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異世界の果てで開拓ごはん!~座敷わらしと目指す快適スローライフ~  作者: 滝口流
第二章 精霊復古の召喚士と太古の竜神
41/134

41.VSエンシェントドラゴン(前編)

前・中・後編となります。

「はてさて」


 朝日を受けて、昨夜まではなかった広大な石壁が地面に影を作る。

 しばらくその村に滞在していた眼鏡の司祭は、村の墓地に立ってその方角を見つめていた。


「わたくしはいったい、どう動いたものでしょう」


 彼女の瞳には巨大なドラゴンの姿が映っている。


「扇動……共謀……ではなくて」


 彼女は首を傾げる。

 その女性――ファナの声は一人、夜明けの村の中に取り残された。



   ☆



 巨大な古代竜の地面を踏み鳴らす振動が響く中、ハナたちは壁の上に登って佇んでいた。

 ドラゴンがその壁のすぐ目の前まで迫り、唸り声をあげる。


「オ……オオオオ……! (アガ)メヨ……! (タタ)エヨ……!」


 その振動はびりびりと大気を震わせた。


「……ここより先は私たちの居住地! どうかお引き取りください!」


 ハナが大きな声で呼びかける。

 アズがその声を拡大するが、ドラゴンはそれに構わず歩みを進めた。



「……崇メヨ……! 讃エヨ……!」


 まるで意に介さないその姿を見て、ハナは眉をひそめる。


「……やはりお話は無理のようです」


「まあ、当然でありましょう。元より象が蟻を見下ろすような大きさ。相手がこちらを気にする道理は全く無いのであります」


 ミズチがそう言って一歩前に出る。

 ドラゴンはその巨体を動かしゆっくりと壁へと迫った。



「……なーにが崇めよでありますか。こちとらここで水神やらせてもらっているのでありますよ」


 ミズチがその姿勢を低くする。

 すると彼女の後ろの大地を突き破り水柱が立った。



「話の通じない相手にはお帰りいただくのであります!」


 その水柱は細長い龍を型取り、彼女の足をさらった。

 まるで龍の頭に乗り込むように彼女は水の柱を操る。


 その水柱は吠えるように口を開けると、一直線にドラゴンへと向かった。

 ミズチが水の龍と共に空を翔る。


水龍(すいりゅう)――!」


 バランスを取るように水の龍の上に立ち上がると、ミズチはドラゴンの姿勢を崩すように頭部めがけて水龍による体当たりを仕掛ける。


「――大津波(おおつなみ)!」


 ミズチの叫びと共に炸裂した水圧は、その巨体を押し込んだ。

 ミズチの体ほどに大きなドラゴンの瞳が、彼女を睨みつける。



「……効いた!」


 壁の上でハナが叫ぶ。

 大地の上ではミズチの攻撃に合わせ、アズが駆け出した。


 次第に放水の勢いが弱まり、ミズチは竜の眼前で舌打ちをする。



「――ちぃっ!」


 指向性を持った水の波が途切れて、ミズチは空中に投げ出された。

 押されていたドラゴンはそれを見て大きく口を開ける。



「オオ……オオ……!」


 まるでミズチを呑み込むかのようなその大きな口から、ブレスの前兆である臭気が放たれる。


「なんのっ!」


 彼女の声に合わせて地面に舞い散った水たちが再び飛び上がり、ミズチの前に水の壁を形成した。


 ドラゴンが口を閉じる。

 それと共にガチン、と牙を噛み合わせる音がして火花が散った。

 同時に火炎が広がる。


「種がわかっていればこんな物――ってあわわ!」


 激しい火炎の熱により、水分が一瞬で蒸発する。



「――ミズチちゃん!」


 飛び上がったサナトがミズチを抱え、宙を舞う。

 火炎のブレスを避けるようにサナトは空中を旋回した。


「サンキューであります!」


 ドラゴンは彼女たちを振り払うように大きく前足をあげる。



「やらせないのでありますよ!」


 サナトの腕の中、ミズチは両の手を結んで印を作った。

 パン、という手の音と共にドラゴンの片足が地面に沈み込む。

