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18.魂のお米騒動

「これを食べてみてください」


 遠路はるばる南の街から来てもらった商人の男に、皿の上に乗った黒い塊を差し出す。


「なんだいこりゃあ……?」


 口髭を蓄えた男はそれをフォークで切り分け、一欠片を口に含んだ。


「ほお……。柔らかくて……ぷるぷるっと口の中で溶け出す……甘いねぇ。いやいや、美味しいよこれは。何て名前の菓子だい?」


「ヨーカンと言います」


 ハナが作ったワガシだ。



「この小豆を砂糖で煮詰め、芋から抽出した片栗粉で固めた品です。歯ざわりが良いでしょう?」


「へえ、この赤い豆が? なかなかいい味出してくれるじゃないか」


「はい、もちろん塩味で食べることもできますが、もっぱら甘い味付けをして食べられるようです」


 全部聞きかじりの知識だが、堂々と胸を張って喋ることが重要だ。



「なるほどねぇ。調理に何か気をつけることはあるのかい?」


「一度茹でてアクを抜いてください。あとはゆっくり煮立ててもらえれば」


「ふんふん。それなら簡単そうだ。わかった。一度街の店に出してみよう」


 彼の言葉に、思わずその手を握りしめる。



「ありがとうございます!」


 売れた。

 小豆が売れた。


 お値段はとりあえず小袋いっぱいで銀貨三枚。

 相場は今後の需要によって上下することだろう。


 麻袋に詰めた小豆を彼の馬車に積み込む。



「……美味しく食べられやがれです」


 一緒に来ていたアズがしかめっ面をしながらそれを見送った。

 まるで娘を嫁に送り出す父親のようだ。


 僕が横目でその様子を見ていると、商人は手持ちの鞄からいくつかの種子を取り出す。



「頼まれてた麦をいくつか持ってきたよ」


 彼はそう言って、数種類の麦を見せてくれた。



「うーん……。どれも一度試したやつですね」


 街で手に入る麦種はこれで全部のようだ。


 パンを作りたくて街の住民で麦を数種類植えてみたが、なかなかこの土地には馴染まないようだった。




「一度上手くいった物でも、二度目があまり上手くいかなくて……」


 僕の言葉に「ふうむ」と彼は腕を組む。


 その様子を見ていたアズが口を尖らせた。



「それ、土地が疲れてるです」


「え?」


「同じ作物は連続して植えすぎると土地が痩せていく物もあるです。例えば小豆なら同じ土地でニ、三回収穫したらちょっと休ませなきゃやべーです」


 商人の男は「へぇ」と感心する。



「お嬢ちゃん随分詳しいんだね」


「ふふん。小豆のことならアズに任せるです」


 彼女は無い胸を反らせる。



「ただでさえこの土地は今はノームがはしゃぎ回っているです。成長が早い代わりに、土地のパワーはゴリゴリ消費されてるです」


 そんなことになっていたのか。



「それを防ぐ方法はあるの?」


 僕の問いにアズは頷く。



「単純にしばらく別の作物を植えたり、肥料をあげたり、もしくは水を張ったりして土地の負担を軽くしてやるといいです」


 ふむふむ……。やっぱりまだまだ知らないことはいっぱいあるなぁ。

 彼女の言葉に感心していると、商人の男は馬車の奥を漁って一房の種子を取り出した。



「――水を張るといえば、南の国が原産の湿地で育つ穀物があるんだが……」


 彼が持ってきたのは黄色い藁で、その先端には麦のようにいくつもの種子が付いていた。



「あー、本で見たことある。この土地でも育つか試してみようかな。おいくら?」


「まあ貴重ではあるが、その量だからな。銀貨ニ枚にしておくぜ」


「……はいよ。どうも」


 小豆の代わりにもらった銀貨をニ枚返す。

 少量のため食料として考えるとかなり高いが、実験用の投資なので気前良く払うことにする。


 ふと横を見ると、アズが目を見開いてそれを凝視していた。



「……ど、どうかしたのアズ?」


 アズは何も言わずに僕の手をガシッと握りしめる。



「こ……これは……! まさか……!」


「し、知ってるの……?」


 彼女は瞳を輝かせた。



「――お米です!!」



   ☆



 その夜、屋敷の一室に僕とドワーフのムジャン、そしてカシャ以外の妖怪たちが集められた。



「第一回! お米を作ろう会議ー!」


 ハナの言葉に、ミズチが「うおおお!」と歓声をあげる。


 ……なんだこれ。



「というわけでこちらがその種籾(たねもみ)です」


 ハナがテーブルの上に、商人から買い取った一房の稲穂を取り出す。

 南の地方で取れる作物で、そこから取れる米は麦と同じく主食になるらしい。



「見たことはない品種ですが、既知の品種と概ね違いはねーです。条件さえ整えればおそらく大丈夫です」


 アズがハキハキと解説する。

 君そんなキャラだったっけ?



