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異世界の果てで開拓ごはん!~座敷わらしと目指す快適スローライフ~  作者: 滝口流
第二章 精霊復古の召喚士と太古の竜神
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37.わらしべクッキング

「酸っぱー!」


 強烈な舌をえぐるような酸味に僕は思わず声をあげた。


 屋敷の地下室にて。

 ハナと一緒に麦酒(ビール)の仕込みをしてみたのだが、どうにも失敗したらしい。


「あら……?」


 ハナもそれを柄杓で掬い、一口すする。


「……うーん、でもこれはこれでいいお酢になりそうですね……」


 ハナは苦笑した。



「ハナの力を持ってしてもお酒は自由に作れないのか……」


 僕が肩を落とすのを見て、ハナは伏目がちに眉を寄せた。


「私の力は生物に対してはあまり効果がなくて……酵母菌が力を発揮する環境を整えることはできても、彼らの力を直接操ることはできないんです」


「コーボキン?」


 僕が聞き返すと、ハナは頷いた。



「はい。腐敗と発酵というのは、小さな目に見えない菌……こちらでは瘴気と言われているんでしたっけ。その子たちが起こしていることです」


「へぇ。そういえば昔、そんなことを本で読んだ記憶がある」


 ハナの言葉に感心の声をあげた。


 瘴気は病気の元となるとされている空気だ。

 悪い水が蒸気となって空気に舞い、それを吸うことで人は病気になり瘴気を纏うとされている。

 その瘴気の正体については未だ解明されてはおらず、各学者のさまざまな仮説が展開されているだけだ。

 そんな仮説の中には、微細な生物が瘴気の正体だとする説も存在した。


 僕が実家で読んだ本の中身を頭の中に広げている中、ハナは言葉を続ける。



「自然には多くの菌がいます。彼らの中で生存競争に打ち勝った者がその効果を一番発揮します。そこで酵母菌が勝つとお酒に、酢酸菌が勝つとお酢に。他の菌が勝つと腐敗します」


 ふむふむ。

 つまり僕たち人間がサポーターとなって彼らが活躍できる環境を整えてやることでお酒が出来ているというわけだ。


「今回はお酢の菌が勝利を収めたというわけだな……」


「そうですね。酢酸菌は強いので他の菌をやっつけます。だから酢漬けにしたものは腐りにくくなるんですけど」


「あー、なるほど!」


 それじゃあ勝利した彼らを無碍に責めるわけにもいかないな。

 あいつらも頑張ってくれているのか……良い奴だ。



「酵母菌が糖を食べてアルコール()を生み、それを酢酸菌が食べてお酢にします。彼らが活動するとアルコールや酸ができるんです」


 むむむ、中々難しい話になってきた。

 疑問符を頭の中に浮かべる僕をよそに、彼女は言葉を続ける。


「似たような形で、体の中で悪いばい菌が増えると病気になります。じめじめした場所に増えるとこんな風にカビになります」


 彼女は石壁を指す。

 そこには青カビが発生していた。


「そうしてそれが成長したものがキノコになったり」


「ほほう……」


 キノコは瘴気が成長したものなのか……。


「キノコも食べられるものと食べられないものがあるように、細菌……瘴気にも便利な者や危険な者がいるってことですね」


「なるほどなるほど」


 僕たちには見えない小さな世界ではそんなことが繰り広げられているのか。

 もっと小さい世界を拡大して見られるような物があれば、彼らの活動を直接見ることができるようになるのかもしれない。


 そうなれば流行り病に対する対策もしっかり打てるようになるんじゃないだろうか。

 ……彼らはいったいどんな姿をしているのだろう?



