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異世界の果てで開拓ごはん!~座敷わらしと目指す快適スローライフ~  作者: 滝口流
第二章 精霊復古の召喚士と太古の竜神
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28.小さな小さな大巨人

 昼下がりの星降りの精霊亭で、あまり見ない顔の冒険者たちが酒を飲んでいた。

 長旅の安堵からか、まだ昼間だというのに既にぐでぐでに酔っぱらっている。


「あの船団は間違いねぇよ!」


「ギャハハ! また出たぜ、”間違いねぇ”だ! お前の口癖だよな!」


「いやいや今度は本当だって!」


 男たちはワイワイと騒ぐ。

 どうやら彼らは東の山脈を越えた港町から来たようで、その港で起こった出来事を話しているようだった。


「俺の爺ちゃんの時代にはもうあった噂だけどよー。あれは絶対そうだって。数隻から構成される船団で、船員は全員オンナ」


 男は下卑た笑みを浮かべる。


「サキュバス船……間違いねぇ!」


 男は熊肉の串カツを頬張りながら、テーブルを叩いた。


 ――サキュバス。

 夢魔の一種で、気持ち良い夢を見せて男から魔力を奪う魔族だ。

 魔力を奪われると意識を失い眠りにつく。


 二、三日ならまだしもそのままずっと夢の中に囚われれば、いつかは衰弱して死に至る。

 ちなみに男の夢魔はインキュバスというらしい。


「数年に一度現れる船で、こっそり来航しては男の魔力を食い漁って港を出るらしい。本拠地は不明でいつ来るかも不明……」


 男は酒を一気にあおる。


「カーッ! やっぱ山越えは延期するべきだったかな~!」


「お前じゃあサキュバスも相手にしねーよ!」


 ゲラゲラと男たちが笑い声をあげた。

 この村の鉱山から続く東のブオルケ山脈は、南北に横たわる山々だ。

 山道は険しく、それを越えて港町に行くのには安全なルートを通ると五日ほどかかってしまう。 おいそれと港町と行き来をする方法は、今のこの村にはなかった。


 ……ふむ。

 遅めの昼食を済ませて、僕は立ち上がる。

 ほのかな決意の炎をその瞳に宿し、僕は店を後にした。



   ☆



「カシャ、どうだろうか」


「ノー、マスター。既にある道の整備はできますが、山脈を貫く道を作ることは不可能です」


「ダメか……」


 村から一時間ほど歩いた距離の場所。

 僕はユキとカシャに乗り、山のふもとに来ていた。

 平らで真っ直ぐな道を作るのは、カシャの力でも無理なようだった。


「なんだってここに道なんて作ろうっていうの?」


 ユキがカシャの後ろに腰掛けて尋ねる。

 山頂には雪が積もっている為、雪崩などが起きないよう念のため彼女に着いてきてもらっていた。

「……いいかい、ユキ」


 僕は彼女に向き直る。


「……ここは東の港に繋がる要所なんだ。ここを山越えしなくて済むようになれば交易はさらに活発化する。貿易にも直接関われるようになるだろう。距離自体はそんなに無いから、平坦な道さえできれば魚介類を食べられるようになるかもしれない」