「問題は水田かなー?」


 サナトの言葉にハナが頷く。



「裏の池から水を引こうと思っています。山での棚田は土壌と作業効率の点から推奨できません」


「それがいいのであります。水質に関しては任せるのであります」


「はい。その辺りはミズチちゃんにお任せで。水門等の灌漑(かんがい)設備に関してはムジャンさんにお願いしようと思っています」



 突如話を振られてムジャンは目を見開く。



「……ま、まあどういうもんが作りたいか言ってくれりゃ作るけどよ」


「はい。最優先でお願いします。水路は既にカシャさんに掘り進めてもらっています。田んぼ自体は一段掘り下げしましょう」


 トントン拍子で話が進められていく。


 続けてサナトが言葉を続ける。



「水の管理はいろいろややこしいことになるからね。ミズチちゃんがいるから大丈夫だとは思うけど、一応そこは若くんがきちんと管理するんだよー?」


「えっ、あっ、はい……」


 まあ管理業務は村長の仕事のうちだろう。

 水田の灌漑が成功したら、村中の畑にも展開した方が村民の労力は抑えられるかもしれない。


 そちらの方も後々検討しておくか。


 それにしてもこの気合の入りようはいったい……。



「……そんなに凄いの? 稲って……」


 僕の問いにアズは「やれやれ」といった様子で深い溜息を吐いた。



「……いいですか。稲は大量の種子を付け、一粒辺りの収穫倍率がここいらの麦よりも断然高いです。更に言えば水を張ることで土地の疲労を最小限に抑えることができるです」


「水質は自分が完璧に管理するので、その点の問題は起こり得ないと考えてもらっていいのであります」


 アズの言葉をミズチが補足する。



「気候が合うかという問題はあるですが……なによりも! お米は我々のソウル・フード! ごはん! 煎餅! お団子! おはぎ! そして酒ー!」


 アズの言葉にサナトはパチパチと手を叩く。



「わ、わかった。わかったよ」


 気迫に押されて顔を引っ込める。

 今の彼女たちには逆らわない方がよさそうだ。



「出来るだけ早く収穫したいところですが、ノームさんの協力は期待できそうでしょうか?」


 ハナの問いに、サナトは首を横に振る。



「ノームちゃん、見ての通り気分屋さんだからねー。ちょっと難しいかも」


 その言葉にハナは考え込む。



「……わたしの魔力を使っても、食卓に上がる前の生物はどうしようもできません。無理に屋敷の中に小規模の水田を作ったところで、それはもう家という枠組みを離れてしまい成長の促進までは不可能です」


 ハナは恐ろしいことを言い出す。

 ベッドの横で栽培でもする気なのか。


 そこまで彼女たちを駆り立てる米とはいったい……?



「……うーむ、それだと気長に待つしかないのでありますか」


「……とはいえ、どんな災害があるかわかりません。この世界で未知の虫害などが起こる前に、せめて種籾は一定量確保しておきたいですね」


「うーん、ノームちゃんを説得する方法かー。前みたく餌付けしてもすぐに遊びに行っちゃうそうなのよねぇ、あの子たち」


 みんなが真面目な顔で話し合っている。


 蚊帳の外なのは僕とムジャンの二人だ。

 彼はもう帰りたそうである。巻き込んでごめん……。


 ……この子たちのお米に対する執念、凄いなぁ……。


 それにしてもノームを動かす方法か。

 何か彼らを釣れるものはあったかな……。


 頭の中で彼らのことを思い出す。

 そういえば、ハナの(ほこら)を作ったときに一緒にブラウニーに変化していたな……。


 ……ん?


 あ。そうか。

 彼らの協力を得られないなら、彼らと同じことができるようになればいいんじゃないか?



