15.Of by for the people
カーン。
カーン。
ばたり。
「……ふう。どうやら一日仕事になりそうだな……」
南西の帰らずの森。
石斧を借りて、木を切り倒そうとやってきた。
今回は中には足を踏み入れていない。
だが何度叩いても表面の樹皮が削れるだけで、なかなか切り倒せそうにもない。
すぐにへばって地面に寝転がっていると、運搬用に連れてきたカシャがピカピカと窓を点滅させた。
「計算によれば、マスターの貧弱な筋力では目的の達成に百八十時間の所要時間が必要となります」
「さ、さすがに一週間はかからないと思うけど……」
「九割が休憩時間です」
「うーんこの信用のなさ」
「そして百八十時間目でギブアップします」
「一週間後の僕の心弱いな……。いやそこまで諦めなかったぐらいだから強いのか……?」
ぼんやりと空を見つめながら、そんな益体のない会話をする。
一面の青空に、鳥の鳴き声が響く。
――本当に帰りたくなって来た。
帰ってハナといちごでも食べてのんびりしたい……。
さっそくカシャの言葉通りに心が折れかけていると、がさりという音が森の茂みから発せられた。
咄嗟にその方向に視線を向ける。
もしかすると魔獣か何かがいるのかもしれない。
ごくりと息をのみつつ立ち上がる。
視線を向けたまま、ゆっくりとカシャの方へと近付いた。
何か出てきたらすぐに逃げ出す覚悟……!
しかし僕の予想に反して、そこに現れたのは人だった。
伸びたヒゲ、低い身長、ボロボロの服。
深く刻まれたシワは、壮年の貫禄を感じさせる。
しかしこの姿は――。
「……ドワーフ……?」
滅多に見ないが、人間とは同盟を結んでいる人族と称される種族のうちの一つだ。
西の方にはドワーフの国があるらしい。
この辺りでは滅多にみない種族で、僕も実際に見るのは初めてだ。
そのドワーフは血走った目でこちらへ歩み寄る。
「……人間とお見受けする」
彼は言葉を放つ。
低い声だ。
「……同盟の条約に従い、人族として保護を求めたい。こちらには少数だが人間もいる」
条約。
既に終結した人魔戦争の際、締結されたドワーフやエルフ達との共同戦線を張る条約のことだろう。
しかし残念ながら僕はさっぱりわからない。
父や兄上なら知っているのだろうけども。
「……そちらは何人いるんですか?」
「……十人以上。正確には答えられない」
……警戒しているのだろうか。
しかし三十も四十もいるわけではないだろう。
「いえ、みんな乗れるかなと聞いてみただけなので。……カシャ!」
「イエス・マスター」
カシャは僕の声に従い、荷車の形に変形する。
前方に動力を集中させ、後部に積荷を置くスペースを確保した形態だ。
「警告。不用意に本機の前方に飛び出した場合、他の世界へ転移する可能性があるのでご注意ください」
なにそれ怖い。
ドワーフはそのカシャの変形具合にギョッと目を見開いていたが、すぐに気を取り直して後ろを向く。
すると茂みの中から更に十五名ほどの人々が姿を見せた。
ドワーフ十人、人間四人と、あれはエルフだろうか。
「……かたじけない。動けない者を優先で頼みたい。まだ動けるものは歩こう」
「わかりました……。でも、二回に分けた方が早いかも」
僕の言葉を理解できず、彼は眉間にしわを寄せた。
☆
歩くメンバーには無理をしないように伝え、女性や怪我人たちを乗せてカシャと共に村へ向かう。
先にたどり着いたメンバーは酒場のマリーに任せ、再びカシャは後続のメンバーを迎えにいく。
僕はその間、ハナたちに声をかけて酒場の応援に行ってもらった。
更に鉱山を回ってエリックを連れて酒場に戻るころには、帰らずの森の前で出会った総勢十六人のメンバーは全員酒場に揃っていた。
彼らは全員ボロボロの服を着ていて、やせ細っている。
「こちら芋粥です。お芋と麦を細かく刻んで茹でています。胃に優しいので、よく噛んで食べてくださいね」
ハナとサナトが食事を出す。
アズとミズチが怪我人の手当に回っていた。
ドワーフ達はゆっくりとそれを口に入れる。
噛みしめるように味わい、胃に流し込んだ。
ゴフ、とドワーフむせたのを見て、ハナが水を持ってくる。
「大丈夫ですか?」
