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3.あずき洗いの特級スキル

「ついに井戸が枯れたか……いったいどうするんだ」


「どうするってどうもこうもないでしょう。……南の村の井戸から汲んでくるしかない」


「冗談だろ!? それだけで一日仕事になっちまう」


「かといって他に手はないでしょうさ。ここ以外に井戸を掘るったって、昔と違って精霊魔術は使えないんだ」


「運ぶ手段は? 一度に運べる量にも限度があるだろう」


「何とか馬車かなにか手配できればいいんだけど」


「定期便に乗っけてもらうとかは?」


「でもそれには金と水樽が……」


 その名の通りの井戸端会議を横目に、そっと僕は館へと戻った。

 あんな状況で「水を飲ませてください」なんて言えるわけがない。


 しかしどうしたものだろうか。

 

 水が飲めないのは生命の危機。

 それは僕だけでなく、村人のみんなの危機だろう。



 何か僕ができることはないだろうか。

 

 館のリビングでソファーに腰掛け悩んでいると、ハナが赤い本を持って現れた。



「あれ、お疲れですか?」


「ああ、疲れたってわけじゃないけど、喉の渇きは潤せなくてね」



 ハナに事情を説明する。



「井戸の水が?」


 彼女はしばし考えたのち、手に持った本をテーブルの上に広げた。



「ならば主様、新たな妖怪を喚んでみるのはいかがでしょう」


「妖怪を……呼ぶ?」


「はい。こちらの本……レメゲトンは異世界から妖怪を召喚することができる契約書なのです」


 異世界からヨーカイ?

 この本はハナと契約するだけの本というわけではなかったのか。




「なので一度契約いただいた主様には、魔力供給と引き換えに新たな妖怪を喚び出す権利が与えられます。ただし――」


 ハナは人差し指を立てる。



「彼らが主様に従うかは契約しだい。中には性質の悪い妖怪もいるのでお気をつけください。化け狐や絡新婦(じょろうぐも)性悪(しょうわる)です。おすすめしません」


 眉を寄せて忠告する。よほど苦手なのだろうか。



「……とはいっても、僕はヨーカイがいったいどんな力を持っているのかもわからないよ」


 召喚しろと言われても、魔族やモンスターならまだしも全く知らないヨーカイ相手では――。



「大丈夫です主様。我々、百鬼夜行の妖怪たちについてはこの書に記載されています。あとは主様がどう存在定義するかの問題です」


「……存在定義……?」


「はい。わたしたち妖怪は本来とても胡乱なものです。この世界においても依代がなければ安定して存在できません。そんなわたしたちを固定するのが認識の力です」


「ちょ、ちょっと。もう少し優しく喋って……」


 ハナはついていけない様子の僕を見て、人差し指を口元に当てて悩むように首を傾げた。


「……主様がー、この子たちにー、ぴったりのスキルを、決めてあげましょうねー?」


 まるで幼児をあやすような、やたら甘ったるい声でハナは優しく言った。


「うんぼくわかったー!」


 右手をあげて元気よく答える。


 ハナはその様子にくすくすと笑った。




 はっ! いま一瞬、僕の知能が著しく低下していた気がする!



 ヨーカイというやつは、なんと恐ろしい種族なのだろうか……。



   ☆



「ん~……」



 ソファーに寝転がりながら、レメゲトンと呼ばれた本をパラパラとめくる。

 そこには不気味さを感じさせる白黒の絵筆で書かれた挿絵とともに、彼らの名前や詳細が共通語の文字で書かれていた。



 妖怪(ヨーカイ)

 これらの解説の通りであれば、それはやはりゴーストなどによく似たアンデッドの類なのだろう。

 恐怖や不気味さを感じさせるそのような異常現象、怪異譚。

 