 僕は早口でまくし立てる。

 やましいことなどいっさいない。

 ほんとうだ。

 しんじてくれ。

 マジマジ。


「へえ~。いいねいいね。おっさかな、おっさかーなー」


 ユキは笑顔を浮かべた。

 少し僕の良心が声をあげた気もしたが、気にしないでおこう。

 世の中には優しい嘘というものが存在する。

 僕はみんなの笑顔のために、そんな嘘をつくことはためらわないのだ……。


「――しかし、そうか。カシャでも無理か。……それなら」


 予め用意していた契約の本(レメゲトン)を開く。

 そして、そのうちの一ページを開いた。

 ユキとカシャに来てもらったのは、安全に妖怪召喚を行う為でもあった。

 例え僕の命を奪おうとする妖怪が出てきたとしても、二人がいるなら何とかなるだろう。


「――彼の地よりいでよ」


 僕は本に手をかざす。

 本からは青白い光が漏れ出た。


「――だいだらぼっち!」


 本から黄色い光が放たれる。

 それは山脈に向かって照射され、山を覆い隠すような大きな人影を作った。

 光が収まると、その影は消える。


「……あれ?」


 そこには僕が期待する巨人の姿は存在しなかった。


「……あ、すみません」


 低い声が足元から聞こえた。

 僕が山脈から視線を落とすと、そこには身長が腰元ぐらいまでの大きさのつぶらな瞳の石人形(ゴーレム)がいた。


「……だいだらぼっち……くん?」


 僕の質問に、彼はゴツゴツした頭を小さく頷かせた。



「どうも……。大太郎(だいたろう)って言います」


 彼は不器用に笑顔のようなものを作った。



   ☆



 ダイタローを連れて村へと帰る。



「ごめんなさい、ぼく……なんかご期待に添えなかったみたいで」


 カシャの上で揺られながら、彼はさらに縮こまる。

 なんだか物理的に小さくなっているようにも見えた。


「いや、いいんだよ! 君は悪くないよ!」


 しかし、たしかに想像と違ったのはその通りだった。


 ――だいだらぼっち。

 (レメゲトン)によればそれは山をも凌駕する大きさの巨人で、その巨体は軽々と山を動かし足跡は湖を作ると言われている。

 しかし僕の前に今いるのは、ハナよりも小さなゴーレムだ。

 というか先程よりさらに小さくなっていて、今ではその大きさは僕の膝下ぐらいまでのサイズしかない。


「……ダイタローは体の大きさを変えられるの?」


 僕の問いに彼は答える。


「あっ、はい……。といっても自由には変えられるわけじゃないんですけど……」


 彼は申し訳なさそうに後頭部に手を当てた。


「ぼくはその、普段はこうして小さいんです。あんまり大きくなると、居場所がなくなるっていうか、普通に不便なんで……」


 まあ山のサイズで寝転がってたら、周りの動物や植物なんかはたしかに迷惑だろう。

 寝返りで生態系が変わってしまう。


「ぼくたちは気が大きくなると体も大きくすることができるようになるんですけど、その、ぼくは臆病でして……」


 なるほど。

 それでこうして萎縮していると、小さくなるってことか……。


「あの、それで、その、契約……なんですけど」


 彼はおずおずと切り出した。

 妖怪との主従契約。

 彼が望むのは――。


「ぼくに、勇気をください」



   ☆



「思い切りが足りないのであります!」


「ひえええ……!」


 ミズチに投げ飛ばされ、ダイタローは柔らかな地面に転がった。


 勇気。

 それは障害に立ち向かう心。

 勇気を出せない者は臆病者とのそしりを受ける。

 彼は自身の臆病を治したいと僕に相談してきたのだった。


 しかしよりにもよって僕に相談されてもなぁ、と思ってしまう。

 僕はいつもみんなに頼ってばかりだ。

