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16.私が村長です

「奥のテーブルへ飲み物! 手前にはコレ!」



 そう言ってマリーはいくつかの料理の乗った皿をカウンターに乗せる。

 隣ではハナがスープの味を整えながら、鍋をかき混ぜている。



「了解!」


 それを手に取ると、テーブルへと運ぶ。




「おお、待ってたぜ」


「さっきの姉ちゃんじゃねーのか」


「忙しそうだからしょうがねーな」


 流れ者か冒険者といった格好の数名の男たちが笑った。



 フロアではサナトも忙しく動き回っている。



 村唯一の酒場兼宿屋。

 今日は三組の団体様が来ており、マリー一人では対応できなくなっていた。


 エリック・マリー夫妻のことは全面サポートすると約束したため、こうして僕らは手伝っているのだ。




 料理を出し終えて一息つく。


 なかなかにハードワークだ。


 僕がカウンターに寄りかかっていると、人相の悪いオッサンが酒を勧めてきた。



「おい兄ちゃん! 一緒に飲まねーか! おごるぞ!」


「おいおいあんたら、うちはそういう店じゃないよ! 可愛い子が欲しいなら街に行きな!」


 マリーの言葉にドッと彼らは笑う。



 ぐぐ、男らしさにはやはり筋肉が足りないか……。

 これでも街にいた頃よりは少しばかり体力がついた気はするのだけれど。



 腕の筋肉を触って確かめつつ、僕は彼らの言葉に返事をする。



「……僕は下戸なんで。それにしても景気いいっすね~。何かあったんですか?」


 必殺! 酒を断るために別の話を振るムーブ!


 角を立てずに話を逸らすスーパー社交スキルだ!

 欠点としては逸らした先によっては更に厄介な絡み方をされるという、諸刃の剣であること!




「おお、おお! 聞いてくれよ!」


 あー、これダメな奴だ。

 長時間酔っ払いに拘束される系だ。



 しかし心の中で時間の無駄遣いに覚悟を決めた僕に聞かされたのは、思っていたより何倍も面白い話だった。




「俺らは探検家でな。北の荒野の先へ行ってきたんだよ」


 そう言って彼らは冒険譚を語る。

 丘で一つ目の巨人を倒しただとか、遺跡の奥でアンデットの大群から逃げ帰っただとか、彼はまるで吟遊詩人のように自分達の冒険を語り出す。


 正直言って、ワクワクした。

 彼らの語り口は上手くて、仲間達から入る「お前はその時寝てただけだろ」とか「いやそりゃ言い過ぎだろ、せいぜいお前の二倍ぐらいだった」とか、ツッコミや訂正もまた彼らの話に信憑性を持たせ盛り上げていた。


 話と共に見せてくれたのはいくつかの宝石や黄金の装飾品に魔道具。

 街に行って然るべきところで売れば、しばらく遊んで暮らせるだろう。




「……っつーわけで、その遺跡から俺たちはこいつらを持ち帰ってきたってわけよ」



 男の言葉にマリーは笑う。




「景気がいいねえ。食事代二倍ぐらい払っていってもいいよ」


「カーッ! ただでさえ高いのによく言うぜ!」


 マリーと男たちは笑う。



 遺跡。ダンジョン。

 確かにロマンを感じる。


 しかし僕には縁がない話だろう。

 モンスターと戦い、数々の罠をくぐり抜け、その先の財宝を手にする。


 余程の体力と技能がなければ到底達成できない。



 まあ僕は、もっとのんびり過ごせればそれでいいのだ。





 そんなことを考えていると、奥のテーブルに座っていた紳士たちに呼ばれる。

 彼らは柔和な物腰で葡萄酒のおかわりを求めた。




「――こちら自家製のワインなんです」


 葡萄酒を出す。

 まだできたばかりで十分発酵もしていないが、それでも何とか美味しく飲めるぐらいにはなっていた。




「ああ、美味しい葡萄酒だよ。水がいいんだろうねぇ。熟成された味わいもいいが、こんなあっさりした風味もまたワインの魅力だよ」


 紳士は笑顔でそれを口に含む。

 気に入ってくれたらしい。




「ありがとうございます。お喜びいただけてこちらも作った甲斐があります」


 森から取ってきて栽培して潰して混ぜて……。

 思えば結構作るのには手間暇がかかっている。

 

