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11.天然迷宮脱出路

「はい、お待たせ」


 エリックと僕の前に、マリーが料理を出す。

 その皿は横長の葉っぱのような、ミズチ特製素焼きの皿だ。



「スイートポテトとキャベツサラダ」


 テーブルの上にそれらの品々が置かれた。

 

 黄色いスイートポテトを切り分け、一口放り込む。


 サク。

 甘みと芋の芳ばしい香りが広がる。



「うおー、凄い。ちゃんとしたお菓子だ」


 最後に食べたお菓子らしい物は乳母のクッキーだ。

 久方ぶりの甘みに、まるで力が溢れるかのような感覚を体の節々に感じる。



「うまいうまい! いくらでも食えそう」


 エリックの言葉に、ホッとマリーは胸を撫で下ろす。


「よかった。(ふか)した花咲き芋を()して甜菜糖(てんさいとう)を混ぜ込んで焼いたんだ」


 早割れ甜菜は掌大の小さな根菜で、二ヶ月程立つと身が割れてしまうことからその名がついた野菜だ。白い身を煮詰めると茶色の甜菜糖を抽出することができる。

 花咲き芋は白い花を咲かせる芋で、その繁殖力は放っておいても勝手に増えるとまで言われる作物だ。


 次にサラダの方に手を付ける。千切りにされたキャベツと細切れにされた甜菜の塩和え。


 シャリ。


「んんんん……」


 エリックと顔を見合わせる。

 彼は渋い顔をしていた。


 苦い。酷い青臭さが鼻を突き抜ける。

 まるで地面に生えた草に炭を練り込んでそのまま口に放り込んだような、そんな味わいが舌をえぐった。


「……健康そうな味だね」


 僕の言葉に、エリックはノーコメント。



「あ、やっぱりダメだった? 甜菜はやっぱ飼料用だね。青キャベツだけなら美味しいんだけど」


 そう言ってマリーは塩キャベツが乗った皿を持ってくる。


 青キャベツは成長しても拳大の大きさの、小ぶりなキャベツだ。

 その身は緑色だが、成熟すると一番外側の皮が青みを帯びてくる。

 青い部分は硬くてとても食べられないが、煮込むと良い藍色の染料となる。


 これらの野菜は少し前から村の畑に植えている作物だ。

 どれも短期間で育成できる野菜で、いくつか失敗した野菜達の中でも見事に育ちきったのがこの三種だった。


 塩キャベツをパリパリと口に入れてくる。

 サッパリとした食感が酒のつまみにもあうだろう。

 

 エリックが安堵の溜息をつく。



「……これなら食料に関してはしばらく問題なさそうだな」


 三人して安堵の表情を浮かべる。

 これで当面の食料事情は改善されるだろう。

 あとはゆっくりと作物の種類を増やしつつ、場合によっては畜産も考えるべきかもしれない。


 そして衰退している鉱業を何とかして産業を発展させれば更に豊かになるんだけども……。

 そんな途方もないことを考えていると、エリックが料理を食べ終えた。



「ふー、ごっつぉさん。たまには甘い物もいいなあ」


 彼の言葉にマリーは笑う。


「もっとバリエーションがあればいいんだけどね」


 甘い物のバリエーションかぁ。



「何か果物でもあればいいんですけどね」


 僕の言葉に二人は「うーん」と頭を捻る。


「……南西の森に少しは自生しているんだけどな」


 エリックが思い出すようにそう言った。


「南西の森……?」


「ああ、少し距離はあるが薪が足りなくなった時はあそこへ行く。ただいろいろと危険でな」


 エリックの言葉に、マリーが続く。


「あそこは中に入ると必ず迷うってぐらいにわかりにくいんだ。ずっと前には村から行方不明者も出た」


「……その行方不明になったヤツが言った最後の言葉は”ちょっとそこで小便してくる”だった。魔獣か何かが住んでるとも言われている」


 エリックは笑う。



「だから外側の木を切るだけさ。ここらに住む人間は誰も中まで入らない」


「ついた名前が”帰らずの森”。……行くのは構わないけど、いくら賢者サマとは言え油断しちゃあダメだよ」


 マリーの声色からは心配の色を感じた。



   ☆



「わたしは長時間屋敷を離れることはできませんので……」


「アズは畑の面倒見なきゃいけねーです。最近は村全部見回っているです」


「自分もウンディーネ殿を吸収したことで、おいそれとこの村は離れられないのであります」


「本機は森林内の活動については動作保証の範囲外です」



 果物を手に入れようとみんなに話をしたが、結局一人で行くことになった。

 まあ森の中へと入らなければ、そうそう迷うこともないだろう。


 念の為にバックパックに契約の本(レメゲトン)も入れたし、万が一にも安心――。



「――迷ったぁぁああ!」



 僕は焦燥感から森の中で叫んだ。


 行けども行けども同じ景色。

 くそう、つい果物を見つけたことでテンションが上がってしまった。


 足元に生える手のひらサイズの小さなブドウ、森ブドウ。

 そしてその先に見つけたのは、ブドウのように小さな実が房になって生えている粒苺。

 視線を上に戻すと、絹糸(けんし)が伸びたヒゲオリーブ……そんないくつかの果物の種子や苗をハイテンションで回収した。


 これを村に持ち帰れば、食卓に美味しい果物が並ぶ日も来るかもしれない!


