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20.VSゴブリン盗賊団(前編)

 日も沈んだ宵闇の中、魔性たちの姿がそこにあった。

 荒野の石に座り込み、周囲に同族を寄せ付けない威圧感を放つ巨体のゴブリン。


 体長二メートル程で、全身が筋肉の鎧に覆われたそのゴブリンは低音の声を響かせる。





「ホウ……。ならバ、今日が攻め時という訳カ……!」



「ハイ! キング! オレ聞いタ! あいつラ、今日アノ屋敷集まってル! 取り囲んデ、倒ス! 楽ちン!」



 キングと呼ばれたゴブリンの前には彼の半分ほどの身長の、貧弱なゴブリン。

 体のところどころに包帯を巻いている。



 巨大なゴブリンはグッグッと笑うと、立ち上がった。




「良くやッた……。貴様はいつも通り、薬草を準備してオけ……」


「は、はヒ……。ご、ご褒美、とか……は……」


 キングはギロリと小さなゴブリンを睨みつける。




「褒美ニ、俺の力を味わわセてやろうか……?」


 キングの言葉に彼は怯えた声を上げると、慌てて森の方角へと走っていった。





「フン……。役に立たナいクズめ……」


 キングはそう吐き捨てると、正面にたむろするゴブリンの群れに響き渡るような声をあげる。




「行クぞ野郎ども! 略奪の準備だ! お前らの力を見せてヤれ!」


 彼の叫び声に呼応して、ゴブリンの群れが雄叫びをあげる。




 その数はおよそ百体。



 ゴブリンの群れが、村へと迫っていた。






   ☆






 屋敷の中には村人全員が集まっていた。


 いくら広い屋敷とはいえ、総勢八十人ほどの大所帯。

 各部屋に別れていても、なかなかに狭苦しい。




 そんな中、ハナは炊いた米を丸めてみんなに配っていた。




「みなさん、お腹が空いては元気も出ません! どんどん食べてください!」




 塩を振りかけたライスボール。おにぎりと言うらしい。

 簡素ながらも調理に手間がかからず、パンのように携帯もできる


 いつ終わるかわからない戦いの前に用意するものとしては、理にかなっているのかもしれない。



 田んぼで急造した米のほとんどを振る舞う。

 それはもしかすると、お米が大好きなハナにとって願掛けの意味もあるのかもしれなかった。




 ハナが笑顔で周囲を鼓舞する中、セームは窓から外を覗き込んだ。




「落ち着けよ」


 エリックが彼に話しかける。


 セームはムリヤリ笑顔を作ってそれに応えた。




「……うん。ごめん。ただちょっとガスラクのことが心配になってね……」


 彼は先日保護したゴブリンのことを案じる。




「……まあ二度と会うことが無いようなら、そういう運命だったんだろうさ。忘れちまった方がいい」


 エリックは伏目がちにそう言った。

 セームは頷く。




「……ああ。大丈夫だよ」


 彼は深く息を吐いた。




「……この村は僕が守る」


 エリックは彼の様子を見て目を細める。

 セームの手は小刻みに震えていた。




「……無理すんな。大丈夫さ。誰もお前一人に押し付けたりなんかしない。みんなで戦うんだ」


 エリックの言葉に、セームは小さく頷いた。





   ☆





「行けェい!」



 ゴブリンキングの掛け声一つ、鬨の声をあげながら前衛のゴブリンたちは村へ向かって駆け出した。


 棍棒や冒険者から奪った革の鎧を身に着けて彼らは走る。

 水路が張り巡らされた農地を踏み荒らし、村の中で唯一明かりのついた屋敷へ向かって彼らの行軍は続いた。


 何に邪魔されることもなく、彼らは津波のように屋敷の前へと辿り着く。


 

 本能のままに殺して奪い蹂躙する。


 彼らに細かな指示などは必要ない。





 しかし、そんな彼らの波をせき止める者がそこにいた。







「――さて、ここが土俵際」



 屋敷の周りは堀のように、浅い灌漑水路に囲まれている。



 その水路が途切れる地点、屋敷の扉の正面。


 玄関に通じる唯一の通路。




 まるで橋に立ち塞がるかのように、彼女はそこで四股を踏んだ。


 その儀礼は大地への礼賛。






「……ここから先は、一歩も通さないのでありますよ」




 屋敷の前に立ち塞がるのは水虎、ミズチ。






 徒手空拳で立つ彼女を見て、ゴブリンたちは笑った。

 