「……一つ提案があるんだけど」



 僕の言葉に、ハナたちが凄い勢いでこちらを振り向いた。

 その目は射抜くようにこちらを見つめている。


 ……怖いって。



   ☆



「やめるです! いーやーでーすー!」


 ミズチとサナトが無理矢理アズを連行する。


 場所は村の東、山のふもと。

 地脈の流れがどうとかで、ここが最適だとサナトは言った。


 そこにはこの前ハナのために作ったのとよく似た、小さな祭壇が建てられていた。




「アズは面倒くさいの嫌です! あずきだけを愛で続けたい! そんな年頃です!」


「あらあらあらあら」


「まあまあまあまあ!」


 サナトとミズチが口々に彼女をなだめる。



「ハナー! ハナー! 助けるですー! ハナー!」


 彼女の言葉に、同行していたハナは憐れみの笑みを浮かべた。



「ごめんねアズちゃん! お米の為に犠牲になって!」


「びえー!」


 彼女をその祠の前に据えると、僕は契約の本(レメゲトン)を開く。



「其の名はあずき洗い! 農耕と浄化と……あと、えーと、ついでに音と踊りと、なんか面白おかしい感じの可愛い農業の女神様!」


「ぎゃー! せめてしっかり定義しやがれです! ぐだぐだな化物になったらどうするつもりです!?」


 そんなやり取りをよそに、契約の本(レメゲトン)はきちんと光り出して彼女の姿を変容させる。


 彼女の頭にヘッドドレスが出現したかと思うと、その服はフリルのついた小豆色の服へ変化する。

 スカートがふんわりと舞い、白のニーソックスが出現した。



「ほらー! こんなのどこのパーティのドレスコードですー!? こんな格好で農作業なんてできるわけねーですよ! 歌って踊れる農耕アイドルなんて意味わかんねーです! そんな存在ありえねーです!」


 なおもわめくアズだが、すぐにミズチとサナトに担がれて連れて行かれる。



「おめーら憶えてやがれですぅー!」



   ☆



 なんだかんだ言いながらも、アズは米を育てるのに協力してくれた。

 やはり食欲には勝てないらしい。


 彼女が泥濘(ぬかるみ)に植えた種籾に手をかざして魔力を注ぎ込むと、その種籾が光を纏う。



「こうなったら諦めておめーらも協力しやがれです! 全力でアズが繁栄させてやるです!」


 アズは苗と対話して成長を促す。

 彼女にはいったいどんな光景が見えているのだろうか……。


 そうして育った苗を、事前に魔力を注ぎ込み地質を改善していた土壌へカシャが植えていった。


 植えた後もその成長を早める為にアズは対話を続ける。



「おめーらの言い分もわかるですよ? でもそこは割り切る必要があるっていうか、そういう進化を選択したのもおめーらですし。お互いの利益を尊重するです。大人になるですよ」


 アズは田んぼの前にしゃがみこみ、ひたすら対話を続ける。

 なかなか相手も粘り強いらしい。


 負けるなアズ!

 頑張れアズ!


 君の活躍を妖怪たちは祈っているぞ!


 そんな初めて見る語りかけ農法を行うのには大量の魔力が必要らしく、アズは頻繁に魔力切れとなった。



「魔力足りねーです魔力」


 アズが魔力を使う度に、僕は彼女を抱き寄せる。

 僕は日頃から魔力を吸われ過ぎていたせいか、少しずつ魔力貯蔵量が上がっていたらしい。


 気絶と引き換えに魔力が増す。

 なんだか筋肉痛で成長する筋肉みたいだ。


 さらに、妖怪は食事を取れば魔力の消費を抑えられるとのこと。


 その為にハナはアズに詰め込むように料理を作り続けた。

 妖怪は太ったりしないよな……?


 そんな風にアズに過酷な労働を強いて一週間とちょっと。


 水田には金色の稲穂が実っていた。



「……もう無理です」


 アズはそう言い残して倒れた。

 ああ、彼女の犠牲を無駄にはしない……。



「これはもう食べられるの?」


 稲穂を前にハナに尋ねる。



「これを十日ほど乾燥させます。そのあと稲からお米を取ったら皮を剥いて、表面を少し削って完成です」


「なるほど。楽しみだねぇ」



 これを収穫したら結構な量になるだろう。

 次を植えたら、一度村のみんなに振る舞ってお米の味を確かめてもらうのもいいかもしれない。


 稲穂が輝く小さな水田を見ていると、種籾を売ってくれた商人が姿を見せた。



「おおー。こりゃ凄い。もう実ったのかい?」


 驚きの声をあげる彼に僕は笑う。



「ちょっとした魔法を使いまして。といってもお試しですけど」


「いやあ、凄いねぇ。こんなこと出来る人、他じゃあ見たこともないよ。君はあれか、天才魔道士ってやつかい?」


 彼が茶化すように言う。

 僕じゃあなくてアズが凄いんだけれども。


 当の本人は屋敷のベッドの上で稲穂の幻影と戦っているので、この話題は触れないでおこう。



「そうそう、この前のアズキね。結構評判が良かったよ。また取引させてくれないかな? 次は三倍の単価で三倍の量でどうだい。他にもいろいろ取引したい作物があるんだけど……」


「ええ、是非。村のみんなも喜びます」


 村の農作物を一括で売って利益を分配。

 収支を付けて公開して領主(うち)に納める税金と村営に必要な分の税も差し引きして計算して……。


 幼い頃に家庭教師(アムダレッド先生)に叩き込まれた経理の技術がこんな風に役立つだなんて。

 ……うう、数字いやだよう。


 しかし泣き言も言っていられない。

 村の農業はようやく軌道に乗ってきたのだから。


 僕は風に揺れる稲穂を前に、明日の展望を頭に思い描いた。

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