 苦労して作ったものを褒められるのは、なかなか嬉しいものだ。





 そんな僕を前に、彼は別のテーブルを伺うように見ると小声で尋ねた。




「……少し聞きたいのだが、彼らとはどんな話を? いや、詮索するわけじゃあないんだけどね」


 彼は自身の身の上を説明する。


 彼の話によれば、彼は街からお共を連れてやってきた商人らしい。


 最近、ちょくちょく北の地を探る冒険者から古代の魔道具などが持ち込まれてくる。

 そこで現地の様子を探りにこの村まで来たとのこと。



 僕はしばらく考えた後、答えるのをやめた。

 説明するのが面倒くさくなったのだ。



「彼らに直接話を聞いてみましょう。なに、きっと喜んで話してくれますよ」





   ☆





 当初その商人の男は粗暴な外見の彼らに気後れしているようだった。


 しかし双方の様子を見つつ「今のジョークです」とか「気になるなら聞いてみては?」と間に入ってみたところ、スムーズに話が進んだ。




 僕は昔から、屋敷に出入りする人間とは身分差があっても誰とでも話をした。

 僕は父と仲が悪かったし口も固かったので、みんなどんなことでも気軽に愚痴ってくれたのだ。


 更に兄貴に連れられて、やたら治安の悪い場所の連中とも遊んでいた。

 ……まあそこに上手く馴染めていたのは、兄貴の腕っ節が強かったというのもあるのかもしれないけれど。


 そんな昔とった杵柄が役に立ったのか、彼らの話は僕を間に挟んで大いに盛り上がった。




「……ああ、では早速買い取りましょう」


「おお! こりゃ助かるぜ! 街まで戻らなくて済む! 補給したらまた出発するか!」



 いつの間にか彼らの間では商談がまとまっていた。


 ――冒険者の人達、元気だなぁ。




 どうやら商人は継続した売買契約を取り付けたらしく、冒険者もスポンサーが出来て大喜びといった様子だ。


 僕はその間でぼんやりと双方の様子を見つめていた。

 双方笑顔で握手する様子は、見ていて悪いものではない。



 商人の男は彼らとの商談を終えると、改めて僕に向き直り手を取った。



「ありがとう、君のおかげだよ。とてもいい商売ができた」


「いえいえ、僕なにもしてないですよ」


 本当に何もしてない。

 隣で座ってただけだ。


 しかし彼は手を握るとともに、僕の手の中に何かを手渡した。




「取っておいてくれ。この村ではまたお世話になるかもしれないからね。君のような有能な人材、直接雇いたいぐらいだよ」



 彼とお付きの従者はそう言って二階の部屋へと戻る。


 いやー、そこまで誉められるとなんだか善いことをした気分だ。




 にやにやしつつ手の中を見ると、一枚の金貨がその中に光っていた。



「……え?」




 ……金貨? 銀貨の間違いじゃなくて?



 街の物価で言うなら、小さなパンはだいたい銅貨1枚ぐらい。

 銅貨が10枚で銀貨1枚。

 銀貨100枚で金貨1枚。


 つまり金貨一枚は銅貨千枚。


 金貨一枚あれば、一月は遊んで暮らせるような金額だ。



 それが一時間ばかり、間に座って話を聞いてるだけでもらえてしまった。


 おおう……。

 

 この村に来て初めて現金で収入を得てしまった。

 嬉しい。




 ――いや、というかこれ、ビジネスの予感がするぞ……!





 僕は早速その晩、寝ないで計画を練った。




 でもやっぱり眠くなったので、結局は昼過ぎまで寝た。






    ☆





「こんなとこに呼び出してどうしたんだ?」



 エリックがやってくる。


 その場には僕とマリー、ドワーフのムジャンが既に待っていた。

 場所は村の北側。

 やや広めの空き地に僕達はいた。




「ここの小屋、潰したいんだけどダメかな?」


 僕の問いにエリックは、「ああ?」と首を傾げつつ小さな小屋を見る。


「こりゃベネックさんの倉庫だな。古くなってるし、あの人のことだから別んとこに移動してもらうよう頼めば了承してくれるだろうが……」



 エリックは訝しげな表情を浮かべる。



「なんで突然そんなことを? ここ潰すって……」


 エリックは周囲を見渡す。

 倉庫を無くせば、かなり広いスペースが出来るだろう。




「……何作ろうってんだ?」


 彼の問いに僕は答える。


「宿」


 僕の答えに、マリーは疑問を口にする。




「……うちの他にもう一軒?」


「いや、マリーにはこっちに移転してもらう」


「……へ?」


 マリーは驚きの声を漏らした。




「ここに大きな宿を建てる。冒険者向けの宿で、仕事の斡旋もするし、時には拾得物の換金も行う」


 もちろん中間マージンをもらう。

 それがメインの収入だ。



「冒険者としてはマネジメントを一括で委託することで探索業務に集中できる。逆に商人なんかは直接買い付けたり、仕事の依頼ができるようになる。そして依頼はこの村の住人もできるわけだ」


