113.兎耳のグラスステッパー
「それは無茶ってもんさ。心を読むなんて能力は、ボクの在り方の対象外だからね」
屋敷の居間、お茶の時間。
僕はサグメとカードゲームに興じながら、マグが言葉を喋れないことを相談した。
天邪鬼であるサグメなら彼女のことも理解できるかもしれない。
しかし僕の予想に反して、彼女は首を横に振った。
「生憎とボクは相手に語りかけ扇動するのは得意でも、相手の思考を読み取るなんてのは……無理とまでは言わないが、安全にできる保証はない。感情を読み取ったり、機械相手に相手の深層心理まで潜り込むならまだしも、生物相手となれば話は別だ」
彼女は紅茶の香りを楽しみながら、笑ってみせる。
最近東の国から海を渡ってやってきた、新たな種類の乾燥茶葉だ。
「似通った精神構造は、それ故に混ざりやすい。それ故に外から見た感情はわかりやすいんだけど――はい、上がりだ」
僕の手札から引いてペアとなったカードを捨てて、彼女はゲームに勝利する。
既に僕は5連敗ぐらいしていた。
「まあボクが二人になったり、彼女が発狂してしまってもいいのなら、協力するのもやぶさかではないけどね」
彼女の言葉に僕はため息をつく。
サグメなら言葉の喋られないマグとも、意思疎通ができるかと思ったんだけど。
「……それは最後の手段に取っておくよ。サグメが増えちゃったら、僕がいじめられっぱなしになっちゃうからね」
「そりゃあ酷いね。ボクは可愛がってるつもりなんだけど」
冗談めかして言う彼女に、ボクは苦笑するのだった。
☆
「こいつぁ無理だな」
サグメに相談した次の日のこと。
僕はマグの首輪を見せるべく、マグと一緒にムジャンの工房へとやってきていた。
説明してから彼女の首輪を見せると、ムジャンは開口一番、否定的な言葉を呟いた。
「この鍵穴は外からは開けようの無ぇ細工だな。合鍵を作るには鍵の現物が必要だ」
どうやら工房の主であるムジャンにさえも、それは難しいことらしい。
「それにこの首輪の太さだと、無理矢理切ろうにも首が焼けちまう」
ムジャンはマグの首と首輪の間のスペースを測りつつ、顔をしかめてそんなことを言った。
当のマグは口を尖らせている。
やはり首輪が付いたままだと不満なのだろうか。
「……魔法か何かかかってたりする? 彼女、喋れないみたいなんだけど」
「さてどうだかな。見た限り変な装飾はされてなさそうだが」
ムジャンはそう言うと首を傾げた。
つられるようにマグも同じく首を傾げる。
……ムジャンに魔法のことを聞いても仕方ないか。あとでイスカーチェさんあたりに聞いてみよう――。
そんなことを考えている僕の顔をマジマジ見つつ、ムジャンは眉をひそめた。
「この子はなんなんだ? 奴隷か何かか?」
ムジャンの言葉に、僕は言い淀んだ。
魔族の国と違って、このディオス王国においては人を奴隷として所有することは禁じられている。
それはこの国の国教の教えの一つだ。
ドワーフやエルフも、先の魔族との大戦で共同戦線を張ったが為に人と同じ種として明確に奴隷扱いは禁じられている。
……しかし。
「……わからない。昨日、イセが拾って来たんだ」
僕は苦笑しつつそう返す。
この国では人を奴隷にすることは法律で禁じられているが、その他の亜人種については明言されていない。
ゴブリンや兎人を始めとする亜人種は、『人ではない』として奴隷扱いされることもあるようだ。
その辺、法律的にはグレーというか、詳しい言及は避けられている。
おそらくうちの領地の中にはそんなところは無いはずだけれど……。
一つだけ言えるのは、国内にはそういった人間以外への差別感情が少なからずあるということだった。
僕の言葉にムジャンは腕を組む。
「……魔族の国から逃げてきた、ともちょいと考えにくいか。あそこは奴隷に首輪なんて高級なもの、付けてなかったからな」
自嘲気味にムジャンは鼻で笑う。
たしかにムジャンやイスカーチェさんが逃げてきたとき、彼らは首輪なんてしていなかった。
