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異世界の果てで開拓ごはん!~座敷わらしと目指す快適スローライフ~  作者: 滝口流
第二章 精霊復古の召喚士と太古の竜神
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33.男性特攻リーサルウェポン

「あ、ご主人さまー」


 ドワーフの製鉄所の火入れを行うとのことで向かっていたところ、その前で偶然ダイタローと出会った。

 2mほどの大きさとなって歩いていた彼は、僕の姿を見つけると不器用な笑顔をその顔に浮かべて手を振りながら駆けてくる。



「こんにちはダイタロー。何か山に用事でもあったのかい?」


 村の東に位置する、鉱山のふもとの製鉄所。

 その先にあるのは山々ばかりで、特に何か特別な物があったわけではないと記憶している。



「はい、ご主人さま。実はあれから毎日、山を押してるんです」


 のほほん、と彼は言う。


「え……!? べ、べつにそんなことしなくてもいいんだよ……」


 なんとなく申し訳ない気持ちになってしまう。

 確かに彼を喚び出したのは、山を動かすなんて壮大な事業を考えてのことだった。


 しかしだからといって毎日通いつめてまでしてもらうほどではない。


 東の港町への交易路の整備なんて……もう……いいんだ……。


 僕のそんな思いをよそに、彼は後頭部に手を当てて笑う。



「いえ、なんだか、続けていればいつかできるような気がしてきて」


 彼の口ぶりからして、順調に自信はついていっているようだった。

 押せるかどうかはともかく自信がつくのはいい傾向だ。



 そんな会話をダイタローと交わしていると、製鉄所の中から怒鳴り声が聞こえてきた。


 いったい何があったのかと思ってダイタローと顔を見合わせる。

 扉を開けて中を覗くと、ドワーフのムジャンとエルフのイスカーチェさんが言い争いをしているようだった。



「だからそのうちやるって言ってんだろ!」


「そのうちとはいつかと聞いているんだ! 村に被害が出てからでは遅いのだぞ!」


 もう何度目かにもなるその口論を見て、僕はため息をついた。



「……またですか」


 二人の口論は初めてのことではない。

 ドワーフとエルフは水と油の関係なのか、彼ら二人は事あるごとにその意見をぶつけ合っていた。



「まずは事業を軌道に乗らせる! そうすりゃ予算もたくさん使えらぁ!」


「排水排煙で土壌や大気が汚染されては、過去の人魔戦争の繰り返しだ! そうでなくともロック鳥は縄張りを汚されることに敏感なのだ!」


「だから濾過設備が整うまでは精霊様方にお願いしてちょいと綺麗にしてもらうって言ってんだろう!」


 製鉄所の中に二人の声が響く。

 ちなみに中はまだまだがらんどうに近く、大きな石造りの空間の隅に小さく炉と作業スペースがあるだけだ。

 製鉄所・鉄工所というよりは、鍛冶屋・工房というような施設に近い。


 僕は間に入って、「まあまあまあまあ」と二人をなだめた。



「お二人とも落ち着いて落ち着いて」


 僕を挟んで二人ともそっぽを向く。

 どちらも普段は温厚な人たちなのだが、顔を合わせるといつもこれだ。



「……えーとまあ、何があったのかは大体わかったので、もう少し冷静に話し合いましょう」


 僕の言葉に二人はお互いを指差し合う。


「私は!」


「俺は!」


「冷静なのに!」


「こいつが!」


 そんな二人の様子を見て、僕は頭を抱えた。




   ☆




「えーとつまり、ムジャンは鉄工業が軌道に乗るまではそこまで環境には影響も出ないし、規模が大きくなったらきちんと対策もすると」


「おう」


 椅子にどっしりと座りつつそっぽを向いて彼は答えた。



「イスカーチェさんは、今のままだと煙のせいでロック鳥の縄張り意識を刺激すると」


「そうだ」


 椅子に腕を組みつつ座りながら、頬を膨らませて彼女は答えた。



「それは風の元素精霊(サナト)の力を使ってもダメなのかな?」


「……ロック鳥は遠くから獲物の臭いを嗅ぎつけ襲いかかる猛禽類。その嗅覚は他の生物より何倍も鋭く、多少風に散らしただけでは効果がないだろう」


 僕の問いに彼女は答える。


「鳥類は縄張り意識が強い。異臭の原因となる人族を襲い出すのも時間の問題だ」


