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10.瞬間接着キューピッド

「んん~」


 寝苦しくて目を覚ます。


 えっと……ここはどこだ。

 リビングだ。



 身体を起こす。

 ソファーの上。毛布がかけられている。


 えーと……頭がぼーっとする。


 昨日はたしか……そうだ。

 

 少し酒を飲まされたんだ。

 あまり記憶がない。


 何とか帰ってきたぐらいは覚えているけど……。

 どうも、そのあとリビング寝てしまったのだろうか。



 重い頭を抱えつつボーッとしていると、キッチンからエプロン姿のハナが出てきた。



「主様、お目覚めですか? ダメですよあまりだらしがなくては」


 ハナは人差し指を立ててメッと僕を叱る。



「うーん……まだ頭がはっきりしない」


「ほらほら、顔を洗ってしゃんとしましょう」


「えー無理……洗って……」


「もう、主様ったら」


 実家でこんなことを言おうものなら乳母に三時間は説教されるだろう。

 あー、ここはみんな優しいなぁ。


 そんなことを考えていると、ハナは僕の腕をつかんで立たせる。

 そのまま手を引かれたので引きずられるようについていった。

 着いたのは……バスルーム。



「はい、じゃあ冷たいですから我慢してくださいねー」


 うん?


 ハナはタオルを水に浸して絞ると、僕の顔を拭いた。


 ごしごし。


 ……うわっ。これダメだ。

 自分が急激にダメ人間になったように感じる。



「……はい、終わりです。次は歯を磨きますよー。お口を開けてくださいねー、はい、あーん……」


「ま、待った! 目が覚めた! 凄い覚めたから!」


 慌ててその手を振りほどくと、ハナはくすくすと笑いだす。



「それじゃあ朝ごはん出来てますから、お口ゆすいだら来てくださいね」


 彼女はパタパタと音を立ててキッチンへと戻る。


 だ、ダメだ。

 もっと自分を保たないと……。


 高鳴る動悸を抑えつけながら、僕は思考を強制的に朝食のメニューの予想に移行させた。



   ☆



 料理だった。

 料理が、そこにあった。

 今、目の前には朝食として申し分ない料理が存在している。


「こちら小豆入りのパンです。アズちゃんの小豆が実ったので、少しですが分けてもらいました」


 ベランダの小豆。

 成長したそれは枯れてしまったように見えたが、どうやらその状態が収穫時期らしかった。


 一粒分けてもらって噛み砕いてみたが、青臭さが鼻の奥に広がりとても食えたもんじゃあなかった。



「一度アク抜きしてから柔らかく煮込んだんですが、砂糖がないので普通のお豆って感じですね」


 薄く広がったパンを手に取る。

 中にはいくつかの赤黒い豆が入っているようだ。



「パンは以前の失敗を生かしてふんわりとした焼き加減にしてみました。膨らみはせずとももっちりとはできますね」


 均等にほんのり焼けばパンらしくはなるみたいだ。

 一口。


 サク。もちっ。

 麦粉の風味とおそらく小豆の物であろう香ばしい香りが広がる。

 噛む度にもちもちとした食感が味わえ、豆の甘みが増していった。



「うん、うん。豆パンだぁ……」


 ふぅーと喜びの溜息をはくと、鼻の奥から小豆の香りが駆け抜けていく。

 やや粉っぽさは残るものの、それは十分主食としての役割を果たしていた。



「そしてこれはヒポグリフのお肉の香草焼きです。臭みを消すために裏庭のハーブを使いました。生姜みたいな香りです」


 フォークとナイフを使って一切れ口に入れる。

 昨日酒場で食べた物よりも優しい味だ。噛むと口の中いっぱいにジュワッと広がる油は甘く、例えようのない幸福感を僕にもたらしてくれる。


