23.ゴブリンドラッグストア
鬱蒼と生い茂る森の前に、カシャに乗った僕はいた。
「カシャ、お願い」
「イエス、マスター」
カシャは僕の言葉に従い、体のあちこちを光らせる。
キィンと高い鳴き声をあげて、前方の地面に虹色の光を這わせた。
虹はそのまま森へ進む。
すると大地が隆起するように歪んでいき、森が真っ二つに割れた。
その中央には虹色の道ができている。
「オーケー、マスター」
カシャはブルンと一声鳴いて、ゆっくりと進み出す。
通った道が整地されていく。
一時間ほどかけてどんどんと森をかきわけて進んでいった先には、水に浮かぶように木が生い茂る湖があった。
その湖のほとりは地面の色が少し薄く、明確に周囲の地層と異なっている。
なんだか異界に迷い込んだような不思議な感覚だ。
「カシャ。今度は水路を掘ろう」
「イエス、マスター」
カシャが姿を変えて、本人が耕運機モードと呼んでいる形態に変化する。
ゴウンゴウンと鳴き声を揚げながら、溝を掘るように地面を削り出しつつ進んでいく。
水の組み上げと水門は後日ムジャンに整備してもらう予定だ。
これで森の外に塩田を作れば塩が生産できるはず……。
そんな展望を考えながら走っていると、草むらに見覚えのある植物を見つけた。
球根から真っ直ぐに伸びた葉。
たしか香草の一種のはずだ。
持ち帰って栽培してみるのもいいかもしれない。
「よっと」
カシャから降りて、力任せにそれを引き抜く。
「……あたっ」
茂みの枝に引っかかって手の甲を切ってしまった。
うーん、我ながらどんくさい……。
傷口を舐めていると、そこに一人のゴブリンが茂みから顔を覗かせた。
「ギャギャ! ボス! すげえ! 道デキてる!」
彼が背負うツルを編んで作ったカゴには、多数の山菜やきのこが入っている。
「……やあガスラク。一緒に乗ってくかい?」
「ギェギェ!」
僕が彼の名を呼ぶと、彼は手をあげて頷く。
そして僕の様子を見て、首を傾げた。
「……あれ、ボス怪我してル?」
「あはは、ちょっと茂みで切っちゃって」
彼は僕の言葉を聞くと、背中のカゴを降ろしてゴソゴソと漁りだす。
中から輪郭のギザギザした葉っぱを取り出したと思うと、それをゴシゴシと手の中で揉みくちゃにして丸め僕に差し出した。
「コレ傷口に張っトク! 血が止まルぞ!」
「へえ、ありがとう」
もらった薬草を手の甲に張り付ける。
それは少し傷口に染みた。
「……ところでボス……。そノ毒草、何に使うんダ?」
「え?」
僕の手の中にある植物を指して彼はそう言った。
☆
毒草をその場に捨て。二人でカシャに乗って森の中を走る。
「ガスラクは山菜を採ってたの?」
「ギェ! これ薬草! いろいろ混ぜルともっと効果出る!」
「おー……。薬なんて調合できるんだ」
僕の言葉にガスラクは自慢げに胸を張る。
「オレたち、いつモ下っ端だから、こういうことさせられて来タ! 食べられる、食べられない、薬、毒……いっぱい教わる! オレ頭悪いけド、覚えないと間違って食べて、死ぬ!」
危険な仕事をさせられていた……というよりは分業してたって感じかな。
「この草、元気出ル。こっちの葉はお腹痛イとき。このきのこ、風邪に良い感ジ! これ毒。少しなら、麻酔なる」
次々とカゴの中の植物たちを取り出しては見せてくれる。
ううむ、一見すると見分けがつかないぞ……。
「なかなか素人が手を出すのは難しそうだなぁ」
「そんなこと、無イ! いやでも、ちょっとアルかも……」
どっちさ。
「覚える大事! みんなに教えたイ!」
ふーむ。
確かに食糧としてだけでなく、薬が作れたりすると便利かもなぁ。
とはいえ実地で教わるのも時間がかかりそうだ。
「……あー、そうだ。わかりやすいように本とか書くのはどうかな。挿絵も付けてさ」
見間違えそうな植物も併記すれば、みんなが採れるようになるかもしれない。
「オレ字書けナイ!」
ですよねー。
「コレ! 美味しいキノコ! こっちの草は苦イ。けれど魔力回復するらシい! このキノコはすごーく元気になるカラ、繁殖とかに使ウ」
「……繁殖?」
「ウン! 牛増やす! 繁殖!」
「お、おう……。……元気になる……?」
何が元気になるのだろうか。
「ボスも、早ク子供作れ!」
ガスラクの直接的な物言いに咳き込む。
「こ、子供……い、いやあ……僕にはまだ早いんじゃないかなって……」
「オレたち十歳カラ子供作ル! 子孫繁栄! チョー大事! 早過ぎるコトナンテ、無い!」
「いやいや、ちょっとほら、人間は文化が違うからね……」
僕は少し咳払いをする。
「ボスお嫁さんイッパイいるシ!」
「いませんよ!?」
独り身です!
