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異世界の果てで開拓ごはん!~座敷わらしと目指す快適スローライフ~  作者: 滝口流
第二章 精霊復古の召喚士と太古の竜神
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29.順風つばさ広げて

「……ぬ、お、りゃ、りゃ、りゃりゃりゃ……!」


 村の東の断崖絶壁。

 その下で、ダイタローは山を動かそうと押していた。

 しかし当然のように山はぴくりとも動かない。


「……うーん、やっぱりまだ無理か」


 ダイタローの体は僕の二倍ほどの大きさにはなったが、だからといって山に比べればその大きさは人と蟻のようなものだ。

 蟻が人を倒せるわけはないだろう。


「……ごめんなさい、ご主人さま」


 シュシュシュシューンと急速に小さくなるダイタロー。


「いや君は悪くないから! だからそんなに小さくならないで!」


「はいご主人さま!」


 彼は元気よく答えると、すぐに人と同じぐらいのサイズまで大きくなった。

 素直なことは大変よろしい。

 というか、彼が山を動かせないのは僕の認識が悪いのかもしれない。

 とはいえどう見てもそのサイズで彼が山を動かせるようには思えないのだった。

 うーむ、僕の頭が固いのだろうか。


 しかしこうなると、やはり港へは行けそうにないか。

 広がる海……泳ぐ魚たち……波をかき分け進む船……その中にはサキュバスたちがひしめく魅惑の園(パラダイス)が……。


 はっ。

 違う違う。

 そう、これは交易路の拡大が目的なのだ。

 うんうん。

 目的を見誤るところだった。

 おのれ魔族(サキュバス)……! 許せないぜ……!

 そんな風に東の港町へ想いを馳せていると、後ろから声をかけられた。


「――村長殿か。こんなところで何をしているのだ」


「イスカーチェさん」


 そこにいたのは一人の銀髪の女性。

 ムジャンたちドワーフと共に魔族の街(グリーフ)から脱出してきた人のうちの一人で、村で唯一のエルフだ。

 長髪で整った顔立ちとプロポーションの女性で、背が高く耳が尖っている。


 そのうら若い外見と違い、実年齢で言うなら村の中では一番の年長者となるようだった。

 年は詳しく聞いたら怒られるようなので聞いてはいけない。

 女性に年齢を聞かないというのは万国共通の法律らしい。


「……ちょっと山越えを楽にする方法はないか考えていまして」


「山越え、ね」


 僕の答えに、彼女は目を細める。


「森の件といい、あまり大きく生態系を乱すのは感心しないぞ」


「……はい、すみません」


 森を切り開いてカシャに道を作ってもらったことを言っているのだろう。

 エルフは森の番人としても知られている。

 人族と魔族の戦争の中で、停戦に一番尽力した種族が彼らだ。

 いち早く精霊の消失を察知し、世界の破滅を予言し双方に停戦を呼びかけた。


「……いや、強く言い過ぎたな。すまなかった。この地に水や大地の精霊の加護を復活させたのは君の功績だ。釈迦に説法(天使に宣教)というやつだな。年をとると説教臭くなっていかん」


 彼女は自嘲ぎみに笑った。


「……いえ、肝に銘じておきます」


 ……本当にごめんなさい……。

 僕は港町に行きたい理由を思い返し、バツが悪くなり目を逸らす。

 僕が心底反省しているのが見て取れたのか、彼女は慌てて言い繕った。


「……いや本当に言い過ぎたよ。ごめん。我々もそう偉そうなことを言える立場じゃあないんだ。エルフは学者気質のヤツが多くてね。私もその一人なんだが、つい調べられる対象が減ってしまうのを危惧してしまうんだよ。蒐集家(コレクター)というやつさ」


