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100.VSユグドラシル・コア(前編)

「ア――」


 四方八方から迫る木の槍。


「――アズッ!!」


 アズは僕をかばって、それを打ち払う。

 しかし防ぎきれなかった一本の触手が、アズを壁に叩きつけた。


「ぐぅ……! こいつはちょっと……防ぐのはきびしーですね」


 そう言いながら、彼女はその場に膝をつく。


「大じょ――」


 僕が声をかける前に、剣戟の音が聞こえた。

 既にサナトがジアンに切り結んでいる。


「――若くん! 三分稼ぐから! それ以上は期待しないで!」


 サナトが叫びつつ、次々と剣を振り下ろした。

 辺りを見れば、周囲の触手に動く気配はない。

 おそらくジアンがサナトの剣に気を取られているからだろう。


「……(マスター)……メリヤ(その子)を連れて逃げるです……!」


 アズは膝をつきながらそう言葉を漏らした。

 メリヤ、アズ、そしてサナトの方に視線を移して、一瞬思考を巡らせる。


「――サナト、ごめん!」


 僕は両腕にメリヤとアズを抱える。


「わうっ!?」


 アズが驚きに声をあげるが、それに構わず二人を担いで走り出す。

 両腕に二人少女を抱えるのは少し、いやだいぶ重くて辛いのだが、それでも彼女たち二人を残すわけにはいかなかった。

 腕の中でアズが小さくつぶやく。


「……まったく、アズのことは置いていけばいいのに、しょうがない(マスター)です」


「はは、いまさら知った?」


 ――とりあえずはサナトの邪魔にならないところまで引き返さないと。

 僕やメリヤが人質になっては、サナトが戦えない。


「……大丈夫かな」


 精一杯走りながら、僕はそう漏らす。

 腕の中のアズが頷いた。


「大丈夫です。サナトが三分と言ったなら、三分は確実に持つはずです」


 彼女はそう言いながら、声をひそめる。


「……でも、それ以上はわからねーです」


「わかった」


 僕はアズの言葉に頷く。


「あの(コア)をあのまま放っておくわけにもいかない。なんとか破壊しないと――」




「――ふうん」


 僕はその声に、立ち止まる。


「苦戦してるみたいね。誰も来なくて暇だったから、下りてきちゃったけど」


「――ユキ!」


 僕は彼女の名を呼ぶ。

 退屈そうな顔をした彼女は、アズの姿を見て眉をひそめた。

 僕は彼女に向かって口を開く。


「ええと、話せば長くなるんだけど――」


「――じゃあいいわ。はい、これ」


 彼女は金属のコップのようなものを僕へと差し出した。


「……これは?」


 その底には、白い糸がついていた。


「カシャにくくりつけてたみたいね。――うちの問題児がお話したいんだってさ」


「……問題児?」


 僕は首を傾げて、その器を覗き込んだ。



   ☆



()い! このような剣客(けんかく)と打ち合える日が来ようとは、死を受け入れず足掻(あが)いた甲斐(かい)があるというもの!」


 間髪入れずに打ち込まれる剣筋(けんすじ)を、サナトが刀で受け流す。

 彼女の刀には風の魔力が宿っており、打ち合いをする(たび)にジアンの持つ剣は()さぶられ、その切っ先をずらされた。


(きょう)(はち)(りゅう)(ろっ)()――(ぜん)(どう)!」


 サナトが刀を水平にまっすぐ構え、そのまま地を蹴った。

 風が彼女を後押しして、人ならざる速度で宙を突き進む。

 カキン、と鉄の音が辺りに響いた。


「……カカカ! 妖魔の身でなければ、今の一撃受け切れなんだ。防いだとしても骨が折れておったわ」


 サナトはジアンの(きゃく)()へと視線を向ける。

 彼の足からは木の根が生えており、それは地面に強く彼を固定していた。


「新たなこの体の芯には、木としての特性が宿っておるようでな。生身の骨より幾分(いくぶん)頑丈(がんじょう)じゃ。……そうれ!」


 彼はサナトの刀を跳ね()ける。

 その顔に、遊びに熱中する子供のような笑みを浮かべた。


「力もこの通り全盛期――いやそれ以上に強い! お主も剣士ならわかるだろう! この素晴らしさが!」


「――ええ」


 サナトはその顔に微笑(ほほえ)みを浮かべた。


「剣の道を極めるために(しゅ)()(どう)に堕ち天狗と呼ばれたこの身。わかりますとも。――だからこそ、わたしはあなたに勝利せねばなりません。あなたの行いが、間違いであると否定するために」


