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21.VSゴブリン盗賊団(後編)

 敵の総大将を追い詰めた。

 フレイムチャリオットモードのカシャなら、取り逃がすことはないはずだ。



 ハナとミズチに防衛を、そしてアズとサナトに遊撃を任せ、作戦は今のところ順調。



 しかしここで総大将のゴブリンを取り逃がせば、いったい後でどんな仕返しを受けるかわからない。


 油断している今のうちに、相手の頭を潰しておきたかった。




 目の前に躍り出た僕を見て、ゴブリンは憤怒の表情を浮かべる。




「ギ……ギギ……! 人間のクセに生意気ナ……!」


 彼は大振りの両手剣(バスタードソード)を抜くと、正面に構えた。





「……そっちこそ、ゴブリンのくせに生意気だ」


 軽口を返してみる。

 僕の役目はカシャを操って大将首をここに引き止めること。


 ならば挑発の一つでもしてみようじゃないか。

 ……とはいえただの一般人の僕が死線を前にしているのだから、緊張は高まるばかりで喉がカラカラに乾いていく。




 ――大丈夫。落ち着け。僕ならできる。


 最後の手段として契約の本(レメゲトン)も持ってきている。

 本を使って召喚するとなると不確定要素しかないが、運が良ければ召喚した妖怪で何とかなるかもしれない。



 僕は何とか顔に笑みを浮かべようとするが、どうにも引きつるばかりで歯の根がガチガチと震えてくる。





 とりあえずしばらくの間だけでも、足止めさえできれば――。





 僕が応援を期待して村の方を見ると、それを見たゴブリンキングは素早く決断して地を蹴った。





 ――しまった。今のでこっちの意図がバレたか……!?



 その二メートル以上あろう巨体が僕へと迫る。





「……カシャ!」


 僕は座る二輪車の名前を呼び、足置きを蹴る。

 うなるような鳴き声をあげて、カシャは急発進した。


 跳ねとびながら斬りかかるゴブリンの両手剣の斬撃を、紙一重でかわす。





「――チィ!」


 ゴブリンキングはその巨体に見合わぬ速度で、着地とともに地面を蹴る。


 そして方向を変えて僕のすぐ後ろへと追いすがった。




 残念ながらカシャの初速は彼よりも遅い。




 ――だが。




 ゴブリンキングの動きに合わせて、胸元に隠していた革袋を放り投げる。




 彼は咄嗟にその袋を両断した。




 ――かかった!





「――油ッ!?」



 ギトギトの油まみれになったゴブリンキングを前に、僕は吠える。





「今だカシャ! ……撃て(ファイア)ー!」


「イエス、マスター」


 無機質な返事とともに、カシャは背面から炎を吹き出した。


 灼熱の爆炎は一瞬でゴブリンキングを包む。





「グオオォォォ!」



 ゴブリンキングが悲鳴をあげた。





 思わず笑みがこぼれる。





「よしっ! これで後は――」


「――マスター!」



 瞬間。

 カシャに振り落とされ、地面に叩きつけられた。


 何が起こったかわからずにカシャの方を振り返ると、カシャは横薙ぎに吹き飛ばされる。




「カシャ……!?」


 胸を強く打って息が苦しい。



 カシャが飛んでいった方を見る。

 どうやら両断はされていないようだが、カシャは横向きに横転していた。






「……フゥーー……」


 燃え上がる火を大剣が切り払う。


 体毛や衣服を焦げ付かせながらも、ゴブリンキングが炎の中からその姿を見せた。

 表皮に火傷を負った跡は無い。

 




「……俺が……どうして魔術士どもを従えられテいるのか……。教えてヤろうか……?」


 グッグッと彼は低く笑う。


 氷のような感触が背筋を走った。





「俺が生まれ持った力は、炎や熱さに耐える力……」


 生まれ持った力、それは……スキル。





「だからこそのキング! 炎魔法など俺の前ではソヨ風よ! 即ち、王ダ!」



 そんな……炎熱耐性のスキルを持っているなんて……。


 ど、どうする……!?

 

 そうだ、本……!



 契約の本(レメゲトン)は!?


 僕は慌てて懐を探る。




「人間風情がよォッ……!」




 見渡す。


 三メートル先の地面に本は投げ出されていた。




「生意気にコケにしやがっテよぉッ……!」


 ゴブリンキングが近付いてくる。




 ま、まさか、振り落とされた時に……!?


 いや、そんなことより、今は。




「――死ねェっ!」




 刃が振り下ろされる。




 あっ……ダメだ、間に合わない。




 ……ごめん。




 ハナ。














「グゥモォーッ!!」




 激しい鳴き声が迫るとともに、ゴブリンキングは突き飛ばされた。




 雄々しい巨大な角。



 マダラの茶色い巨体と細長いシッポ。




 暴れ牛(バイソン)……?