少なくとも魔族の国から逃げてきたわけではないのだろう。
僕がそんなことを考えていると、マグが頭の耳を揺らしながらトコトコと工房の中を歩き出す。
床にしゃがみ込むと、落ちている鏝や金槌、ヤットコなんかに視線を送った。
そのうち金槌を拾い興味深そうに床を叩く。
「おうおう、なんだ嬢ちゃん鍛冶に興味あんのか?」
マグはムジャンの問いかけに勢いよく頷く。
そして次に、炉に風を送り込む小さな鞴を拾って、ムジャンに向けて風を送った。
ムジャンのヒゲが風に揺れる。
「ハッハッハ! 涼しい涼しい。嬢ちゃん暇なら鉄叩いてみるか?」
冗談めかして言うムジャンの言葉にマグは首を振ると、体全体を使って飛び跳ねながら喜びを表現した。
そのまま手を叩きつつ、両足でぴょんぴょん跳ねる。
「……嬉しいみたい。イスカーチェさんも森に行ってるし、マグはここのお手伝いしてるかい?」
僕の言葉にマグは頷く。
それを見てムジャンはにっこりと笑った。
「よしよし、威勢がいいやつは嫌いじゃないぜ。まあ無理しない程度に頑張ってもらおうじゃねぇか」
マグはムジャンの言葉に笑顔で両手を挙げる。どうやら彼女からしてみても、問題なさそうだ。
僕はマグのことをムジャンに預け、自分の仕事へと戻った。
☆
昼間に森から帰ってきたイスカーチェさんを捕まえて、マグの言葉のことについて尋ねてみた。
彼女は忙しそうにしながらも相談に乗ってくれたが、結局有力な情報は得られなかった。
イスカーチェさん曰く、魔法の類いで喋られなくされているにしろ首輪の内側も見てみないと何とも言えないとのこと。
精神的なショックを受けた時に声が出なくなることもあるようなので、そういう意味でもマグの状況を簡単に判断することはできないらしい。
……何にせよ鍵を見つけられればいいんだけれど、そもそもマグがどこからやってきたのかもわからない以上、探しようがなかった。
「うーん、イセがマグを見つけてきたところも別段何かがあったわけでは……」
僕がそんなことを考えつつムジャンの工房の扉を開けると。
「おつかれさま……ってあれ? マグは?」
ざっと工房の中を見渡して彼女の姿がないことを確認した僕に、ムジャンが窓を指さす。
僕がそちらを見ると、窓の外にはマグの姿があった。
「……あの娘、金槌握って10分で外に出てったぜ」
「あはは……。ごめん、迷惑かけたかな」
「いや、別に迷惑はかかってねぇよ。楽しそうなら何よりだ」
そう笑いながらムジャンが目を細める。
その視線の先には、工房の前の草むらで自由に跳ね回る兎耳の少女と、イセの姿があった。
☆
それはセームが工房を出て行ってすぐのこと。
「ふにゃぁ」
降り注ぐ日差しの下、涼しい風を受けながらイセは草むらの上で寝転んでいた。
ムジャンの工房の周囲は工房から漏れ出る熱が伝わってくる為、彼女のお気に入りのお昼寝スポットとなっている。
その体の内にサラマンダーを宿したイセは、熱に惹かれるようにしていつもそこで過ごすのが日課となっていた。
――最近は害獣となるようなネズミもすっかり見なくなったし、今日も自由気ままなお昼寝タイムを謳歌しよう。
そう考えていたイセを衝撃が襲ったのは、お昼前のことだった。
それは背中からやってきた。
「――ふぎゃっ!?」
完全に油断していた彼女の背中を物理的な衝撃が襲い、イセは肺が潰れたような悲鳴を出す。
「お、お、おお……!?」
イセが首だけ振り返り背中を確認すると、そこには先日道ばたで拾った兎耳の少女の姿があった。
彼女はイセの頭から生えた猫耳を、無言でわしゃわしゃと揉みしだく。
「なん、何すん――何してるにゃ!?」
イセの言葉に応えず笑顔のまま、首輪の少女マグは髪の毛に覆われたイセの側頭部へと手を這わせる。
イセはそれに身じろぎしつつ、少女に言い聞かせるように大声で叫んだ。