「ふーむ」


 つまりこのまま鍛冶屋の営業を開始すれば、ロック鳥と生存圏をかけた縄張り争いを繰り広げることになるというわけか。

 しかし農耕畜産が安定してきた以上、ここで問題を生じさせてその勢いを止めたくはない。



「……とりあえずロック鳥をどうにかしなくちゃいけないのかな」


 僕の言葉にイスカーチェさんは眉をひそめた。

 ……その様子を見るに、生態系を無理矢理弄って欲しくはないのだろう。



 どうしたものかと考えていると、ドアをバーンと勢いよく開く音が轟いた。



「話は聞かセてもらっタ! 俺に任セロ!」


 そのしわがれた声の先に、彼はいた。



「……あト、この鍋直しテ!」


 穴の空いた古びたフライパンを掲げながらガスラクはニカッと笑った。




   ☆




「ウッウゥ~! タッメィゴゥ~」


 ダイタローに肩車をされて、ガスラクは機嫌良さげに歌をうたっていた。


 村の東の山岳地帯。

 この周辺にロック鳥の巣があるとイスカーチェさんは言っていた。



「た、たっまーごー」


 ガスラクの歌に、ダイタローが続ける。


「ノンノン、タッメィゴゥ~」


 ガスラクはダイタローに歌を指導する。

 ゴブリンの歌は旋律よりも発音に重きが置かれているようだった。


「た、たーめーごー」


 二人の謎のハーモニーを聞きながら歩いていると、突如目の前に何かが落ちてきた。


 パシャン、と音をたてて目の前の地面に広がる白い液体。

 上を見上げると上空に鳥の影。


 おそらくは、それがロック鳥の糞だろう。

 よくみるとあたりの岩棚には無数の白い跡がついていた。


 その跡が収束する地点へと進み、その上を見上げる。



「……あれだ」


 そこには崖の上からはみ出した、木の枝を寄り集めたような鳥の巣の影が見えた。

 おそらくあれがロック鳥の巣だろう。


 しかし高さはおおよそ20mほどだろうか。

 とてもじゃないが登るのは無理だ。



「ガスラクどうす……」


 僕が声をかけようとすると、彼はニッと笑ってフライパンと金属のおたまを取り出す。



「ギャギャー!」


 ガンガンガンガン! とそれを打ち鳴らし始めた。

 あまりの騒音に僕は耳を押さえる。

 彼の下では僕と同じく耳を押さえたダイタロー。


 上を見れば、空には旋回しつつこちらへ近付く鳥の影が見えた。



「降りてコーい!」


 彼の言葉に従ってか、それは僕たちの前に降り立って羽をしまう。


 ロック鳥。

 全長3メートルほどの巨大なワシだ。


 その瞳は獲物を狙うようにこちらを()めつけており、僕は思わずダイタローの背中に隠れた。


 僕と対照的にガスラクはダイタローから降りて、ロック鳥の前に躍り出る。



「ギェギェ! お話、しに来タ!」


 ガスラクはロック鳥に笑いかける。


「ここ俺ラ縄張リにするから、俺ガお前のボスな!」


 ガスラクの声を聞くと、ロック鳥はその翼を大きく広げて声をあげた。


「クオーーゥ!!」


 ビリビリと鼓膜がしびれる。



「ガ、ガスラク、この子なんて言ってるの!? 友好的とは思えないんだけど!」


「ああ、大丈夫ダ!」


 僕の方を振り向くガスラク。

 ロック鳥はバッサバッサと羽を動かすと、宙へと浮き上がった。



「コドモ、上にいるっテ! なんか、連れてっテくれるみたいダー!」


 ロック鳥はガシッとその二本の足でガスラクの肩をつかむと、そのまま上空へと運んでいく。


「クオォ」


「エー? ゴハン準備したっテ? イイナー、オレも腹減ったゾー」


 バサ、バサ。



「ガ、ガスラク……」


 僕は唖然としてそれを見送った。



 ……っていや、見送ってる場合じゃない!



「ガスラク! ごはんってお前のことだろー!」


「エー? なんだー? ボスー?」


 羽音で僕の声が上手く聴きとれないのか、ガスラクはのんきに吊り下がりながら上空へと昇っていく。


 いやいやいや!

 ガスラク! ちょっと!


「そうダ、玉子一つくれヨー! ボスにまたプリン作っテもらうんダ!」


「クオーゥ!」


「ええー!? 俺ヲ食うってのカー!?」


 上空で何やらガスラクが騒いでるが、僕にはどうしようもできない。


 ど、ど、どうしよう!

 サナトを呼んでくるか!?


