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4.スローライフ始めました

小豆(あずき)……」


「わ、悪い……! 絶対に何とかするから!」


 ああ、またしてしまったこの安請け合い体質。

 いやしかし、これはやらなきゃいけないことだろう。

 

 何かをしてもらったのに対価を払わないのは、それは詐欺というものだ。






  ☆






 

 鉱山から湧き水を出した後の祝賀会から帰り、寝室へと入ってベッドに腰を下ろす。

 その広いベッドは昨日の客室と違って、ハナにベットメイキングをしてもらっているので随分と快適だ。



 ハナに「主様は主様なのですから主人の寝室を使うべきです」と力説され、今日からはここで寝ることにした。

 部屋の中はハナの力により眩しいぐらい綺麗になっている。

 

 このぐらいの芸当は楽々できるらしい。

 掃除をしなくていいというのは何と快適なのだろうか。


 そのまま四肢を投げ出してベッドの上に大の字になると、唐突に耳元で声が聞こえた。



「……マスター」


「うわっ!」



 声をあげて飛び起きると、そこには小豆洗いのアズが立っていた。


 いつの間に部屋に侵入していたのか。



「ど、どうしたの?」


 僕の問いに彼女は抑揚を付けず答える。


「けーやくの話、しに来たです」


「あ、そっか!」



 危ない忘れていた。

 召喚した妖怪とは、魔力のやり取りの他にまた別の契約が発生する。

 

 アズの場合は先に働いてから後払いの形でいいと言ってくれたので、その言葉に甘えていたのだった。



「アズは何が欲しいの?」


 僕が出来ることなら出来る限りしてあげよう。

 なにせ、この村を救った功労者なのだから。


 彼女はおずおずと願いを口に出す。


「……小豆」


「…………アズキ」



 それはそうだ。

 小豆洗いなのだから、小豆が好きなのだろう。



「小豆王国を作るです」


「アズキ王国」


「そこには餡子ミュージアムがあるです」


「アンコミュージアム」


「おまんじゅう、ようかん、ぜんざいたちが舞い踊る和菓子の祭典……!」


「ワガシの祭典……」



 頭が痛くなってきた。


「そのためには小豆! 小豆が大量に必要です!」


「そ、そうか……。でも大量と言っても……」


 小豆とは植物で、その豆を食べるらしい。

 しかしこの周辺の街で育てているという話は聞いたことはない。



「……これです」


 そう言って、アズは一粒の豆を手渡してくれた。

 

 赤黒い小さな種子。


「なるほど」


 この辺で栽培が盛んな穂付き豆を赤く染めて小さくしたような豆だ。


 これは栽培して増やすことができるのだろうか。




「……この辺じゃ見たことないな」


「小豆……」


 僕の言葉に彼女はシュンと落ち込んでしまった。

 しかし無い物は無い。



「わ、悪い……! 絶対に何とかするから!」


 ええい、どうにかしないと。

 彼女のおかげで村には水が戻ったし、僕も村のみんなと少しだけ打ち解けることができたのだ。


 

 この恩には全力で報いなければ。


 手の中の小豆を転がす。



「……こ、これって美味しいの?」


 僕の問いにアズはコクリと頷く。


「砂糖と煮込んで甘ーい和菓子を作るです」


 甘味。

 ……甘いお菓子か。


 とりあえず今は小豆は無理だけれど……。


「それなら、これはどうかな……」


 家を出る時に持ってきた包みを開く。

 うん、まだ湿気てはいないようだ。


 乳母の作ったクッキーを取り出して、彼女へと差し出す。

 彼女はそれを受け取った。


「食べてみて」


 躊躇なく口に運ぶ。

 サクリ。


「……甘さが足りないです」


 うっ。甘味ジャンキー。


「――でも、まあ。これはこれで」


 アズの表情がほぐれる。

 乳母の作るクッキーは、自家製の卵を使ったお手製の焼き菓子だ。


 乳母のクッキーが褒められるのは嬉しい。




「……そのうち小豆も何とかできるようにするよ」


「しょうがないので、その時まで我慢してやるです」


 アズは満足したように笑みを浮かべた。


 良かった。 

 しかし本当、契約ってやつは結構曖昧というか、なあなあというか……。

 

