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異世界の果てで開拓ごはん!~座敷わらしと目指す快適スローライフ~  作者: 滝口流
第二章 精霊復古の召喚士と太古の竜神
42/134

42.VSエンシェントドラゴン(中編)

 時は少し遡る。



 暗闇の道にフクロウの声が響いた。

 月明かりが照らす道の中、ところどころに灯りを持った村人たちの列が道を行く。


 それは夜通し歩く為に休憩しながらの行軍となったロージナの村人たちの行列だった。

 列の前方と最後尾、それに要所要所には冒険者たちが護衛としてついている。


 子供たちがピクニックのように歌いながら、和やかにその隊列は歩みを進めていた。



 その先頭を歩きながら、ダイタローは空に向かって大きなため息を吐く。


 ――みんな戦っているのに、ぼく一人こんなところに居ていいのだろうか。


 村人たちの先導は、主人であるセームから任された重要な仕事ではある。

 しかしそれは自身がドラゴンに恐怖しているのを見透かされただけなのではないだろうか。

 この役割を与えられたのは、自分が役に立たないから……。



 ――まあ、でもしょうがないか。


 彼はドラゴンの姿を想像してぶるりと震えた。

 とてもじゃないが、あんな巨大な竜と戦うなんて……。


 彼には爪もなければ牙もない。

 火だって吹けないし、翼もない。


 ――ぼくにそんな恐ろしいことできるはずがない――。


 ダイタローは空を見上げた。

 今頃きっと彼の主人は火車(カシャ)に乗って最短ルートで荒野を突っ切り、街へと向かっている頃だろう。

 妖怪の仲間たちはドラゴンを迎え撃つ為の準備を進めているはずだ。


 ――みんな、大丈夫かな。


 そんな不安と焦燥感を抱えている彼の前に、その人影は姿を現した。

 それは道の真ん中で彼を待ち受けるように立っている。


 ダイタローはそれに驚き足を止め、声をかけた。



「……サグメ……さん……?」


 彼の言葉を受けて、彼女は笑う。

 月明かりが彼女の顔を照らした。


「――やあ、ダイタロー。いい夜だね」


 彼女はその手にミズチが作った手持ちのサイズのツボを持っている。

 それを顔の横に掲げて中身を撹拌するように横に振った。


「――ダイタロー、ボクたちの神話を知っているかい?」


「……神話?」


 彼女の言葉に彼は首を傾げた。


「そう。竜退治の昔話」


 彼女はツボを少し傾けて中を覗き込むと、そこに何かを入れる。

 それはポチャリと音を立てた。


「もしも知らないなら教えてあげよう」


 彼女は口の端を吊り上げて笑う。

 月の光が差し込んで、彼女の輪郭を浮かび上がらせた。




「ヤマタノオロチの討伐譚、をね」




   ☆




「……さて、そうは言ったものの」


 状況は最悪だ。


 目の前には壁を崩しながら、その首に剣を突き刺された巨大なドラゴン。

 急所であるはずの喉を貫かれているにも関わらず、ドラゴンはそれをまるで意に介さないかのように動いている。


 今にも村へと歩み出しそうなドラゴンを前にして、僕はため息を吐いた。


 もうこの時点で詰んでるでしょ……。

 諦めて逃げ出したくなる気持ちを必死に抑えつつ、頭を巡らせる。



「……結局、あれを見るに喉元は弱点じゃなかったってこと? 血が一滴も出てない……」


 イスカーチェさんに尋ねると、彼女は頷いた。


「ああ、そのようだが……。――っと、いや待て」


 彼女は眉を寄せる。


「血が出ていないだと?」


 彼女は改めてそのドラゴンの傷口を眺める。



「……流石に一滴も出ないのはおかしいな。あの剣の長さから言って、皮膚を貫通していないとも考えにくい」


