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1.霊感貴族の開拓宣言

 ゴーストの囁きを聞いたことはあるだろうか。


 そう、低レベルでスケスケのモンスターだ。

 僕はある。



 あれはまだ自然を司る精霊がかろうじて存在を保っていて、世界が荒廃していない頃の話。

 聖別によるスキル調査も終わっていない時なので、六歳か七歳ぐらいだったと思う。


 いつものように父の書庫に忍び込み本を読んでいた所、どこから迷い込んだのか一匹のゴーストが部屋の片隅に浮かんでいた。

 

 僕は声をあげるのも忘れてそれをただ呆然と見つめる。


 

 少し前に読んだ魔物大全によれば、そいつは人の命を奪うほどの力は持っていない。

 しかし触った相手の精神力を吸い取って昏倒させる「ドレインタッチ」を使うため、捕まった場合はそのままメイドの折檻フルコース~親父のゲンコツを添えて~を喰らうことになるだろう。



 僕は足音を立てないようにそろりそろりとゴーストの横を通って部屋のドアに手をかけた。

 その瞬間、ゴーストが何かを呟いているのを耳にする。


 その声はか細く聞こえない。


 しかし僕は俄然興味を持った。ゴーストが言葉を喋るなんて、どの本にも書いていなかったからだ。

 


 少し近付き耳を済ませる。


 

「……て……だ……さい……」



 もう少し……もう少し近付けば聞こえる……。



 手を伸ばせば届く距離まで近付いた時、ようやくその言葉を理解できた。





「……へそって嗅いだらスッゴクくっさい……」




「――知るか!」



 思わず叫んで部屋を出た。その声で書斎に侵入したことがバレて叱られた。






   ☆





 そんなことがあった後に神殿で判明した僕のスキルは「霊感」だった。

 どうやら僕にだけアンデッドの声が聞こえるらしい。


 それからもちょくちょくゴーストの声を聞く機会はあった。

 でも彼らは普段からなにも考えていないようで、ことあるごとに僕は無駄な知識を頭にぶち込まれて不快になるのだった。



 そんな無価値なスキルしか持たない僕を尻目に、兄たち二人はそれぞれの道を歩んでいった。


 長兄は父の後を継ぐために貴族としての社交スキルや領地の管理方法を。

 次兄は騎士を目指し剣術の研鑽を。


 二人とも立派で僕も鼻が高い。




 だが肝心の僕はといえば――。



「さて、セーム。ここに呼ばれた理由はわかっているな?」


 既に五十も近い父が自室の机に座ったまま、激しいプレッシャーを放っている。



「ええっと……その……」


「二十もとうに過ぎて領主としての仕事を手伝うわけでもなく、かといって次兄アレックスのように手に職を付けるでもなく……」


「ううっ! 父上、すみません持病の腹痛がっ!」


 何とか切り抜けようと腹に手を当てるが、僕の声を遮って父はドカンと机を叩いた。



「この穀潰しが! もうよい! 貴様は明日からロージナで暮らせ!」


「……は? ま、またまた父上、そんな御冗談を――」


「冗談はお前の普段の暮らしぶりだけで十分だ! 我が家にお前を養うような余裕はもう無い!」


 ……取り付く島もなさそう。

 というか、これ以上何か言ったら壁に飾られている剣を抜いて父が襲いかかってくるかもしれない。


 僕は父の機嫌が直ることを祈りつつ、その日はおとなしく自室へと戻った。




 しかし思いの外、父の行動は早かった。

 次の日起きてすぐ、荷物をまとめさせられたと思ったら即座に馬車に押し込まれた。



「坊っちゃん! これを!」


 長年世話になった乳母から手作りのクッキーの包みを受け取る。



「坊っちゃんお体にお気をつけください! 坊っちゃんひ弱なのですぐに死にそうですが、どうかご悔いの無いよう!」


 普段から散々な言われようだったが、別れ際まで酷い言い様だ。



「……絶対戻ってくるからなー! 憶えてろよ父上ーーー!」


 僕は恨み言を叫びつつ、最果ての地ロージナへと送り出されたのだった。





   ☆





 最果ての地、ロージナ。


 人類と魔族は十年ほど前、その存亡をかけて戦争を繰り広げた。

 その戦いの最中、両者白熱しすぎてついうっかり自然を司る元素精霊たちを滅ぼしてしまう。

 