「嘘はヨクない! 一緒に住むオンナ、いっぱいいる!」
「ハナたちはそういうのじゃないから……! っていうかそもそも彼女たちは妖怪だからね」
「エェー?」
不満そうに彼は声をあげる。
い、いや……さすがに妖怪とは子供を作れないんじゃあないか……?
人族同士は種族差があっても作れるらしいが……。
ドワーフとエルフのハーフというのも過去には存在したことがあるらしい。
思案する僕の様子を見て、ガスラクは真面目な表情で言葉を続ける。
「……ボス若いウチに、子供鍛える。でないと、しっかり世代交代できなイ」
歳を取ってからだと子供たちの面倒を見れなくなるよー、ということだろうか。
ゴブリンたちは厳しい環境で生きていたせいか、なかなかにシビアな意見だ。
「だからコレ使エ! な?」
ガスラクは僕の前に一つのきのこを差し出した。
「こ、これは……?」
「元気なる! 子供作レ! ソレとても大事なコト! 恥ずかしガル必要ナイ!」
う、うう! 正論だ!
ゴブリンに諭されてしまった!
しかしこう、もっとこう、手順とかいろいろあるわけで……。
「……そ、そうだっ! これ売ったらお金になるんじゃないかなー!」
全力で話を逸らしにいく。
そんな僕の臆病且つ強引な提案に、ガスラクは悲しそうに目を伏せた。
「……オレの作る薬、売れない……。みんな怖がル」
がっくりとガスラクは肩を落とした。
魔族の作った薬となるとみんな不安なのだろうか。
僕は自身の手の甲に張り付けていた葉を剥がしてみる。
そこにあった傷は、既に一見してわからないほどに塞がっていた。
しっかり効果があるようだ。
「……うーん、まずは知ってもらうことが重要なのかもしれないねえ」
まあ確かに、街でゴブリンが丸めた薬を売ってても誰も買わないよなー。
しかし村に冒険者も増えてきたことだし、需要は確実に存在するはずだ。
それなら……。
「……よし、ガスラク。僕と薬を作ってみようか」
「ギェ?」
☆
村の中心となっている宿、精霊亭に足を運ぶ。
マリーの宿であると共に、ここはこの村で冒険者たちに仕事を斡旋するギルドでもあった。
その掲示板にはぽつぽつと農作業や大工仕事の手伝いなんかの仕事が張ってあったりもする。
まだまだ冒険者ギルドというよりは職の斡旋場所じみているが、日雇いの仕事があった方が冒険者も準備を整えやすい。
そのまま定住してもらえば住人も増えるので、こちらとしては一石二鳥というやつだ。
……この村の快適さに冒険心を忘れるがいいわー!