 地面に染み込んだ水分が、今は泥濘(ぬかるみ)となってドラゴンの足を捕らえてその姿勢を崩した。


「オ……オオ……! 崇メヨ……!」


 ドラゴンはバサリ、とその巨大な翼をはためかせる。

 激しい突風が彼女たちを襲った。


「空には逃さねーです!」


 アズが地面にマラカスを突き立てる。

 アズを基点として、土が地面の上を盛り上がるようにドラゴンへと伸びていった。


「さあ出番です! おめーら今が力の入れ時ですよ!」


 彼女の声とともに、根を張るように小豆の弦が地面を広がっていく。

 それはドラゴンの足へ絡まると、その体に沿って成長を続けた。


「オオオオォォ……!」


 ドラゴンは更に翼を動かして、その拘束を解こうともがく。



「――氷凍られ凍りましょう」


 ユキが詠唱を開始する。

 その手を、アズが伸ばした小豆の弦へと添えた。



「寒さ燦々(さんさん)雪空に――!」


 彼女の言葉と共に冷気が弦を伝い、それを氷結させていく。



「……植物の幹は、はるか上空の枝葉の末端まで水分を供給するってね」


 ユキの言葉に従うように、ドラゴンの全身を霜が覆った。


「あんたも変温動物(とかげ)なら寒さは堪えるでしょ! そのままずっと冬眠してなさい、爬虫類!」


 ドラゴンは声をあげる間もなく、その全身を凍りつかせる。

 ミズチを石壁の上に降ろしたサナトは、その刀を抜いて構えた。



「――京八流(きょうはちりゅう)――」


 その刀の切っ先を正面に向ける。



「――六鬼(ろっき)善童(ぜんどう)!」


 タン、と壁に足形を残して彼女は水平に跳んだ。

 ドラゴンの喉元めがけ、一直線に刀を走らせる。


 追い風が彼女を押して、その首筋に刀を突き立てた。



「――硬い――!」


 サナトが顔を歪める。

 狙い通り逆鱗に打ち立てた刀はその刀身の半分ほどを竜の身に沈ませているが、サナトの力ではそれ以上押し入れることはできなかった。



「グ……オ……オ……!」


 竜が吠える。


「――どくのであります!」


 その声を耳にして、サナトは咄嗟に刀を手放して横に飛んだ。


「――水龍――」


 水神がその水圧を背に受けて飛来する。


「――大津波!」


 水竜を背にしたミズチがその水圧を加えた蹴りを刀に打ち込むと、その刀は刀身すべてを竜の首へと沈み込ませる。



「グオオ……オ……オ……!」


 それを受け、ドラゴンが咆哮した。


 氷の弦の拘束を打ち破り、尻尾を高く掲げる。

 その様子を見たユキは焦りの表情を浮かべて叫んだ。



「……退避! みんな避けて!」


 ドラゴンはその尾を無造作に払う。


 それに巻き込まれ、サナトが大きく吹き飛ばされた。

 同じく首筋に張り付いていたミズチも、ドラゴンの激しい動きに振り落とされてその身を石壁に打ち付ける。


「――ったぁ……! サナト! 生きているでありますかー!?」


 身を起こすミズチの元へ、サナトがよろよろと飛んで駆けつけた。



「――あはは、何とかねー。……ちょっと魔力で補うには難しい傷かな」


 ミズチはサナトに手を貸されてその身体を起こすが、サナトの方は翼も腕も折れて重症のようだった。


「……なかなかに瀕死でありますなぁ。こっちはまだ何とか……。一旦壁の後ろに下がるでありますか」


「――二人とも!」


 ユキが声を上げる。


 ドラゴンはミズチとサナトの方を見下ろして口を開いた。

 二人はそれを見上げる。


「――ちっ」


 ミズチは舌打ち一つ、サナトを庇うように抱え込んだ。

 ドラゴンが鳴き声とともに息を吐く。





「――くらエー!」


 それと同時に、ドラゴンの頭上から石が投げ落とされた。

 いくつかの石がドラゴンの鼻の上を転がり、その注意を引く。



「グ……オ……オオ……!」


 ドラゴンが頭上に視線を向ける。

 そこにはロック鳥数匹に抱えられた、ガスラク率いる数人のゴブリンたちの姿があった。


