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灰色の魔導士~麗しの美女の安眠調停~  作者: 玖桐かたく
第一章
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魔導士Ⅱ

 この調子では、昼寝に戻る事は無理だろうと思うと、白いマントの下から片手を出し、魔導力を引き寄せて風の塊を作ると、建物の角から二人の姿が見えた瞬間に、銀髪の人物は用意していた風の塊を二人に向けて勢いよく飛ばした。

 避けるか弾く事が出来なければ、二人が風の塊に吹き飛ばされるだろう。


「うお!避けろイリダール!」

「はっ!」


 勘のいいチェルソが風の塊に気付き、イリダールを突き飛ばし、自らは風の塊を反射的に片手で風の障壁を張り弾いた。

 流石、長年魔導士をやっているだけあるチェルソの反応であった。


「お前たち、何をやってるんだ…」

「それはこっちの台詞っすよ!長こそ、何をしてるんっすか…危うく、直撃するかと思ったじゃないっすか」

「十分、威力は押さえてあったし、チェルソお前も余裕で弾いただろう」


 長と呼ばれた銀髪の人物は、樹に凭れる様に寛いだ姿勢で、部下たちの反応を眺めて笑った。その笑いは、老若男女問わず魅了するような、美しい華のような笑顔ではあるが、中身は棘だらけ。笑みに誘われた人物は、その棘に刺されて身を亡ぼすのだ。それを知っている魔導士たちは、下手に銀髪の長に手を出す事は無い。


「あれで威力押さえてあるとか、おかしいっすよ…イリダールだけだったら、確実に吹き飛ばされて昏倒してたっすよ」


 チェルソが上司の性格に、深々と溜息を零す。

 実際、本気で風魔導を扱われれば、チェルソだとしても弾くどころか風の障壁を打ち砕かれた上にその場で風の塊にその身を細切れに潰されていただろう。それだけの実力が、若い長にはあるのだから。

 チェルソに庇われて、無事だったイリダールもその身を起こすと服の埃を叩きながら、チェルソの言葉に同意し、庇われた自らの未熟さを痛感しつつもチェルソに感謝をしていた。


「右の魔導を扱う時の、反射の練習になっていいだろう?第一、イリダールだけだったならばもっと加減していたぞ。お前たち二人の会話が聞こえたからこその、あの程度の威力に調整したんだからな」

「そういう物騒な練習は、勘弁して欲しいっす…で、長。判っていると思うっすけど、長会議の招集っす」

「やっぱり、長会議か。まだ調停の特使は着いていないと思っていたが…」


 大陸中央に位置する魔導教会に居る十人の長全てが、先程の神族の力の揺らぎを感じた為だろうと銀髪の長は察した。

 仕方がないとばかりに、億劫そうな動作で立ち上がると白いマントが風に攫われ、その身を飾る魔導士の位を示すガラス玉の尋常でない数を露わにする。

 何度見ても、眼を瞠るガラス玉の数だ。

 見慣れたチェルソでも、一瞬眼を引かれるのだから、部下となって半年程のイリダールには幻のような存在に思えて仕方がなかった。同時に、そんな存在が、自分を部下として引き抜いた事が不思議でもあった。


「長、面倒なのは判るっすけど、長会議をサボらないっすよね?」

「当然だろう、今回の会議の内容は大体検討がついているからな、サボるわけにはいかない内容だ。それにしても、よくこの場所が判ったな」


 風に乱された白いマントを身体に引き寄せながら、チェルソとイリダールの傍へと寄りながら問いかける。

 実際、昼寝をしていた場所は、あまり人気のない中庭の一つなのだ。

 人気がないどころか、魔導士として経験の浅い者や、魔導教会にあまり立ち寄らず教会の外の街に住居を持っている者たちもその中庭の存在自体を知らないのだが。


「ああ、それならイリダールが長の気配を辿ったそうっすよ。騎士時代の感覚と、精神魔導が働いた結果じゃないっすかね?」

「そういう事か。騎士としての感覚と魔導力の組み合わせ…面白い魔導が作れそうだな」


 先輩魔導士であるチェルソと、上司である長の二人の会話に、イリダールが緊張を覚えながら控えているが、気軽に会話をしている二人は気にした事もなく面白そうな魔導が作れそうな事の方に関心があった。


「そのうち、時間を見てイリダールの魔導力と騎士の感覚を調べてみるか。昨年のレディ・キャットの様な可能性もあるからな……その時を楽しみにしてるからな」


 白いマントの下から、伸びた腕がイリダールの肩をぽんぽんっと叩き、すれ違いながら告げていく。

 長会議へと向かう為に、イリダールの事をチェルソに任せて…。

 肩を叩かれたイリダールは、恐縮とばかりに頭を下げ礼の姿勢を取り、長の姿を見送った。


◇◇◇


 魔導教会内の幾か所に設置されている上階へと移動する手段の浮遊石の一つ、教会の中央に位置している浮遊石に乗れば、銀色の髪の人物は浮遊石に埋め込まれた台座の起動石へと手を翳す。左手を飾る大粒の白水晶の指輪が微かな発光をし、魔導士の位階に許されている階を認識する。


