38.おいでませロージナ観光
「街からの……手紙……」
僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
そしてその手紙の差出人の名前を見て、僕は戦慄する。
「差出人は……父上……」
父から書状が届くなんて初めてだ。
今まで自分からは何も言ってこなかったあの父上が、わざわざ手紙を送ってくるなんて。
きっとそれには重大な用事が書かれていることだろう。
果たして中にはいったい何が書かれているのだろうか。
恐ろしくて見るのを躊躇ってしまうが、見なかったところで事態が解決するわけでもない。
僕は意を決して封を切ると、それを読み上げた。
「……拝啓。ウルブスでは変わらず良い天気が続いております。ロージナにおいてはいかがお過ごしでしょうか。風邪をひいてはいませんか? 体に気をつけてくださいね……」
ふ、普通だ……!
むしろこれは、街に出稼ぎに出た息子を心配する母親の手紙……!?
なんなんだこれは!
父の名を騙った偽書か!?
慌てて名前を確認するが、そこには確かに父の名前。
その筆跡も見覚えがある。
「ま、まあ……さすがに誰も領主の名は騙らないよな……」
そんなことをすれば、場合によっては死罪もありうる。
僕は気を取り直して続きを読む。
「……久々の手紙ということで、何を書いていいのかわかりません。そういえばあの時連れてきた従者の方との関係はいかがですか。身分差などはあまり気にしませんので、孫の顔を楽しみにしております……」
……くっ!
僕はいったい誰が書いた手紙を読んでいるんだ!
本当にこれはあのいつもしかめっ面の父が書いた手紙なのか!?
使用人の誰かに代筆でも頼んだんじゃないのか!?
そこはかとなく孫の顔というフレーズにもダメージを受けつつ、僕は手紙の先を読み進める。
「……さて、この度ご連絡したのは、客人を出迎えて欲しいからです。先日ウルブスにいらっしゃった方なのですが、しばらくこちらに滞在した後にそちらの様子も見てみたいとのことでした」
客人?
どっかの貴族でも遊びに来たのかな……。
「手紙が届く三日後ぐらいには到着すると思ってください。若い子なので、年が近いあなたの方が気が合うと思います。……失礼があったら……首が飛びます……!?」
いきなり物騒な話になったぞ。
いったいどんな人物なんだ……?
その手がかりを求めて手紙の続きを読む。
「……以上です。PS。米酒送ってね。待ってます」
僕は父の手紙を読み終える。
「――誰だよ!」
思わず手紙を叩きつけた。
二重の意味で誰なんだ。
これを書いたのは本当に僕の記憶にあるあの父上なのか?
そして村に遊びに来るのは誰なんだ?
僕の知り合いだったりするのか?
様々な疑問を頭に浮かべつつ、僕は頭を抱えた。
「……それにしても、こんな村でいったい何を見せたらいいっていうんだ」
僕はそう呟くと、床に叩きつけた手紙を拾って丁寧にしまった。
……大切に保管しとこ。
☆
相手がどんな人物かわからない為に、どんな相手でも失礼にならないようなお出迎えプランを練る。
とは言っても、僕は兄上なんかと違って貴族の社交スキルなんかは全然持っていないのだけど。
いったいどんな風に出迎えれば失礼がないのだろうか……。
そんな考えを巡らせながら外を歩いていると、道の向こうから歩いてくる女性を見つけた。
以前、村に立ち寄った司祭の遺品を持ってこの地を訪れた女性、ファナだ。
彼女はこちらに気付くと、無表情のまま挨拶してくれる。
「おや、村長さんこんにちは。果たしてどちらへ?」
「うーん、どちらだろう……」
悩む僕に彼女は首を傾げた。
「無目的な散策ですか。それは素敵なことです。かくいうわたくしも、同じように東へ西へ」
散歩しているらしい。
そうだ。
他の街からやってきた彼女であれば、僕の悩みを解決してくれるかもしれない。
「……少し聞きたいのだけど、この村の見所ってなんだろう」
「ふむ?」
彼女は眉をひそめる。
突然聞かれても困るかな。
「無いですね」
即答だった。
「だ、だよねぇ。田舎だもんなぁ」
この村に見て回って楽しい場所なんてないだろう。
頭を抱える僕に、彼女は口を開いた。
「自然や人々の交わりはなかなかに見所かとわたくしは思います。ただあなたが今わたくしに問うたのは、そういうわけではないでしょう。……ええと……振興……旅行……ではなくて……」
「……もしかして、観光?」
「そう、それです。観光資源となる場所を問うたのでありましょう」
観光資源。
そうだ。
行って楽しい見て面白い。
そんな場所があればいいのだけれども。
「……村の施設といったら……鉱山、鍛冶場、宿、畑……」
「どれもが揃う街はあまりないかもしれませんが、その一つ一つはそうそう珍しいものでもありません」
彼女の言葉は正しい。
小豆畑なんかは他の村にはないが、見て楽しいようなものでもないだろう。
祠なんかはあるが、それは小さく一瞬で見て終わる。
僕が悩んでいると、彼女は空を見上げた。