 彼女の様子を伺いつつ、彼らは徐々に距離を詰める。





 そのうち一人のゴブリンが、彼女を丸腰と見て駆け出した。



 手持ちの棍棒で殴りかかろうと襲いかかる。






 しかし彼我の距離が2メートルほどまで縮まったところで、彼は盛大に吹き飛んだ。






 その場に一人たたずむのは、腕を伸ばしたミズチの姿。





 掌底一つ。



 十メートルの距離を弾き飛ばされ、飛びかかったゴブリンは気を失う。








 ミズチは姿勢を戻し、再び腰を低くしてかがみ込む。




 周囲のゴブリン達は顔を見合わせると、掛け声とともに三匹のゴブリンが一斉にミズチに襲いかかった。




「グキャアァー!」




 ミズチはそれに反応して、瞬時に地面を蹴る。




 掌底突き(張り手)


 下段蹴り(蹴手繰り)


 そして最後のゴブリンの腕を取ると、そのまま盛大に放り投げる(小手投げ)

 投げ飛ばされたゴブリンは、後ろのゴブリン数匹を巻き込みながら意識を手放した。






「……百人組み手、一度してみたかったのでありますよ。……さあ、次はどいつが相手でありますか?」





 ドン、と地面を踏み鳴らす。




 その気迫に押されてかゴブリンたちは彼女を遠巻きに見て立ち止まった。


 その内の数匹のゴブリンは、臆病風に吹かれたのか彼女を迂回して周りの堀を渡ろうとする。





 しかし――。





「グギェー!? ナンダコレ……!」


「……底ナシ沼ダ!」




 その足を泥濘(ぬかるみ)にとられ、彼らは立ち往生した。


 彼らの様子を見てミズチは笑う。





「正々堂々と戦わない輩には、お仕置きが必要でありますなー」



 彼女の言葉に呼応するように、次々と屋敷の窓が開いた。






「いくよ! 開拓民の意地を見せてやりな!」


 マリーの号令一つ、窓から次々と石や木片、中には生ゴミといったものまでが射出される。


 ドワーフ達が取り付けた、設置型の投石機(スリングショット)だ。




 射出されたそれらの物のいくつかが、沼にハマったゴブリンたちに命中する。


 ドワーフのムジャンが喜びの雄叫びをあげた。





「ヨッシャァ! 動いてる相手はさすがに難しいが、固定標的ならこんなもんよ!」


 次々と弾丸が射出され、ゴブリンたちを撃墜していく。





 その様子をゴブリンたちの最奥から見ていたゴブリンキングは歯ぎしりをした。





「忌々しイ……使えんクズどもめ……!」



 彼はそう吐き捨てると、後衛で待機していたゴブリンたちに怒声を浴びせる。







「魔術士隊! 家ごと燃やしテこいっ!」





 キングの一声で、顔に入れ墨をしたゴブリンたちが前へ出る。

 ゴブリンの中でも魔法の素養があった者たちが集められた、簡単な魔術を扱う部隊だ。



 彼らは前衛のゴブリンたちの後ろに隠れるように屋敷へ近付くと、魔術の詠唱を開始した。





「炎! 燃エロ! 燃エロ!」


「火! 熱イ! 熱イ!」



 様々な呪文とともに、彼らの手に炎の球や矢が出現する。

 彼らは振りかぶると、それらを屋敷へと投げ放った。




 火球や炎の矢が空中を走る。



 しかしそれらの撃ち出された魔法は、屋敷の壁に触れる直前に青白い障壁に阻まれて消え失せた。




「ギヤッ?」


 ゴブリンたちが首を傾げた。




 それを見ていたキングは奥歯を噛みしめる。


 彼は似たような術を上位魔族が使っている光景を見たことがあった。

 