 狼狽える僕の肩を、ダイタローが優しく叩いた。




「大丈夫、ぼくに任せて」


 彼はそう言うと、僕を軽々肩に乗せる。



「捕まってて、ご主人さま」


 彼がそう言うと、突如体が宙に浮かぶ感触がした。

 横を見ればぐんぐん地面が離れていく。


 ダイタローの体がどんどん大きくなっていく。

 その大きさはすぐに、ガスラクを担ぐロック鳥に手が届くほどの巨体へと姿を変えていた。



「クオーゥ!?」


 ロック鳥が驚きに声をあげ、ガスラクを手放す。



「ガスラク!」


「ギャー、ボスー!」


 間一髪、空中に投げ出されたガスラクの手をつかむ。



「危ヌェー! ボスゥゥゥ! ありがとウゥゥゥ!」


 全力で彼の体を支えると、ダイタローの肩へと引き上げた。

 ガスラクの体が小さくてよかった。

 普通の人間だったら落としていたところだ。



「チクショー! 俺を食う気だっタ! 許せネー!」


 いや、君も卵を食べる気だったでしょ……。

 僕はそう思いつつも、呆れてツッコミを入れる気力もなかった。



 ぐんぐんダイタローの体は大きくなっており、ついにはロック鳥の巣を見下ろす程の大きさへと到達する。

 いったい、いつの間に彼はこんなに大きくなれるように成長していたのだろう。


 ロック鳥の巣の中を覗く。

 そこには二つの卵と、孵ったばかりと思われる雛の姿があった。




「クオーゥ!」


 ロック鳥がそれを庇うように巣の上に覆いかぶさる。

 その瞳には、決して引くことを許さない決意の色が見えた。



「ガスラク」


 僕は声をかける。



「通訳、お願いしてもいいかな」




   ☆




 ロック鳥の巣を東の山へと移動する。

 警戒されながらもダイタローに運んでもらって、お互い納得のいく位置へと折り合いをつけさせてもらった。


 あくまでもこれは村との距離を離しただけの、一時的な措置だろう。

 そのうち人間との間で縄張り争いがまた起きるのかもしれない。


 でもきっとその時までには、ダイタローが山を動かせるような大きさになっているのではないかと思う。


 僕たちは他にも住んでいた付近のロック鳥たちの巣も移動させ、帰路についた。

 これでイスカーチェさんも納得してくれるだろう。



 しかし、そんな僕の思惑をどこかに投げ捨ててきたかのように今夜も酒場では口喧嘩が行われているのだった。



「だっかっら! 俺は大丈夫だって何度言ったらわかるんだ!」


「大丈夫なわけあるか! きちんと粉塵対策もしなければいかんと言っているだろう! それとも何か!? ドワーフの肺には交換可能なフィルターでも付いているのか!?」


 僕はカウンターに座ってため息をつく。

 どうしてこの二人は、顔を合わせる度にこんなに喧嘩になってしまうのだろうか。


 そんなにドワーフとエルフの間には大きな溝があるのか?


 僕がそんなことを考えながら今日あったことを村の記録に付けていると、同じくカウンターに座っていた天邪鬼のサグメが笑った。

 

「――いやあ本当、これは酒が不味くなる。犬も食わないとはよく言ったもんだ」


 彼女はそう言って立ち上がる。

 ……いや格好つけてるけど、その氷割り(ロック)の飲み物はただの麦茶だって知ってるぞ。


 彼女はこっそりとイスカーチェさんの後ろに立つと、人差し指を口元に立てて何かを呟いた。

 二人はそれに気付かないまま、口論を続ける。


「聞いているのか!? ええ!?」


 イスカーチェさんが叫んだ。


「そうやって――そうやっていつもお前は! 自分の命を何だと思っている! 私がどれだけ心配していると思っているんだ! ただでさえエルフと比べたら短命だというのに!」


 声を荒げつつ突然彼女はポロポロと涙をこぼす。

 う、うわ。


「お、おい……」


 さすがにその涙を見たムジャンは語気が弱くなる。


「いつも無茶ばかりして! 周りのことを考える前に、自分のことを考えろ馬鹿者が!」


 彼女はそのまま顔を手で覆って、その場に膝をついた。


 ……そういえば、彼女たちは一緒に魔族の街から脱出してきたんだよな。

 リーダー格のムジャンがその時どれだけ無理をしたのかなんて、想像もできない。



「わ、悪かった……よ。でも、俺は村に恩返しがしたいんだ。それには出来るだけ早く事業を成功させて、金を稼がなきゃいけねぇ」


 イスカーチェさんの肩に手を乗せて、ムジャンは言う。

 しかし彼女は口元を手で押さえながら言葉を続けた。


「お前は働きすぎだ……! あんな町外れで倒れでもしたらどうする……! ロック鳥の餌がいいところだ……! 少しは村長殿を見習え……!」


 あ、はい。

 働かざるもの代表でーす。



「――ああもう! くそ! 呪術か何かか……!?」


 顔を赤らめつつ、彼女は周囲を見回す。


 サグメの姿は既にどこにも見えない。

 ムジャンはバツが悪そうに顔をしかめながらも、彼女を抱き寄せて胸を貸した。



 僕はため息をついて、カウンターの上にサグメが残したグラスを見つめる。



 ……お前、全部わかっててやったのか?



 僕は心の中で、どこかに消えた天邪鬼にそう語りかけた。

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