「すまねえ、違うんだ、すまねぇ」
見ると、彼は涙を流していた。
「ありがてぇ……。もうダメかと思った。このまま死ぬんだと覚悟した。本当に、ありがてえ」
見れば同じく泣いている者も中にはいる。
どうやら彼らは相当の死線を越えてきたらしい。
「何があったんですか?」
僕が尋ねると、リーダーらしいドワーフは息を整えた。
「俺らは魔族の拠点、グリーフから逃げ出してきたんだ」
グリーフ。
ここから北西、かなりの距離の場所にある魔族の支配領域だ。
魔族の支配体系は特殊で、明確な身分差が敷かれている。
それは人族と違って彼らは種族間の個体差が激しいからだ。
強き者は権利を持つ。
弱き者は、強き者に従う形でしかその生を享受できない。
魔族の最下層に位置するゴブリンなどは、たいてい奴隷のような扱いを受けているものだ。
その統治形態、生活様式などさまざまな違いから、人族と魔族は遠い昔から戦いを繰り広げてきていた。
殺し合っているとはいえ魔族は弱肉強食。
逆に言えば、利用できさえすれば人間だろうと生かしておく。
大抵は労働力の為の奴隷としてだ。
彼らはそんな囚われの奴隷生活から隙を見て逃げ出してきたということだろう。
「ここからずぅっと西にな。森を抜けた先に俺たちの国はあった」
過去形だ。
「襲撃で多くの者が死んだ。連れて行かれた先でもたくさん死んだ。逃げ出す時も死に、森の中でも死んだ」
男は天井を見上げる。
「上手く魔族に取り入った奴もいるが、ほとんどが死んだ。その生き残りや、捕らえられていた人間が産んだ子が俺たちだ」
見れば彼らの中でも人間四人は皆若い。
まだ十代半ばだろう。
「あそこは人間が生きていくには辛いからな……。こいつらは、この子らの親御さんたちに頼まれたんだ」
ドワーフの男が視線を向けると、彼らはびくりと震えた。
その目には怯えのような感情が宿っているように見える。
「……何も返せる物もねぇが、本当に助かった。ありがとう」
彼は頭を下げる。
その様子を見て、どうしたものかな、と僕はエリックに視線を送る。
「……考えられる最悪の可能性は何だと思う?」
僕の問いにエリックは少し考える。
「……魔族のスパイ、かね。表立って戦争はしてねーが、あいつら何考えてるかわかったもんじゃねーしな」
忌憚のないエリックの意見に、ドワーフは声を荒げた。
「そんな! そんなことはねぇ! 俺たちはあいつらを殺したいほど憎んでる!」
彼は上半身に身に着けていたボロ布を脱ぎ捨てる。
その身には多くの傷跡があった。
彼は悔しそうに歯を噛みしめる。
だがその様子にも、エリックは冷徹に答える。
「俺たちが信用するかどうかは問題じゃない。村のみんなが他所から来たお前さんたちを信じられるかってことだ」
エリックの言葉に僕も頷く。
「最低限の危機管理はしておきたいね。……まあ、妥当なところを考えると僕の家かなぁ」
僕の言葉にエリックも頷く。
ドワーフは訝しげな表情を浮かべた。
「この前の喧嘩試合を見るに、坊っちゃんとこの使い魔の連中はそこらの冒険者ぐらいなら相手にならなそうだしな。何かあってもそれなら大丈夫だろ」
エリックが言ったのはノームをおびき寄せる為に坑道の前で行ったスモウレスリングのことだろう。
僕もミズチやサナトがあんなに強いとは思わなかった。
目で追えなかったもんなぁ、アレ。
サナトはまだまだ全力を出してなさそうだったけど、いったいどれほど強いのやら。
「……まあしばらくしたら彼らの住む家を建てないと。僕の家の周囲なら大丈夫だよね?」
「ああ。……まあその頃にはみんな馴染んでるだろ」
僕ら二人の相談に、ドワーフは恐る恐る口を挟んだ。
「な、なんの話してるんだ……?」
エリックと僕は顔を見合わせる。
エリックは頭をかきながら、バツが悪そうに言った。
「あれ? お前ら移住希望者じゃないの?」
エリックの言葉に、ドワーフは口をポカンと開ける。
「ご、ごめん……! 話を聞かないうちから僕が先走っちゃって」
慌てて両者に謝る。
彼らの格好からいって、どこからか逃げて来たことぐらいはすぐにわかった。
なら重犯罪者だとかでなければ、この村で暮らしていけるのではと思ってついエリックに「村に移住しそうな人達が来た」と伝えてしまったのだ。