「グギャーギャッギャ! やーイ! バーカバーカ!」


 それに乗ってしわがれた声を放つのは……。




「――ガスラクッ!」


 先日行き倒れていたところを拾ったゴブリン、ガスラクの姿がそこにあった。





「やったッター! やったっター! 何がキングだァー! みンなお前のコト、だーいっ嫌イだー!」



 見ると、後ろから同じく十数匹のバイソンとそれに乗ったゴブリンたちが現れる。


 彼らはみんな腕に包帯を巻いていた。

 人間から見てわかりやすくするため気を利かせてくれたのかもしれない。





「この……クソどもガぁ! こんな時まで俺の邪魔をするカぁ!」



 起き上がったゴブリンキングが両手剣を振り回す。




「ギェー! みんな! 逃げロ! 逃ゲろー!」


 ガスラクの言葉に従って、バイソンたちはゴブリンキングから距離を取った。





「ガ、ガスラク……! キミ、バイソンたちと話せるの……?」


「ギェギェツ! オレ動物と話すの、チョーー得意!」


 ガスラクはケタケタと笑う。




 ど、動物会話スキル……!?


 僕のゴーストとしか話せないスキルより何倍も有用なのでは……!?



 こっそり劣等感を感じる僕。

 ゴブリンたちでさえこんなスキルを持っているのに僕ときたら……。


 いや、まあ霊感がなければハナたちとは出会えていないんだけれども。






「このザコが……群れおって……鬱陶しイわあ!」



 ゴブリンキングはガスラクへと剣を振り下ろす。

 ガスラクは彼の気迫に気圧されてか、バイソンの背中にしがみつきながら悲鳴をあげた。



「ギャー!」





 キンッ、と金属音が鳴り響き、そのゴブリンキングの剣先は受け流されて地面へと突き刺さる。








「――あらあらー。ちょっとおイタが過ぎてますよー?」




 不思議な曲線を描く鉄の剣を持った、有翼の天女。






「頑張ったねー、若くん。それじゃあ後は、お姉ちゃんに任せなさい」




 サナトは一つ、ウィンクをした。





   ☆






 ゴブリンキングが剣を構える。




「グ、グッグ……! そんな細い曲刀(シミター)で、何が出来ル……!」


 彼は笑う。

 しかしそれに、サナトも笑って返す。




「あらあら。それじゃあその身体に教え込んであげましょうねー」


 サナトはその剣先を地面に向け、下段に構える。



 ゴブリンキングはそれを見て、大きく振りかぶった。




「――引き千切れろォオ!」


 そしてサナトに向けて横薙ぎの一撃を放つ。


 対する彼女はゆらりと刃を持ち上げた。



京八流(きょうはちりゅう)――」


 彼女は地面を蹴る。



「――七狐(しちぎつね)飯綱(いづな)――!」



 サナトはその身を翻し、まるでゴブリンキングの腕を軸に回転するように宙を駆けた。


 その腕を飛び越え、そのまま彼の後ろへと着地する。




「グアァッ!?」


 次の瞬間、ゴブリンキングの腕は手に持つ両手剣ごと宙へと舞っていた。



 サナトは血を払うと、残った左腕に剣を一閃。


 するとその腕は力を失ったようにだらりと垂れ下がる。




「ギェッ……!」




 ゴブリンキングは前のめりに倒れる。





 戦いは、一瞬で決した。




「……はい、終わり」





 サナトはいつも通りの笑みを僕に向けた。





 僕は安堵の溜息をつく。


 ……た、助かった……。




「さーて、あとは残ったゴブリンちゃんたちをどうするかだけどー……あれ?」



 僕が呆然とゴブリンキングを見つめていると、サナトがその影に気付き視線を荒野に向けた。




「……何か来る」


 僕もそちらに目を向ける。


 北の方からこちらに向かって来たのは、十騎ほどの黒い騎兵だった。






   ☆






 黒の甲冑に身を包んだ男は、到着してすぐに凛とした声を放つ。




「この村の責任者と話がしたい」


 彼はフルフェイスの兜を脱いだ。


 その甲冑の奥には青白い肌と整った顔。

 ドラゴンのような両翼、そして大きな角を持つ魔族。


 おそらくはグレーターデーモンと呼ばれる上位魔族だろう。



 一人で一個大隊の力を持つとも言われる、数少ない支配層の魔族だ。

 人間で言うなら貴族や王族に近い。


 見れば後ろの騎士たちは全員似たような格好をしている。




「……一応、僕……ですけど……」



 おずおずと名乗りをあげる。

 逆らうのは得策ではないだろう。



 ……しかし、どうしてこうも次から次へと面倒事が降り掛かってくるんだ!




 彼は僕を一瞥し、馬から降りた。





「わたしの名はヘルツオーク。お前は――」


 彼はそう言いながら一歩こちらに近寄る。




「――グッ」


 しかしその瞬間、彼はまるで引き付けを起こしたように息を吸い込んで足を止めた。

 そしてむせるように咳をする。



「ゴホッ……ゴホッ」


「だ、大丈夫ですか……?」



 ……病弱な魔族なのだろうか?




