34.エキサイティングシュート
「先生ー!」
僕が村の中央広場を歩いていると、子どもたちに声をかけられた。
最近では子どもたちの姿をよく見る。
移住してきた家庭が増えてきたというのもあるし、家の財政に余裕ができて家業に追われる以外の余暇も出来たということだろう。
そんな村の新しい息吹を肌で感じつつ僕は振り返る。
「――避けて!」
「……は?」
次の瞬間、バシィッ! と僕の顔面に布の塊が衝突した。
☆
子どもたちに謝られ、僕は鼻の痛みを感じつつ家に帰った。
布を丸めてボールを作って遊んでいたらしい。
いつの時代も子どもはヤンチャだ。
とはいえ元気なことは悪いことではない。
僕も小さい頃は兄貴と一緒に、よくわからないまま頭蓋骨の形に掘った木の玉を投げて遊んでたっけ。
使用人にめちゃくちゃ不気味がられて父に叱られたのもいい思い出だ。
兄貴許さない。
家に着いた僕は昼食を食べつつハナに先程の出来事を話す。
今日の昼食は麦粉に卵と青キャベツ、お肉を混ぜて焼いたパンケーキのようなものだ。
トマト風味のソースをかけていただくらしい。
口に入れるとふんわりとした食感から続けて繰り出される芳ばしい香りとソースの酸味。
さまざまな味が織り成す、ある種の暴力性さえ感じさせる味のハーモニー。
「これは……うまい……! 味覚の革新だ……!」
僕が毎度のことながら出された料理の味わいに感動していると、ハナはその大げさな振る舞いにクスクスと笑った。
「お好み焼きと言います。お口にあったようであれば幸いです」
ハナも食卓に着き、先程の話題に戻る。
「球蹴りですか。みんなで球を蹴り上げるんですよね。見たことがあります」
なんだかハナが想像している遊びは僕の想像しているボール遊びと少し違うような気がする。
それにハナは座敷わらし。
家の中の事なら得意だろうけど、あまり外の遊びをしたことはないはずだ。
……それなら。
「じゃあハナ、一緒にやってみようよ」
☆
以前なめし革に加工したヒポグリフの革を倉庫から取り出す。
塩漬け後に毛や脂を取り除いた後、再度塩と脂に漬け込んで天日干ししたものだ。
それを手の平より少し大きめのサイズの円形二枚に切り抜く。
そうしたらその二つを縫い合わせる。
裁縫仕事はハナにも手伝ってもらった。
僕がやったら、見るも無残な姿になること請け合いだ。
できた袋に小豆を詰めて、その入口を閉じる。
「……はい、立派な蹴鞠の完成です!」
ハナはリビングの照明に照らすように、そのボールを高く掲げた。
「おおー」
ぱちぱち。
僕が手を叩くと、ハナは胸を張ってボールを足元に落とす。
「てやっ!」
すかっ。
ぽてん。
ボールが床に落ちる。
ハナと視線がぶつかった。
「……こほん」
ハナは咳払いを一つして、ボールを拾った。
「……家内安全、幸運招来……」
ハナが小さく呟くと、その瞳に薄い青色の魔力がともった。
彼女はボールを落とす。
球はまるで運命に吸い寄せられるかのようにポーンとハナの足にあたって、僕の手元に飛ばされてきた。
僕はそれをつかむ。
ナイスキャッチ。
……今、ものすごい妖怪の力の無駄遣いを見た気がする!
「見ましたか主様!」
「う、うん……」
案外負けず嫌いなんだね……。
心の中でそうつぶやくと同時に、背中から声がかけられた。
「ほほう……小豆を足蹴に……」
ビクリとして僕は振り向く。
いつの間にそこにいたのか、そこにはアズの姿。
「あ、いや、これは……その」
「いえ、本来の蹴鞠も中に穀物を入れますし、それはべつにいいです」
そうは言いながらもちょっとだけ不服そうなアズ。
ご、ごめん。きっと非常食にするから……。
「……それはともかく。アズは思いついたです」
アズの言葉に僕とハナは首をかしげる。
「妖怪蹴鞠大戦の開戦です!」
☆
「いぇーい! 乗ってるかいべいべー! です」
謎のアズの煽り文句に会場の村人たちはわきあがる。
その夜、村の広場ではアズが木の台に上がって第二回精霊祭が開催されようとしていた。
ちなみに第一回はノームを誘い出したスモウ大会のことらしい。
カシャがライトアップを行い、周りでは各家庭の料理を持ち寄った露店が並んでいた。
……これは経済の振興にもいいかもしれない。
そんなことを考えつつ露店で買ったふかし芋を食べていると、マラカスを口元に寄せてアズが叫んだ。
どうやらあれは拡声魔法のような効果があるらしい。
さすが音の妖怪だ。
「今日のチャレンジャーはこのイカれた六人でーす!」
六人?
