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13.アマノウズメの奉納試合

「ブッハー!」



 カコーンと坑道の中につるはしが転がる。


 大の字で横になる僕に、エリックが笑い声を浴びせた。




「おいおい無理すんなって」


 彼の声に僕は乾いた笑いを返す。


 鉱夫の仕事を体験する為に来てみたが、一時間も経たずにこのザマだ。



 僕に肉体労働は向いていない。





「まあそこで休んでいいからよ。――お前は、お前に出来ることをしてくれればいいんだ」


 エリックはそう言って入り口の方へと歩いていく。


 出来ることを、か。


 実家ではそんなこと言われたことは無かった。




 僕は”霊感”なんていう役に立たないスキルしか持っていなかったし、兄達も小さい頃から魔法に剣技に非凡な才能ばかり持っていた。

 僕は常に周囲と比較され続け、その度に毎度敗北してきた。



 なら、僕に出来ることなんて――。





 頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると、視界の端に小さな影が映った。


 ネズミか何かかと思ってぼんやりとその影を視線で追う。




「えっほえっほ」


 高い声が聞こえた――声?


 もう一度それを見る。



 そこには幻想的なオッサンがいた。


 それは鉱夫の服装なのだが、その頭には先端に毛玉飾りがついた黄色のナイトキャップを被っている。

 顔のパーツは簡略化されており鼻だけが大きく、現実感がない。

 アゴから胸下までヒゲを生やしていて、その背丈は手のひらサイズだ。




 ドワーフ?


 いや、いくらドワーフでもこんなに小さくはない。


 妖精というやつか?




 その小さな妖精は、小さなつるはしのような物を振りかぶると坑道の壁を叩き出す。




「カン! カン!」


 自分で声をかけながら、石を叩く。




「フー! はたらいたはたらいた! かえってのむぞー!」


 またもえっほえっほと声をかけつつ、入り口の方へと駆けていく。

 しばらくすると、また同じく中へ入ってきた。



「きょうも一日がんばるぞー! あーめんどくせー!」


 言いながらカンカン壁を叩き出す。





「……何してるの?」


 僕が声をかけると、その妖精はビクリと震えてこちらを向いた。


 周囲を見回しつつ、自分が話しかけられたことに気付いて声をあげる。




「うわー! にんげんに話しかけられた! いじわるされる!」


 大袈裟に驚くそれに、僕は笑顔で敵意がないことを示す。




「しないしない。大丈夫ダヨー」


 手の平をひらひらと見せる。


 彼はまじまじとそれを見て、頷いた。




「ホントかなー? きっとホントかな? そりゃそうかー」


 結構ちょろかった。




「オイラ人間ごっこしてるのだー」


 カン、カンと壁を叩く。




「へえ、そうなんだ。……僕もしてたんだけど、疲れちゃって」


 僕の場合は鉱夫ごっこだけれども。





「にんげんは何でにんげんごっこするのだ?」


 うーん哲学だ。




「……楽しいから、かなあ」


「オイラも楽しいからにんげんごっこするのだー」


 カンカンと壁を叩き出す。




「そっかぁ。じゃあ僕たちは同じなのかもしれないねぇ」


 僕の言葉に彼は頷く。



「おんなじかー」


 なんだか話していて不思議な気持ちになる子だ。





「君は何なの? 妖精?」


 僕の問いに彼は胸を張って答える。



「オイラ、ノーム!」


 ノームかぁ。

 元素精霊の名前と一緒だなあ……。





 は?



 疲れからぼんやりとしていた意識を覚醒させて上半身を起こす。




「き、君、ノーム? あの?」


 その全身を改めて見直す。

 たしかにこんな格好の文献を読んだ記憶はある。



「だぜー」


 彼は右手をあげて肯定する。


 げ、元素精霊、こんなとこにいたの?





「君はここで何してるの?」


「人間ごっこ?」


 彼は首を傾げる。




「いや、そうじゃなくて……。いつからここに?」


「ずっと前。外のノーム、魔力吸い取られて消えちゃったのだー」



 元素精霊が滅んだ人族の軍と魔族の軍の戦争。

 それによって元素精霊はこの世界から消え去ったと言われている。





「だからこの山の中で隠れてたのだー。外に出ると消えちゃうぜー」


 少数残ったノームがここに隠れ住んでいたのか。

 この山、何か特殊な結界でも張られているのだろうか……。




「ここには君ひとり? 君たちはどうやったら増えるの?」


 このノームを増やすことができれば、世界の荒廃を止められるかもしれない。

 女性のノームとかいるんだろうか?




「オイラ一人なのだ。どうやったら増えるかと言われれば、頑張ると増える」


 うーん、ぼんやり~!