 彼女の言葉にユキが口元に指を立てた。


「あー、もしかして冷やしたせいかな? そのせいで止血になったとか?」


 ユキの言葉にイスカーチェさんは考えるように口元に手を当てた。


「……いや、例え大動脈を避けて刺さっているのだとしても、皮膚の血流が止まるほど温度が低下した状態であんなにピンピン動けるわけがない」


 彼女の言葉と同時に、まるでその言葉を肯定するかのようにドラゴンは吠えた。



「――(アガ)メヨ……(タタ)エヨ……我ガ名ヲ……!」


 ドラゴンの低い声があたりに響き渡る。



「あいつ、喋るのか……」


 ドラゴンを見て言った僕の言葉に、ハナは頷いた。


「……はい。……とはいっても先程から同じような言葉ばかりで……。こちらの呼び掛けに反応する様子もありません」


 僕たち二人の言葉に、イスカーチェさんが驚きつつこちらを見た。



「……お前たち、ドラゴン語を理解できるのか」


「ドラゴン語?」


 たしかに昔読んだ本では、ドラゴンは知性が高く彼ら特有の言語を話すと載っていた気がする。

 しかし当然、僕にそんな知識はない。

 ……というか、この耳に反響するような声の感覚はどこかで――。


 ……ああっ、そうだ。



「もしかして、あのドラゴン――!」


 僕の持つスキルは『霊感』。

 その効果で声が聴こえる相手は、妖怪、精霊、そして――。



「――死霊(アンデッド)か……!」



 僕の話を聞いていた旅人のファナがいつもの無表情のまま口を開く。


「そうそう、そうなんです。それをわたくし伝えに来まして。ちょっと遅かったみたいですが」


 彼女が自身の眼鏡のツルに触れると、そのレンズに青色の文字が裏表反対に表示された。

 ――分析眼鏡(アナライズグラス)

 映した者の特徴やスキルを表示する魔導具(マジックアイテム)だ。



「……あれは腐敗竜(ドラゴンゾンビ)。古代竜の亡骸を媒体にして動いているアンデッドのようです」


 彼女の言葉に、イスカーチェさんは眉をひそめた。



「……いや待て。たしかに竜鱗や竜骨は腐敗にも強い。血流がないのもあいつが死体だからと言われれば納得できる。しかしそうなると、あの火炎(ブレス)が説明できん」


 彼女は口元に手を当てて考えながら言葉を続ける。


「油腺での油の分泌が止まっているなら、あんなに頻繁に火炎は吐けないと思うのだが……」


「……そうは言っても、実際吐いてるんだからどうしようもねぇだろ」


 イスカーチェさんの言葉にムジャンが首を傾げた。

 たしかに今は炎を吐く仕組みを解明することよりも、ドラゴンゾンビを倒す方法を考えることの方が重要な気はする。


 ……でも、何か引っかかる。

 ”相手のことを知れ”……か。

 兄貴の言葉を思い出す。


「……もし油じゃないとするなら、何を燃やしているんだろう。油以外に燃える物って言ったら……」


 僕の言葉に騎士のヘネルさんは笑った。


「なんだい、やっこさん。体の中で酒でも蒸留してるってのかい?」


 (アルコール)

 それを作るには穀物や果実を発酵させる必要がある。


 ……いや、発酵……?

 ――違う、そうか。


「……もしかするとあいつ、体内で瘴気を飼いならして腐敗してできたガスを燃やしているのかもしれない」


 瘴気。

 腐った物が出す悪い空気。

 ハナは以前それを小さな生物の集合体だと言っていた。



「……それ、おならやゲップを燃やしているような感じでありますな……」


 ミズチがげんなりとした顔を浮かべる。

 ……そう言われると物凄い嫌なんだけど……。



 しかし腐敗……発酵……。


 相手の情報と自分の手札。

 頭の中でそれらのパズルを組み立てる。


 それなら、もしかすると。

 ――いや、駄目か……?