 当然自然の加護は消え去り、世界に荒野が広がった。

 それに慌てた人類と魔族は急遽休戦協定を結び、世界に自然を取り戻すまで戦わない取り決めを交わした。


 人の住む地と魔族の居住地、そして無限に広がる荒野の境界線。

 そこにある開拓村、それがロージナだった。


 丸一日馬車に揺られて僕はその地にたどり着く。




 持ってきたのは着替えの他には、こっそり溜め込んでいた金貨3枚分の貨幣とロージナにある別荘の鍵、そして一本の細剣。

 剣術など一切使えないが、護身用……というより剣を持っていることを見せて威圧するための品だ。


 その街は一見して人が住んでいるようには見えないほどに荒れ果てていた。


 金鉱山の採掘を主産業としているが、最近はめっきり産出量も少なくなり税収も減っている……らしい。

 兄から聞いた話なので詳しくは知らないのだけれども。


 既に日も傾きかけていたが、これから住む街の様子を調べるために街で唯一の食堂へと向かった。




 ボロボロの扉を開くと、既に酒盛りをしていた幾人もの労働者が余所者(こちら)に視線を向ける。

 僕はまるで実家で毎日父から向けられていた視線を受けたときのように身体を強張らせつつ、店の隅のカウンター席へと座った。


 中も年季が入っていて薄汚いが、広さはあって数十人は余裕で飲み食い出来るだろう。



 そんなことを考えながらぼんやりと店の様子を伺っていると、奥から給仕の女性が出てきた。


 年の頃は僕より少し上、三十に届かないぐらいだろうか。

 金髪でその大きな胸を色あせたエプロンが覆っている。顔も美人の範疇に入るだろう。

 

 彼女は見下すように僕の風体を観察すると、ぶっきぼらぼうに言葉を放った。



「……注文は?」


「……えっと……水、と……お腹を満たせる物を……」


 注文を持ち帰り数分後、彼女は水と一切れのパンを目の前に置く。



「銀貨ニ枚」


「えっ……!?」


 つまりは銅貨二十枚。相場の十倍程の値段だろうか。


 ボッタクリと思ったが、ジロリと見つめられ大人しく銀貨を二枚渡した。



「……お前さんどこから来たんだい? 宿は?」


「あ、えっと……(ウルブス)の方から……。なんでも西の外れに屋敷……がある、とか。し、知ってますかね?」


 声を裏返らせながらそう聞く。

 父の話によれば、街の西外れに長年使われていない別宅があるらしい。


 僕の言葉にウェイトレスの女性は訝しげな顔をした。



「あのボロ屋敷に? 確か領主サマが管理をすっぽかしてる家だった気がするけど……」


「あ、はい。僕は領主の息子で――」


 その言葉で店中の視線を集めたことに気付く。

 そこには敵意のような雰囲気があった。



 もしや父上、嫌われてる?


 一切の(まつりごと)に関わらず、本ばかり読んでいたツケが回ってきたらしい。


 実は父親は悪徳領主だったのか。

 僕を追い出すぐらいだからきっとそうなんだ。なんてこった血の因果! 僕は悪くない。


 ここにいる鉱夫たちにタコ殴りにされたら生き残れるかすら怪しい。

 無理だ! 無理無理、絶対無理!



「――その……皆さんの! 生活を! より良くするために来ました!」


 ざわ、と酒場中にどよめきが広がった。



「無理な徴税! 無茶な労働環境! そんなものを一掃するため、わたしは尽力いたします!!」


 口からどんどんと言葉が出て来る。

 

 幼い頃から放蕩息子となじられ続けた僕にとって、これぐらいの言い訳や逃げ口上は朝飯前だ!

 秘技・具体的なことは何も言わない!


 僕の演説が一息つくと、給仕の女性が声をあげる。



「ほ、本当かい……!?」


 女性につられて店にいた客が口々に言葉を続ける。



「最近は(きん)もほとんど取れないし税を納めるどころじゃなかったんだ」


「作物を育てようとしても上手く育たねぇし……」


「はは! きっと嘆願書が届いたんだ! 俺達の苦労が伝わったんだよ!」


(ウルブス)にいてカネのことしか考えてねーと思ってたが、領主サマもきちんと俺らのこと考えてくれてるんだな……」


「遠いところありがとよ坊主! いや坊っちゃんか!? ほら飲め飲め! 領主サマに乾杯だ!」


 男達が手持ちの酒を進めてくる。



 ――な、何とかこの場をやり過ごせたようだった。



 言葉選び、大事。

 嘘は言っていない。


 父にこの地を任されたのは本当だし、僕がやるべきことはのほほんと彼らの生活を眺めることではなく、彼らの抱える問題を解決することだろう。

 

 ……ていうか、かなり切迫してないここ?