「……それにしてもハナは物知りだねぇ」


 僕の言葉にハナは困った顔を浮かべた。


「あはは……。料理は好きで勉強していたので……他言無用でお願いします。……えーと……少し恥ずかしいので……」


 彼女は僕から目を逸らしてそう言った。

 よくわからないけど彼女がそう言うなら、秘密にしておこう。



「……あー、じゃあもしかして、この状況はあんまり良くないのかな」


 周囲を見渡す。

 葡萄酒(ワイン)麦酒(ビール)米酒(ニホンシュ)、お酢、酢漬け(ピクルス)、ぬか漬け。

 石造りの部屋には、様々な発酵食品が並んでいた。



「……そうですねぇ。もう少しきっちりわけないと喧嘩してしまいます。麦酒(ビール)が失敗したのも、お酢を使ったものが近くにあったのがいけないのかも……」


 ハナは首を傾けて思い悩んだ。

 発酵食品で言えば、台所にはミソもあったっけ。

 

「菌によって好む温度は違います。なのでやや低めの温度で安定している地下は、これらの保管に適しているんですよ」


 ハナの言葉に僕は情報を整理しながら、考えを巡らす。

 もう少しきちんとした発酵蔵が必要なのかもしれなかった。




   ☆



 たくさん出来たお酢を適当にお裾分けしようと小さなツボに入れて持ち出す。


 ムジャンに発酵蔵について相談しようと思いながら外を歩いていると、ガスラクとアズの姿が目に入った。

 ガスラクが祈りを捧げる横で、アズはマラカスを振りながら舞い踊っている。


 何をしているのかと思って近寄ると、そこには子牛が倒れていた。


「……ガスラク、その子は」


 目を閉じていたガスラクがこちらに気付いて振り向いた。



「あっボス! こいツ、体弱くテ死んじゃっタ……」


 ガスラクが残念そうに答えた。

 目の前の子牛は息をしていないようだ。



「そうか……じゃあ弔うのかい?」


「いヤ、食べれルところ食べる。じゃないト、報われなイ」


 ガスラクはそう言ってナイフを掲げた。



「病気とかだとヤベーので、とりあえず穢れを払うです」


 アズは踊りながら言葉を発した。


「生き物にはあんまり効果ねーですけど、増殖は抑えられるです」


 先程ハナが言っていた瘴気のことだろう。

 シャンシャン、と彼女はマラカスを振る。


 血抜きは済ませていたのか、ガスラクは子牛の体にナイフを入れる。



「小さい牛、胃袋にチーズの元がアル!」


 そう言いながらガスラクは牛を解体し始めた。


 そういえば実家の乳母もそんなことを言っていたっけ。

 塩漬けにして干した胃袋からチーズになる成分を抽出するらしい。

 ただこのやり方では子牛を犠牲にしなくてはいけない為、酢やイチジクなんかを使うチーズの方が安上がりに作れる。


 長く生きられなかった子牛にしてやれることはないが、その分美味しく食べて無駄にならないようにしよう。



「……そうだ、ガスラク。たくさんお酢ができたんだ。チーズを作るならこっちも使いなよ」


 僕は手に持っていたお酢を、作業中のガスラクの横に置いた。


「ありがとナー! ボス!」


 ガスラクは僕に礼を言って作業を続けた。

 僕はそれを手伝って、切り分けたお肉を一抱え分けてもらった。




   ☆




「やあムジャン、調子はどう?」


 僕が彼の工房に入ると、数人のドワーフが汗を流して働いていた。

 その奥で鉄を叩いていた彼は顔をあげる。


「おう、村長殿。ぼちぼちだ。何か用か?」


 足元には鍋やナイフといった様々な鉄製品が並んでいた。

 本格的に工房が稼働してきたらしい。


「ちょっと相談したいことがあって」


 僕は発酵蔵として地下室を作りたい旨を相談した。



「家を建ててる奴らがいるから、そっちに話を持っていってみるか」


 ムジャンは腕を組んで了承する。

 お金についてはその人たちと交渉しよう。



「……と、そろそろ腹が減ったな。昼飯にでもすっかー」


 ムジャンは天井を見上げた。


 ドワーフは体内時計が優れていると聞く。

 その為に鉱山の奥深くなどでもきっちりとした仕事が出来るらしい。


 ムジャンの声に従い、作業をしていたドワーフ達がお手製のおにぎりやパンを取り出す。

 米が安く手に入るこの村では、米を主食にする食生活が普及しはじめていた。



「あ、そうだ……」


 僕はガスラクに綺麗な葉に包んでもらった牛肉を開く。

 その量は数キロほどはあった。


 それを見て周囲のドワーフ達は目を見開く。


「これガスラクのとこの牛なんだけど、食べる?」


「おう、肉か! いいねぇ!」


 ムジャンは笑ってそれを受け取った。


 彼は両面を火で炙った鉄板の上に、飲用に持ち込んだワインを流し込む。

 以前ムジャンが言っていたが、ドワーフは鍛冶をするときにワインやビールを呑むらしい。

 水より栄養があるからと言っていたが、実はただ酒が呑みたいだけなのでは……?