 彼女は崖の上を見上げる。


「この辺はロック鳥の生息地だ。(ロージナ)も今じゃあ拡大を続けているだろう。そろそろ生活圏が被って農作物や家畜に被害が及ぶ頃かと思って、調査に来たのさ」


 ロック鳥。

 (ワシ)の一種で、その大きさは大人の人間よりも大きい。

 しばしば農村では家畜を襲撃される被害が報告され、害獣とされている。

 彼女は元々生物の研究をしていたようで、この村に来てからは農業や畜産の技術を村民に教えたりとその知恵を貸してもらっていた。


「卵は栄養価が高く滋養に良い。ただ家禽として飼えるほどは大人しくないので注意が必要だ」


 彼女の説明を聞いて、空を見上げる。

 一羽の鳥が空を飛んでいるが、果たしてあれはただのタカなのかロック鳥なのか。


「弓を引ける者が多ければ大した脅威とも言えないのだけどね。私が皆に教えてもいいが、なにせ習熟には時間がかかる。知識はあっても専門ではないしね」


 エルフは弓の扱いに長けると聞く。

 しかし、長弓のような個人の技量に大きく左右されるものはエルフの中でも得手不得手があるようだった。


「鳥、かぁ」


 空を眺めながら、僕は性懲りもなく頭の中で一つの作戦を考えていた。



   ☆



 次の日。



「クエェェェ!」


 ヒポグリフのシャナオーが段差から飛び降りて空中に飛び跳ねた。

 ふわりと一瞬空を泳ぐも、そのまま地面へと着地する。

 何とかバランスを崩さず着地するが、何度も続ければそのうち怪我をするかもしれない。


「くぇえ……」


 申し訳なさそうにシャナオーは鳴く。


「なんカよくわからンってサ、ボス」


 ゴブリンのガスラクが彼女の言葉を翻訳してくれた。


「ううむ……サナト先生! お願いします!」


「うーん……」


 僕の声に、サナトは困った顔をした。

 僕は二人と一匹を連れて、昨日と同じく山岳のふもとへとやってきていた。


 ヒポグリフを乗りこなす人間もこの世の中にはいるらしい。

 それならシャナオーに乗って、東のブオルケ山脈をススイと乗り越えられるのではないかと思ったのだった。

 しかし当のシャナオーは、体は成熟したものの上手く飛ぶことができないでいた。


「飛ぶ方法と言われてもねー」


 彼女は頬に手をあてて首を傾げる。


「こう……ふわっと。羽から力を抜きつつ……神経は毛先まで集中させる感じで……」


 サナトの酷く抽象的な説明を、ガスラクは翻訳する。


「くえー?」


「”わからん”っテ」


 なかなかに難しいらしい。

 やはり野生の群れの中で育たないと、ヒポグリフが空を飛ぶのは厳しいのかもしれなかった。


「うーんうーん……。むかし剣術を教えた子は、一を聞いたら百にして返してくる天才肌だったからなぁ……」


 サナトは手を口元にあてて思い悩む様子を見せた。


 剣術ならある程度は動きで説明できるのだろうけど、空を飛ぶなんて感覚的なものを教えるのは難しいはずだ。

 「どうやって歩いてますか?」と聞かれて、「右足と左足を交互に出す」以外に答えられる人間はあまりいない。

 体の重心の移動やらテンポの調整なんかは、無意識的にやっているものだからだ。


 こういうとき、本物のヒポグリフの親だったらどうするんだろうか……。

 サナトと二人で思い悩んでいてもいいアイデアが出ないので村に戻ろうかと思ったその時、遠くからイスカーチェさんが歩いてくるのが見えた。

 彼女の知識なら何かわかることがあるかもしれない。


「――イスカーチェさん!」


 彼女に声をかけると、訝しげな顔をしつつ彼女は近付いてきてくれた。


「これまた何をしているんだい、村長殿」


「シャナオーの飛行訓練をしていまして……。イスカーチェさん、ヒポグリフの生体に詳しくはないですか?」


 彼女は「ふむ」と腕を組むと、シャナオーの羽を見る。



「元来、モンスターの一部……特に体の大きな者というのは、単純に翼をはためかせて飛んでいるわけではない」


 彼女の言葉に僕は驚く。

 そんなことは家の魔物大全には書いていなかった。


「鳥はその羽の形によって飛んでいるのだけどね。おそらくヒポグリフや伝承に伝わるようなドラゴンなんかは、魔力の力をそれに加えて飛んでいる。そうでなければ体の重さに対して、飛行できる説明が付かない」