「この村はのどかで素敵です。そうであるならば、そうそう無理に用意するものでもないのではないかと、わたくしは考えますが」
彼女の視線の先には広大な青い空。
たしかに、彼女の言うとおりなのかもしれない。
そもそもそんな場所にわざわざ来るのだから、特別な物を求めてくるわけでもないのだろう。
「……うん、そうだねありがとう」
彼女に礼を言うと、彼女は目を伏せて頷いた。
「どういたしまして」
☆
「勘弁してくださいよエリックさん、俺ら冒険者っすよ」
僕が部屋の手配をしておこうと宿屋に入ると、数人の冒険者が冒険者ギルドの受付の前にたむろしていた。
何やら問題があったらしい。
エリックは顔をしかめながら彼らに言い返す。
「だからよー。最近は近くの遺跡なんて掘り尽くされちまって、お前らみたいな新米に紹介できる場所なんてねーんだよ」
彼の言葉に冒険者たちも困り顔で言い返す。
「でもここ一週間、農作業と鉱山の手伝いしかしてねーっすよ」
「大工の仕事もあったろ」
「そこじゃねーっすよ! 俺ら冒険者っすから、一攫千金を狙いたいんす!」
先頭に立つ彼の言葉に、後ろの冒険者たちも頷いた。
エリックはため息をつく。
「……いいか。遠くのダンジョンってのは人里離れた場所で危険なモンスターも多い。それに致命傷を負ってから手当する時間が伸びれば伸びるほど死ぬ確率は高くなる」
エリックは冒険者たちを睨みつけた。
「もっと言えば、だ。遠征費ってのもバカにならねぇ。その間の食費はもちろん、お宝発掘したからって持ち帰るのも大仕事だ。手軽に持ち運びできないようなサイズの物なら、荷馬車なんかも手配しなきゃいけなくなる。お前らにそれが払えんのか?」
エリックの言葉に彼らはたじろぐ。
遺跡から発掘されたものの中には、大の男十人ぐらいでなければ運び出せない魔法の自動挽臼なんていうのもあった。
「で、でも毎日これじゃあなぁ……」
「田舎帰るかぁ……」
男たちは口々にそう言う。
エリックもそれを見て、ため息をついた。
「俺が出来るのは、モンスターの群れや護衛の仕事があったら優先的にお前らに当ててやることぐらいだよ。遠くのダンジョンに派遣してお前らに命を捨てさせるわけにはいかねぇ」
彼らはエリックの言葉を受けて、うなだれながらその場を後にする。
僕はそれを横目で見送った。
「……大変だねエリック」
僕はエリックに話しかけた。
彼は苦笑する。
「……まあしょうがないことさ。たまには埋もれていた新しい遺跡も発見されるが、そんなことは稀だしな」
北の荒れ地には今でも埋もれた遺跡が発見されることはある。
しかし近場の遺跡は次々と暴かれ、発掘されきった跡地が点在しているような状態だ。
「……かといって、いきなりあいつらを遠くに行かせるわけにもいかねぇ。最近じゃあ北で巨大な魔獣を見かけたなんて情報もあるしな」
村から距離が離れれば離れるほど、新人を送り込めば生還率は低くなる。
エリックとしても彼らを無駄死にさせるのは避けたいところだろう。
彼の言葉に、僕は考え込んだ。
今は村の仕事が余っているから問題ないが、下手をすると職を失った冒険者が野盗に成り下がる可能性もある。
村としては何とか解決先を模索したいところだ。
「うーん。何か訓練場とか作ってみる……?」
新人冒険者たちの練度が低いことが問題なら、訓練施設を作ってみてはどうだろうか。
僕の提案に、エリックは頷く。
「お前んとこのサナトちゃんとかはかなり腕が立つし、ありかもしれんな。まあ本当は実戦がいいんだろうけどよ。訓練で腹は膨れんしな」
「実戦かぁ……」
魔物が巣食う場所を探す……?
しかしまた生態系を荒らしてイスカーチェさんに白い目で見られるのもな……。
僕は頭を悩ませながら笑う。
「踏破済みの遺跡に勝手に湧いたりしてくれれば楽なんだけど。できれば安全なモンスターだけで」
「そんな場所があれば俺も行ってみてーわ。モンスター相手にこう、剣を振るってズバーッと大立ち回りよ」
エリックも笑った。
たしかにそんな場所があるなら面白そうだ。
僕は心の中で、剣を振るう自分の姿を想像した。
……まあ、武器なんてまともに扱ったことはないんだけれど。
でも、冒険者以外の人だって一度はそんな自分の姿を――。
「……あ」
僕はエリックの顔を見た。
「ん?」
「……それだ……」
「……何が?」
エリックは首を傾げる。
そうだ。
この村でしかできないことが、一つあった。
僕はエリックに向かって提案する。
「ダンジョンを作ろう!」
僕の言葉に、エリックは口を開けた。
「はぁ?」
☆
三日後。
やたら豪勢な馬車で彼女はやってきた。
お供二人を連れて馬車を降りる。
お供の一人は無愛想な若い女の人で、一人はやる気が無さそうなタレ目の中年の男性だった。
二人とも革鎧を身に着け腰に剣を差している。
「――なんだ、何も無い村ではないか。稀有な村があると聞いたからやってきたというのに」
開口一番彼女はそう言った。
年の頃は十四、五だろうか。
端正な顔をしているが身体は小さく細い。
なんだかひ弱そうだ。
……僕と気が合う、と父が手紙で言ったのはそういうところか?