 要は商人に村のスポンサーになってもらい、村が冒険者をバックアップするということだ。

 いわゆる街の冒険者ギルドの業務を一括で行う。




「……今の宿はどうするんだい?」


「村の役所にするっていうのはどうかな。最近は移住者も増えて、エリックも管理が難しくなってきたろ?」


 エリックは頷く。

 おそらく今この村で一番働いているのは彼だ。




「……金はどうするんだ。そんな豪勢な宿、建てるったって金がねーぞ」


 エリックの言葉に、ムジャンが声をあげる。

 


「俺たちがやるさ。金なんていらんよ」


「いや、ダメだ」


 エリックが突っぱねる。




「それをやったら、あんたらを奴隷にしてた魔族と一緒だろう」


「扱いが違う。腹いっぱい飯が食えれば、俺たちはそれでいい」


 ムジャンとエリックが睨み合う。



「ス、ストップストップ!」


 なんでこの人達はお互いに譲り合う為に睨み合ってるんだ!




「たしかにすぐにはお金は支払えない。僕が雇うにしても、月に銀貨10枚が精一杯だ」


 相場としては十分の一以下だろう。




「……だから、甘える形にはなる。食料が余っている今だから出来ることではあるけど、僕にお金を貸して欲しい」


 エリックとマリーが顔を強張らせる。



「現金はそんなにねーぞ」


「ここにいるみんなで立会人になって、お金を借りたという事実を作って欲しい。実際の賃金は、儲けが出てから払う」



 つまりは保証人とも言える。

 儲けが出なくて賃金が払えなくなった場合、ゆっくりと返していくしかないだろう。





「俺はいいぞ」


 ムジャンが答える。


「そもそも金をもらえなくても俺はやるつもりだし、セーム様が払えなくなったところで金をもらうつもりはない」


 きっぱりと言い切る。



「宿を建てる、村が栄える、交易が盛んになる。そうすりゃ金を稼ぐ方法はいくらでも出来る。ドワーフってのは、腕がありゃ何でも作れんのよ」


 彼はニッと笑う。



「……まあ当の二人がそう言うならいいか」


 エリックは溜息を挟んで言葉を続ける。




「ドワーフのおっさんが宿を作る。俺たちが新しい宿を買い取る。古い宿は村で買い取る。本来はこんな金の流れかね」


「まあ村が買い取るというよりは僕が買い取る形かなぁ」


 エリックは僕の胸に手の甲を当てた。




「何言ってんだ。お前が村の代表だろ。それならもう村の金ってことでいいじゃねーか」


「……へ?」


 な、何の話?

 



「マリーが新しい宿を切り盛りするわけだ。当然俺もそこで暮らす。マリーを支えつつ、冒険者に仕事を斡旋する。いわば冒険者ギルドの親父。それが俺の仕事になる」


 なるほど。

 言われてみれば確かにそうなる……か。




「そうなった時、誰が村の役所で管理だの税金だの面倒くせー仕事してくれるんだよ」


「……え、えーと。……でも、僕みたいな新参者じゃあ……」


「うるせえ! もう数ヶ月も住んでて余所者面はさせねーぞ!」


 そ、そうか。

 もうそんなになるのか。





「だ、だってもっと村のリーダーに相応しい人はいるんじゃ……」


「いねーいねー! みんな自分の仕事で忙しいの! 字だって読み書きできる奴はそんなに多くねぇ。でもお前なら街や商人との交渉も出来るだろ」


 え、えええ……。

 そんな……。


 僕ののんびり生活がぁ……。




「……第一、リーダーに必要なのは何だと思ってやがる」


 エリックの問いに僕は考える。

 カリスマとか……能力とか……?



 父の言葉を思い出す。


 自分を偽ってでも、理想の姿を演じるよう父は言った。


 それってつまりは――。




「――信頼、かな」


 エリックは笑う。





「よしじゃあ信任投票だ。村長に相応しい人だーれだ!」


 エリックとマリー、それにムジャンが僕を指差した。


 この瞬間、ロージナの新たな村長が誕生してしまったらしい。



 

 ……本当に、こんなテキトーでいいのだろうか?


 エリックは僕の胸を二度叩く。




「安心しろ。みんなでお前サポートしてやる。だからお前の計画、絶対成功させてくれ」


 マリーとムジャンは頷く。



 つまりは僕を信じてくれた、ということだろう。

 ならそれに応えなくては。



「――うん。わかったよ。よし、じゃあ早速どんな宿にするかみんなで考えよう」


 そうして僕たちは宿の設計に取り掛かる。



 村は一歩一歩その歩みを確実に進めていた。

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