ドワーフは僕たちの言葉を聞いて、交互に二人の顔を見比べる。
「……正気か? 見ず知らずの俺たちをこの村で受け入れてくれるのか? ――もしや、奴隷では……」
「んなわけあるかよ。まあ働かねー奴に食わせる飯はねーけど」
エリックが溜息をつく。
人知れずその言葉はじんわりと僕に刺さった。
僕はこの村では働いているような、遊んでいるような、そんな曖昧な状態だ。
できることなら曖昧なままにしておきたいな……。
僕の考えをよそに、エリックは話を続ける。
「……だから、”最低限の危機管理が必要”ってことさ。この村をなめんじゃねーぞ。元々行き場のない奴らが寄り集まって作った村なんだ。……っていっても、親父たちの代の話だけどよ」
エリックの言葉に、ドワーフは手を合わせた。
祈りの様式は、少し人間とは違うらしい。
「おおなんという、なんとありがたきことか……。神よ……」
彼は地面に膝をついた。
「いやいや、これはギブアンドテイクなんです」
僕は彼の肩を叩く。
「今この村、めちゃくちゃ豊作でして。とりあえずお腹いっぱい食べる分は食料があります。でも人手が足りない」
何もかもが足りなかった。
鉱山、農作、住居……。
最近は土地が豊かになった噂を聞きつけてか、旅人の数まで増えてきた。
村の住人だけでは手が回らず、妖怪たちもフル稼働している。
「なので! 貧しい村ですが! 是非ご協力を……!」
彼のゴツゴツした手を握る。
「おお……おお……! 協力させていただきますとも!」
彼らは頷く。
「僕の名前はセーム。……あなたの名前は?」
「……俺はムジャン。よろしく頼みまさぁ」
そう言って彼は、両手で握り返してくれる。
彼らの瞳には希望の光が満ち溢れていた。
☆
一週間後。
ベランダから外を眺める。
一、ニ、三、四……全部で七つ……。
そこには七軒の木造の家が出来ていた。
……いや、いやいやいやいや。
外に出てドワーフのムジャンに声をかける。
「ちょ、ちょっと。頑張り過ぎじゃない?」
一日に一軒家を建てるって。
え?
手品か何か?
「我々ドワーフに任せていただければこのような仕事、造作もありませんとも!」
彼は胸を張って答える。
「いや……ほんと無理しないでね……」
「ハッハッハ、セーム様は心配性であらせられる」
いやいや、だって一日目はカシャを使って木を切って運んできて終わったでしょ。
実質六日で家を建てるなんて、どんな魔法を使ったんだ。
「まあとはいえ、中はスカスカです。何とか外面を取り繕って雨風をしのげるようにしただけの家。できるだけ手をいれないよう木も形を残したまま使っております」
そ、そうなのか……?
なら、働きすぎというわけでもないのか……?
僕のような怠け者からしてみたら、そんなに働いたらすぐに体を壊すんじゃないかと気が気ではない。
「おおっ! ムジャン殿ー!」
話をしている僕たちのもとへ、ミズチが駆け寄ってくる。
「いやー、あの窯すこぶる調子がいいのでありますよー。自分も創作意欲がガンガン刺激されまくるのであります」
彼女の言葉に裏庭を見ると、池のほとりにちょっとした小屋のような立派な石窯が出来ていた。
「そう言ってくれると嬉しいですなー。また何かあったら言ってくだされ」
……えっ!?
「家建てながらアレも作ってたの!?」
「アッハッハ! 気分転換というやつです」
ムジャンは豪快に笑う。
「や、休んで! せめて一週間に一日ぐらいは全力で休もう! みんな! ね! できればもっとたくさん!」
僕の言葉に彼は首を傾げつつも、「セーム様がそう言うなら」と了解してくれた。
あ、あまり周りが働きすぎると、僕が働いていないように見えるじゃないか……。
「今日は一日日向ぼっこでもしようかな~」なんて思っていたのに……。
……いや、まあそれはそれとして、僕は今日は日向ぼっこしよう。
僕の意思は硬い。
なんて意志力が強いんだろうか!
今日はもう、働きたくなーい!
空を見上げる。
温かい日差しが注ぐ。
――だって、こんなに天気がいいんだし。
僕はハナに声をかけて、一緒にお昼ごはんを作ることにした。
さーて、今日はのんびりしよっと。