「――なんと? 妖魔の力を否定するか」


 目を細めるジアンの言葉に、サナトは首を振る。


「いいえ。わたしが否定するのはその力を得る道筋。血で作られた道には、何もない」


「……世迷言(よまよいごと)を。化生(けしょう)が道理を説くか!」


「人の道を外れた者だからこそ。以前のわたしは――あの子を止められなかった」


 サナトは目を伏せる。


「だからこそ、あなたは止めましょう。その身、切り捨てたとしても!」


「――笑止(しょうし)! 力こそが正道(しょうどう)よ!」


 ジアンは無数の触手を足元に伸ばすと、まるでそれをバネのように折りたたみ地を蹴った。

 その勢いは先程のサナトと同じく、人の身で出せる瞬発力を凌駕(りょうが)する。

 サナトはそれに合わせて刀を下段に構えた。


「京八流、()(じゃ)――」


 ジアンはそれに上から襲いかかるように剣を振り下ろす。


一切(いっさい)万象(ばんしょう)、両断してくれようぞ――!」


 一方のサナトはそれを下から迎え撃った。

 カキン、と音を立ててサナトの剣が宙へ舞った。


「……()った!」


 ジアンがサナトに向かって(よこ)()ぎに剣を振るう。

 その刃が彼女の体を上下真っ二つに切り分ける――その前に。


「――雨降(あふり)


 ドスン、と。

 サナトの手を離れた刀が異常なスピードで宙から落ちて、剣を持つジアンの腕を切り落とした。


「風の力かっ――!」


 サナトは落ちた刀を瞬時に拾うと、その剣を(ひらめ)かせる。


御免(ごめん)!」


 サナトの刃は風に乗って、ジアンの心臓部をまっすぐに貫いた。


「……見事――!」


 ジアンはそう呟く。

 そして、サナトが(・・・・)蹴り飛ばされた(・・・・・・・)


