序章
灰色の魔導士、第二話です。
時系列的にも、第一話であるレディ・キャットの婚姻調停が先になります。
序章
―――どうか、起こさないで。
この哀しみに耐え切れないから―――
こぽりっと気泡が水底から浮かび上がる。
大きな守護に護られた宝玉から、それは静かに時折浮かび上がる。
まるで、涙が水面へと向かうように、内に深い哀しみを抱いて。
だが、その気泡は水面に辿り着く前に潰れて消えて逝く。
自然とは呼べないその気泡は、神族の強い守護によるものだからだ。
宝玉もまた、神族の守護の一つ。
何故なら、その内に宝玉は一人の乙女を抱いているのだった。
長く伸びた薄い水色の髪を身体に纏わせて、時折、夢の中での哀しみに涙を零すそれは美しい乙女。
けれど人が辿り着く事が出来ない程の深い水底にある宝玉に、何故人が存在しているのか。いつから存在していたのかさえ、人の記憶にも残っていないのだから地上にいる人々には忘れられた存在であった。
ただただ、哀しみを抱いて遥かな時を水底に存在するその宝玉は、ある意味内側の乙女を封印しているのだろうか。
宝玉を守護している大きな存在もまた、人々から忘れ去られた存在であった。
水底にそんなお伽噺のような存在を残しながらも、その上の小島群では人々が繁栄を競っていた。
様々な貿易が行われ、大陸でこの場所では手に入らない物はないと言わしめる程の繁栄ぶり。
小島と小島を繋ぎ麗しの水上都市と呼ばれるその地は、自らを守る海軍を強化し、何処の国の侵略をも許さない強国として自治都市という存在であった。
王はいないが、それに代わる存在として選挙で選ばれた終身制の都督と呼ばれる存在を最高位とし、大陸の経済を操れるのではと呼ばれる程の都市であり、貿易のみならず水上都市の作り自体が芸術的であることから、人々は美しい街並みを楽しむ為に観光にも多くの人々が訪れこの都市の繁栄を助けていた。
だが、まるでその華やかな繁栄と、水底の静けさはまるで正反対であり、この都市にある遺跡の一つが水中遺跡として水中内に創られている事だけが、地上の喧騒と遺跡内から見る水の中のけしき静けさを感じられる場所であった。
そんな遺跡からすらも覗えない程深い水底。
神族の守護の元、乙女はただ静かに眠りについている。
その眠りを妨げる存在が現れるまで、水底も静かであったのだ。
そう、妨げるような人の気配を、神族の守護が捉え動き出すまでは。
こぽりっと再び気泡が宝玉から立ち上る。
僅かに乙女の瞼が震え、眠りが浅くなっている事を示していた。
乙女の眠りを妨げる可能性のある人の気配に、鎌首を上げて神族の守護が水上都市の要所である交通網の水路に姿を見せた。
それは美しい、幻とされる伝承の幻獣のような姿の神の守護。
乙女が目覚めないようにと、幻獣は水底から水上へと移動し人々に忠告をするのだ。
自らを創り出した神々の意思に従って……。
だが、時代の流れによる弊害か、神族の守護と水上の人々の間では、会話が成り立つ事がなかった。
失われし神族の言葉を解する者は、すでに一部の存在のみでしかない。
魔導士と呼ばれる、世界の調律を行う人々だけであった。
されど、魔導士であってもそれなりの実力のある魔導士でなければ神族の言葉を解せない。
その為に幻獣が水上を荒らすという事になってしまっているのだが。
水上の騒めきも喧騒も知らず、乙女の唇が震える。
―――どうか、私を起こさないで―――
灰色の魔導士、第二話です。
話の舞台、メイン登場人物が一部変わるので前作のレディ・キャットの婚姻調停とは別に投稿させて頂きます。
相変わらず、1ページの内容量が少な目に栞を挟みやすいように刻んでいくと思いますが、お楽しみ頂ければ幸いです。
レディ・キャットの婚姻調停の後、安眠調停の設定が大幅に狂った為に、遅筆拙文なのに大幅の改稿で投稿が相変わらずの投稿速度となっておりますが、誤字脱字がまた出てきましたらその都度修正を掛けていきます。