 性質、存在定義、認識……。

 ハナの言葉を頭の中で噛み砕く。



「どうです? どの子を呼ぶか決まりました?」


「……全然」


 ハナの言葉に僕は本を顔に被せた。

 いきなり異世界の魔物を選べ、なんて言われてもやはり無理なのだ。



「……では、運任せにしましょう」


「……へ?」


 本を机の上に置いて起き上がる。

 ハナはソファーの横に腰掛けて、僕の手をとった。



「大丈夫です、主様。外でならまだしも、この屋敷の中にいる限り幸運は常にあなたとともにあります」


 ハナが僕の耳元に囁きかける。

 右手に重なった手から、ハナの体温と魔力の抜ける感覚を感じた。



「目を閉じて、願いを集中してください。きっと因果はあなたに味方します」


 言われたとおりに目を閉じて、彼女の手に任せて自分の手を前に出す。

 パラララ、と本のページがめくれる音がした。



「復唱して。……”彼の地よりいでよ”――」


「……”彼の地よりいでよ”」


 言葉を紡ぐと、唐突に頭の中に名前が浮かんだ。



「呼んでください、その名前を」


 ハナの言葉を受け、頭に浮かんだ言葉を叫ぶ。



「――”あずき洗い”!」


 こめかみの奥に熱い刺激が駆け抜けた。


 青白い光が(レメゲトン)から放たれる。

 その光は部屋に広がり、視界が白く包まれたところで一気に収束する。


 光が収まると、そこには一人の少女がテーブルの上に立っていた。

 

 身長はハナよりもほんの少し低いぐらい。年の頃も十ニ、三といったところだろう。

 赤褐色の髪を小さく後ろで二房にまとめ、眩しいのかその表情はやや半眼の眠そうな表情を浮かべている。

 彼女は白と茶色のフード付きのチュニックを着ていた。


 そしてその手に持っているのは、一対の短い棍棒。

 先端が膨らんでいる。


 見下ろしたままこちらを眺める彼女に、僕は意思疎通を試みた。


「ど、どうも……」


 彼女はその棍棒を体の前に出すと、小さく上下に振る。

 中に砂でも入っているのか、シャンシャン、と音が鳴った。



「……どーもです」


 抑揚なく彼女は返事を返す。



 ど、どうにも感情が読めない……!


 困惑する僕の横、ハナが声を上げる。



「あずちゃん!」


 ハナが彼女をテーブルから下ろす。


 そしてそのままぎゅっと抱きしめた。ハナが笑顔を浮かべる。



「久しぶりだね!」


 ハナの様子とうってかわって、アズと呼ばれた少女は空中を見つめてされるがままになっていた。

 ハナはその歓迎の儀式に満足したのか彼女を離す。



「さあ主様! この子を連れて行ってみてください!」




   ☆





 ――あずき洗い。

 本によれば彼女はアズキという植物の種子を洗う妖怪だ。




 …………。




 わからない!


 僕にはさっぱりわからないよ!


 どうしろっていうんだ!


 「豆を洗う能力」って!



 僕は父にゴマをする能力に長けているよ! ってそうじゃないよ!



 いったいそれが何の役に立つんだ!?


 頭の中でひとしきりツッコミをいれた後、とりあえず僕は本を持って村の中央広場へと向かった。




 そこには枯れた井戸がある。

 既に村人たちはいなくなり、今は誰もいない。





「――アズ、ここの井戸が枯れたんだけど……」


 僕の声に応えて、突然何もない空間から彼女が姿を現した。


 ひしりと僕の腕をつかんでいて、そこから若干の虚脱感が発生する。


 彼女は普段は姿を現さない性質らしく、姿を見せるだけで魔力を消費するらしい。

 その代わりハナと違って外出もできるし、姿を見せるときの魔力消費も低いとのこと。


 ちなみに契約と報酬については、後払いでいいとのことだった。



 ……結構ゆるいんだな、契約って……。



 彼女は胸の前で小さな棍棒を振る。どうやらそれは楽器の類のようだ。



 シャンシャン。



「……そういえば、それは何?」


「マラカスです。中に小豆(あずき)が入っているです」


「そ、そう」


 シャン。

 

 彼女はぼんやりと枯れ井戸の方を見つめる。


 しかしアズキを洗うだけの妖怪に一体何が出来るのだろうか。



「アズ、何とか水を復活させることはできる?」


「……アズの存在定義はまだ確立してねーのです。それができるどうかは、(マスター)が決めるです」


「え、ええ? 僕が?」


 ……う、うーん。

 意味がわからないぞ。



「ア、アズ。お願い、やってみてくれないか」


「……むーりです」


 スゥッとアズの姿が消える。

 そんなあっさり……。

 

 僕は困り果ててその場に座り込む。


 やはり僕のような才能の片鱗も無いやつじゃあどうしようもないのか?