 もちろん、持ち帰ることができれば……だが。


 焦りに周囲を見渡すも、既に方向感覚も見失っている。

 何とか森を抜ける方法は……そうだ、高いところ!


 上を見上げる。

 そこには十メートル近い大木が生い茂っていた。


 うーん、木登りとか無理だ……。

 それにこんなの登ったら絶対降りてこれないぞ。


 速やかに却下して、背中のカバンから契約の本(レメゲトン)を取り出す。

 諦めは肝心だ。


 パラパラとページをめくる。

 ここには今、僕しかいない。


 ……あまりヤバイ妖怪や気難しい子を召喚すると、契約が出来ない可能性がある。

 となれば、そこに書かれた情報から人懐っこそうな妖怪を選ぶべきだが……。


 そしてこの状況を打破できそうな逸話を持つ妖怪は……。


 僕は本の上に手をかざす。



「――彼の地よりいでよ」


 ……どうかいい子でありますように。



「――”天狗”!」


 僕がその名を呼ぶと、本から淡い光が漏れた。

 ぶわっとそこから無数の白い羽が溢れ出し、視界を塞ぐ。


 その羽が舞い飛び光となって消えていくと、そこには一人の女性が立っていた。


 金色の長髪に鼻筋の整った綺麗な顔。身長は僕より少し高く、年の頃は僕と同じぐらいか。

 白の衣装に大きな谷間、そしてその背中には大きな翼。腰には一本の剣。

 二重の瞳は優しくこちらを見つめている。

 

 まるでそれは、神話に登場する女神のようだった。



「……ふふ。こーんにーちは」


 彼女は柔和な笑みを浮かべる。



「こ……こんにちは。はじめまして、セームです」


 少しビクビクしながらも、自己紹介を行う。



「はじめまして。わたしはサナト。あなたが(あるじ)なのねー。ふふ、緊張しちゃってとっても可愛い子……」


 か、かわいい?

 とりあえずこちらの印象は悪くないようだ。



「その、実は僕、この森で迷ってしまって……」


「あらあらー、それは大変ねー。お姉ちゃんに任せて」


 二つ返事で彼女は承諾してくれる。



「あ、いいんですか……。良かった。すぐに契約の対価が必要だったらどうしようかと」


「うんうん、大丈夫だいじょうぶ。お姉ちゃん若くんのことは大事にとっておくから」


「え?」


 若くんというのは僕のことだろうか。

 彼女は僕の声を無視するように後ろに回ると、羽交い締めするように肩に腕を回す。



「それじゃあ上から見てみましょうかー」


 ばさ、ばさ、と音がして体がふわりと浮いた。



「あ、あの、僕の命をあげるとかはちょっとご遠慮したいところが……」


 伝承の悪魔と契約するように、命が対価とかだと非常にまずい。



「大丈夫だいじょうぶ。優しくするからー。若くんがおねだりしたくなっちゃうまで待つよー」


「な、なんの話!?」



 体が浮く。


 あ、ちょっと!


 これ怖い!

 地面に足がつかないのめっちゃ怖い!