 考えを巡らせる僕の様子を見て、ハナが声をかけた。



「……主様、何をお考えなのですか? ……もしよろしければ、お教えください。お手伝いできるかもしれません」


「あ、いや、うん……。あいつ……」


 僕はドラゴンゾンビを見る。

 それは今にも動き出そうとしていた。



「……説得することはできないかなって」


 僕の言葉に周囲のみんなは驚いたように目を見開く。

 僕の頭の中には、昔ゴーストを成仏させた光景が思い浮かんでいた。


 正面から殴っても駄目なら、他の方法を試してみたい。



「……あいつと話をするのは難しいかもしれねーです」


 アズがドラゴンをその視線の先に見据えながら答える。


「あいつの声には無数の雑音(ノイズ)が混じっているです。あれが怨霊の類だとしたら、もしかするとたくさんの怨念の集合体みてーな感じかもしれねーです」


 アズの言葉にイスカーチェさんが続けた。


「……古代、竜はその力から神の化身として祀られていたと聞く。そんな人々の想いがヤツを縛っているのかもしれないな」


 その言葉を聞いて僕はドラゴンを見上げる。


 彼は古代には竜神として崇められていたのかもしれない。

 死してなおその身を動かす力……。それは彼の意思というよりも――。


「――信仰、か」


 もしかするとそれは、死んだ後までも彼自身を縛る呪いのような物なのかもしれなかった。

 その束縛から解放してやらないと、彼を止めることは不可能か……。


 そう僕が考えを巡らせていると、横からファナが小さく手を上げる。

 彼女は淡々と言葉を告げた。



「そういうことならわたくし、お手伝いできるかもしれません。死霊の心を……慰労、悔恨……ええっと」


「……もしかして、鎮魂?」


「そう、それです」


 彼女はポンと手を叩く。


「わたくし、簡単なものですが精神を落ち着かせる呪文を扱うことができます」


 ファナは司祭様の孫娘と聞いている。

 それなら神の力を借りた白魔法を使えるのかもしれない。


「お嬢ちゃんがあのドラゴンに魔法をかけて、気持ちを落ち着かせるってわけかい?」


 ヘネルさんの言葉に、彼女は首を横に振った。


「――いいえ、あそこまでの上位アンデッドとなればわたくしの力ではどうにもならないでしょう。しかし……」


 彼女はドラゴンの方に視線を向け、分析眼鏡(アナライズグラス)に指を当ててそれを起動する。


「たしかに皆さんのおっしゃる通りあれには無数の低級霊(ゴースト)が憑いております。短時間であれば、わたくしの力でそれらゴーストの気をそらすことができるかもしれません」


 彼女は真剣な眼差しでそう言った。


「……ただ、わたくしの力は近距離でなければ使えませんし、精神統一と詠唱時間も少し必要になります」


 彼女の言葉に僕は考え込む。

 彼女が呪文を唱える間、一時的にでもドラゴンを無力化させることができれば……。


 僕が頭の中で考えを巡らせていると、ドラゴンがその巨体をゆっくりと動かし始める。



「オ……オ……オオ……!」


 ドラゴンは虚空へ吠えながら、こちらへと歩み始めた。

 地面を歩く振動が周囲に響き渡る。



「……くそ、タイムリミットか。こうなったら多少の損害は仕方ない、一旦ここは引いて――」


 僕が村の中で戦う提案をしようと口を開いたその時。


 声が、聞こえた。




「……ぉぉぉおお……!」


 それは村の方から迫ってくる。


「……おおおおお……!」


 どんどんとその姿は大きくなっていった。



「おおおおおおおおお……! ぼくは――!」


 それはドラゴンの大きさに匹敵するほどの巨大な石人形(ゴーレム)



「ぼくは! やれるんだぁーー!」


 それは僕たちの上を飛び越えると、その勢いのままドラゴンに掴みかかり石壁へ押し込んで叩きつけた。



「グ……オ……オ……!」


「ぼくは出来る! 絶対できる! だから、やるんだぁー!」


 叫ぶだいだらぼっちの肩の上で、ちょこんと乗った天邪鬼が笑い声をあげた。


「あっはっはっは! ゴブリンの強壮剤を酒に混ぜるのはマズイらしい! こんな酷い悪酔い初めて見た!」


「ダイタロー……それにサグメ……!?」


 僕は二人の名前を口にする。



「ご主人さまが教えてくれたんだ……! ぼくは出来るって! みんなと一緒なら、なんだって出来るんだって!」


 ダイタローはそう叫びながら、ドラゴンの顔を殴り飛ばす。


「そうさその通り! ボクたちは協力しあえば無敵さ!」


 サグメはその肩からダイタローを煽り扇動する。



 ダ、ダイタローに酒を飲ませて気を大きくさせたのか……!?

 なんて無茶な……いや、しかし、ダイタローがああして時間を稼いでくれる今なら……。


 頭の中でパズルが組み上がった。

 ぶっつけ本番だが……きっと僕なら――いや、違う――!



「……作戦変更!」


 ――みんな一緒なら、きっとできる!



「みんな、僕に協力して欲しい!」


 僕はみんなに向かって叫ぶ。

 その言葉に周囲の面々は頷いてくれた。



「――レッスンツー! ”相手を不利な状況に追い込め”!」

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