 ゴブリンと戦ったときだって震えていたし、この前だって熊相手に兄貴の横で見ていることしかできなかった。

 そこで何事にも物怖じしないミズチに相談してみたのだが……。


「さあ! 立ち上がるのであります! まだまだ自分はいけるのでありますよ!」


「は、はいぃ……」


 彼は先程と同じサイズのままだ。

 うーん。


「……ミズチ、ダイタロー、休憩しよう。ストップストップ」


 ミズチのスモウ訓練は、なんだかあまり効果が無さそうだ。

 二人の間に入りその取り組みを止める。


「……面目ないです」


 ダイタローは頭の後ろに右手をまわして謝った。


「いやいや、こちらこそ……」


 どうにか彼の力になってあげたいのだけれど、どうしたものかな……。

 僕が頭をひねっていると、外の様子を聞きつけたのか屋敷からハナが出てくる。


「……ご精が出ますねー。こちら差し入れです。……この方は?」


 ハナが手元の白く丸まったオヤツを差し出す。

 お米で作ったオダンゴだ。中にはアンコが詰まっていて、甘く美味しい。


「あ、どうも……。だいだらぼっちの大太郎です」


 彼が挨拶すると、ハナもそれに応えて自己紹介をした。

 その横でミズチは早速ハナのオダンゴをパクついている。

 ……そうだ、ハナにも相談してみよう。

 彼女なら村の様子をよく観察しているはずだ。

 

 僕はハナに事のあらましを説明した。


「……というわけなんだけどハナ、この村で一番勇気があるのは誰だと思う?」


 困り果てた僕の問いに、ハナは即答した。


「それは当然、主様です」


「僕ぅ……?」


 いくらなんでも、それは身内びいきが過ぎるんじゃあないかな……。

 しかし僕の声にハナは胸を張って答える。


「はい、主様。たしかにミズチちゃんやサナトさんは恐怖を感じず戦いの場に赴くことができます」


 ゴブリンたちとの戦いでも二人は勇敢に戦った。

 それに比べて僕はといえば、カシャの上で助けを求めるお姫様のように悲鳴を上げていただけのように思える。


「しかしそれは裏打ちされた実力あってのこと。彼女たちにとってはそれが当たり前なんです」


「自分は最強でありますからな~」


 オダンゴを食べながら冗談めかして言うミズチの言葉に、ハナはクスクスと笑った。


「……でも主様は違います。普通の人間で、普通の人なんです」


 ……うっ。

 たしかに僕は特別な力なんて何も持っていない。

 持ち前の霊感だって、ハナと出会ったり精霊の声が聞こえたとき以外はあまり役に立っていないのだ。

 眉間にシワを寄せる僕を見て、ハナは笑った。


「――だから、凄いんです。普通の人なのに、何の力も持たないのに、あなたは常に前に立つ」


 彼女は穏やかに言葉を続ける。


「色んな人の面倒を見て、みんなに声をかけて励まして引っ張っていく。自分の身の危険すら(いと)わずに。……最後のは、できれば控えていただきたいのですけど……」


「ご、ごめんなさい……」


 ため息混じりに言うハナに僕は謝る。


「……まったく、無茶で無謀で本当に手のかかるダメな人ですね……。そこがまた魅力の一つでもあるんですが」


 ハナは朗らかに笑った。

 うう、誉められているのか貶されているのかわからない……。


「ともかく、主様は勇気のある御方です。主様なら、きっと彼を元気づけることはできますよ」


 ハナが太鼓判を押してくれる。

 ……とはいえ、やっぱり僕は自分のことをそんな素晴らしい人間だとは微塵も思わないのだけれど。

 僕が前に立ったり危険な目にあったりすることだって、それは偶然だったり、たまたま僕がそこに適任だったり、兄貴のせいだったりするだけだ。

 ……ちくしょう兄貴め!