「こっちはヒポグリフの肉団子スープです。茹でたお肉をほぐして小麦粉で肉団子にしてみました。お出汁は骨髄から取っています」


 ズズっとそのスープをすすると、温かいスープが胃の中に広がって鶏ガラの香りが体全体に広がっていく。

 中に入った肉団子は、咀嚼すると中のスープが染み出させながら舌の上を踊った。

 肉汁とスープのハーモニーが口の中に幻想的な空間を作り出す。


 味がついていることだけでも嬉しいのに、なおかつ美味しい……。




「文明だ……」


「はい?」


「文明の味がする……」


 自分でもよくわからない感想が出てしまったが、食事らしい食事にありつけたのはこっちにきて初めてと言っても過言ではない状態である。

 そんな気持ちを表現するのに、決して大げさとは言えない感想だとは思う。


「ありがとうハナ……」


「……いいえ、主様に喜んでいただいて、わたしも嬉しいです」


 そう言って、ハナは優しく笑った。



    ☆



 パッキャン!


 棒の先に石をくくりつけた石斧もどきを振り下ろす。


 パッキャン!


 割っているのは薪ではない。

 そこに散るのは白い骨。

 ヒポグリフの頭蓋を割り、骨を粉々に砕く。


 あとで村の畑にまいて肥料とするのだ。

 詳しい理由や効果は知らないが、庭師の爺ちゃんに教えてもらった。

 あとは植物を焼いた灰もいいらしい。


 額に流れる汗を拭う。


 池の方ではミズチがまたツボを作っていた。


 水際で泥をこねて紐を重ねたような器の形にして、日当たりの良い場所へと並べて乾燥させる。

 だんだんと慣れてきたのか、その形は結構さまになっていた。



「ミズチ、また作ってるんだね」


 声をかけながら彼女に近付く。



「おお、ご主人。この前に在庫が全部無くなってしまったのでまた作り直しているのであります」


 うっ。

 良心が痛む。


 ヒポグリフに油をぶっかけるの、わざわざツボを割る必要はなかったのではないかという話もある。

 しかしそのことは僕の胸にしまっておこう。


 アズの悪い笑みが脳裏を過ぎった。



「乾いたらカシャ殿にじっくり焼いてもらうのであります」



 ……うーん、この子の為を思うなら本気で焼き窯を用意することも考えてみるか……?

 そうすれば結構きちんとした陶器が出来るかもしれない。


 頭の中でいろいろなことを巡らせていると、後ろから声をかけられた。



「おーやってるやってる。水神様は今日も元気だ」


 酒場のマリーだ。

 その手には麻袋を持っている。


「マ、マリーさん。水神呼びはまずいですよ。旅の司祭様はまだいるんでしょう?」


「あはは。そうだね気をつけるよ。精霊さまがいいかな? 水霊さま?」


 彼女は笑う。


 彼女の酒場を兼ねた宿屋には、一人の老齢の僧侶が泊まっていた。

 昨日宴の席でも見たが、温和そうな人だったので大丈夫だとは思うのだけど念の為。

 

 下手な宗教論争は百害あって一利なしだ。



「そうそう、ミズチちゃん。これこの前のお皿の分ね」


 そういって彼女はミズチに袋を差し出す……って、えっ!?



「毎度さまであります!」


「ちょ、ちょっとまって!? ミズチ、その土器売ってたの!?」


「この前、飛び込み営業をかけたのであります!」


 彼女の言葉に僕はマリーの方へ顔を向ける。


「あー、ミズチちゃん賢者サマに言ってなかったの?」


 マリーの言葉に、ミズチは「えへへ~」と照れるように後頭部を押さえる。




「”この皿を試しに使ってみて欲しい!”って言われてさ。試しに使ったら話の種になってね。ほら、形が、その……独特だろ?」


 うん、個性的だね……。


 ――いや、それにしても、ええ……?


