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45.スマイル製造スイーツ教室

「ボスー!」


 お昼ごはんも食べ終えて遊びに行こうか家に引きこもろうかと悩んでいると、ゴブリンのガスラクが訪ねて来た。


「なんだい、ガスラク。どこかに遊びに行くかい?」


 ちょうど暇してたし、何か用事があるなら付き合おうかな……。

 そう思いながら言葉をかけると、彼は首を横に振った。


「ボス、毎日遊んでばっカだといい加減、見限られるゾ」


「うっ」


 ゴブリンに諭された僕は胸を押さえて倒れる。

 ハナに見限られたら生きていける気がしない……。


 そんな僕の大げさな様子をスルーして、ガスラクは右手をあげて元気よく声を出す。



「それはソウとボス、今日はお菓子作り教えてもらいに来タ!」


「……お菓子? いいけど、どんなの?」


「オウ! プリンでもいいシ、甘いヤツ! 何でもイイ!」


 甘い物かぁ。

 そうだなぁ……。

 僕は実家で乳母と一緒に作った様々な菓子を思い浮かべる。


 ……ハナにまだ作ってあげたことがないのは……。


「……ケーキでも作ろっか」




   ☆




「まずは卵だ」


 ガスラクと二人、キッチンへ入って手を洗う。

 取り出したヒポグリフの卵を丁寧に割った。


「黄身と白身を分ける。混ぜないように注意ね」


 卵の殻を使って黄身を割らないよう気を付けながら白身と分離する。

 黄身と白身をそれぞれ別のお椀に入れた。


「そしたら黄身に砂糖を入れて混ぜる」


 銀の泡立て器でシャカシャカと黄身をかき混ぜる。


「さあやってみて」


 ガスラクに渡して混ぜさせる。

 シャカシャカ。


「砂糖溶けたゾ!」


「まだまだ。もうちょっと白みがかるぐらい」


 ガスラクが混ぜ続けると、やがてそれはベージュに近い色の粘性を持った液体となった。


「そしたら油を一口ぐらいに、ミルクをその倍。あとはガスラク特製のチーズを入れてかき混ぜる」


 僕の言った通りにガスラクはそれらを入れて、それぞれが均一に溶け合うように混ぜ込む。


「そしたら米粉を入れる……このぐらいかな……」


 ザザーっと目分量でそれに追加した。


「かき混ぜながら、ちょっと重さを感じるぐらい」


 粉を追加しながらガスラクに混ぜさせる。


「均一に混ざったら、こっちはオッケー。……次が問題だ」


 僕はガスラクに泡立て器と玉子の白身の入ったお椀を渡した。


「まずは白身を混ぜる。均一になるように混ぜてみて」


 ガスラクが首を傾げつつそれをかき混ぜる。


「オオー? 水っぽくなっタ……」


「よし……それじゃあ次は……」


 僕はガスラクからお椀を受け取る。


「勢いよくかき混ぜる!」


 シャカシャカシャカシャカ!

 まるでお椀を叩き割るかのように泡立てる。


「うおおおお!」


 シャカシャカシャカ!

 声をあげて全力でかき混ぜる。

 僕は手を止めると、ガスラクに渡した。


「さあやってみて」


「お、オオ……?」


 ガスラクはお椀を抱えると、泡立て器で勢い良くそれを泡立てる。


「ギャッギャー!」


 声をあげ勢いを付ける。

 白っぽくなってきたそのメレンゲを見て、僕は横から砂糖を投入した。


「ボス! 疲れてきタ!」


「よし左右の手を交代して! もう一息だー! 頑張れー!」


「ギャギャー! 激しいなケーキっテー!」


 二人で騒ぎながらも、何とかメレンゲを作る。


「そしたらざっくりと混ぜつつ、ちょっとずつさっき作った生地にこいつを混ぜていく」


 黄身と米粉で作った生地へと、少しずつ均等に混ぜながら白身を入れた。


「よしじゃあこれを小皿に小分けにして……」


 いくつかの小皿にその生地を流し込む。


「そしたら後は窯に入れて四、五十分」


 僕とガスラクはたびたび様子を見ながら、焼き上がりを待った。


 芳ばしい匂いと共に、中の生地が膨れ上がる。

 それを取り出すと、辺りにチーズと玉子の香りが広がった。



「……じゃーん! チーズシフォンケーキー!」


「ギャッギャー!」


 喜び勇んでその中の一つを小皿からこそぎ落とし、二つに割る。


「よしよし、しっかり中まで火が通ってる……」


 ガスラクと分け合ってケーキを一口。


 ふんわり、そしてしっとりとした食感。

 口の中にチーズと玉子の香りが広がり、ふわふわとした甘さが幸せという概念を僕に感じさせた。


「フゥーワッフゥーワー!」


 ガスラクが笑顔を浮かべる。

 彼も気に入ってくれたようだった。



   ☆



「ボス、ありがとナー! 助かったー!」


 小皿を丁寧に麻袋に包み、ガスラクはケーキを持ち帰った。

 彼はそれを大事そうに持ちながら、そそくさと屋敷を後にした。


 ――あやしい。

 僕の勘が告げる。


 あれはもしや誰かへのプレゼント……。

 つまりガスラクの彼女とか……?


 普段散々いじられているので、悪い気持ちがぴょこんと僕の中に湧き上がった。


 僕はガスラクの後をこっそり付ける。

 ……いやこれは決して遊びではなくて……そう、彼の生活を観察することで村の中におけるゴブリンの地位向上を目的とした活動であり……。

 頭の中で誰にともなく言い訳をしながら、僕は物陰から彼を追った。


 彼がたどり着いた先は村の一軒家。

 扉を開けると、女性が彼を出迎えた。


 む……!? 人妻……!?