 父上、僕なんか任命して本当に大丈夫だったのだろうか……。



 自身とこの村(ロージナ)の行く末に不安を抱きつつ、僕はカチカチのパンをかじるのだった。




   ☆



 その屋敷は街の外れにひっそりと立っていた。


 木製の建築方式で、随分と築年数が経過しているのがわかる。

 実家の屋敷ほどではないが、さきほどの酒場と同じかそれ以上には大きいだろう。



 預かっていた鍵を使って中へと入る。

 どうやら荒らされてはいないようだ。


 壁にかけられていたランタンを手に取る。備え付けの魔導着火器のスイッチを押すと、ランタンに残っていた燃料が異臭を放ちつつも燃えだした。

 ……こんな時に魔法が使えればランタンを持ち歩く必要もないのだけれど。


 魔法の行使には生まれつきの素養が必要だ。とはいえこのような魔道具があることで、ある程度はその恩恵を授かることが出来る。



 暗がりの廊下を進み、それぞれの部屋を確認していく。


 ……正直いって、大変おそろしい。


 いつ扉の影から異形のモンスターが飛び出してくるのかと思うと気が気ではない。

 大の大人とはいえ、こんなの怖いに決まってる!



 三、四部屋見たところで客室のような部屋を発見した。

 家具も残っており、カビ臭いとはいえホコリが積もったベッドも使えなくはないだろう。


 僕は疲れ果ててベッドに腰掛けると、懐から乳母にもらったクッキーの包みを取り出した。

 横にテーブルに包み置き、一つとって口に運ぶ。



 ……美味しい。


 あの家で僕を心配してくれたのは彼女だけだ。

 乳母の顔を思い出し、クッキーの味を噛み締めた。



 しかし本気で現状はまずい。

 たしかに僕はこの村を任されて来たわけだ。しかも護衛も付けずたった独りで。


 でも税率に口を出す権力なんて無い。


 そして持ってきた金も、あの酒場の物価で暮らすとすれば一月で消え去るだろう。

 おそらくはあの物価は余所者用の値段だが、値切れるような信用もない。 


 かといって税を余分に取ったりしたら、この村の住人にタコ殴りにされて最悪そのまま行方不明になるかもしれない……。



 うああ絶望だ!


 くそう、貴族の三男なんて政略結婚で婿入りでもしてのんびり暮らせるんじゃなかったのかよう!


 これも全部不景気が悪い!


 世界が悪い!


 ちくしょうちくしょう!



 そうして頭を抱えていると、カサカサという音がテーブルの上から聞こえた。


 虫? ネズミ?

 嫌な想像をしつつ顔をあげると、目に入ったのはクッキーに伸びる人の手。



 そのまま視線を動かすと、そこには一人の少女がいた。



 肩まで伸ばした黒髪に、赤色のワンピースのような前開きを帯で閉じる独特な服。

 年の頃は十三、四ぐらいだろうか。幼さの残る顔立ち。

 パッチリとした印象的な目を大きく見開いて、彼女は驚きの表示を浮かべていた。


 思わず僕は叫ぶ。



「――ああああああああーーーー!!」


 賊? 侵入者? どこから入ったの!? ていうか誰!?

 

 僕の叫びに呼応するように、少女も叫ぶ。



「あああああーー!!」


 僕はあまりの驚きとその声に気圧されて、一人ベッドから落ちて尻もちをつく。

 そんな僕に駆け寄って、少女はひしり、と手を握りしめるとその顔を近付けた。



「わたしが! 見えるんですね! 声も聞こえる!」


 僕はわけもわからずカクカクと頷く。



「お待ちしておりました! 主様(あるじさま)っ!」


 ぎゅっと抱きつかれる。

 

 え、えええええ!?

 

 柔らかな感触と暖かな体温が、腕と胸に伝わってくる。

 

 主、って……僕が雇用契約を結んだ覚えはないけど、実は既に父が手配していたメイドとか……?

 いや、鍵がかかっていたし、というか見えるとか聞こえるって、それは――。



 どういうことか、と聞く前に身体に変調が訪れた。



 急速に体の力が抜けていく。



「……絶対に、逃しませんから……」


 少女は怪しげな笑みを浮かべた。


 ああ、そうだこれは、確か――。




「……ドレイン……タッ、チ――!」


 そのアンデッドの持つスキルの名を口に出す。

 

 彼女に抱きつかれたまま、僕は意識を手放した。

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