「……すまない。何でもない。……無礼であった。しばし待ってくれ」


 彼は腰に差した剣を別の騎士に渡すと、手の平を見せつつゆっくりとこちらへ近付いた。




「……敵意は無いことはわかって頂けただろうか」



「あ、は、はい」




 ……魔族ってこんなに礼儀正しいの……?

 きっと彼は、ただの一般人である僕を見て気を遣って武器を持っていないことを証明してくれたのだろう。


 人間の騎士でもここまでしてくれる人はいないぞ……。



 僕が魔族の品位に感心していると、彼は話しだす。




「此度の非礼、重ねてお詫びさせてもらいたい。すまなかった。責任はグリーフにある」


 グリーフ。

 北西の魔族の街。

 ムジャンたちが逃げ出してきたところだ。


 責任?




「……この連中は元々は我々の持ち物だ。責任を持って処分しよう」


 彼は馬から降りると、ゴブリンキングを踏みつける。





「……我々魔族は、貴公ら人族との戦いはまだ望んでいない」


 ”まだ”……か。



「この者達は我々から見ても犯罪者だ。引き渡してもらえるならこの場で処刑しよう。もちろんそちらで処分したいというならそれでもいい」



 ……つまりは、無用な争いはしたくないと言いたいのだろう。


 国境線の敏感な問題なので、僕としても可能な限り穏便に終わらせたいところだけど……。




 ちらりと後ろを見ると、ガスラク率いるゴブリンたちが身を寄せ合って震えていた。





「――条件があります。一つだけ」



 僕は緊張に心臓をバクバクさせながら、その条件を口にした。






   ☆






「――ヘルツオーク様、よろしかったのですか? 我々が彼らの要求を一方的に呑むなど……」


 ゴブリンキングたち残党を処理して帰路に着く中、一人の黒の騎士が先程セームと話したリーダー格の男に尋ねた。




「……なんだリッター。お前は気付かなかったのか」


「――はっ。……と言いますと……?」


 ヘルツオークと呼ばれた魔族は溜息をつく。




「……気にするな。少し死にかけただけだ」


「は?」





 ヘルツオークは思い返す。



 先程、村の代表と名乗った人間の男。



 彼に近付いた瞬間、首を落とされた(・・・・・・・)



 ヘルツオークは思わず白魔法の詠唱を始めるところだったが、そもそも首を落とされていたら詠唱など出来ないと気付き我に返った。



 錯覚だ。

 酷いリアリティを伴う幻視。


 おそらくあと一歩踏み込んでいればそれは現実の物となったことだろう。




 酷く鋭利な殺気だった。


 そしてそれを放ったのは、隣の有翼人。

 格好からしてハーピーではないだろうが、見たことのない種族だった。


 彼女に剣で挑めば、一太刀で斬り伏せられることだろう。





「リッター。忠告しておく」


「……はい」


 彼の身を案じて、ヘルツオークは言葉をかける。




「今わたしが言ったことを理解できるまで、決してあの村には近付くな」


「……了解しました」



 リッターと呼ばれた男は訝しげにそう答える。





 ――素直に従ってくれれば良いのだが。それにしても――。





 彼は空を見上げた。



 ――あんな剣士が仕えるとは、あの人間はいったい何者だ……?

 

 早急に調査しなくてはならないだろう。

 魔族から攻め入る余裕は今は無いが、いつ人族が攻めてくるとも限らない。



 

 ヘルツオークは魔族の未来を案じながら、月を眺めた。






   ☆






 後日。


 結局、襲ってきたゴブリンたちの処遇は魔族に任せることにした。

 彼らには彼らの法がある。


 然るべき裁きを与えるというのであれば、その量刑の過多を僕たち人族が口出しするのは少し筋が違う気がした。


 ただ――。




「ボス! 今日は何したらイイか!?」


 朝からガスラクが元気よくやってくる。




「ええと……。バイソンくんたちにも仕事をしてもらおうかと思うんだけど……ミルクはもらえるのかなぁ。まあ、さすがに食用で飼うのはまずいと思ってはいるんだけど……」


「オッケーオッケー! 大丈夫ダ! あいつラすぐ忘れルし、オレも牛肉よく食う! ちょっト言って来ル!」


「え……。いいんだ……」




 ガスラク率いるゴブリン十余名とバイソンは僕たちが引取り、村のはずれに住んでもらうことにした。

 お互いの文化は違うが、良き隣人として共に暮らしていければいいと思っている。





 ……王都から視察とかきたらどうしよう……。

 少なくとも、魔族が暮らしているとなればとんでもなく驚かれるのは間違いない。



 とはいえ、彼に生活の保証は確約したし、何より命の恩人を無下にすることなんて僕にはできなかった。




 出来れば魔族との平和の架け橋にでもなってくれたらいいんだけど……。



 いまだ魔族への恐怖は人族に染み付いている。


 しかし彼らもまた、同じ地を共に生きる仲間なのだ。




 ただし――。





「ギエー! ごめン! 許しテ! 暴力反対!」


 ガスラクはバイソンに追われて走り回る。




 ――この子たちは、少しばかりおバカなんだけども。



 新たな仲間を加えて、僕たちの村の日常がまた始まる――。

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