36.出入り自由のマーケット
「フリーマーケットの開催を宣言するです!」
アズの声が村の広場に響いた。
みんながまばらな拍手をする。
その日、村の広場には多くの露店が立ち並んでいた。
内容はバラバラで、食べ物の露店もあれば日曜雑貨や魔道具、冒険者が古い装備を売っている店なんかもある。
ついこの間の精霊祭と称された蹴鞠大会。
その際に村のみんなが料理を持ち寄っているのを見て考えたアイデアだ。
数日前から他の村や街に宣伝をしに回った。
羊皮紙を使っての貼り紙など、少し費用はかかったが村の振興への必要経費だろう。
そうした宣伝が功を奏し、他の街から大勢の客を呼び寄せることに成功した。
他の街では商人や鍛冶屋のギルドが存在している。
しかしこの村にはそんなものは無い。
それは最低限の生活すらも保障されない反面、こうして自由に商売をできるという利点があった。
昔はそんなことをすれば他の街からでもギルドが嫌がらせをしにきたりしたようだが、精霊がいなくなり荒廃した今となってはこんな辺境の田舎まで気にしている人は誰もいなかった。
今日は宿も大賑わいで、部屋が足りずに村の役場を貸し出している。
もう一軒ぐらいは宿があってもいいのかもしれない。
そんな今後の村の展望を考えながら露店を歩き回る。
今日の僕は実行委員として、治安を守る係だ。
有事の際のために契約の本は携帯している。
何かあったらミズチかサナトでも呼ぶつもりだった。
ぶらぶらと露店を回っていると、ハナとユキの露店が目に入った。
「二人とも、売れてる?」
「主様!」
「よっす、主くん」
彼女たちの店は食べ物の露店だ。
氷菓子にワガシ、保存食などが置かれている。
「そこそこ売れてますよ。みんなお団子とかを物珍しそうに買っていってくれます」
ハナは笑顔を見せた。
この辺でワガシを食べられる場所なんて無い。
そうでなくても甘味自体も余裕がなければあまり食べられない物だ。
甜菜糖やアズキの原産地として有名になれば、結構なお客さんが期待できるかもしれない。
「へえ。盛況なら良かった良かった。これは? お団子?」
僕の問いにユキが答える。
「んっふっふ。これは大福アイス。自信作だよ」
銅貨を置いて一ついただく。
周りがもちもちっとした生地でできていて、口に含むと中のミルクアイスと外の柔らかな生地が合わさり優しい甘さを奏でた。
「優しい味だ……。おいしい……」
「でしょー?」
ユキの言葉に頷くと、近くの露店から威勢の良い声が響いた。
「あちらはあちらで先程から楽しそうな感じですねー」
ハナが指す方を見るとそこではミズチが焼き物を販売していた。
隣ではカシャが火を吹いて、何やら客寄せのような演出をしている。
「さあー! こちら水神印のありがたいツボ! お守りにいかがでありますかー!」
「……ちょっと行ってくる」
僕はハナたちに別れを告げて足早に歩き出した。
☆
「うぅー……。自分は悪いことは何も……」
「水神はまずいって言ったろ……! そんなご利益のあるツボとか売り出したら異端審問官がやってくるぞ……!」
急遽ミズチのスペースの販売を差し止める。
下手したら村ごと異端とみなされるかもしれない。
「ご利益があるだなんて一言も言ってないでありますよー。水神印のツボって言っただけでー」
ミズチは口を尖らせた。
「……お守りだとかも言っちゃダメ。実際に効果があるならまだしも」
「イエス、マスター。偽薬効果。思い込みはパワーです」
「それを詐欺っていうんだ……」
カシャの言葉に僕は頭を抱える。
「……いいかい、ミズチ。君の陶器はきちんと売れるものだから、そんな変な文句は付けなくても売れるよ」
毎日のように泥をこね回したミズチの作った陶器は、今では立派な商品と言えるぐらい形が整っていた。
芸術性なんかがあるようには僕には見えないが、それは実生活で使うのに不便がないものだ。
「……わかったのであります。今度は心を入れ替えて、技術力を認めてもらうのであります」
ミズチは力強く頷いた。
「うん。マークを掘ってわかりやすくするのはいいと思うよ。ブランドっていうのは信用だからね」
例えば「王室御用達」なんて売り文句もブランドの一つだ。
そうやって商品に付加価値を付けることで、商品価値を上げていく。
ミズチの技術が認められればそれは評価として値段が上がる結果につながることだろう。
「……それにこのマーク、結構かわいいじゃないか」
そこにはデフォルメされた”カッパ”が掘られていた。
契約の本の水虎の絵として描かれていたイメージから、何倍も可愛らしくなっている。
「えっ!? そうでありますか!? ……いやー、実は自分もそう思っていたのでありますよ~!」
彼女はその顔にニコニコとした笑顔を浮かべた。
「自分は天才でありますからな~! つい本気出しちゃったのでありますか~!」
彼女は皿やツボをマークが見えるように並べ直す。
「……う、うん……まあ頑張って」
ちょっと褒め過ぎたかもしれないが、まあ子どもや女性はああいう絵柄を好むかもしれない。
僕が乾いた笑いを浮かべていると、広場に女性の声が響いた。
「ああっ! 誰かその方をお捕まえください……! えっと、盗難……強盗……なんだっけ……」
その声に視線を向ければ、人だかりをかき分け走る男。
盗人か何かか!?