 そう考えたとき、ハナの笑顔が脳裏をよぎった。



 ――大丈夫。


 彼女はそう言った。


 僕みたいな何もできない奴の考えなんて一切信用できないが、彼女の言葉は信じてみよう。



 気を取り直して本を開き、あずき洗いのページを見る。


 そこにはみすぼらしいオッサンの姿が描かれていた。

 アズとは大違いだ。


 しかしハナの言葉を信じるなら、今の困難な状況に最適な妖怪が召喚されたはずだ。

 


 ……というか、それならなんでもっと水々しい妖怪じゃあないんだ?


 伝承にある元素精霊、ウンディーネのような妖怪が出てくるなら話はわかる。


 もしくはノームとかならどうだろう。

 地下水を掘り出してくれるかもしれない。



 いま必要なのは水を生んだり井戸を掘ったりする力なのに、呼び出されたのは小豆を洗う妖怪だ。


 あずき洗いが出来ることなんて他にあるのだろうか?



 シャン、と彼女のマラカスを鳴らす音がどこからか聞こえる。


 その音も小豆だ。


 彼女が得意とする、小豆を洗う能力で用いる豆。



 もしかすると小豆を生み出すことぐらいなら可能なのかもしれないが、水を生み出すことなんて出来るのか?

 たしかに小豆を洗うのは水なんだろうけど……何か違和感がある。


 どうにも水とは結びつかない。




 シャン。


 

 なら彼女の生み出すものとは……。




 シャン。




「あ……」


 彼女がいるであろう空中を見つめる。

 そこには今現在、彼女が生み出し続けているものがあった。





 シャン。





   ☆





「おい、あんた! 領主の息子の、えーと……」


 鉱山の入り口へ足をかけたところで声をかけられた。


 酒場で見た顔。三十過ぎぐらいの髭面の男だ。

 おそらく今から採掘にいこうとしていたのだろう。



「セームです」


「おう、俺はエリックだ。それはいいが、坊っちゃんそこは廃坑だ。素人が入ったら出られなくなるぞ?」


 怒られるのではないかと内心ビクビクしていたが、案外優しい口調で話しかけてくれた。



「あ、ちょっと覗くだけですので。すぐ戻ります」


「……いいか。絶対に手間はかけさせるんじゃねーぞ。廃坑で迷ったりしたら命取りだからな」


 彼はそう言って上の坑道のへ続く山道を歩いて行く。

 

 手間をかけるなってことは、行方がわからなくなったら探してくれるのだろうか?

 結構優しい人達なのかもしれない、と思いつつその中へと入った。



 数メートルほど先へ進んだところで、彼女の名を呼ぶ。



「アズ」


 声に合わせて彼女がその姿を現した。

 僕の腕をつかむ。


 じんわりと魔力が抜けていく虚脱感を感じた。



 