 ミズチのやつ、僕より先に金を稼いだのか。

 僕まだここにきてから銅貨一枚稼いでないのに。


 ま、まずいぞ。

 どっちが主かわかりゃしない。



「……で、まあ、皿も消耗品だからさ。それなりに使えるならそれでいいかなって」


「ち、ちなみにおいくら……?」


 つい聞いてしまう。


「これ」


 麻袋の口を開けて僕に見せる。

 その中には白い粉が入っていた。



「えーと……これもしかして、塩?」


 物々交換だった。


「ああ。この前来た時にハナちゃんから聞いたけど、塩とか香辛料は備蓄してないんだろ? 一昨日ぐらいに商隊が立ち寄っていったとき少し多めに買っておいたんだ。うちでも何かと入用だしさ」


 気を遣ってくれてありがたい。

 今日の料理に塩味が利いていたのも、ハナがマリーに分けてもらっていたのだろう。


「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」


「何言ってんだい! いつもお世話になってるのはこっちなんだから」


 マリーはそう言って笑みを浮かべた。



「お、やっぱりここにいた」


 そんな話をしている僕らに、後ろから声をかけたのは村のリーダー・エリックだ。

 昨日しこたま飲んでいたけど、いつもと様子が変わらない。


 羨ましい体質だ。


「マリー、ちょっと話があるんだけどいいか?」


「ん、ああ、わかった。それじゃあ賢者サマ。あとで干し肉作るから、その時にね」


 昨日彼女と約束していた、ヒポグリフの燻製作りのお手伝いだ。

 あとで手伝いに行こう。


 二人は連れ立ってその場を離れる。

 お似合いのカップルだ。


 そんな事を思いながら彼らの後ろ姿を見ている僕に、ミズチは笑顔で僕に塩袋を差し出した。


「ご主人、自分はお役に立てているのでありますか?」


「……ああ。情けない主で悪いぐらいだよ」


 彼女から袋を受け取る。


「いやーそんなことはないのでありますよ。ちょっと自分が陶芸の天才だっただけで」


 イラッ。


 ……しかし実際、僕も彼女に負けずに何かお金を稼ぐ方法を考えないとな。



   ☆



「どうしてもダメなのか」


 おっと。

 酒場の裏手で、マリーとエリックが何やら揉めていた。


 少々早く来すぎたようだ。



「……ダメだよ。今は大事なときなんだ」


「そうは言ったって、もう十分待っただろ? 周りの連中だってきっと祝福してくれる」



 立ち聞きとはお行儀が良くないが、ついつい気になり耳をそばだててしまう。

 修羅場か? 修羅場なのか?



「……やっぱりダメだ。もしも子供が出来たりしたらどうするのさ。赤ん坊背負って畑を耕せってのかい?」


 子供。

 ほほう。


「……俺の稼ぎじゃ不安か?」


「そんなことは言ってないじゃないか。……まあでも実際、この村じゃ厳しいと思う」



 ……ふーむ。


 会話の節々から推測するに、結婚するのを迷っているって感じか。 

 確かに子育てが辛いのでは、夫婦生活は維持し辛いだろう。


 かといって生活の安定を待っていては、子供を作る適齢期というのも過ぎてしまう。

 ……こんなことを言うのも失礼だが、実際にマリーの年齢ではそろそろ真面目に考えなければいけない年頃だろう。



「なら……一緒に村を出よう。もっといい場所で暮らそう。俺が今までよりもっと働くから」


「そんなの……無茶だろ……」


 二人の間に沈黙が流れる。


 ……まずい。これはまずいぞ。


 エリックは村のリーダー格だ。

 さらに言うとマリーだって一人で酒場を切り盛りする村の生命線(ライフライン)


 二人がいなくなればあっという間にこの村は崩れてしまう。

 もっと言えば、新たな村の未来を担う子供がいなくなってしまうのも村にとっては非常にマズかった。



「……やっぱりダメだ。うちの店がなくなったら村の人達はどうするのさ」


 マリーの言葉に、エリックは顔を強張らせた。

 ヤバイぞ。一触即発な感じがする。


 この問題は……ズバリ将来の不安だ。


 この村にいて幸せになれないなら当然出ていった方がいい。

 僕にそれを止める権利はない。


 ……でも、二人だってそれを望んでいるわけじゃあないと思う。

 昨日の夜の宴会は、みんな心の底から笑っていたはずだ。


 ――よし。



「――その話! 待ったァー!」


 僕は叫んで二人の前に出る。


 ――話が悪い方向に転がるぐらいなら、僕が全力で面白おかしい方向に転がしてやる!!