「笑顔眩しい座敷わらし、ハナー!」
ハナが正面の台の前に立って、手を振る。
大丈夫なのか……?
どうもハナは運動は苦手な感じがしているのだけど……。
「次は……今日も元気だきゅうりがうまい! 体力バカの水神ミズチー!」
「バカとは何でありますかー!」
アズの紹介にミズチが叫ぶ。
「そして頼れるお姉さん! 風の天狗サナトー!」
「あらあらー」
いつも通りの笑顔を浮かべてサナトは立つ。
「氷のような冷たい対応も一部の人には大人気! ユーキー!」
「……アズちゃんがそれ言うの?」
苦笑しつつみんなに手を振るユキ。
「そして神出鬼没の男装の麗人! サグメー!」
「……はぁ。しょうがない、付き合ってやるか……」
口ではそんなこと言いつつ、いつもと違ってやたらと動きやすそうな半袖半ズボンの姿になっている彼女。
あいつやる気まんまんだ。
「そして最後は! 我らが村長ー! セーム・アルベスクー!」
村人たちから歓声が上がった。
「……はぁ!?」
☆
なぜかそんな人外の宴に一人混ぜられ、僕は彼らと共に円となって並んだ。
「ルールは簡単。このダイタローの身長より高く蹴る。次の人はそれを蹴る。取れない人、もしくは地面に描いた四角の外に蹴り出した人は失格です」
アズに紹介され、ダイタローは頭の後ろに手を当てて不器用な笑顔を浮かべた。
彼の今の身長は二メートルほど。
それを越えるには、そこそこ高く蹴り上げなければならない。
そして地面に描かれた四角の範囲は五メートル四方ほどだ。
この中に入れる為には垂直近くに蹴り上げなくてはいけないだろう。
本来は足の裏を見せてはいけないなどの細かなルールがあるらしいが、今回は観客へのわかりやすさを優先して省略することとなったようだ。
……とはいえ、さすがに人外の運動能力を持つ彼女たちに僕が勝つことなどできないだろう。
人類代表としては戦闘前から棄権を申し上げたい。
「そして優勝商品はー……村長であるマスターによる熱い抱擁と口付け! 副賞としてマスターが一日言うこと聞く券です!」
「はぁ!? ちょっとアズ!?」
「アズちゃん!?」
僕とハナの抗議の声をかき消すように、観客席が盛り上がる。
「オラー! ボスぶちゅっとやっちまエー!」
汚い野次が飛ばされた。
畜生! 今言ったヤツ誰だ!
「大丈夫、勝てばいいです」
アズは笑いながらそう言って、球を振りかぶった。
「さあ試合開始です! 最初はマスターから! せーのっ」
ぶん、とアズは腕を振り抜く。
「おーれっ!」
彼女が投げた球は僕にめがけて放物線を描く。
「うおおおお!」
慌ててそれを蹴り上げた。
何とか高くは上がった。
「マスター、次の相手を使命するです!」
あっ、僕が!?
「……ミズチ!」
視界の端に映った彼女の名前を呼ぶ。
彼女はそれに合わせて地面を蹴り、試合場の中央へと躍り出る。
「負けないのであります!」
スライディングするように地面を滑り、落ちてくる球を蹴り上げた。
「ハナ殿!」
ミズチが蹴り上げた球は、ほぼ垂直に打ち上がる。
入れ替わりにハナが四角の中に入った。
「――絶対に負けるわけには……! 村の中なら、きっと……!」
彼女は精神を集中させるように胸の前に手をかざした。
「幸運招来――!」
ハナはカッと目を見開き、足を蹴り上げた。
「とあー!」
ぽてん、ぽてんてん。
ボールに足は当たったものの、そのまま球は勢いをなくして転がっていく。
高さが足りない。
「ハナ、あうとー」
アズの声が響いた。
☆
「じゃあ次はボクから行こうか」
ハナが抜けてサグメが球を蹴り上げる。
「――サナト」
サグメは次の相手を指定する。
綺麗に放物線を描いたその球を、サナトが蹴り上げた。
「――じゃあ次はー……ユキちゃんっ」
サナトの声と共に、球は高く蹴り上げられた。
それは高く高く、あらぬ方向へと飛んでいく。
「むっ。これは流石にアウトですか……」
アズの言葉にサナトは笑みを浮かべた。
「ふふ……それはどうかな~」
彼女が片方の手の平を顔の前に垂直に立て、何かをつぶやく。
すると周囲に風が巻き起こった。
大気の流れは上空のボールの動きを変える。
「……これ、風操ってない!?」
僕は声をあげた。
反則だ!
