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120.スラムの神殿

 黒装束たちは姿勢を屈めると、そのナイフを振るい襲いかかってくる。


「――イセ!」


「ふにゃ!」


 イセは飛びはね、そのまま天井を蹴り黒装束の頭にそのカカトを振り下ろす。

 対応できず一撃で気を失った黒装束を見て、もう一体の影は驚愕に身を引く。

 ――が、遅い。

 イセの裏拳の爪が黒装束を襲い、壁に叩き付けた。


「ナイス、イセ!」


「にゃふぅん! 喜んでる暇はないにゃ! 外には十人以上の息遣い! 短刀からは刺激臭、おそらく毒だにゃあ」


 イセは手早く襲撃者を処理しつつも、冷静に状況を分析する。

 毒が仕込まれているとなると、一撃喰らっただけで致死となる可能性もある。

 多勢に無勢で、さらには戦力にならない者が二人もいるこの部屋。

 ――ここにいるのはまずい。


「イセ、ナクア! 外に出よう――!」


 僕がドアの方に視線を送ると、イセが制止した。


「ドアの外は囲まれてるにゃ! ――蜘蛛女!」


 イセの声に、ナクアが顔を歪める。


「ナ・ク・ア! 三文字の方が覚えやすいでしょ、猫又ぁ!」


 ナクアは窓から身を乗り出すと、周囲の景色を確認する。


「……オッケー! ちょっとイセ、二人のこと掴んでわたしから離れないで!」


「了解にゃ! ……ナクアの腕、折れないか心配だけどにゃあ」


 イセはそう言うと、僕とマグの胴体を抱えてナクアにしがみついた。

 ……え!? ちょっと、これ何が――!