 僕が『ヤバイぞガスラク! 村長は見た!』 と心の中で現在の心境に題名を付けていると、彼女はガスラクに笑顔を向けた。


「ガスラク、いつも悪いわね。うちの子も待ってるわ。入って入って」


「ギャギャー! 気にするナー! ……やっぱ気にしテ! オレあれ好き! 豆と肉の酸っぱいヤツ!」


「はいはい。うちのは桃色茄子が入った特別性だからね。今度また作ってあげるよ」


 女性がクスクスと笑いながらガスラクを招き入れた。

 いったい中では何が……?


 僕は好奇心に負けて、家に近付き窓の隙間から中を覗き込む。



「ガスラクー! 今日はどんなお話をしてくれるの?」


 そこにはベッドに横たわる一人の少女がいた。



「ギャギャー! じゃあ今日は盗賊をやっつけタお話ダー!」


 ガスラクはその前のイスに座って話し出す。

 どうやらそれは以前、村がゴブリンたちの盗賊団に襲われた時の話のようだが……。


「――そこで村長ガ言っタ! 『俺の剣は流星のように素早イ!』」


「それでそれでー!?」


「ズバァッ! と剣を振るうと、悪いヤツの腕が飛んダ! 『ヒエエ、許してくレ~!』」


 ガスラクは顔の横で両手をはためかせ、怖がる演技をした。

 ……僕が剣の達人になってない? その話。


「優しいから許す村長! ……だけド、そいツは実は隠し武器を持ってタ! 腹からナイフを取り出しテ襲いかかル!」


「きゃあー!」


 悲鳴をあげる少女だが、その声は楽しそうだ。


「そこで暴れ牛を乗りこなしタ、オレの登場ー! 『危なイ!』 悪いリーダーをぶん殴ル!」


「やったぁ!」


「『さすがガスラク!』『強イ!』『格好イイ!』みんな誉める中、悪いリーダーは泣く! 『ごめんナサイ!』」


 ガスラクは胸を張った。

 ……伝説ってこうやって作られるのかなぁ……。


「そうして一番の活躍をシテ、村長の命を救ったオレは村で暮らす事になっタんだ」


「わー。ぱちぱち」


 少女は手を叩く。

 それを見てガスラクは満足したのか、持っていた袋からケーキを取り出した。


「さーテ、今日は甘ーいケーキ作ってきたゾー」


「わあー! 食べていいのー?」


「駄目ダー」


 ガスラクはそう言って、袋から更に何かを取り出した。


「ほら、先にお薬飲メ!」


「ええー。ガスラクのお薬苦いー」


「ダメダメ! 甘ーいケーキ、オレ食べちゃうゾ!」


「ううー。わかったー」


 観念した少女に、ガスラクは水を渡す。


「ホラ、ちょっとダケ口に入れろ」


 少女はガスラクに促されるまま、少量の水を口に含んでこぼれないように上を見上げた。


「粉入れるゾー。そしたら一気に飲メ! もたもたしてると、苦くなル!」


 ササーっと粉末にした薬を彼女の口に入れた。


「ゴックン! ホラ! ゴックン!」


 ゴクリ、と少女は飲み込む。


「……にがーい!」


「ホラ、ケーキだぞー!」


 ガスラクはすかさずケーキを渡す。

 少女はそれを口に入れると、すぐに笑顔に戻った。


「ふわふわー! 美味しいー!」


 少女はケーキを食べつつ、ケホケホと咳をした。


「……サア、あとはじっくり寝ろ! そシたら、すぐ治る!」


 ガスラクは少女の額を撫でて微笑むと、立ち上がった。


 ――おっとまずい。

 僕はバレないよう家の影に隠れる。


「ジャアナー!」


「あ、ガスラク! これお薬の代金!」


「オオウ、忘れるとこだっター! ありがとナー!」


 ガスラクはいくばくかの銀貨を受け取ると、その家を後にした。


 ……ガスラク、お医者さんしてるなー。

 なんだか大きく見えるその背中を見送る。


「……さすが我が主。臣下の動向にも目を光らせているとは、王としての資質を感じさせる行いである」


「うわぁ!?」


 突然後ろから声をかけられて、僕は飛び上がった。

 そこには黒のスーツに竜の髑髏。


「ヨ、ヨシュア、いつからそこに……」


「ふ……。最初からだ。家を出る時に何やらおかしな動きをしているのを見た故、その後をつけさせてもらった」


 二重ストーキング……!


「……心配は無用である」


 僕の驚きをよそに、彼は家の窓の方を向く。


「あの少女もしばらくすれば快復するであろう。他の者にも感染の兆候はない」


 彼はそう言ってその漆黒の眼窩に魔力の光を宿らせた。


「……ありがとう、ヨシュア。気にかけてくれていたんだね」


 僕の言葉に彼はその魔力を霧散させた。


「……ふはは。元よりこれが我の異界の地での役割だった故。なに、ただの流行り風邪だ」


 彼はそう言って、村の方へと歩き出した。


 ――疫病神。

 その力は疫病を操ること。

 流行病を抑えるために祀り上げられ神となったのだろうか。

 それともその力の為に魔へと堕とされたのだろうか。


 どちらにせよ彼は、今も立派な神様をしていると思う。

 もっと不浄とかを押し出すよりも、健康の神様になった方が……なんて言ったら、またサグメに怒られるかもしれないな。


 そんなことを思いながら、僕は彼の後を追う。


「……ケーキの残りがあるんだ。ヨシュアもどうだい」


「ふはははは! 甘味の供物か! よいぞ! いただこうではないか!」


 僕らは屋敷へと帰り、ハナにお茶を入れてもらい一緒にケーキを食べる。


 今日も村には、のどかな時間が流れていた――。

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