 あれ? そういえば。


「――ねえアズ。(レメゲトン)との契約以外に、対価っていうのは必ず必要なのかい?」




 僕の問いかけに、アズは首をひねる。


「そうとも限らねーです。最低限の魔力供給はアズたちのごはんなので、ごはんは絶対必要ですが。でも、ごはんだけだとやる気が出ねーです」


 人はパンのみに生きるにあらず。


「……だよねぇ」


 うーん、遠慮しているのかな。

 

 よし。




「……ハーナさーん」


 部屋の中で呼んでみる。


 返事はない。




 扉をあけて廊下へ。

 

 呼びつけるようで申し訳ないが、この館の中においてハナは神出鬼没なのでこちらから探しにいくわけにもいかなかった。




「ハーナー!」


「はいっ!」


 シュタッと音を立ててハナが廊下に登場する。


 ……走ってきたのだろうか?

 少し肩で息をしていた。




「……ごめん、急ぎの用事ではなかったんだけど」


「いえいえ! お気になさらず!」


 どうやら自室の中までは感知範囲の外らしい。

 プライバシーへの配慮が行き届いて大変よろしい。


 

「ハナ、契約についてだけど……」


 彼女はその一言で察したのか、目を伏せる。


「……は、はい。わたしは既に主様にお仕えしていますので……それで十分です」



 違和感。

 

 彼女の様子は、僕の乳母が「坊っちゃんは出来る子ですよ。きっとそのうち何かの才能を発揮します。えっと、特に例は思いつきませんけど……」と励ましてくれた時の様子にそっくりだった。



 くそ! つまり嘘だ!


 言ってて悲しい。

 まあつまり、遠慮しているのだろう。彼女は。




「……これ、前に気にしてたよね」


 クッキーの包みを渡す。


「あ……お煎餅……!」


 ハナが顔を輝かせた。

 

 オセンベイ、というのが何かはわからないが、似たようなお菓子でも知っているのだろうか。



「いま君に返せるとしたらこれだけなんだけど……もしよければ、受け取って欲しい」


 彼女はその手の中の品と、こちらの顔を交互に見比べる。



「あ、食べていいよ。それはうちの乳母の作った奴でさ。味は僕が保証するよ」


 ハナは包みを開いて一枚取り出し、口に運ぶ。


 サク。

 思っていた感触と違うのか、不思議そうな顔をしながら咀嚼を始めた。


 数口噛むと、眉を寄せつつ口元に笑みを浮かべる。


「おいひい……」


 目を輝かせてゆっくりと味わい飲み込む。


「……甘くて柔らかいお煎餅だ……。びすけっと、とは違う感じですね……。ふわー……」


 彼女の声にホッと胸をなでおろす。気に入ってくれたらしい。




「砂糖と麦粉に卵とバターを練り合わせて……」


 そう言いかけて、乳母のエプロン姿を思い出す。

 

 僕は領主の仕事なんて何一つ手伝ってこなかったけど、乳母と一緒に焼いたクッキーの作り方は憶えている。

 できることなら、焼き立てをハナに食べさせてあげたいな。

 

 うん、一つの目標だ。



「……僕も作れるからきっといつか作ってあげるね、ハナ」


 ハナは頷く。


「……はい。ありがとうございます、主様……」


 彼女は僕の手を取る。


「本当に……あなたが新たな主で良かった」


 ぎゅっと握りしめられる。


「願わくばこの身消え果てるまで、お仕えさせていただきますように。――本当にありがとうございます」


 ハナの言葉に少しだけ照れくさくなって、僕は「ああ」とだけそれに答えた。




  ☆




 そうしてその日は灯りを消して、ベッドに横になる。


 粗末なパンしか食べていないので、空腹じゃあないと言えば嘘になるのだけれど。


 かといって高いお金を払って酒場で買うのもな……。

 あれは数少ない食料を融通してもらっているのだと思うので、最後の手段にしよう。


 毎日通うようなお金もないのだし。


 一面の荒野に金が出ない鉱山。


 うーん作物を自家栽培してみるか?