彼女の態度に僕が露骨に顔を引きつらせるのを見てか、彼女は声を荒げた。
「わらわを誰だと心得る! 第六王位継承者、アルマ・ハウラ・ディ――」
彼女が喋る中、中年男が口に手を当てて遮る。
「はいはい、そんな大声出さないの。何の為にお忍びで来てると思ってんですか」
「ふがぁ! やめよへネル! コロネも何か言え!」
彼女の声に応えて、後ろの少女が口を開いた。
「はっ。もう少しご自重くださいアルマ様」
「お前らぁ!」
キエー! と声をあげる彼女に代わり、男が代わりに自己紹介を始める。
「というわけで俺はヘネル。こっちがコロネで、このちんちくりんがアルマ。まあ一応、傷物とかになったら困るんでそれ相応の扱いはしてやってくれ」
「は、はあ」
どうやら彼女の名乗りは本物らしい。
……もしかしなくても、コレ、姫ってヤツ……?
僕はどうリアクションしていいかわからず、愛想笑いを作る。
ヘネルと名乗った男もそれに合わせて笑った。
「一応まあ、第六位なんては言ってるが、ほぼ継承権は無いも同然だ。ちょっと扱いづらい親戚の子ぐらいに接してやってくれ」
男はそう言って笑った。
……父上ぇ……!
これ説明無しで出迎えさせていい相手じゃないよね……!
僕は心の中で父に怨嗟の声を浴びせつつも、彼女のおもてなしを始めるのだった。
☆
「なんだこれはぁ! 面白おかしい形をしおってー!」
姫は出された魚の形をしたパンケーキのような物にかぶりつく。
「たい焼きです」
「おい……おいしぃ! 甘いじゃないかー! なんなんだこれは!」
「小麦粉と餡子を型に流し込んで……。この前、ムジャンさんに試しに金型を作ってもらったんですよね」
彼女の言葉にハナが答える。
下手に宿屋に泊まってもらうよりも、うちの屋敷に泊まってもらった方が安全だろうと判断して招待した。
有事が起きた時の為にサナトには常に周囲に待機してもらうことにしている。
僕も首が飛ぶのは御免だ。
「こっちは……冷たぁー! なんなんだこれは!」
「たい焼きの中にミルクアイスを入れて冷やしてみたんだけど、美味しくない?」
アルマの言葉にユキが答える。
「おいしゅぅ……生地がふわっとしていて……うわああ! もうなんなんだこれはー!」
「何って言われても……たい焼きアイス……?」
「なんだそれはー!」
アルマは叫びながらアイスを食べる。
この子、やかましい割にさっきから「なんだこれ」しか言ってない気がする。
語彙力……。
僕が心の中でそんなことを呟いていると、ハナはキッチンから更に追加のお菓子を持ってくる。
「じゃあこっちもどうでしょう。シュークリームとシューアイス……」
「うわぁぁ! また出たぁぁ! やったぁぁ!」
この子本当にいいとこの子なの?
貧乏農家の末娘とかそういうのじゃなくて?
満面の笑みでお菓子に手を付ける彼女とは対象的に、護衛の二人は出された料理をじっくり味わいながら食べていた。
「いやー悪いっすねー。俺らまで」
今日は二人も一緒に同席してもらい、賑やかな食卓となっていた。
今晩のメニューはお肉とお米を混ぜ込み包んだロールキャベツと、花咲芋のトマトスープ。
「いえいえ、多く作る分にはあまり変わりありませんから」
彼の言葉に、ハナが笑顔を返した。
てっきり視察か何かだと思っていたが、どうやら彼女の様子を見るに本当に遊びに来ただけのようだった。
その為、当初の村の施設を回る予定を変更して急遽ユキにスケートリンクを張ってもらった。
そうしてアルマには思う存分遊んでもらった後、屋敷に戻って今にいたる。
みんなで食卓を囲み、夕飯とそのデザートだ。
「うああ! 褒めて使わす! 褒めて使わすぞ! よくやった! 最高じゃないか!」
アルマはハナたちが作ったお菓子と僕を交互に見る。
うむ、餌付けは成功だ。
してやったりと笑みを浮かべる僕に、護衛のおっさんが話しかけてくる。
「もう一日ぐらい遊ばせてもらったら帰ろうと思ってるんすけど、明日はどうしましょ? 特に行く場所がないなら適当に見学させてもらいますけど」
彼の言葉に、僕は笑みを浮かべて答えた。
「では明日は――姫に、ダンジョンを攻略してもらいましょうか」
僕の提案に呆気に取られるヘネルとは対象的に、アルマはその瞳を輝かせた。