 バサバサと音を立て、僕と彼女は空へ浮かぶ。

 木の背丈を越えて飛翔し、その上から周囲を見回した。



 けっこう奥へと入ってきてしまったようだが、来た方向には村から続く道が見える。

 そしてその逆側には果てしなく森が続いていた。


 このまま歩き回っていたら、間違いなく森の住人となり野垂れ死んでいたことだろう。



「どうー? 来た道わかるー?」


 指をさす。


「は、はい。あっちの方向です……けど」


 逆方向の森に違和感を感じて、目を細める。



「……アレはなんだろう」


 やや北の方に、木々が盛り上がっている地域があった。


「あらあらー。何でしょうね。若くん、行ってみるー?」


 少し考える。

 本来であればこのまま戻った方がいいのだろうが……。


 今はサナトさんもついていることだし、少し冒険してみよう。



「少しだけ行ってみましょう。サナトさんも疲れるようなら戻る方向で」


「ふふ。サナトって呼んで欲しいなー、若くん。もしくはお姉ちゃん」


 優しい笑い声が頭上から聞こえた。



   ☆



 その隆盛した森に近付くと、その姿が見えてくる。


 どうもクレーターに沼が発生しているようだった。

 そこから周囲の広葉樹とは別の木々が顔を出している。


 そのクレーターの(ふち)に降り立つ。

 カバンを地面に降ろして、少し屈んでその澄んだ沼を眺めた。


「……生き物がいない」


 ところどころに水中から木が生えているが、その沼自体には魚どころか虫一つ寄り付いていない。

 周囲の地面に草も生えていない。


 毒沼か何かだろうか。



「サナト、気をつけ――ぬわーっ!」



 ぐしゃりと足元の地面がぬかるみ崩れる。

 足を滑らすようにして、そのまま沼へダイブした。


 バッシャーン。



「うわー! 溺れる! 僕は泳げないんだ!」


「あらあらー」



 バシャンバシャンと音を立てる僕の前で、のほほんとサナトはこっちを眺めた。


「たすけてっ! おぼれる! おぼ……おぼ……あれ?」


 沈まない。

 足が付くほどの浅瀬というわけではない。


 ぷっかりと体が浮かんでいる。



「……浮いてる?」


 サナトは首を傾げつつ、体を(かが)めてその水を手ですくう。


 ――谷間。


 ……いや、なんでもない。

 すぐに視線を逸らす。



「……若くん、この水……しょっぱい」


 サナトの言葉を受けて水を舐めてみる。



「塩辛っ!」


 これはもちろん海……というわけではないだろう。

 本で読んだことがあるが、この世界のどこかには塩湖と呼ばれる塩の溶け出した湖もあるらしい。


「森の真ん中にこんな場所があるなんて……」


 パシャパシャと手足をバタつかせる。

 あ、進んだ。


 すごい! 泳げる! 沈まない!

 泳げるのってこんな感覚なのか!


 楽しくなってバシャバシャと遊んでいると、おもむろにサナトが水に飛び込んだ。


 バシャン。


 僕が彼女の方に目を向けると、サナトはバツが悪そうに上目遣いで舌を出した。



「……お姉ちゃんも遊びたくなっちゃってー」


 なんだかその様子が可愛らしくて笑みがこぼれる。

 しかし次の瞬間、僕は自分の目線が鋭くなるのを感じた。


 水……張り付き……透け……!


 慌てて目を逸らし、岸へと上がる。

 あまりここにいるのは目の毒だ。いや保養か?


 それにしても、塩か。

 この水を煮詰めれば塩が取り出せるかもしれない。

 

 そうなれば港街から取り寄せなくても自給自足ができる。


 森を少し切り開いて、安全にここに来れるようにはならないだろうか……。

 そんな風に頭を巡らせていると、少し遊んで満足したのかサナトも同じく岸へ上がってきた。


「ふふ。待たせちゃってごめんねー。それじゃあ行こっかー、若くん」


「う、うん……」


 目線を泳がせつつも、僕は返事を返す。

 サナトが先程と同じく僕の背中に密着したところで、くちゅん、と可愛らしいくしゃみをした。


「あー……服乾かしてから行こうか」


 べつに急ぐわけでもないし、のんびりと行こう。



   ☆


 とっぷりと日が暮れて、時刻は日付もかわったあたり。

 そんな深夜に、ようやく僕は屋敷の扉を叩くことができた。


 じっくり森で羽を乾燥させ、塩まみれになりつつ何とかサナトと二人で帰還する。

 扉を開くと、トタトタと足音が聞こえた。


「あるじさまぁぁぁ!」


 タタタタッ、ジャーンプ。


 がしっと僕の胸元へと頭突きをして、ハナはグリグリとその頭を胸にすりよせた。

 ちょっとくすぐったい。


「もう二度とお戻りになられないかと! 無理を言ってでもお止めするべきだったと! 何度も! 何度もハナは後悔いたしました!」



 ハナが顔を上げると、涙と鼻水を溢れさせていた。

 うわあ、申し訳ない……。


 後ろではサナトが「あらあらー」と笑っている。



「主様よくぞご無事でっ! 主様はここにいることがお仕事なのです! わたしたちを置いてどこかに行かないでください!」


 ぶええん、とハナは僕の胸で泣く。

 僕はぽんぽん、と赤子をあやすように彼女の背中を軽く叩いた。


「大丈夫、僕はどこにもいかないから」


「主様……。お戻りになられ、本当にありがとうございます。心の底からハナは嬉しく思います」


 キュッとハナに抱きしめられる。


「あはは……」


 ハナにとって、主人がいなかった間はどれだけ孤独を感じていたのだろう。

 その時は他の妖怪たちもいなかったのだから、完全な孤独だ。

 誰とも話すこともなく、誰にも悟られることもなく。


 そんな気持ちを彼女に思い出させてしまったのかもしれない。

 あまり無茶な遠出はしないようにしないとな、と心に誓って、僕はハナの頭を撫で続けた。

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