「ちゃんと捕まってなさいよ! ――落ちても、知らないから!」


 ナクアはその手を窓の外に突き出すと、手首から蜘蛛の糸を射出した。

 プシュッと音をたてて勢いよく放たれた糸が、王都の中を走る水道橋へと引っかかる。


「――いっけー!」


 ナクアはかけ声と共に、その身を乗り出す。

 彼女に捕まっていた僕たちもそれに続いて、空中へと飛び出した。

 空中に身が躍り出る。


「う……うわあああぁぁぁ!?」


 振り子の動きで、僕たちは夜空を翔る。


「――せいっ!」


 振り子の端まで振り切ると、ナクアは糸を千切って、新たな糸を射出する。

 そしてまた振り子の運動が始まり、僕たちはまるで密林でツタとツタを飛び移るようにして、街の夜空を跳んでいった。

 水道橋、時計塔、避雷針――次々と高い建築物に糸をひっかけて、僕たちは王都を縦横無尽に駆け回る。


「にゃははっ! さすがにこれに追い付くことはできないみたいにゃ」


「お、落ちる! 落ちるぅ!」


「こらご主人くん! どさくさに紛れて触らないの! ナクアの胸はそんな安く――」


「――前、前見るにゃあ!」


「……やっべ」


 ナクアの静かな呟きと共に、僕たちは振り子の勢いのまま窓へと突入する。

 とっさにマグを庇ったものの、その衝撃が体を襲った。


「にゃおぅ!」


 イセが着地して、僕たちを支えてその衝撃を殺す。


 そうして僕たちは、古びた物置のような部屋に転がり込んだのだった。


「いつつつ……! みんな、怪我はない? マグは?」


 僕の言葉にマグはぷるぷると首を横に振る。

 どうやら傷はなさそう――。


「――なんだね、君たちは!」


 男の声。

 声がした方を向くと、階下からやってきたのであろう壮年の男性がこちらを見ていた。

 僕は慌てて言い訳を試みる。


「ああっと、これはそのぉ、決して僕たちは怪しい者じゃなくて……」


 ……夜中に窓を突き破ってお邪魔する集団が怪しい者じゃなかったら、それはいったいなんなのだろうか。

 冷静につっこみを入れる僕の頭に、通報という言葉が過ぎる。


「その、窓は弁償しますし、ええと――」


「――大丈夫です、司祭様。おそらくその方は、自分でおっしゃるように怪しい者ではありません」


 僕が何とか言い訳しようとしていると、もう一つの声が男性の後ろから聞こえた。

 それは女性の声で――どこかで聞き覚えがある声だった。

 その少女はこちらを見つつ、ぴくりとも表情を動かさないまま口を開く。


「これは……驚きました。僥倖……呆然……ではなくて……」


 彼女の言葉に、僕は答える。


「……もしかして、偶然?」


 眼鏡をかけた彼女はポン、と手を叩いて頷いた。


「――正解です。お久しぶりです、セームさん」


 そこにいたのは、以前ロージナにやってきて共にドラゴンと戦った異端審問官の少女――ファナの姿だった。



  ☆



「事情はわかりました。ひとまずここなら大丈夫でしょう」


 僕がざっくりと黒装束の集団に襲われて窓につっこんだという経緯を説明すると、ファナはそう言って頷いた。


「ここは三番街、旧市街の神殿です。……といっても建物の老朽化が激しく、これまでほとんど使われていなかったのですが。今は私の隠れ家として使っています」


 僕たちは振る舞われたお茶をすすりつつ、司祭と呼ばれた男性とファナとテーブルを囲んでいた。

 ランプから漏れ出る光が照らす部屋の調度品からは、どれも古めかしい印象を受ける。

 掃除も行き届いていないようだし、彼女の言う通りしばらく人が住んでいなかったのだろう。


「こちらはパーソン司祭……信頼のできる方と見てもらって構いません」


 彼女の紹介に、司祭は無言で頷いた。


「何があったか、お聞きしても良いでしょうか? 詳しく事情をお話いただければご協力できるかもしれませんが……?」


 ファナの言葉に、僕は少し迷う。

 マグのことを正直に話すのは躊躇われた。

 ファナは異端審問官。

 そしてその実態は、神殿側と貴族側を行き来する内偵部隊でもあると聞いている。

 マグが賞金をかけられている以上、ここで敵対することも考えられるのだが――。


 僕が考えあぐねていると、彼女は視線を落として口を開いた。


「……このような話し方はフェアではありませんね。実は私はあなたと取引がしたいのです、セームさん」


 突然の彼女の言葉に、僕は面食らう。

 取引、ということは、こちらからも何か欲しいものがあるということだ。

 彼女は真っ直ぐにこちらを見つめながら、口を開く。


「今、我々異端審問官は、内外からの多くの圧力によりまともに動くことができません。しかし明らかに王都には何らかの陰謀が渦巻いており、それを解決したいと一王国市民として私は思うのです」


 ファナの言葉に、隣に座っていたパーソン司祭が頷く。


「――私からも頼みたい。ファナが信頼するのだから、よほどのお方なのだろう。我々はただ純粋に、王国民の平和と安寧を願っている」


「いえ、僕はそんな大した者ではないんですけど……」


 苦笑する僕に、ファナはその口元に少しだけ笑みを浮かべた。


「ご謙遜を。竜殺しの後も噂はかねがね聞いていますよ」


 ファナはそう言うと、自身のカップをテーブルに置いた。


「――今我々が板挟みになっているのは、枢機卿(すうききょう)と王侯貴族の派閥問題です。平たく言えば、王家のお家騒動ですね」


 彼女はテーブルの上にいくつかの小さな人形を置いて、説明しだす。


「現王、ザイン王は体力に不安を覚えており退位を考えております。そこで順当にいけば第一王子サハナ殿下に王位を譲るところなのですが……」


 第一王子サハナ殿下。

 その名前を聞いて、眉をひそめる。

 マグに暗殺されたとされている人物だ。


「サハナ殿下は元々革新的な方だったこともあり、国教の教義に反発していまして。彼が国王となれば国教が蔑ろにされるのは目に見えている為、保守的な第二王子を中心とした派閥が枢機卿や貴族の間に広がっているのです」


 ……ええっと、国教が嫌いな第一王子派と、好きな第二王子派で、権力者たちが真っ二つに別れたってことか。

 僕は彼女の話をかみ砕きつつ、僕は口を開く。


「――そこで起きたのが、第一王子の暗殺騒ぎ」


 僕の言葉にファナは頷く。


「お話が早いようで助かります。第一王子は暗殺され、意識不明の重体。ただでさえタイミング的に怪しいことこの上ないのに、そこにはいくつか不審な点が多いのです」


 僕は彼女の話に耳を傾ける。


「事件後、第一王子は治療中による面会謝絶状態にあり容体不明が続いています。政治的介入があり、様子をうかがうこともできません。……現王がいるので殺されているということはないでしょうが」


 ――政治的介入……。どんどんきな臭い話になってきた。

 ファナは話を続ける。


「そしてもう一つ……犯人として指名手配されている獣人の少女についてです。彼女は実は、一度異端審問官側で確保していたのです」


 ……マグのことか。

 ちらりとマグの方に視線を送ると、彼女はファナから視線を逸らして汗をだらだらと流していた。

 マグは一度、ファナたちに捕まっている……?


「しかし我々で保護したはいいものの、彼女は口が利けない状態でした。これでは証言を聞くこともできません。なので我々は彼女を保護したまま、独自に調査を進めていたのですが――その間、彼女を三度の暗殺未遂が襲いました」


「三度……? そんなに命を狙われていたの……?」


 僕の言葉に、ファナは頷く。


「はい。それで王都に置いていては危険と判断し、仲間と共に地方へと逃がしました。――しかし数日後、我々の仲間の死体だけが見つかりました。結果、獣人の少女は行方不明……」


 ……それで彼女は、ロージナまで流れ着いたのか。

 マグの表情を伺うと、彼女は悲しむような表情を見せていた。

 彼女を逃がした人物に、思いを馳せているのかもしれない。

 ファナは僕の方を見て口を開く。


「――現在、貴族側からも神殿側も圧力がかかり、我々は表立って動くことができません。しかし今も陰謀がこの国を覆おうとしています。我々は神殿に所属してはいますが、この国の者として不正が行われるのを見過ごすわけにはいきません」


 彼女はこちらを見つめた。


「ご協力いただけませんか、セームさん」


 僕はそれに頷いた。

 そしてマグの顔を覆うヴェールとフードを取りつつ、苦笑する。


「……大体目的は一緒みたい。僕からも、協力させてもらえれば嬉しいよ」


 ファナはマグの頭に生えた兎耳を見て、目を丸くした。

 ――そして、その口元に微笑みを浮かべる。


「――感謝します、神よ」

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