「ぎゃー! こっち見タ! 逃げロ! 逃げろ!」


 ガスラクの指示に従い、ロック鳥たちはその場を離れる。

 ドラゴンはそちらへ口を開けた。


「炎が来るゾー! 早クー!」


 ガスラクたちは慌てて逃げ出す。


 ドラゴンはしばしそちらを見つめてから、結局炎は吐かずに視線を戻す。

 しかし先程までミズチとサナトがいたその場所には、既に誰もいなくなっていた。




   ☆




「ったく! どうなってんのよ!」


 石壁の内側、いくつかの櫓がそびえ立つその中心でユキは毒付く。


 ハナは時間を稼ぐと言ってユキたちを石壁の内側へと下がらせた。

 その時間で何とかドラゴンへの対策を考えるため、彼女たちは顔を付き合わせる。

 

 ユキの言葉を受けてイスカーチェは笑った。


「冷気もダメ、逆鱗もダメか。……なかなか絶望的じゃないか」


「ついでに言えば足止めも難しーって感じですね。元から結構足は遅いようですけど」


 アズの言葉に、騎士のヘネルが顔をしかめる。


「……とはいえ、こりゃ人間が手を出せるような領域じゃあねぇぜ。あのゴブリンさんよくやりやがったよ全く。おじさんも負けてらんねーなぁ」


 彼は静かに剣の柄を握った。

 ムジャンが眉をひそめて口を開く。


「あとは壁の中におびき寄せて四方から攻撃……とかになるか?」


「おびき寄せるっていうか、侵入されたから特攻しましたって感じだねそりゃ」


 ヘネルは笑った。


「――そんなことするぐらいなら逃げた方がいいよ」


 ユキの言葉に、傷だらけのミズチが力なく笑った。



「……で、ありますなぁ。ここは自分に任せてみんな逃げるのでありますよ」


 彼女の言葉に、ユキが顔を歪める。


「……何言ってんのよ」


「――自分の力なら相手をひるませることは出来るのであります。一発でダメなら十発、それで駄目なら百発」


 ミズチは真剣な眼差しでユキを見つめ返した。


「死ぬまで撃てば相手は倒せるのであります」


「あんた……!」


 ミズチは静かに笑う。


「……自分はこの土地の水神でありますゆえ。少しの間ではありましたが、神性を得て村を見守るのは楽しかったのでありますよ」


 彼女の言葉に、ユキは吠えた。


「……バーカ! 本当バカ! あんたがそんなこと言ったら、みんな逃げられなくなるじゃない! 本当周りのこと考えないんだから! ……ほんっと! ……これだから!」


 ユキはその瞳にうっすらと涙をにじませた。


「ユキ殿……」


 二人のやりとりを見て、アズが口を開く。


「……アズはまだ大人しくやられてやる気なんてねーです。最後の最後まで抗ってやるです」


「うんうん、お姉ちゃんも頑張るよー」


 既にぼろぼろのサナトの言葉にイスカーチェが頷いた。



「……こちらも諦めるつもりはない。逆鱗が弱点でなかったとしても、何か止める方法はあるはず。……無いなら創り出すまでだ」


「おうよ」


 ムジャンもそれに応えた。


「さーて、そいじゃあしつこくこっちも反撃といきますかねぇ」


 ヘネルの声にその場のみんなが頷く。



「……あの」


 彼らの輪に、眼鏡をかけたローブの女性が静かに声をかけた。



「わたくし、ファナと申します。みなさんに……迎合……合力……ええと、そう」


 ポン、と彼女が手を叩いた。



「協力、しにきました」




   ☆




 壁と壁の境目を越えようと、ドラゴンがその身を進ませる。


 その動きを、不可視の壁が遮った。



 石壁の上に佇むのはハナ。


 彼女とドラゴンの視線がぶつかる。


 ドラゴンは大きく前足を振りかぶると、その透明な壁に殴りかかった。

 ガシン、と大きな音と青白い光を放ちながら壁に衝撃が走る。


「オ……オオ……オオ……!」


 ドラゴンは声をあげ、壁を打ち破るべく体当たりを仕掛ける。


「――ぐっ」


 ハナは顔を歪めた。

 彼女は心の中で悲鳴をあげる。


 ――妖力の消耗が大きい……!