「……っつぅ!」


 サナトは不意を撃たれて勢い良く地面を転がりつつも、何とかバランスを整えてしゃがんだ姿勢で着地する。

 一方のジアンは口から血を流しながらも、体を支えるようにして背中の触手を地面に突き立てた。

 サナトは立ち上がり、ジアンに向けて刀を構える。


「……お(じい)ちゃん、心臓貫いたら終わりってさっきの王様言ってなかったっけ……?」


「……カカカ! お互いに隠し芸の一つも無ければ、面白くもないじゃろう。……なに、勝負がついたと思ったのはわしも同じよ」


 メキメキと音を立てて、サナトに貫かれたジアンの胸部の肉が盛り上がっていった。


「これもエリクシルのおかげか、それとも妖魔の力か。どちらにせよ、この大樹から力を得ればいくら核が傷付こうと死なぬようじゃな」


「ええ……? そんなの反則……」


「カカ、これぞわしが求めた力じゃ……! ……では仕切り直しと行くかのう」


 ジアンはサナトに切り落とされた腕をズプリと生やす。

 サナトはその様子を見てやや苦笑する。


「多少の傷じゃ意味がなさそうねー……。――うん、でも仕切り直しはこっちもかな」


「――何?」


 サナトがそう言うが早いか、彼女の体の端から徐々にその姿が消えていく。


「残念だけど()ばれちゃったからー。ばいばーい!」


 サナトはそう言って手を振ると、その場から姿が消え去った。


「ほう……透明になったわけでもなく消えたか。これは面妖(めんよう)な。――カカ! ()(かな)、善き哉……」


 そうして地下のその空間には、異形の姿となったジアンが取り残される。

 一人だけになった地下空洞に、彼の笑い声が反響した。



   ☆



「無限再生って、そんなの話と違う……!」


 僕はカシャのもとまで戻ってサナトを召喚した。

 そしてジアンとの戦いの様子を伝え聞いたのだが……。


「……いったいどうしたものかな」


 核となる心臓を貫いても死なないとなると……。

 悩む僕に、眉間にシワを寄せつつユキが口を開く。


「うーん。わたしの力でそのコアを凍らせても、根本的な解決にはならないかもね……木の人形たちは残っちゃうわけだし」


「うん。あのコアを潰せば暴れている木人形(ウッドゴーレム)たちも動かなくなって万々歳……となるかと思ったんだけれども、そうは簡単にいかないみたいだね」


 しかしこの樹を放置できるものでもない。

 悩む僕に、カシャがボゥ、と炎を拭いた。


「マスター、それなら樹の方は本機が焼き払うというのはどうでしょう。すべてを消し炭にしてしまえば一先ずの危険は無くなるのではないでしょうか」


 アズが口を挟んだ。


「それはむずかしーですね。どうもこの樹は森全体に根を張り巡らせてるみてーで、ここだけ焼いてもまた別のところから生えてきそうです」


「森全体……。そんな巨大なもの、どうしようもない……」


 思わず弱気な言葉を漏らす僕に、その声は届いた。


『ちょっとー、ご主人くん? そんな弱音吐いてたら、おうちで待ってるハナちゃんが失望しちゃうよー?』


 金属のコップから、ナクアの声が響いた。

 それはユキに渡された”イトデンワ”だ。

 ナクアの力で、遠く離れた場所と会話ができるようになる――そんなマジックアイテムらしい。


「そ、そんなこと言っても……実際こんな状況じゃ手の打ちようが――」


『ナクアなら簡単に思いつくけどなぁー。もちろん、効果があるかは実際にやってみないとわかんないけどぉ。……それで? ご主人くんは? まさか何も考えつかないの? えー、本当? 頭の中に何が詰まってるの? プリン?』


 ぐぐぐ……!

 ナクアはイトデンワの向こうから次々と僕を罵倒するセリフを吐く。


 ――いや、しかし。そうだ。ナクアの言うとおり、まだ試していないことはあるはず。

 相手は化物になりたてだ。

 自分の弱点すらも把握していない可能性が高い。

 ……そこに隙があるのかもしれない。

 ナクアに煽られ、逆に僕は冷静になった。


「……必ず、何かあるはずだ。彼を倒す方法が」


 僕は口に出してそう言った。

 それは願いにも似た言葉だ。


 ――情報が必要だな。

 僕は推論を組み立てながらそれをつぶやく。


「……無敵、無限再生――いや、そんなはずはない。それなら――木人形(ウッドゴーレム)たちだってその場で再生したっておかしくない」


 しかし彼らはサナトに切られても再生はしない。


(コア)も単体では再生できない。樹から力を受け取って――養分を受け取って、再生する。それはつまり……彼は樹に体を繋げなければ再生できない」


 サナトの話によれば、彼はコアを貫かれた後に触手を伸ばし、自身と樹を接続させた。

 それはおそらく、体の再生は樹木からの力で行われているからだろう。


「……そうだ。魔導ゴーレム(サイクロプス)のときと同じだ。なら、樹と彼を切り離せば――」


「――おお、それは聞き逃せぬ話じゃな」


 その声に僕たちは壁に視線を向けた。

 メキメキと樹がひしゃげるような音を立てつつ、その異形の姿が壁からせり出してくる。


「剣聖ジアン……!」


「カカ――! このような姿になったわしを、まだその名で呼んでくれるか」


 その姿は既に魔物と化していた。

 背中からはまるで羽のように無数の触手が伸び、壁へ床へとつながっている。

 その体の表面は分厚い木肌が覆い、硬質化し始めていた。

 それは今や、その体や頭を覆う鎧となっている。


「――貴殿らからは大きな力を感じる……魔力というやつか。……融合したこの心臓がな、貴殿らを決して逃がすなと騒ぐのだ」


 そう言うとジアンは笑みを浮かべた。

 彼の後ろの壁から、多くの木槍が生える。


「その身を捧げてもらおうか!」


 無数の槍が僕たちめがけて迫った。



「――我が主の前だ。少々()(しつけ)に過ぎる」


 上方(じょうほう)から聞こえた声と共に、その木の槍の動きが止まった。

 見れば辺りの槍たちはその()(もと)から()ち果て、どんどん干からびていく。


「この地に()()(どう)の前に、貴様のような三文役者が立ち(ふさ)がるなど笑止千万」


 カツン、カツンと。

 樹の上層に繋がる坂を、足音を響かせて彼は歩いてくる。


退()かぬならばそれも良し。……道化として、我が主の前で踊るがよい」


 ヨシュアはその手に魔力を宿し、ゆっくりとジアンを見据(みす)えた。

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