「頑張って増えて!」


「この山の中、快適過ぎて頑張りたくないのだ」


「……一緒に外に出よう」


「いやだー。オイラ消えちゃう」





 うーむ。


 おそらく人魔戦争は終結しているので、外に出たところで消えることはないと思うのだが。




 カンカン、と声をかけながらノームは壁を叩く。


「……外にはもっと面白いことがあるかもよ」


 ピクリ、と彼は動きを止めた。


「……美味しいものとかもあるかも……」


 キュッと首を捻ってこちらを見る。



 しかしすぐに視線を戻し、突然彼は駆け出した。




「やだー!」


 僕が引き止める間なく、岩の中に消え去るようにその姿を消す。


 ――説得、失敗。




 うーん、どうにか彼に外の世界を知ってもらうにはどうしたらいいかな……。






   ☆





 井戸に水を飲みにいくと、そこでは天狗(サナト)が女性たちと話をしていた。

 その聞き上手な性格が幸いし……もしくは災いし、よく話を聞かされるらしい。



「あら、若くん。頑張ってるのねぇ」



 彼女がこちらに気付き声をかける。


 ……そうだ、彼女に相談してみよう。




 契約の本(レメゲトン)によれば、天狗は山の神とも呼ばれるらしい。

 ならば地の精霊であるノームについてもわかることがあるかもしれない。




「……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」



 事情を説明する。

 坑道に住むノームという精霊が怯えていて外に出たがらない、と彼女に伝えた。




「なるほどなるほど。そうねぇ……」


 サナトは考え込む。



「外は十分魔力が溢れているからその子が消えることは無いと思うけど、お姉ちゃんにもノームちゃんっていう種族の特性まではわからないわ」


「うーん、そっか……」


 まあダメ元で聞いただけなので、答えが得られなくてもしょうがない。




「だけど……」


 サナトは微笑む。


「意固地になってる子の扱いなら、お姉ちゃんに任せなさい」


 その顔には自信気な表情。




「何か作戦があるの?」


 僕の問いに、サナトは人差し指を立てた。





天岩戸(あまのいわと)って知ってる?」






   ☆








「レディイス、エェエンドゥ、ジェントルメェエンッ!」


 僕の声に合わせて、歓声が上がった。




 日が沈んだ後の鉱山。


 そこに村人が集まり、特設簡易ステージを囲んでいる。



 カシャがライトアップを行い、あたりを照らしていた。



「今宵お集まりいただいた皆様にお送りするのはぁあ! 最高ぉーのエンターティンメントッバトォル!!」


 ワアァァァ、と客席から声が浴びせられた。



 そしてその中心には二人の女性。




「いやあ、わざわざ恥をかきに来るだなんて、なんとも滑稽なカラスでありますなぁ?」


 顔に歪んだ笑みを浮かべてミズチが言い放つ。



「あらあら。あまり大きなことを言うと、あとで後悔しちゃうわよー?」


 対するはサナト。

 その顔にはいつもの笑みが張り付いているが、目は笑っていない。





「……これから二人にはスモウ・レスリング・ファイトを行ってもらう! リング外に出るか、足の裏以外が地面に着いたら負け! 人間にできない技は無し! 他はルール無用の残虐ファイトだ!」



 飛んだり水を使うのは無し。

 本来のスモウは他にもいろいろルールがあるらしいが、複雑なルールを観客に理解してもらうわけにもいかないので、そこらへんは割愛した。




「河童といえば相撲……相撲といえば河童。天狗が出る幕なんて最初から無いのでありますよ!」


「あらあらあらあら……。お尻に手を突っ込むことしか脳のない井の中の蛙が、その汚い鳴き声を撒き散らしてるわぁ」


「尻子玉はそーいうやつじゃねーでありますから! 変なイメージを与えて誤解させないで欲しいのであります!」





 ……う、うん。


 「盛り上げて」とはたしかに言ったけど、大丈夫かな……。


 禍根が残ったりしないよな……。





 そんな僕の心中をよそに、リングの中央で審判役のアズが右腕を上げる。





「みあってみあってー、です」


 ミズチは姿勢を低く構える。

 一方のサナトは、見下すようにまっすぐと立ったままだ。




「はっけよーい……」





 シン、と周囲が静まり返る。




「……はっ……」





 アズが息を吸い込む。







「……はっくちゅんっ」


 シャン。


 可愛らしいそのクシャミと共にマラカスが振り下ろされた。



 