 僕の疑問をよそに、彼は鉄板の上に牛肉を置いた。

 その熱い鉄板の上でナイフを走らせ、肉を薄く切り分けていく。

 スライスした肉の上に、ムジャンが持ってきていた玉ねぎの塩漬けを細かく刻んでふりかけた。


 なかなかにワイルドな料理だ。

 周りのドワーフも集まって、僕もお米やパンを少しずつ分けてもらう。



「おらー! ドワーフ風牛肉のワイン焼きの完成じゃー!」


 鉄串をもらい、一切れそれを口に入れる。

 肉の脂が口の中でとろけ、肉汁が溢れた。


「うっま……。なんだこれ……」


 柔らかな子牛肉の旨味が舌の上を踊る。

 その肉はまるで元から形など持っていなかったかのように、口の中で溶けてなくなった。


「うめーなこの肉!? オラおめーら早く食わねーと無くなるぞ!」


 ドワーフ達は笑いながらそれを次々と食べていく。

 僕も負けじとそれに加わった。



   ☆



 満腹になりつつ僕はムジャンの工房を出る。

 かなり高級であろうお肉のお礼にと、鉄の剣をもらった。


 ムジャンの自信作らしいが、さすがに僕にはちょっと重い……。

 かといって無碍に扱うわけにもいかず悩んでいると、そこに冒険者が通りかかった。


「あれ、セームさん? 鍛冶屋の方から来ましたがその剣は……」


 彼は顔馴染みの冒険者だ。

 北の荒野の遺跡群とこの村を幾度も往復しており、もう数ヶ月ぐらいは滞在しているはずだ。

 たしかそこそこの腕前の冒険者だったと思うが、名前……なんだっけな……。



「え、ええ……。ドワーフの親方にもらったんですよ。自信作だって」


「ああ、ムジャンさんに! 羨ましいなあ」


 ……ムジャンのことも知っているらしい。

 もう少しで名前が出てきそうなんだが……うーん。



「俺もこの前の探索で剣がダメになっちゃって。今から研ぎ直してもらおうかと思ってたんですよ」


 おっ。


「……じゃあこの剣使うかい?」


「いいんですか!?」


 ムジャンには悪いが、僕が持ってても宝の持ち腐れだろう。

 きちんとした持ち主に使ってもらった方が剣も嬉しいはずだ。


 僕は彼に剣を手渡す。

 ようやく荷物がなくなった。



「ありがとうございます! ……でもすみません、今ちょうどあまり手持ちがなくって……あ、代わりにこれ遺跡から発掘したんですけど……」


 彼はそう言って僕に一冊の本を差し出す。

 なんだなんだ?

 いやらしい本か?