思わず彼の進行方向に飛び出る。
しかしよく見ればその男はなかなかに筋肉ダルマで、僕なんて一撃で吹き飛ばされそうな体格をしている。
「邪魔だどけえ!」
「ひぇぇごめんなさい!」
思わず僕が謝ったのと同時に、彼は盛大に足を取られて転倒した。
我に帰り、彼を上から押さえ込む。
それを見た周囲の男たちも僕に続いた。
「押さえろ!」
「ひったくりか!?」
次々と折り重なって、何とか容疑者を押さえつける。
……つ、捕まえられた……。
僕が息を整えつつ顔をあげると、満足げに笑うサグメの姿がそこにあった。
「――いやぁ、人が多くなると物騒になるもんだ。何かしでかすヤツってのは雰囲気が違うね」
彼女はそう言ってその場を離れる。
……あいつが男に足をかけて転ばせてくれたのか。
彼女の背中を見ながら心の中で感謝の言葉をかけると、先程声をあげた女性が駆け寄って手を差し伸べてくれた。
「おお、ありがとうございます。助かりました。感謝、感謝」
彼女は二十過ぎほどの眼鏡をかけた背の低い女性だった。
髪は長く、ゆったりとした白のローブに身を包んでいる。
彼女は僕を起こすと、男が取り落とした綺羅びやかな装飾の箱を拾い上げた。
僕は彼女に尋ねる。
「あなたの物ですか?」
彼女は表情を浮かべずに頷いた。
「ええ、祖父の遺品です。良かった、良かった」
「遺品?」
今日のフリーマーケットに合わせて売りにでも来たのだろうか。
「ええ。こちらこの村に埋める許可などもらいたいのですけれど、誰かお知り合いでしょうか、ええと、ここのリーダー……ヘッド……」
彼女の言葉に、僕は尋ねる。
「……もしかして、村長? それなら僕だけど……」
僕の言葉に彼女はポンと手を叩いた。
「そう、それです」
☆
騒ぎを聞きつけたエリックが男を拘束する。
事情を確認したあと、街の衛兵に突き出す予定だ。
サグメが後をついていくのが見えたので、まあ問題はないだろう。
……つくづくおせっかいな妖怪だ、天邪鬼。
僕は眼鏡の彼女を連れて、村の共同墓地へと向かう。
「はじめまして、わたくしファナと申しまして」
道すがら自己紹介をした。
彼女は僕の実家の更に南、王都からわざわざこの村までやって来たようだった。
「ええっと、一応中身を確認させていただいても……?」
「どうぞどうぞ。中には祖父が使っていた帽子が入っております」
彼女の持つ装飾箱を開くと、そこには街の神殿に勤める司祭が冠るような帽子が入っていた。
どこかで見たような覚えがある。
箱の中を確認するが特に二重底などではないし、さすがにこの帽子が呪われた品とかではないだろう。たぶん。
「この村に縁のある方なんですか?」
僕はそう言いながら箱に帽子をしまい、彼女へ返す。
「ええ、ええ。祖父は生前に不治の病を患っておりまして。命が尽きる前にと諸国を旅していました」
旅の司祭かぁ。
珍しい人もいるものだ。
「それで祖父はこの村にも立ち寄ったそうですが、その時……接待……招待……」
「……歓待かな」
「そう、それです。それを受けたようで」
そんなことがあったのか。
僕が初めて来たときは暮らしが行き詰まっていたせいか、歓迎されたとは言えないような扱いだった
しかし、もっと昔は旅人に優しかったのかもしれない。
「その時に祖父はこの村で、神の奇跡を見たとか」
「……奇跡?」
「ええ、ええ。なんでも一瞬にして桃源郷のような宴会の席を用意するだとか、多くの水の恵みをもたらすだとか」
んっ。
僕は彼女に尋ねる。
「……その司祭様、亡くなったのはいつ頃で……?」
「つい先日の事で。安らかに眠りました」
ああ、もしかして……。
「……では僕がお会いした司祭様かもしれませんね」
エリックとマリーの結婚式に立ち会ってくれた老齢の司祭様。
彼の孫娘がこの子なのだろう。
僕はその時のことを思い出しながら言葉を続けた。
「……その節はお世話になりました。ちょうど村で結婚式を挙げる夫婦がいたところで」
「ああ、なるほど。祖父から聞いています。結婚式は街の神殿と同じ方式で執り行ったとのことで」
そんな話をしていると、村の共同墓地へ辿り着く。
村の外れで、死者を弔った後に土葬してその上に建てた墓標が並ぶ地だ。
「……埋める場所はどこでも良いですか?」
「ええ、ええ。祖父も喜びます」
僕は持ってきたスコップで、空き地に穴を掘る。
彼女は亡くなった司祭様のことを思い出したのか、遠くを見つめた。