「魔術障壁……だト……!」






   ☆






 屋敷の屋根の上には、ハナが月を背に立っていた。


 その顔には冷徹な表情を張り付けて、ゴブリンたちを見下ろしている。





「――例え槍が降ろうと、焼夷弾が降ろうとも」



 シャン。


 一瞬、ハナの隣に屋根から飛び降りるアズの姿がぼんやりと現れて、そして風に溶けるようにすぐ消えた。





「この世界でなら、家に傷一つ負わせません」




 風がハナの髪をなびかせる。



 引き続き無数の炎の魔法が屋敷へ向かって飛んで来るも、それら全てが青白く透明な壁に遮断された。






「――家内安全」




 ハナの瞳がほんのりと魔力の光を帯びる



 そこにはあらゆる災厄から家を守る、絶対の守護神が存在していた。






   ☆






「燃エロ! 炎! ホノ……ギエッ!」



 シャン。





 火炎球(ファイアボール)の呪文を唱えかけたゴブリンがその後頭部を打ち付けられる。


 コントロールを失った炎の火球が、その場で炸裂しゴブリンたちを炎に包んだ。



「ギエー!?」


「何ダ!? 何ガ起コッタ!?」




 シャン。




 呪文を唱えようとしたゴブリン魔術士が、片っ端からその頭を叩かれ呪文詠唱を妨害される。





 シャン。





 不可視の打撃が彼らを襲い、次々と魔術士たちを壊滅させていった。




 シャン。





 戦場に混乱が広がっていく。

 暴発を恐れ、魔術士たちは魔法の詠唱を控えだす。


 しかし彼女は容赦せず、彼らをどんどん昏倒させていく。





 シャン。





 

 音を置き去りにして、不可視の死神は戦場を駆け抜けた。








 ――シャン。







   ☆





 内側からかき乱され、ゴブリンたちの戦線は壊滅していた。


 既に三割程のゴブリンは何もしないまま戦闘力を失っている。




 一方的な惨状に、次々と逃亡者が現れ始めた。






「ギェー! ヤッテランネェー!」



 戦線を離脱したゴブリンは、屋敷を大きく迂回して村の方を目指す。


 留守の家を荒らして略奪を行い、そのまま脱出しようという魂胆だ。




 しかし、その上空には彼ら逃亡者を狙う狩人の姿があった。




 トス。





「……ア……?」




 軽い音と共に、ゴブリンはその場に前のめりに倒れ込む。


 なぜなら、その膝から下が彼の体について来なかったからだ。




「ヒヤァッ!?」




 切り離された足を見て、恐怖に声をあげる。



 そのゴブリンの瞳に映ったのは翼を携えた一つの影。





 それはまさに、死の天使。





 彼女は血の付いた刀を翻し、次の獲物に向かい飛び立っていった。







   ☆





 散り散りになり始めたゴブリンたちを見て、エリックが声をあげる。




「いくぞ! 二度と襲って来ないよう、恐怖を刻みつけてやれ!」



「おう!」



 口々に村の男たちは声をあげる。

 クワや棒の先に鎌をを取り付けたお手製の槍を構え、玄関から外に出る。




「いいか! 相手の数は少なくなってる! 必ず密集して、三対一以上で敵に当たれ! 深追いはするなよ!」



 エリックの号令のもと、男たちはチームを組んで前に出る。





「負けていられないでありますなぁ!」


 最前線をミズチが駆け、未だ戦意のあるゴブリンたちをなぎ倒していく。




「水神様に続け!」


 退却し始めたゴブリンたちに向けて、彼らは襲いかかった。






   ☆






 キングを名乗るゴブリンは焦りを憶えていた。




 ――ただの村人のクセに――!




 騎士団や冒険者を相手にしたつもりはない。

 ただちょっと最近食糧や金を溜め込んでいる村を襲ってやろうと思っただけなのに。



 ――そんな素人相手に、なぜ自分が作った軍団は壊滅しているのか――!



 既に半数以上が倒れ、残った者たちも戦意は低く逃走を始めている。



「――素人に劣るクズどモめ!」



 彼は吐き捨てるように言った。


 ――しかしそんなゴミどものおかげで相手の戦力はわかった。ここは一旦引くべきだ――。




 作戦を練って人間どもを皆殺しにしてやる。

 どれだけ手下どもを失おうが、そんなものはあとで補充すればどうにでもなるはずだ。




 彼が部下を見捨てて逃げだすことを決めた時、そこに一人の男が立ち塞がった。






 それはこの世界ではオーパーツとも言える、赤のオフロードバイクに跨った青年。



 彼は真っ直ぐとゴブリンキングを見据えて笑う。




「――さて、申し訳ないほどに作戦通りなんだけど……君を逃がすわけにはいかないんだ」




 男の不敵な態度に怒りと、そしてわずかな恐怖がキングの心に芽生えた。




 ――この男が俺の軍団を壊滅させたのか……!?




 物言いから察するにこの男こそが人間たちを操る存在。

 見た目からでは心中が読めない。



 多数のゴブリンたちを圧倒した相手が、いったい何を考えているのか。

 一欠片の不安は恐れを生み、キングの足を止めた。



 自身の怯えを振り払うように、ゴブリンキングは叫ぶ。




「貴様……何者ダ……!」


 ゴブリンキングの言葉に、彼は笑った。





「僕はこの村の――村長さ」

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