17.座敷童をデートに誘う方法
あくびをこらえつつ背伸びをする。
村の収支を一から見直しつつ、昨日は少し頑張りすぎた。
今日はのんびりしよう、と廊下を歩いているとハナの姿を見つける。
彼女はベランダでぽかぽかとした陽気に包まれながら、膝を折って座っていた。
お茶をいれて休憩しているようだ。
僕はそっと後ろから近付き、あぐらで横に座る。
一瞬ハナは驚いた表情を見せたが、すぐにクスクスと笑った。
「どうしたのですか、主様」
僕も笑い返す。
「いやー、ハナを見てたら僕も休憩しようかなって」
僕は今日はまだ働いてもいないんだけども。
背伸びをして太陽の光を浴びる。
このままのんびりしていたい。
「まったく、甘えんぼうさんですね。主様は」
ハナは座ったまま間を詰める。
彼女の体温を感じた。
背筋を伸ばしてしまう僕とは対照的に、ハナは笑ってお茶請けの菓子を差し出す。
「主様も食べませんか。おはぎモドキです」
「オハギ?」
皿に乗った黒い塊を受け取る。
この前見せてもらった餡子というソースの塊だ。
手でつまんで一口。
おお? 中にもちもちとした感触の歯ざわり。
つるりとした食感が餡子と溶け合い、独特のぐにぐにとした食感が面白い。
中の弾力のあるゼリーと周囲の餡子が口の中に甘さを塗り広げ、小豆の風味が口の中いっぱいに充満した。
「片栗粉で作ったわらびもちを餡子で包んで丸めたんです」
「おおー……これがアズの言っていたワガシパラダイス……」
感動を口にした僕を見て、ハナはまたもクスクスと笑った。
彼女は僕の様子を見て満足したのか、力を抜いて僕に体重を預けつつぼんやりと外を見つめる。
「……まるで夢のようです。ついこの間までは、一人ここから外を眺めていたのに」
彼女の瞳はこれまで何を映してきたのだろうか。
「人々との交わり、移り変わる景色。その全てが幻のようで。……ふと目を閉じれば、元の形に戻ってしまいそう」
彼女は目を閉じて笑った。
まるでそれは彼女自身の存在すらも幻のようで、どこか儚さを感じた。
不安になって彼女の手を取る。
二人で外の風景を眺める。
大地は緑に満たされ、行き交う人々は笑っていた。
「……ハナ、一緒に外を歩かない?」
彼女を捕まえていなければ、いつか消えてしまうような気がした。
僕の言葉にハナは首を横に振ると、するりと僕の手を抜けて立ち上がる。
「……わたしはこの屋敷に仕える身。万が一のために魔力の消費は少しでも抑えておきたいのです。どうか主様、わたしに構わずお外へ」
彼女は笑みを浮かべたまま、その場を離れる。
――残念。フラれちゃったな。
僕は溜息をつく。
外から鳥の声がした。
☆
表に出ると、ドワーフのムジャンたちが作った窯の前にカシャとミズチがいた。
「……あれ? 何か形が変わってる?」
その窯の前に赤色の飾りがついていた。
「おお、ご主人! これは鳥居であります!」
「トリイ?」
それは土で作られているのか、窯の模様のようになっていたが、どこか呪術めいた雰囲気を感じる。
「鳥居。異界と現世をつなぐ門を表しています」
カシャが窓を光らせ解説する。
「自分も水神となったからにはこういう祠があった方がいいのかな~なんて思ったのでありますよ! 実際お野菜がお供えられていたことがあったので、十二分に威力を発揮しているのであります!」
誰かがここに祈りを捧げているのか……?
まあ水が貴重な土地だったのだから、そんな奇特な人もいるのかもしれない。
「今度失敗した料理とかお供えしに来ようか」
「酷いのであります! もっと敬って欲しいのであります!」
抗議の声をあげるミズチ。
よく観察すると、その服装が最初に召喚したときと少し違っている気がした。
「あれ? ミズチ、スカート履いてたっけ……」
最初はぴっちりとしたスパッツだけだったような気がした。
ミズチは僕の疑問にスカートを手で押さえると、冗談めかすような笑みを浮かべる。
「……えっち」
「え、ええ!?」
ち、違う!
いやらしい目で見ていたわけじゃあ……。
っていうか最初着けてなかったんだから、スカート履いてるのを指摘されてセクハラ扱いって酷くない?