 小豆も作らなきゃいけないし……。

 ああでも、作物が育たないって言ってたなぁ。

 

 水不足が根本的な原因なんだろうけど……うむむ。




 ベッドの中で色々と考えを巡らせていると、ふと人の気配を感じる。



 スッと衣擦れの音がした。


 ……ハナ?



 ……それともアズ……?



 いや、どちらにしても……これは……。



 ドクンドクンと心臓が高鳴る。




 いや、相手はアンデッドであり従者であり良き隣人である。

 

 落ち着け僕。


 そうこう考えているうちに、左手に柔らかな感触。




「……主様」


 ハナ!

 

 右手に新たな感触。


「……マスター」


 アズ!




 ……えっ二人!?


 思わず目をあけると、そこには左右に寄り添う二人の姿があった。



「あ、ふ、二人とも、何を」


 喉が枯れたように引き絞った声が出る。



「主様、どうやらなかなかお眠り出来ない様子」


「お手伝いです」




 ま、まさか添い寝でもしてくれ――あっ! いや違う!


 これ罠だ!



「ストップストップ! これ魔力を――!」


「おやすみなさい、主様」



 二人はにっこり笑って左右から体を押し付ける。


 それと同時に、全身を強烈な虚脱感が襲った。


「はふぅーんっ!」



 気の抜ける声とともに、体の力も抜けていく。

 激しい魔力の吸収は、全身にくすぐったいような感覚を走らせた。

 

 嗚呼、無情。ドレインタッチ。


 彼女たちの体の感触など感じる暇もなく、意識は霧散した。


 ――ブラックアウト。





 ☆





 翌朝。

 頭はスッキリ、体の疲れもサッパリ。


 驚くほどスムーズに起床した。


 寝具が良いのだろうか。

 それとも魔力枯渇による意識の喪失にはそんな副次的効果もあるのだろうか。

 


 魔力は睡眠時に最大効率で回復することは魔術論文にて証明されていると、兄が言っていた記憶がある。


 まあ他にもいろいろ回復手段はあるが、何よりもそれが一番手軽で効率が良い。

 


 よって、眠る前に限界まで魔力を吸い尽くすという鬼畜の所業は、理にかなった手法なのだ……。


 

 ……だが僕の気持ちはどうなる。

 

 裏切られた……!


 ……そう。


 裏切られたのだ!



 

 何に、とは言わないが。

 

 僕の心は裏切られたのだ!





 そんなアホなことを考えながら着替えを済ませ、リビングのソファーにつく。


 昨日汲んできた水を備え付けの魔道具で温めて、飲む。

 

 うーん、無味無臭。


 

 まあ当然だ。


 これが実家なら美味しいお茶と朝食にパンやサラダと洒落込むところだが、残念ながらそんなもの存在しない。

 早急になんとかしなくてはいけないのは、食料の確保か。

 

 お金があるなら街から輸送してもらうという手もある。


 流石に自給自足を今からやったとしても、食べられる作物が作れるのは数ヶ月あとのことになるだろう。




 果たして僕はこの村で生きていけるのだろうか。


「おはようございます、主様」


 ハナが姿を見せる。

 シャンシャンという音が鳴り、アズもその存在をアピールした。


「おはよう二人とも」


 やることはたくさんある。

 でも彼女たちとなら、きっと楽しく過ごせる気がする。






「さて、今日は何をしようかな」


 一日が、始まった。

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