 当然のことながら、キョトンと目を丸くして二人はこちらを見た。



「その結婚――僕が立会人になろう!」



 突然の僕の申し出に、二人は同時に声をあげた。



「へ!?」



   ☆



 いや、立会人を立候補だなんて、我ながら面の皮が厚いとは思うのだけど。

 僕たちは少し模様替えをした酒場の中にいた。


 お昼の後、僕は全力で村の中を駆け回った。


 鉱山に出ていた男達や村の女性たちにはそれぞれ仕事を割り振る。

 内容を話すとみんな喜んで協力してくれた。

 

 ミズチとカシャと男達に協力してもらい、うちの屋敷の家具を酒場に移動してもらう。


 ハナの力で新品同然となった家具は、外に出してしばらく時間が立つと魔力が消えて元に戻ってしまうらしい。

 それでも事前に魔力を込めていれば、一日ぐらいはその姿を保てるらしかった。


 村の女性達に祝いの席の料理をお願いし、街へと出発しようとしていた司祭様を引き止める。


 ハナとアズには屋敷のカーテンを縫ってもらい、ヴェールのようなものをでっちあげてもらった。


 エリックには僕が実家から持ってきた一張羅を着せる。

 結婚式で着るにはちょっと趣が違うのだが、細かいことは言ってられない。

 

 この村で使うことはないと思っていたが、何があるかわからないもんだ。

 僕はいつものラフな格好のままだが、新郎新婦が目立てればそれでいい。


 そもそも当人たちの意識が一番重要なのだ。

 人生儀礼(イニシエーション)というやつは。


 僕も幼いころに親族の結婚式に参加しただけだったので、完全に見よう見まねである。

 だが司祭様と相談して内容はすり合わせたので、それなりのものになったとは思う。


 内装を綺麗に整えつつ、夜にはそこに結婚式場が出来ていた。



「……はは、いきなり過ぎてなんか信じられない」


 みんなが見守る中、司祭の前で花嫁が笑う。


「俺もだ……。でも俺、いま凄く幸せだよ。坊っちゃんには感謝してもしきれない」


 花婿も照れながら笑った。


「――ああ、わたしもさ」



 重要なのは……ノリと勢いだと思う。



 司祭様がちょうど立ち寄っていたこと。

 ヒポグリフを狩って、食料に余裕があるタイミングだったこと。

 子供ができたら屋敷でハナに面倒をみてもらえばいい、ということ。


 ……最後のは事後承諾だったが、ハナは快諾してくれた。

 いや、今朝の僕の扱い方をとってみても、ハナは絶対いいお母さんになるよ……。


 ”このタイミングを逃せば結婚できない! 逆に、今だからこそ安心して結婚できるんだ――!”


 僕のその若干怪しげな誘い文句に、二人は折れてくれた。


 手前味噌ながら、僕が背中を後押ししてくれたという面は大きくあると思う。

 真偽はさておき、僕はこの村では”頼りになる賢者様”なのだから。


 本当はそんな立派なもんじゃあ全然ないのだけれど、期待をかけられたなら全力でそれに応えよう。


 僕の仕事は、みんなを安心させることなのだと思う。




「――汝、健やかなる時も――」


 司祭様がお決まりのセリフを紡ぐ。

 その言葉が流れる間、二人は幸せそうに笑みを浮かべていた。


「――誓いますか?」


 司祭様の言葉に、二人は頷く。


「では、誓いのキスを」


 二人は向かい合う。



 ――こうしてその夜、辺境の村(ロージナ)に新たな夫婦が誕生した。

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