慌てた僕に、カシャがピカピカと光って先程の疑問に答える。
「イエス、マスター。我々妖怪は存在の強度が上昇すればその力も比例して増大し、外見にも影響が及びます。この場合は、人々の信仰」
信仰。
ミズチは水神としてこの地の信仰を集めることで、魔力が増したということか。
王都の神殿を思い浮かべる。
信者の奪い合いになんてならないよな……。
……ま、まあ土着信仰には結構寛容なはずだ。
いきなり異端審問官が送られて村を焼き払うなんてことはないだろう。
……でも、何かあった時の対策だけは考えておこう。
そんなことを頭の中に巡らせていると、一つのアイデアが思い浮かぶ。
……もしかすると、いくつかの問題を解決できるかもしれない。
「二人とも。このトリイってやつ、どんな物なのか教えてもらってもいいかな」
☆
次の日の朝。
僕は半ば無理矢理ハナを連れ出して、建設中の宿屋の前に連れてきた。
周囲には仕事を始める前の何人かのドワーフや人間がいる。
ハナは状況がわからず、困惑しながらあたりを見回した。
「ハナ、これ僕からのプレゼント……っていうわけでもないんだけど」
そう言って彼女に見せるのは、端材の木で作った小さな家だった。
人一人ほどの大きさで、開き戸の扉がついている。
まるでノームの為に作られたかのような大きさだ。
それは鳥居に似た模様が描かれていて、ただの家では無いことを示している。
「えっと……これは……社……祠?」
ハナは首を傾げる。
「……うん。ハナと屋敷を切り離そうかと思って」
「……そん……な」
ハナは僕の言葉を聞いてすぐにしがみつく。
「主様! ハナの何がご不満でしたか! どうか、どうか後生ですから――!」
「ストップストップ! 違う! 離れられるようにするだけで、家から追い出すわけじゃない! ハナがいなくなったら僕が困る! 生きていけない!」
慌てて訂正する。僕の言い方が悪かった。
ハナは涙目でこちらを覗き込む。
「本当ですか……?」
「本当、本当だから! ちょっとだけ放して」
ハナはおずおずと手を離す。
まだ信じられてないのかな……。
「……まあその、ハナにはちょっと在り方を改めてもらおうと思って」
「いやです。主様から離れたくありません」
ハナは子供のように頬を膨らませて、きっぱりと言った。
……ここまで自分の意見を強く主張してくれたのは初めてかもしれない。
少し嬉しい。
「大丈夫、ハナは今まで通りでいいから」
子供をあやすように彼女の肩を叩く。
「……わかりました」
少し不満げな表情を浮かべながらも、ハナは頷いた。
……よしそれじゃあ。
あまりみんなを待たせるのも悪い。
「……ハナ、君の存在を定義しよう」
持ってきた契約の本を開く。
青白い光が座敷わらしのページから漏れ出た。
「其の名は座敷わらし。家主に幸運をもたらす者」
古語を使っているのは雰囲気作りの為だ。
周囲の様子を確認する。
ドワーフのムジャン達が僕たちの動向を息を呑んで見守っている。
街の教会で雰囲気を作り込んでいるのは、こういう荘厳な空気を出して説得力を持たせるためではないだろうか。
それが信仰の獲得に必要なことなのだと思う。
「……その力は家内の万事を支配する! 故に建築と調理を司り……!」
瞬間、ゾッと全身から力が抜ける感覚が襲いかかる。
崩れ落ちそうになるところを慌てて踏ん張った。
どうやら本に魔力が吸われているらしい。
初めてのことではあるが、ここで気を失うのは何かまずそうだ。
見ると、ハナはうつろな目で本を見つめていた。
その身体の表面を淡い光が覆っている。
僕は正面に視線を戻すと、歯を食いしばって言葉を続けた。
「――その在り方はここに再定義される!」
本から光が溢れる。
眩しい光が辺りを覆った。
急激に力が抜けていく。
たまらず片膝をついてしまったが、何とか本は取り落とさずに済んだ。
「……其の名は座敷わらし! 工匠と厨丁の神――!」
ゴウ、と強い風が吹き、本のページをめくっていく。
「――そして、この村の守り神!」
ハナの身体が強い光に包まれた。
僕の後ろのドワーフ達は僕に習うように、片膝をついて手を合わせる。
……意図したわけではないが、なんだかお祈りの様式みたいでサマになっているからよし!