 それを合図にミズチが地を蹴る。


 右腕から繰り出される掌底がサナトを襲った。



 一方のサナトは身をひるがえし、回転するようにそれを避ける。

 後ろに一回転して、その勢いを殺さず回転蹴りを放った。


 低い姿勢をとっていたミズチの顔面にその足先が突き刺さる。


 蹴りの勢いで横に弾き飛ばされるも、ミズチは横に飛んでその衝撃を抑えたようだった。





 彼女は姿勢を崩しそうになりながらも何とか踏ん張りつつ、両足を地面に滑らせながら砂埃を舞わせる。



「っつぅ……! いきなりやってくれたでありますなー……」


「あらあら。油断しちゃったのね。虐めがいのある可愛い子……」




 観客から歓声が上がる。


 戦い慣れていると彼女たちは言っていたが、それでも怪我をするんじゃないかと僕は内心冷や汗をかきつつそれを見つめていた。






 ふと、後ろを振り返る。


 坑道の入り口。

 そこに目的の存在はいた。




 ノーム。


 それは半身を隠してこちらの様子を伺っている。


 外の賑やかな様子に興味を引かれているのだろう、キラキラと目を輝かせながらこちらを覗いていた。





 ――かかった(フィッシュ)





 僕はわざとらしく咳払いをする。





「あ~、お腹が空いたなぁ~~! ハナ~~!」


「はい、主様!」


 待機していたハナが料理を持ってくる。

 家の外では多少魔力は消費するが、村の中であれば消耗するほどではないらしい。





「こちら干し芋チップです」



 茹でた花咲き芋をすり潰し、薄く引き伸ばした後に乾燥させ油で炒めた品だ。


「早速いただこう! これはこれは! 脂と芋の濃厚な香りがふんわりと口の中に広がり、程よく塩味が利いて噛めば噛むほどうっまーい!」



 こちらを見ているノームが身を乗り出す。





「こちらヒポグリフの唐揚げです」


 塩とハーブを擦り込んだヒポグリフの肉に、芋から抽出した片栗粉をまぶして少量の脂で揚げた一品。

 ひょいパク。



「んんんん~! 口に入れた瞬間ジュワッと広がる脂の香りが鼻を突き抜けてなんともジューシィ~!」


 ノームが口を開けているのが見えた。





「こっちは青キャベツを使ったパリパリ塩和えです」


 青キャベツに帰らずの森から持ち帰ったオリーブの油、そして塩と少量のハーブを散らして和えたおつまみだ。

 手軽にできてなおかつ美味しい一品。



「んほぉー! さっぱりとした口当たりがパリパリとした食感と同時に口の中に広がる様子はまさにキャベツを用いた音楽会のよう! ここはキャベツのコンサートホールだったのかー! んまーーい!」




 我ながら何を言っているのかよくわからないが、ノームはだらだらと涎を垂らしている。


 こうかはばつぐんだ。




 わざとらしく、ハナがノームに声をかける。

 

 


「……ああ、でも作りすぎてしまったみたい。そこの御方、よろしければ一緒に食べませんか?」





 彼女の言葉に、ノームは即座に坑道の入り口から飛び出した。



「オイラも食べる!」


「のだ!」


「美味しそう~!」



 1、2、3……えっ!?

 増えてる!?



 彼らはハナの周りに集まると、料理に手を付けて騒ぎ出す。




「うまーい!」


「ありがとうー!」


「オイラたのしい!」




 こんな簡単にノームは増えるのか……。

 精霊とはよくわからない存在だが、案外気楽に付き合える存在なのかもしれない。




「……どういたしまして。ほら、外は楽しかったでしょ?」



 僕の問いに彼らはオツマミを頬張りつつ、手を上げる。

 喜んでくれているらしい。


 その足元を見て気付く。

 彼らのすぐ下の地面に、植物の芽が生えだしていた。



 ……地の精霊は、こんな力を持ってるのか。




 そうこうしているうちに、試合も佳境に入る。


「てめー! 絶対ぶっ殺すのであります!」


「あらあらあらあら。それならこちらは、生きているのを後悔させるぐらいに惨めな生を享受させてあげようかしら?」





 ……本当に、大丈夫だよな?




 そうして僕たちはノームたちと共にその晩、一時の宴を楽しんだ。






   ☆






 翌朝。


 鉱山は緑に覆われ、村の畑の作物達は急成長していた。



「あらあら。慌てちゃダメよ」


「オイラ!」


 居間では一人のノームとサナトが仲良くお茶をしている。





「いやあ……精霊っていうのは凄いんだね」


 僕は窓から外を見ながら呟く。


 山も村の中も一面の緑に覆われ、農地は作物が生い茂っていた。



 早割れ甜菜などは成長しすぎているので今日中に収穫しなければダメになってしまうだろう。

 

 全体の作物の成長は通常の五倍~十倍ほどの速度になっていて、精霊の力の強さを物語っていた。





 玄関を出てカシャを呼ぶ。

 池にはぷかぷかと、ボロボロの格好のミズチが浮かんでいた。

 その表情に覇気はない。



 どうやら昨日の勝利の代償は大きかったらしい。



「――さて、今日は忙しくなりそうだ」


 眩しい太陽の日差しが、暖かく僕を迎えてくれた。

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