 ドラゴンの巨体の繰り出す一撃ごとに、激しく彼女の魔力が消費されていく。

 ハナはそれに抗うかのように吠えた。



「この村は……主様が村の人々と共に作り上げたものなんです……!」


 ハナの声を無視するように、ドラゴンはその口を開ける。


「周りに知り合いもいなくて、手先もさほど器用でもなくて、クワを振るう体力もないほど貧弱で……!」


 ドラゴンの口から吐息が漏れ出し、歯を鳴らす音と共にあたりを火炎が覆った。

 ハナの魔力障壁がそれを防ぐが、熱風は彼女の周囲を焼き焦がす。

 

「――でも、そんな主様が! 必死にみんなの笑顔の為に頑張って……!」


 ハナは自身の持つはるか昔の記憶を頭の中に思い浮かべた。


「――だから……だからっ! もう二度と、あんなことは――!」


 彼女の脳裏に焼け野原となった街の姿が浮かぶ。

 崩れた瓦礫。

 その下から出ている小さな腕。


 彼女の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。


 しかしドラゴンは火炎のブレスを放出し終わると、後ろ足に力を入れてその上半身を起こす。



「オオ……オ……! 崇メヨ……!」


「――この村は……わたしがっ!」



 ガゴォン、と音を立ててドラゴンの爪に障壁が打ち破られる。


 ドラゴンの前足はそのまま石壁を打ち破り、その衝撃でハナの足元が崩れた。



「――あっ」


 ハナの身が空中に投げ出される。



 彼女は何かをつかむように、空に向けて手を伸ばした。



 ――わたしは――。



 ドラゴンが口を開ける。



 ――ただ、あの平穏な生活を――。



 彼女の瞳から涙がこぼれた。


 涙は宙を舞って、その手は何もない空をつかむ。



「――主……様……」



 ハナの視界を闇が覆った。

 それは彼女が、この世界に喚び出された時の感覚に似ていた。



 ――ああ、わたしはまた――。


 自責の念に囚われ、彼女は涙を流す。


 ――守れなかった――。














「――呼び掛けに応じよ」



 彼女は目を開く。



「――其は幸運と家屋を司る運命の女神――!」



 ――この声は――!



「――我が前にいでよ――!」


 ハナの体を青白い光が包んだ。





「――座敷わらし!」


 唐突に彼女の視界が開け、そこには石壁の内側の村の景色が広がる。

 彼の腕の中に抱えられ、ハナはその顔を見上げた。



「……主……様……?」


 彼女の言葉に、彼はその顔に笑みを浮かべる。


「――ハナ、怪我はない?」


 そこには彼女を見下ろすセームの姿があった。



「……主様……!」


 ハナは声を震わせ答える。



「……召喚が間に合ってよかった。心臓が止まるかと思ったよ」


 彼は安堵のため息をついた。

 ハナはセームの腕に抱きかかえられながら、周囲を見渡す。


 そこは先程いた外壁より少し内側。

 数百メートル先ではドラゴンが崩した石壁に体を埋もれさせていた。



「……ありがとう……ございます……。でも、わたしは……わたしでは村を……!」


 彼は苦笑を浮かべながら、優しく彼女の涙をぬぐった。



「大丈夫、あとは僕に任せて」



 カシャに乗ったセームは、ハナを抱えながら開いていた契約の本(レメゲトン)を閉じた。

 そこにアズが駆け寄り、勢いよくハナへと抱きつく。


「時間を稼ぐだけって言ったのに、無茶するんじゃねーです!」


「ご、ごめんね、アズちゃん……」


 涙声を出すアズに、彼女は謝った。



 セームはその様子に苦笑しながらハナの体を降ろす。

 周囲に仲間たちが集まり、セームは彼らと一緒にドラゴンを見上げた。


 山のように大きなそれは、崩れた壁にその半身を埋めながらこちらを見下ろしている。





「――さあ、まずはレッスンワン」



 セームはその口元に不敵な笑みを浮かべた。



「”己と相手を知れ”、だ」

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