 彼女はシャナオーに近付くとその羽根を優しく撫でた。


「……いい毛並みだね。ヒポグリフの羽根――頭や胸の羽毛じゃあないよ。翼の部分の羽根には、魔力が宿っているんだ」


 毛づくろいをされているようで気持ちが良いのか、シャナオーは目を閉じて「くえぇ」と鳴く。


「魔力の保湿とでも言うのかな。身体から抜けると効果は極僅かになってしまうんだけど、これを術式と共に編み込んだ服はわずかながら身体を軽くする力を持つ。そのような服は冒険者に好まれるから、高く売れるんだ」


 なんと。

 良い情報を聞いた。

 日々増加していく部屋の毛玉を見て、何か言いたげにじっと僕を見つめるハナの視線に耐え続けた甲斐があった。


「それじゃあえっと……。飛ぶには魔法を使ってる……ということですか?」


「うーん、どうだろうね。簡単な魔術を使っているのか、それとも魔力を羽根に巡らせる呪付(エンチャント)スキルに近いものを使っているのか。ヒポグリフは言語を持たないから、さすがに後者だとは思うんだけど」


 彼女の言葉に、シャナオーは「クェ?」と鳴く。

 うーん。

 しかしそれだとますます人間が飛び方を教えるのは無謀な気がしてきた。

 ヒポグリフ同士でなければその感覚は共有できないんじゃあ……。

 ……いや、待てよ。

 じゃあ言語を持たないヒポグリフはどうやってそれを教えているんだ?