僕がしようとしたことは、彼女に新たな神としての属性を追加することだ。
座敷わらしは家内のことが得意なのだろう。
ならば家を建てることや料理をすることにもその力は及ぶはず。
そして家を守る神ならば、この村の家々全てを守る神ともなり得る。
そのように彼女を定義し直した。
屋敷という依代から、村の祠を依代にした守り神という効果範囲の拡大。
その結果は――。
ハナを包む光が収まると、彼女の服の裾にポンッポン、と音をたててフリルがついていく。
背中には半透明なリボンが増えた。
……いったいどんな仕組みなんだろう……。
ハナがぼんやりとこちらを見つめる。
……成功……したのだろうか。
「……大丈夫? ハナ」
僕の言葉に、ハナはこくりと頷く。
「は、はい……。な、なんだかよくわかりませんが、魔力が溢れているようで」
ぼうっとしたまま、ハナは僕の手を握る。
「……主様は」
ハナはまっすぐと僕の瞳を覗く。
「……わたしを、解き放ってしてくださったのですね」
ハナの言葉に僕は頷く。
「……た、たぶんね。少なくともこの村の中なら、魔力を消費せずに歩けるようになったと思うんだけど……」
なにぶん手がかりがこの本ぐらいしかない。
確かなことは何も言えなかった。
「……はい。大丈夫です内側に魔力を感じます」
ハナは目を伏せる。
「わたしは今までずっと、一つの建物に縛られ続けてきました。……こちらの世に来る前から」
ハナは過去の出来事を思い返しているようだった。
「――それが座敷わらし」
人にとって家とは重要なものだ。
とはいえずっと家の中から出ないわけではないし、土地を移ることもある。
そんなとき、ハナは毎回取り残されていたのだろう。
「――ああ。でもあなたは初めてわたしを、隣に置いてくれる方なのですね」
ハナはその顔に穏やかな笑みを浮かべる。
彼女は置いていかれる度に、外を眺めることしかできなかった。
でもそんなの、可哀想だ。
外はこんなにも暖かくて、楽しいことがいっぱいあるのに。
僕とハナが見つめ合っていると、その足元を鉱夫姿をした小人……ノームが数人歩いていった。
今では村の中でちょくちょく見かけるようになった彼らだが、いったい総勢何人いるのかはわからない。
「オイラ!」
「オイラ!」
彼らは謎の掛け声と共に、僕が用意した祠へと入っていった。
パタン、と扉が閉じる。
僕とハナ含めてその場にいた全員が、突然のことに目を丸くしてそれを見ていた。
すると茶色の光が祠から発せられ、辺りを包む。
何やら焦げ臭い匂いが一瞬したと思うと、「チン!」という高音と共に光が収まった。
扉が開くと、そこには茶色い布の服に身を包んだノームたち。
「オイラ進化したー!」
「オイラたちはブラウニー! ノームともどもよろしくなのだ」
「コンゴトモ、ヨロシク……」
ブラウニー。
伝承によれば、家に住み着いて家人の仕事を手伝う妖精とされている。
ノームが変化したということは、おそらく彼らも精霊の一種なのだろう。
……ハナの座敷わらしとしての存在に同調したのかな……。
僕が首を傾げていると、ノームたちは「オイラ! オイラ!」と掛け声をつけながら行進をはじめた。
彼らの行進に合わせて、ドワーフ達が持っていた大工道具が淡く光りだす。
「な、なんだこりゃあ……」
刃こぼれしていたノコギリやノミの刃が修復され、他の道具達も時間が巻き戻るようにその形を変えていった。
村で古くから使われておりボロボロだったそれらの工具は、まるで新品のように綺麗になる。
ブラウニーとなったノーム達はその様子に脇目もくれず、そのままどこかへと去っていく。
「……こいつはすげぇ。早速試してみよう」
ムジャンは興奮したように周りのドワーフに言うと、彼らも頷き仕事に移りだす。
おそらくその作業は今まで以上に捗ることだろう。
……しかし、それはともかくとして。
「ハナ、一つお願いがあるんだけど」
僕は彼女に向き直る。
「……はい、何でしょう」
彼女は笑う。
「僕とデートしてくれないかな」
手を差し出す。
一度断られた後にその理由を解決した上で、こんなことを聞くのはちょっと卑怯な気もするのだけれど。
「……わたしは人間ではありませんよ?」
ハナは困ったような笑みを浮かべる。
ハナは長い間、館に縛られていた。
僕が年を取って死んでしまっても、おそらく彼女はこの村に残り続けるのだろう。
「……君と歩きたいんだ」
きっと将来辛いのは残されるハナの方だ。
でも僕は我儘でも、彼女と並んで歩きたかった。
彼女はクスリと笑う。
「……ありがとうございます。わたしでよければ、主様の御心のままに……」
彼女は伏目がちに僕の手をとる。
僕たちはそうして二人で村を巡った。
枷がなくなったハナは笑う。
きっと僕たちの歩く道は、明日へと続いているのだった。