「んー? 偶然じゃないかなぁ。お姉ちゃんわかんないなー」
サナトはそう言って笑う。
――しかし。
「――冷えて凍るは吐息の精」
ユキの声が聞こえた。
途端にゾクリとした悪寒が走る。
寒い。
そう思った瞬間、トスンとボールの落ちる音がした。
同時に周囲に風が吹き荒ぶ。
ボールを見ると、地面に書かれた枠の外にしっかりと突き刺さっていた。
サナトは驚きにその目を見開く。
「――温度差による下降気流」
ユキは呟いた。
彼女はサナトを指差す。
「空気を操れるのは、あなただけじゃないんだから」
彼女はそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた。
☆
サナトが抜けて、一巡して僕の番。
僕の蹴り上げた球をミズチは難なく打ち返し、サグメへとパスを出す。
サグメもそれを高く蹴り上げ、ユキへと繋いだ。
「……さって。主くんには悪いけど、直撃してもらおうかな~」
その顔に余裕の笑みを浮かべながら、球を迎えるユキ。
じょ、冗談じゃない。
さっきの速さで落ちてくる球なんて受けきれないぞ……!
僕がそんなことを思っていると、横でぽつりとサグメが呟いた。
「――おっ、今日はピンクかぁ。そんな可愛らしいの履いてて動きにくくないのかねぇ」
サグメの言葉に、ユキが振り向いた。
「……は?」
一瞬彼女の動きが固まる。
「――ハァ!?」
彼女は慌てて自身の白のショートパンツを押さえた。
横でボールが落ちていく。
ユキは顔を赤らめながらパンパン、と自分のショートパンツの裾を叩いて何かを確かめる。
そんな彼女の様子をみて、サグメはその口元に笑みを浮かべた。
「……う・そ」
「あ……あんた――!」
怒りのためか更に顔を赤くするユキの横で、アズが手を上げた。
「ユキ、あうとー」
☆
残り三人となり、僕が球を蹴り上げる。
「――さて」
ミズチが薄く笑って、落ちてきた球を蹴り上げた。
「そろそろ決着をつけるのであります」
サグメは空を見上げる。
「……ふむ」
彼女はそう呟くと、棒立ちのまま球を見送った。
球は地面にぼてりと落ちる。
「……サグメ、あうとー」
アズの声が響く。
「……まあ小細工がわかっていても、対応ができるかといえばそうでもないからね」
サグメはため息をつくと、その場を離れた。
……小細工……?
「さあついに残り二人! 果たして勝利を手にするのはどちらかー!」
アズの言葉に観客席が盛り上がる。
……サグメが諦めたのには何か理由があるはずだ。
僕は考えを巡らせつつ、ボールをつかんだ。
……これは。
少しだけ、湿っているような気がした。
「……なるほどね」
僕はボールを蹴り上げる。
相手が正々堂々と戦っているわけじゃあないなら、こちらも正々堂々ルールの裏をかくだけだ!
「――これで終わりでありますよ! ご主人!」
ミズチが球を蹴った。
その球はゆらりとその輪郭をぶれさせながら落ちてくる。
これを――全力で蹴り上げる!
ズシン、と重い感触が足を襲った。
水分。
ミズチはやはり、蹴り上げる際に水を染み込ませて来た。
水を含んだ球の重量はかなりのもの。
全力で蹴り上げるも、それは1メートルも上がらない。
「あーっとここでマスターがアウ――」
アズの言葉を遮って、僕は叫ぶ。
「――ダイタロー! 背中にお化け!」
「えええええー!?」
シュシュシューンとダイタローの身長が五十センチほどに縮んだ。
ボールはダイタローの身長を越えて打ち上げられ、地面に描かれた枠の中へと着地する。
そう、ルール上はセーフのはずだ。
ダイタローの身長である五十センチを越えたのだから。
「……ミズチ、あうとー」
アズは声をあげた。
観客席から歓声が上がる。
「そ、そんなインチキ!」
「インチキはどっちだよ!」
ミズチの言葉に僕は叫びつつも、その後すぐに壇上に乗せられて酒を浴びせられた。
いぇーい、僕が初代チャンピオンだー。
……あんまり嬉しくはないけれど。
☆
次の日、僕は筋肉痛で一歩も動けなくなっていた。
動きの少ないスポーツだと思っていたが、結構体に負担があるらしい。
「ハ、ハナー。お水……お水ちょうだい……」
僕が呼ぶと、ハナはすぐに来てくれる。
「はいはい主様。何でも言ってくださいねー」
なんだか今日はいつも以上にハナが優しい。
「主様は昨日とっても頑張りになられたので、今日はゆっくりお休みください」
ハナはそう言うと、鼻歌交じりに部屋を出て行く。
……まあ、ハナが喜んでくれるなら僕も頑張った甲斐があるというものだ。
自堕落な快楽に身を任せ、僕は力を抜いてベッドに突っ伏した。