「小豆を洗ってほしい」



 シャン。




「いえっさーです」




 シャンシャンシャン。


 手に持つマラカスを振り、音を生み出す。



「アズ、この音は何の音だい?」


「……小豆を洗う音です」


 シャンシャンシャン。



「そうだよね。でもあずき洗いっていうのは、山の中で小豆を水で洗う音が聞こえた……というような怪異譚が元になった妖怪らしい」



 シャンシャンシャン。





「なら、アズ。君の存在定義を問いただそう」


 ……シャンッ。



 アズは動きを止める。


 ハナは僕に召喚した妖怪のスキルを決めろと言った。

 しかしそれは誤りだ。


 妖怪は既に存在が契約の本(レメゲトン)に記載されている。

 ならば僕が出来ることは。



「あずき洗い、君の正体は……」


 シャン。




「……”音”だ」



 シャン。



 ――僕が出来ることは、彼女の定義された内容を状況に合わせて抽出すること。


 つまり、良いところを見つけてあげるってことだ。



「その音が発生する原因は、木々のざわめき、小動物の戯れ。そして――」



 アズがぎゅっと僕の腕を抱きしめる。




「――川のせせらぎ(・・・・・・)




 シャン、シャン、シャン。



「……合格です、(マスター)



 彼女は僕をねぎらうように、マラカスを鳴らす。



 そして僕の腕を離れ、薄暗い坑道で踊りだす。


 シャンシャンという音と共に数秒間の幻想的な舞いを踊った後、、彼女は腕を伸ばしてピシッとポーズを決めた。



「おーれいっ」


 彼女は動きを止める。

 マラカスの音も止まった。

 


 しかしそれと同時にピシャリ、という小さな水音が廃坑の奥から聞こえた。



「……あ」




 彼女は突然そう言って、スッと姿を消す。



「ん? どうかした?」


「マスター」


 どこからかゴゴゴ、という地響きが聞こえた気がした。



「逃げた方がいいです」


「は?」



 僕がそう言った瞬間、廃坑の奥から押し寄せた横殴りの鉄砲水に呑み込まれた。




   ☆




「はっはっはっー! すげーじゃねーか! 坊っちゃん! いや、先生!」


 夜の酒場。

 そこで僕は皆の笑顔の中心にいた。



 水浸しになって倒れていたところを、轟音に駆けつけたエリックさんに救助された。

 彼が確認した時にはもう大量の水は無くなっていたが、どこからか発生した綺麗な湧き水が廃坑の奥から流れてきているらしい。


 これまで水っ気が無かったことは地質の調査でわかっている。

 どこから湧いたのか、他の坑道への影響はあるのか……様々な問題は同時に発生したが、それでも明日飲む飲用水を心配する必要はなくなったようだ。


 川とは山の湧き水が斜面を流れて形成されるものだ。

 その音が聞こえてくる場所は、山の中ぐらいにしかないだろう。


 なのでそんな場所を探した結果、廃坑にたどり着いたのだった。

 これから長い年月が過ぎれば、その湧き水が岩盤を削り川となるのかもしれない。


 エリックがガシガシと僕の頭を撫でる。



「先生に魔術の心得があるだなんてなぁ! 最初から言ってくれよ! 人が悪いぜ全く!」


 ハハハ、と僕は乾いた笑いを漏らした。



 僕はあの廃坑の湧き水を、僕の魔法で発生させたことにした。

 理由は二つある。


 もちろん一つは僕の印象を良くする為だ。

 有言実行。

 これで初日に言った「生活をより良くする!」という宣言は一応満たされたと言っても構わないだろう。


 そしてもう一つは……きっぱり魔法のせいだと言った方が心穏やかに水を利用できるからだ。



 これが理由もわからない状態だと安心して飲めないだろう。

 例えば魔族が毒を流しただとか、鉱山全体が崩落の危険があるだとか……根も葉もないのにそんな噂が流れる可能性だってあるだろう。


 だから今回のことは「天才魔道士が起こした奇跡」にしてしまったのだ。


 だって、みんな幸せの方がいいだろ?


 ただ一つ問題があるとすれば。



「おい先生! ついでにこいつ、金鉱石に変えてくれよ!」



 別の男が役に立たないクズ石を僕に差し出す。



「――いえ、すみません、そういうのは……ちょっと。僕の力不足で」


 周囲がドッと笑いに包まれる。

 

 もちろんそんなことは僕にはできない。 

 魔法使いなんていうのは、真っ赤な嘘なのだから。


 ――まあ僕の良心の呵責などは、些細な問題だろう。




 きっとね。

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