 指輪に嵌め込まれた石には、魔導士の位階を示すだけでなくこういった魔導士としての権限を判別する役割も兼ね合わせており、魔導教会内において指輪の許された魔導士の権限は大きい。


 ちなみに、魔導教会の中央に位置する浮遊石は指輪が無ければ使用する事が出来ない為、使用者がごく限られた高位魔導士のみとなる。他の浮遊石は、重要な上階へと移動する事が出来ない代わりに、指輪の代わりに魔導士の身に付けた位を示すガラス玉が鍵となっていた。


「十二長議会室へ」


 目的の階を口にし、長の一人である銀髪の姿が上階へと浮遊石によって運ばれていく。

 十二長議会室と呼ばれる十二種の魔導の、それぞれ頂点にいる長のみが入れる最上階へと着けば、直線に伸びた廊下を歩き、半開きの会議室の中へと入って行く。

 半開きという状態は、長がまだ揃いきっていないという事だろうと判断出来た。


 室内は、思った通りまだ数人の長しか居なく、室内の上座に近い自らの席へと進む事に邪魔が入る事無く銀髪の姿が進んでいった。特にする事もない為、自らの席へと無造作に、だが優美さを保った動きで座りながら、他の長達が集まってくるのを待つことにした。

 そんな姿を見つけた、一人の高齢の老人とも呼べる長の一人が話しかける。


(きん)の長、先程の揺らぎはやはり神族の力だろうか…」

()の長、間違いないでしょう。アレは少し厄介な揺らぎ方でしたよ。調停が必要なのは確実としても、通常の調停では抑えきれないと思います。かなりの高位魔導士でなければ……遺跡の調停と同じかそれ以上に、複雑な力の感覚でしたからね」


 自らの養い親である無の長に話しかけられ、金の長と呼ばれた銀髪の長は素直に答えを返す。

 他の長や、一部の魔導士たちには煙たがられる事もあるが、生まれた時から育ててくれた無の長には素直なのだ。頭が上がらないともいう。


「やはりそうか…そなたが言うのであば確実だろう。冬に入る前に、北で疫病調停を行ったばかりだというのに、立て続けに大きな調停を行う事になるとは頭の痛い事だ。やはり、柱の一つが不在というのが問題なのであろうな…」

「仕方ないですね、長の器であり、柱になれる魔導力の存在でなければ柱は担えないのですから。精々、後身を早く育てて長候補を量産出来ればいいのですが」

「それが出来れば、どれだけ苦労が減る事か…そなたに、二柱を担わせる負担も減らしたい所だ」

「私は大丈夫ですよ。貴方に育てて貰った恩がある。二柱の重荷くらい耐えられます」


 無の長の苦悩が顔の皺に刻まれているのを見て、金の長はその綺麗な面立ちに純粋な笑顔を見せた。滅多に見せる事のない、養い親である無の長にだけは見せる笑みだ。

 それだけ、無の長を慕い敬っているという顕れでもあるのだが、金の長にとっては当たり前の事であり、あまり自らの感情を深く考える事もなかった。


 実際、柱を担うという事は、大陸と大陸に満ちる魔導力に常に繋がっていると言っても過言ではない。その為、大陸で大規模な死者や魔導力の揺らぎが起これば、柱を担う魔導士の身体に過負荷が掛かる。人によっては重みを感じたり、身体の自由が効かなくなったり、痛みとなったりと様々な感覚になるのだ。


「そんなつもりで、そなたを育てた訳ではないのだがな…苦労をかけるが、もう暫く耐えてくれ」


 子供のような無邪気な金の長に、無の長は余計に心を痛めたかのように小さく呟き、人目がなければ金の長の頭を撫でていただろうという程、慈愛に満ちた眼差しを向けた。

 そんな二人の会話は、すでに来ていた一部の長が見ていたが、いつもの事だと気にする事もなく、金の長を目の敵にしている長たちがまだ来ていないという運の良さでもあった。


「そういえば、冬の間に左の魔導の位をかなり上げたようだな。途中で放置してあった魔導の位も一気に上がったと聞く。あまりに高度な合成魔導な為に、位管理官たちが半泣きで報告しに来たぞ」

「ああ、そういえば……疫病調停の際に出来た友人が、面白い思考をしていたので会話をしているうちに、新しい合成魔導が次々と浮かんでしまい位管理官に提出したのですよ。そのせいで位が多少上がりましたね」


 ふと思い出したかのように無の長が金の長へと告げた内容に、金の長は事もなげに応える。

 実際の所、位管理官たちが頭を抱える程の合成魔導の数々のおかげで、無の長の所へ苦情が上がったのだが、無の長にとっても魔導士たるもの魔導の探求をする事を推奨している為に苦情とはとらえずに報告と理解していた。その結果、金の長の左の魔導の位が最高序列の一人に連ねられたのだ。これまでは、次席序列の第一位にあったのだが、位管理官も諦めた結果であった。


 そうして二人の会話を、他の長たちが好意的に聞いているうちに、次第に室内に人が増え、長が揃い十二の席を備えた円卓に人々が集まってくれば、自然と金の長の顔からも表情が消えていく。

 そして、いつも通りの長会議が始まるのであった。


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