうがいいんじゃないか?


「それじゃあそれは厳重にしまってもらって! 次! ミズチ!」


「今回は自分、筆が乗ったのでありますよ~!」


 彼女が出した羊皮紙にはかなり精密な写実画が描かれていた。

 しかしなぜかシャナオーだけでなく、ドラゴンと僕が描かれている。

 シャナオーは後ろ姿で小さく、ちょっとわかりにくかった。

 むしろドラゴンメインの絵である。


「タイトルは”ドラゴン退治の英雄”」


「うーん、芸術性優先しちゃったかぁ~!」


 陶器だけじゃなくていろいろ作るのが向いているのかな、ミズチ……。

 その絵を見てイスカーチェさんが呟く。


「……これ売れそうだな……」


 た、確かに。

 とはいえ、そこは今問題じゃない。


「……ミズチ、ヒポグリフメインに描き直してもらうこととかは……」


「いえ、駄目であります! この構図こそが! 自分が表現したい最高の形なのであります! これを崩した時、全てが崩れるのでありますよ!」


 うーん、芸術家気質!

 仕方ない、ここは他の二人に期待しよう……!


「じゃあ次はサナト!」


「はいはい~! どうどう? 可愛いでしょー?」


 彼女が表にした羊皮紙にはイスカーチェさんが描いたようなデフォルメされたヒポグリフが描かれていた。


「あー……まあ……こんな感じではあるよね……確かに……」


 ただ見ようによっては四足の鶏か何かにも見えなくはない。


「かわいい、な……!」


 イスカーチェさんが呟いた。

 その表情には鋭い笑み。

 サナトとは似たような感性らしい。

 しかしこれでは少し分かりづらいかな……。


「うーむ……では最後の砦、ユキ!」


「……ふう。この中なら私が一番でしょ!」


 彼女は余裕の笑みを浮かべてそれを掲げた。


「おお! なかなかこれは……あれ?」


 そこにはデッサンがしっかりと取られたヒポグリフが描かれていた。

 しかし……。


「ヒポグリフの尻尾はもっとふさふさだったような……」


「え!?」


 僕の言葉にユキは声をあげる。

 イスカーチェさんも僕の言葉に続く。


「うむ。シャナオーはもう少したてがみが逆立っていたな」


「あれ!? うそ!?」


 ユキの絵は一番見やすくはある。

 だが、若干特徴が間違っていた。


「う、うう……! 不覚……! 私としたことが……! 動物苦手なのよね……」


 そういえばユキはいつもシャナオーを遠巻きに見ているだけで、近付こうとしていなかった。

 つまりはうろ覚えだったのだろう。


「う、ううむ。結局誰もきちんとした絵は描けなかったのか……?」


 僕はみんなに描いてもらった絵を集める。

 どれもシャナオーとは違っていて――。


「……いや、しかしこれなら――」


 まずハナとアズの絵は問題外なので抜く。

 ――アズの絵はあとでお焚きあげをしておこう。


 サナトとユキの絵に大事な特徴や間違いを注釈として書き足す。

 そしてミズチの写実的だが小さく描かれている正しい姿。


「……よし、これなら」


 僕の言葉にイスカーチェさんが頷いた。


「なるほど、賢いな。モンタージュか」


 彼女の言葉に僕は頷く。



「……メアリー、推測でいいんだ。これらを元に探してみてくれないかな」


 彼女にそれらの絵を渡す。


「は、はい、やってみます……」


 彼女は頷いてそれらの絵を見比べる。

 しばらくそれらを観察した後で両の眼を閉じ、額の第三の瞳を開いた。


「――お探しはヒポグリフのシャナオウさん……」


 その瞳に魔力の光が宿る。


「特徴検索……おそらく単独で、群れの中ではない……」


 沈みかけた夕日に、彼女の額が照らされた。


 パチリ、と両の眼を見開く。


「――見つけました。……少し不確定要素もありますが……あっちの方角、ここから五キロほど」


 彼女は東の山の方を指す。


「……サナト、行ってみよう!」


 彼女に声をかけ、僕は走り出した。



   ☆



 そこには、シャナオーがいた。

 ――小さな子供のヒポグリフを連れて。


「シャ、シャナオー!?」


 村から東へ少し歩いた山脈のふもとで、彼女は普通に野生の下で暮らしていた。


「クエー!」


 彼女はこちらを見つけると、喜び擦り寄ってくる。


「シャナオー! ……ってそっちの子は!?」


 僕は困惑しつつも彼女の頭を撫でる。


「クゥゥ」


 手乗りサイズの小さなヒポグリフも、僕の足へと擦り寄った。


「あらあらー。卵を食べられないよう、村から離れて産んだのかしら?」


「そ、そうかなるほど……って、ち、父親は!? お父さんそんなの許しませんよ!?」


 混乱する僕の言葉を知ってか知らずか、彼女は笑うように目を閉じて僕へと頭を擦り付けた。

 ぐ、ぐう……! と、とにかく無事で良かった……!

 ……けどちょっと複雑なような、そうでもないような……?


「あらあら」


 僕の様子にクスリとサナトが笑った。

 僕は複雑な気持ちを抱きつつも、シャナオーたちを連れて村へと戻る。


 新たな村の一員を加えて、僕らの村はまた一歩歩みを進めるのであった。

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