 僕が村の為に自ら進んで前に立っているだなんて、そんなつもりはない。

 そう、僕はただ単に……。

 ……ああ、そうか。


「――ありがとう、ハナ。なんだかわかった気がする」


「……どういたしまして、主様。お役に立てたなら幸いです」


 僕はハナに礼を言って、ダイタローに手を差し伸べる。


「よし、ダイタロー。今度は村をまわってみよう」


 笑みを浮かべる僕の様子に安心してくれたのか、彼は力強く頷いて立ち上がった。


「……はい!」


   ☆


「ありがとねぇ」


 僕たちは村の老夫婦のベネックさんの畑に手伝いにきていた。

 旦那さんの方は体の衰えを感じて鉱夫を引退して、奥さんと一緒に今は畑を耕す毎日だ。

 街に出ていた息子さんも、村の噂を聞きつけて近々孫と一緒に引っ越してきてくれるらしい。


 ダイタローは、そんな彼らの畑の収穫を手伝っていた。

 支柱の棒に絡まったツルの先に実る、桃色茄子を一つ一つ取っていく。


「あっ……」


 ダイタローが握った桃色茄子の果実から、ぷちゅりと音をたててゼリー状の果汁が溢れ出た。


「あ、あの……ごめんなさい……」


 彼は手先が不器用なようで……というか、外皮が岩そのものなので、繊細な作業は苦手なのだろう。


「いいよいいよう。せっかくだから食べなぁ」


 奥さんに進められ、彼は手の中の果実を口に含む。

 岩のような外見ではあるが、食べ物は食べられるらしい。


「……美味しい……! 酸っぱくて、それに甘い」


 彼の言葉に奥さんは笑った。


「でしょう。何ならもっと食べてもいいよぉ」


 笑いながら、ダイタローは収穫を続けていく。

 その後も何個か潰して謝りながらも、彼は無事桃色茄子の収穫を終えた。


 そうしてベネックさんの畑を後にして、次々と村の仕事を手伝っていく。

 鉱山でつるはしを振るったり、牛たちに餌をやったり、氷を切り分けて配達したり。

 それらの仕事が終わる頃には、村の中は夕日に染まっていた。

 僕も横でちょこちょこ手伝っていたので、今日は随分と働いてしまった気がする。

 明日はのんびりしよう。

 夕日を見ながらそんなことを思っていると、ダイタローが不安げに話しかけてくる。


「あの……ごめんなさい。ぼく、たくさん失敗しちゃいました」


 彼は目を伏せてそう言った。


「……そうだね。いくつか失敗はしたね」


 収穫するはずだった桃色茄子はいくつか潰れてしまったし、つるはしも一本も折ってしまったし、ぶつかって驚いた牛にガスラクが蹴られたし……。

 彼は申し訳なさそうにうなだれた。


「――じゃあ、逆に成功した数を数えてみようか」


「……え?」


 僕の言葉に彼は顔をあげる。


「桃色茄子は二百個ぐらい収穫できたし、鉱山でも荷車三台ぐらい掘れたし、ガスラクも感謝してたし氷も失敗せずに配達できた」


 その仕事量でいえば、間違いなく僕より上だ。

 ていうかまあ、僕は普段から怠けているのだけど。


「なら、明日はもっと上手くできるに違いない」


 その言葉にダイタローは唖然と僕を見つめた。


「――君の勇気を定義しよう」


 僕は夕日を背に笑う。


「一つこなせば結果が出る。成功したなら次も出来る。失敗しても次なら出来る」


 僕はこの村に来る前は、何も一人で出来なかった。

 今でも一人で出来ることの方が少ないだろう。

 でもみんなと協力して、いろいろなことをやってきた。

 それが一つ一つ積み重なって、その結果いまの僕がいる。


 ミズチたちが敵と戦えるのは、自分が相手を倒せる実力があるとわかっているからだ。

 僕が村の前に立つのは、みんなと協力すればそれが成し遂げられることだとわかっているからだ。

 だから、彼にも理解してもらう。


「君の中には既に勇気が存在する。今日一日の仕事を通して、君はもうわかっているはずだ」


「ぼくの中の……勇気……」


 彼の体の表面をぼんやりとした黄色い魔力の光が包む。


「それは――”自信”」


 僕はそう言って彼に微笑みかけた。


「きっと次も出来るはず。君一人で出来ないことがあっても、僕がいる。他にもここにはたくさんの仲間たちがいる」


 少しずつ少しずつ、彼の体が大きくなる。


「僕たちと一緒に、君の勇気を育てていこう」


 僕は彼を見上げながら、手を差し出す。

 彼の身体は、既に大人二人分ほどの巨体へと姿を変えていた。


「――よろしくお願いします、ご主人さま」


 彼は不器用に笑って、僕の手を取ってくれた。

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