 その本を受け取って中を見ると、全てが古代文字で書かれていた。

 ……読めない。



「まだ鑑定もしてない物なので、もしかしたらただのゴミかもしれないんですけども……」


 彼はバツが悪そうに頬をかく。


「……いやいや、古い物ではあるんだろうし、ありがたく受け取っておくよ」



 僕はそう言ってその本を懐にしまった。

 重い荷物を減らせただけで満足だ。


 彼は再度礼を言うと、その場を立ち去った。



 ……なんて名前だっけなぁ、あの人……。




   ☆



 古代文字が読めそうな人の家を訪ねる。

 コンコーン。


「……おや、村長殿か」


 エルフのイスカーチェさんが扉から顔を覗かせた。

 今日はラフな格好をしている。

 家着だろうか。



「冒険者の人から古代文字で書かれた本をもらったんです。イスカーチェさんなら読めるかなって」


「ふむ……?」


 彼女は眉を潜めながら僕が差し出した本を受け取る。

 パラパラとページをめくるうちに、その表情に真剣味が帯びていった。



「どうやら古代生物をまとめた辞典か何かのようだな……。ドラゴン……デュラハン……神話時代の生物まで書かれているのか」


 その声色には少し興奮が帯びているようだった。


「詳しくは解読しなくてはいけないが……これはなかなか価値がありそうだぞ。……少し私に預けてみないか?」


 彼女の言葉に僕は頷く。


「どうぞ。差し上げますよ」


 僕の言葉に彼女は目を見開いて驚いた。

 どうせ僕が持ってても読めないしなぁ。



「……いや、それは少し悪いな……。とはいっても何か代わりになるものは……ああ、そうだ」


 彼女は薄く笑う。


「……ちょっとこっちに来てくれ」


 彼女はそう言って部屋を出て、僕を家の裏側へと誘う。


 ……実年齢はともかく、外見はうら若い美人なので少しドキドキしてしまうな。

 まあ若造の僕なんて彼女の眼中にはないのだろうけど。


 彼女の後に続くと、そこには十メートル四方ほどの庭園があった。



「どうだい、綺麗だろう」


 そこには色とりどりの花達が咲いていた。 

 赤や黄色、中には緑色の花なんかまである。



「……本の価値に比べたら雲泥の差かもしれないけどね。いくつか持っていくかい?」


「……え? あ、はい……」


 僕は一瞬それに心を奪われ見入ってしまっていた。

 荒れ地の続く荒野の中で、この村には緑が戻った。

 そしてその一角にはこうして美しい花畑が出来ている。


 なんだかそこだけが別世界のようだった。


「……お土産に少しだけ持って帰ろうかな。どの花がいいか、おすすめとかあります?」


 僕の言葉に、イスカーチェさんは笑顔で応えてくれた。




   ☆




 揚げ物特有の油のいい匂いがして居間に入ると、エプロン姿のハナが迎えてくれた。

 昼寝をしていたが、もう夕飯の時間か。


 食卓に目を向ける。

 面と向かって渡すのが恥ずかしくて、包んだお花を先程そこに置いておいた。

 ハナが片付けたのか、既にそこに花束は無くなっていた。



「あ、ハナ……。その……さっきここにさ、お花を……置いておいたんだけど……」


 ちょっと羞恥心を感じつつ視線を逸らしながら尋ねると、彼女はその表情を凍りつかせた。



「えっ……お花……?」


「あ、いや、迷惑だったならべつにいいんだ……」


 花が好きな人がいるように、嫌いな人もまたいることだろう。

 だからべつに捨てられていたとしても――。



「――あ、あ、ああああ!」


 ハナは頬に手をあてて大声で叫ぶ。


「ど、どうしたのハナ……? 捨てちゃった……? べつにそれでも……」


「ち、ち、違うんです! 主様! わたしは……てっきり……」


 ハナは力のない足取りで台所へと向かうと、お皿を持ってきた。



「全部……食べられる野草だったので……」


 そこには衣をつけてこんがりと揚げられた菊に菜の花、わさびや金魚草などが乗っていた。


「――ああああ申し訳ありません主様! 主様の御厚意に何てことを!」


 涙目になるハナ。

 僕はその様子を見て、安心や驚きといった感情がないまぜになったせいか笑いがこみ上げた。



「く、くふふ……あはは! そっかそっか!」


 イスカーチェさん、たぶん食べられる花ばかりを育てていたのだろう。

 なかなか合理的な人だ。



「……よし、じゃあ熱いうちに食べちゃおうハナ。きっとその方がお花たちも喜ぶよ」


「あるじさま……」


 悲しげな顔を浮かべるハナの頭を撫でて、晩御飯の準備を手伝う。


 今日はお花たちのテンプラだ。

 それは様々な香りを伴って、僕たちに花園の景色を想像させた。


 いつかきっと、あの花畑にハナを連れて遊びにいこう。

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