「おま、お前ー! そこはダメにゃ! 猫又の不可侵の神秘ゾーンであって何人たりとも――おい! 聞いて! 本当やめるにゃ! やめろって! ふにゃあー!」
イセが叫ぶと共に、勢いよく体を起こす。
猫又の膂力に突き飛ばされて、マグはゴロゴロと草原の上を転がった。
「ふしゃー!」
イセが四つん這いになってマグを威嚇する。
マグはそのまま草原に大の字で寝そべり、動かなくなった。
「……あわわ! やっちまったかにゃ……? か弱過ぎるにゃ……」
イセは慌ててマグの下へと近付き、見下ろした。
イセが一見する限り、外傷らしきものはない。
「心音は――」
倒れたマグの胸元にイセが顔を近付けた瞬間。
マグが目を開けて両腕でイセにつかみかかった。
「ふにゃっ!?」
イセは身を翻して、するりとその腕から抜け出し一歩後ろへと飛ぶ。
そんな彼女の様子を見て、マグは笑いながら立ち上がった。
「お前……兎なのに狸寝入りとは! わちきのことを老獪なる猫又と知っての狼藉か!? 怒らせると……凄いことになるにゃ!?」
マグは笑顔のまま首を傾げ、そしてまた一歩距離を詰める。
敵意が無いことを表す為か、それともさらに揉みしだこうという意思表示か、マグは両腕を掲げながらじりじりと詰め寄った。
「そ、そ、それ以上近寄るんじゃないにゃ! 本当に手加減難しいのにゃ! お前、怪我するにゃよ!?」
イセがそう言い終わるのと同時に、マグが跳ねた。
イセはそれに反応して、身をよじってその腕から逃れる。
「そういう過剰なふれあいは猫又の繊細な心を傷付ける恐れが――にゃあっ!?」
しかしマグは諦めずにまた飛びつき、イセの黒髪をわしゃわしゃと激しく撫で始めた。
「あぁあああー! おやめください! おやめくださいお客様! ふにゃあーー!」
振り払おうにもか弱い少女相手では加減が難しく、かといって何かあったら主の機嫌を損ねることになる。
イセは頭の中でいろいろ考えて――。
「……もう、好きにしろにゃあ」
――なんだか面倒くさくなって、考えるのをやめた。
☆
「イセがボロぞうきんみたいになってる……」
「もふもふ禁止令を……ぬし様……禁止令を出すにゃ……」
僕が外に出ると、イセは力尽きて地面にうつ伏せになりながらそんなことを呟いた。
その背中にはマグが乗っており、イセの耳をわしゃわしゃと撫で回している。
「猫好きなの?」
僕の言葉にマグは大きく頷いた。
その屈託のない笑みを見て、僕は苦笑する。
「……だそうだけど」
「わちきは兎は好きじゃない! にゃ!」
兎人だからということ以前に、イセはロージナでも一匹狼のように暮らしていた。
あまり集団で暮らすのを好まないのかもしれない。
……なら逆に。
「……でもイセに懐いてるみたいだし、マグのことはイセにしばらく任せようかな。同じ獣耳だし」
「えー!?」
イセが不満そうな声を上げる。
でもこれがきっかけで、ロージナのみんなとも仲良くしてくれたら嬉しいんだけどな。
……余計なお世話かもしれないけど。
「ね、お願い。頼むよイセ。他に頼める人がいないんだ」
僕は顔の前で手を合わせて、イセに頼み込んだ。
みんなが忙しいというよりは、イセだけが毎日暇そうにしているというだけなんだけれど。
僕の言葉にイセは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……今度、魚の養殖を始めようと思ってるんだけど、人手が足りなくてさ。イセにマグのこと任せられれば、僕がその分作業に取り組めるよ」
「ぐ……! 川魚を人質に取るとは、ぬし様汚い……! しかし新鮮なお魚……!」
イセはしばらく頭を抱えたあと、諦めたように四肢を地面に投げ出した。
「しょうがないにゃあ……。わちきはイワナが好みにゃ」
「あはは、了解。お魚についてはミズチと協力して頑張ってみるよ」
苦笑する僕と地面に顔を突っ伏すイセをよそに、マグは一人イセの頭を撫で続けるのだった。
……頑張れ、イセ。