「祖父は旅先の諸国で、荒廃した土地に困窮する人たちを見て嘆いていました」
彼女は淡々と言葉を続ける。
「その中でも希望を持って暮らすこの地の人々に励まされたようです。それでこの地に是非自身も何かを遺したいと」
「……なるほど。司祭様が見守ってくださるなら心強いです」
神殿の教えによる埋葬の手法では、死者の身につけていた遺品を共に棺桶に入れる。
その一つをこの地に埋葬するということは、それだけこの地を訪れて勇気づけられたということだろうか。
僕はそんなことを思いながら浅い穴を掘り終えた。
そこに装飾箱を埋め込み、土をかける。
「こちら、埋葬は普通の土葬をしておられるのですか」
彼女が自身の眼鏡のツルに指先を当ててそう言った。
……普通じゃない土葬というのはどんな土葬なんだろう……。
「え、ええ。僕は街の出身ですが、特に変わりはないですね」
僕が来てから出た死者は老衰で亡くなった方が一名いただけだ。
その際も、街などで行う葬式と同じ様式で弔いを済ませている。
「なるほど、なるほど」
彼女はそう頷くと、首を少し傾けた。
「……もしよろしければ少しの間、わたくしも村に……屯留……拘束……ええと」
「……滞在?」
「それです。……よいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。司祭様の見た景色を見ていってください」
「……ありがとうございます」
僕の言葉に彼女はその顔に表情を浮かべぬまま礼を言った。
☆
彼女を宿に送り届けた後、僕は広場へと戻った。
サナトがムジャンの作ったナイフを振り回しての実演販売などを行っている中、僕は何冊かの本などを買い集める。
父の書斎で読んだ本の知識は、何度かこの村でも僕を助けてくれた。
この先も知識に救われることはあるかもしれない。
そうして広場を回っていると、突然物陰から一人の怪しげな男が話しかけてきた。
「ニイさん……あんた、同じ匂いを感じるぜ……。ちょいと来てくれ」
彼は僕を手招きする。
何かヤバイ物でも売っているのだろうか。
だとしたら市場を取り仕切る者として見過ごすわけにはいかない。
僕は危険を承知で広場の中心から離れると、彼へと近付いた。
「こいつでさぁ……」
彼が懐からそれを取り出す。
「こ、これは……!?」
それは数枚の羊皮紙だった。
そこには裸婦の姿が書かれている。
「……海の怪物クラーケンってヤツです」
その裸婦はクラーケンに絡みつかれ、徐々に服を剥ぎ取られていく過程が書かれていた。
横には詳細な状況を説明した文が書かれている。
なるほど、これは魔物の姿と恐ろしさを描いた作品というわけか……!
なんて恐ろしい絵だろう!
これは後学のために是非保管しておきたい!
「……いくらで?」
「金貨一枚……。貴重な絵なんで、一銭足りともまかりませんぜ」
高い。
しかし、歴史的資料価値を考慮してもその値段は妥当な物だろう。
僕は黙って懐から金貨を取り出し男に渡した。
「へへ、毎度」
男はそう言って去っていく。
……ふう、いい買い物をした。
満足げに空を見上げる。
「……うわ、えっちぃ絵です」
「うわあああ!」
その声に驚いて飛び退く。
そこにいたのはアズ。
「な、な、な、なんでアズ!?」
「ふっふっふ。音を司るこの小豆あらいの耳を誤魔化せると思ったら大間違いです、マスター」
彼女はそう言って耳の先をぴくぴくと動かした。
「こ、これは……その……」
頭の中で言い訳を並べ立てるが、流石にこの状況は万事休すか――。
「……ど、どうか、ご内密に……」
僕の言葉にアズは少し考える。
「……まあ、アズは理解のある心の広い妖怪ですから」
アズはその顔に笑みを浮かべる。
「屋台の料理全種制覇、よろしくです」
☆
僕はアズが満足するまで一緒に屋台を回った。
様々な珍しい料理をアズに買い与えつつ、怪しまれないように他のみんなにも奢りつつ。
う、うう。
今日一日でだいぶ散財してしまった……。
しかし、無事にフリーマーケットも成功した。
これからも定期的に開催すれば、さらなる客足が見込めるだろう。
僕は村の未来に希望を抱きながら、その日を終えたのだった。
――そう、このときはまだ思ってもみなかったのだ。
屋敷の中とは、ハナのテリトリーであるということに……。
僕がそれに気付いたのは、後日。
ベッドの下に隠したはずのクラーケンの絵が、居間のテーブルの上で出迎えてくれた時だった――。