「……イスカーチェさん、ヒポグリフは親から子にどうやってそれを伝えているんでしょう」


 彼女は片眉をあげて答える。


「ん? ああ、それは子供のころに一緒に飛ぶんだよ。首根っこをくわえてね。ほら、ここらへん」


 彼女はシャナオーの首の裏筋を優しく揉む。

 シャナオーはくすぐったそうにしながらも、喜んで声をあげた。

 ヒポグリフは親の愛情をそうやって感じているのかもしれない。


「おそらく”空を飛行する”という感覚を体感させてあげているのだろうね。そうやって羽根に風を感じ、魔力を集中させる」


 空を飛ぶ感覚を体験させることで、感覚を掴ませるのか。

 ――だとしたら。

 僕はサナトの方を向く。

 彼女は僕の視線に気付き、首を傾げた。


「シャナオーに風を感じさせてあげよう」



   ☆



 三日後。

 僕たちは村の北、未だ未開拓の荒野へと来ていた。

 順調に開拓が進めばそのうち村はここまで広がってくるのかもしれないが、今はまだ遠くに村が見えるだけで物寂しい。


 そんな場所に大きな鳥居が建てられていた。

 大きさは大人三人分ぐらいの高さだ。

 ドワーフたちにお願いして建ててもらった。

 彼らには世話になりっぱなしだ。


 ここは人気のない場所だが、それはサナトの希望によるものだ。

 彼女はもしかすると静かな地を好むのかもしれない。



「――君の存在を定義しよう」


 いくら天狗のサナトと言えど、シャナオーを担いで空を飛ぶのは無理だ。

 以前、僕を担いでくれたときでも歩くぐらいの速度まで落ち込んでいた。

 シャナオーぐらいの体重のある物を運ぶのは難しいだろう。

 だから、彼女の存在を再定義する。


「……天狗とは元来、天を貫く咆哮とされていた」


 即ち流星。

 契約の本(レメゲトン)のページを開き、手をかざす。


「空を翔るその姿は、大気と流動を支配する」


 本から緑色の奔流があふれる。

 魔力を消費しているくすぐったい感覚が身体を駆けるが、これも今や慣れたものだ。


「――其の名は風精霊(シルフ)! 風と空を支配する天空の御使い!」


 風が薄緑の魔力を纏い、サナトの身体に絡みつく。

 それは羽を模した飾りへと形を変えて、彼女を彩った。


 シルフとは元来、気まぐれで神出鬼没な元素精霊とされている。

 ならばそれは、おそらく本当はどこにだって存在しうるのだ。

 精霊たちが滅んだと言われている現代(いま)であっても、きっかけさえあればきっと。


「んんっ……! ……ふふっ!」


 サナトはくすぐったさをこらえきれないように、笑みをこぼした。


「凄いね……この力。ありがとう、若くん」


 彼女はシャナオーの首を撫でると、その上にまたがる。


「シャナちゃん。お姉ちゃんは妖術とかは苦手だから、上手くできないかもしれないけど……」


 彼女はその首筋に軽く口づけした。


「一緒に飛ぼう」


 瞬間、彼女の後方から激しい突風が吹き込んだ。


「くええ!」


 シャナオーはパカリパカリと前へ進む。


「……行こう、シャナちゃん」


 彼女の言葉と共に、シャナオーの体がふわりと浮いた。

 ばさりばさりと翼をはためかせて、サナトとシャナオーは空を走る。


「……シャナちゃん! 飛んでる! 飛べた! 飛べたよ!」


 そっと彼女は手を放し、シャナオーの背中から離れた。

 しかしシャナオーはそれでもまっすぐと飛んでいく。


「クエェー!」


 シャナオーは喜びの声をあげながら空を舞い飛ぶ。

 それはまるで天を翔る流星のように、一人と一匹は自由に空を遊び回った。



   ☆



「――というわけで、シャナオーと一緒に港町を覗いて来ようと思うんだ」


 夜の食卓をみんなで囲みながら、そんな提案をした。

 今日のメニューはハナと一緒に作ったミートドリアにスライスした桃色茄子とチーズのサラダと、小豆と玉子の鳥ガラスープだ。

 ちなみにカシャとダイタローは狭い空間が苦手なようで、家の中にはほとんど入ろうとしない。

 人型ではないのも、その生体に影響しているのかもしれなかった。


 僕はみんなの様子を目で伺う。

 シャナオーはあのあと無事自由に飛べるようになったようで、その訓練もかねての旅行……という口実だ。

 ふふふ。

 これなら、全く違和感なく――。


「なぜ主様が行かれるのですか?」


 ハナが素朴な疑問を口にする。


「すぐに必要な物でもあるのでありますか?」


 ミズチが首を傾げて尋ねる。


「……そういえば、お宿に泊まってる人が港町にイヤラしいお店の船が来ているとかなんとか言ってたです」


 アズが耳の先をピクピクと動かした。


「うわ、さいってー」


 ユキが吐き捨てるようにそう言った。


「あらあら、お姉ちゃんに言ってくれればいいのに」


 サナトがクスクスと笑う。

 僕は慌てて首を横に振った。


「……違、違う! ……え!? 何その話!? 初めて聞イタナアー!」


 声が裏返ってしまった僕の答えに、ハナは目を細めて口元に笑みを浮かべる。


「……主様? 詳しくお聞かせしてもらっても?」


 ハナさん、目が笑ってませんよ! ハナさん!


「主くん、隠し事が下手だよねー」


「ご主人はむっつりでありますからなぁ」


「女の勘を舐めちゃいけねーです」


 彼女たちが口々に言葉を続ける中、僕は叫ぶ。


「……こ、これはつい! ……いやそれも違う! えっとその……未遂……いや、そうじゃなくてぇ……!」


 僕の言い訳が虚しく部屋に響き渡る。


 ……結局その日、僕の遠征許可は降りなかったのであった。

 ”主”とはいったい……?

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