カウンターの奥にエリックを見つけて声をかける。
「エリック! この品物置いてくれないかな。冒険者向けにさ」
「んん? ……なんだこりゃあ」
僕が差し出したのは小さな袋だ。
表面にはインクで文字とマークが描かれている。
「こっちは薬草、これは胃薬、頭痛薬にこいつは麻痺毒用」
小分けにした袋をいくつも差し出す。
「……へったくそな絵だなぁ」
「あ、味があると言って……!」
そこに書かれているのはゴブリンの顔。
誰が何と言おうとゴブリンの顔だ。
「ゴブリン印のガスラク製薬! 効果は僕が保証するよ!」
「お、おう……それはいいが、ゴブリンが作ったって言っちゃっていいのか? 隠した方が売れるんじゃねーの」
「いやいいんだ。ガスラクたちの為でもあるし」
彼らが人間にとっても有用だとわかれば、風当たりも少しは優しくなるはずだ。
「値段は銀貨1枚。値切られるようなら銅貨3枚まで安くしていいよ」
「銅貨3枚って……安すぎないか? 採算取れないんじゃないか?」
七割引だと労力的に考えて赤字だろう。
ガスラクは薬草栽培も始めているようだが、かといってすぐに大量生産できるわけでもない。
「最初だけね。リピーターには値引きは無しで。ああでも、村人には割引してもいい」
そう言いながら僕は、最後に立派な革袋に入れた薬を取り出す。
ゴブリン印に”元気薬”とだけ書かれていた。
「……なんだこれ」
「これは一袋金貨1枚。値下げは絶対にせず、飾っておくだけ。値切ろうとする人には隠して売らないぐらいの勢いで頼むよ」
「1金? おいおい、今度はやけに強気な値段だな。一月の稼ぎぐらいの価値があるのか? これ」
値段設定が滅茶苦茶だ、とエリックは言った。
「いいからいいから。でも、どんな薬か聞かれたらこう答えて欲しいんだ」
僕は笑った。
「――魔族に伝わる最強の強壮薬……ってさ」
☆
後日。
薬は完売した。
最初の売れ行きは芳しくなかったが、それでも傷薬なんかは安さが目を引いて買ってくれる人がいたようだ。
そして冒険者の間で、やたらと効く傷薬の噂が流れ始める。
多くの冒険者が買い求めるようになり、ゴブリン印の薬たちは瞬く間に売れていった。
そうして薬への信頼が高まったころ、棚に置かれる高級薬の存在が目立ちだす。
……ゴブリンとは元来、繁殖力の強い生き物として知られている。
それは成熟が早く十年ほどで成体になることから付けられたイメージだ。
その分寿命が短く、長くとも人の半分ほども生きられないらしい。
ちなみに、人間やその他の生物を繁殖相手とすることはない。
以前酒の席でガスラクと話をしたことがある。
彼らからの僕たち人間の印象をまとめると、それは僕たちが猿人を見た時の印象に近かった。
まあ異種族なんてそんなもんだろう。
僕がゴブリンの男女を見分けるのが難しいように、彼らも僕たちを見分けることが難しいのだ。
とはいえ人族の間では”ゴブリンは繁殖力が強い”というイメージは広がってしまっている。
しかしそれなら逆にそれを商機に活かそうと思ったのが今回の作戦だった。
”繁殖力の強い魔族が使っている最強の薬!”
だいぶ怪しげな謳い文句だが、傷薬などの効果に裏打ちされたそのキャッチコピーは十分効果があったようだった。
「ガスラク! 売れたよ! 売れた!」
住んでいる小さな家の裏に薬草を植え付けていたガスラクに、金貨を二枚渡す。
「ウギョー!? めっちゃ儲ケたー!?」
僕への報酬はそれとはべつに金貨一枚弱。
アイデア料とパッケージング代金と仲介料だ。
へへ、儲け儲け。
「街から来た商人が買っていったんだってさ。もっと作ればもっと売れるかもしれないよ!」
「ウヒャー! ボスのおかげ! アリガトウー! オレ、こんな大金持ったことナイ! ボスは天才か!?」
ガスラクは僕の手を握る。
そのあと彼は不思議そうに首を傾げた。
「……もっとボスの取り分多くなくてイイのか?」
「まあ僕、袋詰めしたぐらいだしね……。そのお金で従業員を雇って、もっと薬をたくさん作ったらいいんじゃないかな?」
「オオー! ナイスアイディア! さすがボス! きっと何かの形デ返す!」
ガスラクは笑顔でお金をしまった。
むしろガスラクの方が僕の命の恩人なんだけどな……。
……うーん、しかしグループで商売を始めるなら帳簿をつけないとトラブルの元になりそうだ。 ゴブリンや村の人達に、字を憶えてもらう仕組みを作らないと。
そうすれば僕が働かなくても、勝手に稼いで勝手に村の収益をあげてくれるはずだ……。
僕は頭の中でどうやって楽するかを考えていると、ガスラクは何かを思いついたように懐から取り出した薬を差し出した。
「ボス! 子供! これデ子供作れ!」
「それはいいって!」
ガスラクに無理矢理薬を押し付けられる。
いや、使わない、使わないけど。
……でも念の為、とっておこうかな……。
捨てるのはガスラクに悪いしな、うん。
僕は誰にともしれない言い訳を並べ立て、屋敷へと戻るのだった。