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第九話 村人

 「だから、今が攻め込む最後の機会だと言っている!」

 バンとテーブルを叩く音が、テムスの村唯一の酒場「巡り合う運命」亭の建物一杯に響き渡った。

 テーブルにのっていたタンブラーが横倒しになり、中の液体がテーブルの上にぶちまけられる。

 酒場には三十人ばかりの村人が集まっていた。カウンター近くのテーブルに一人の女司祭の姿があった。

 残りのものは皆バラバラに椅子に腰掛けている。女神官は純白の法衣に身を包み、腰には錫杖メイスをさしていた。法衣の下には鎖帷子が垣間見え、胸には正義と審判の神ジャッジの紋章があしらわれたワッペンが刻まれている。

 

 「しかし、セト様」感情をむき出しにして激昂する若者に、テムス村の村長はなだめるように話しかけた。

 「セト様のご尽力には感謝しておりますし、我らも自警団を結成し鬼子母神殿に向かう巡礼者の保護に努めるという方針は受け入れております、ただし我らの戦力ではゴブリン共の巣を叩くほどの余力はございません」

 セトと呼ばれた少女とも成年ともわからぬ年頃の女性はわからずやの老人たちの言葉にうんざりだという表情を見せた。さっきからこの話の繰り返しなのだ。

 村長も村人も臆病で頭の固い連中だった。

 「たしかに平時ならば専守防衛に努め、巡礼者からの謝礼によって武器を揃える方針はいいだろう、そのために私もまた助力は惜しまない。しかし、最近の魔物の異常発生は度を越している。ゴブリンキングの存在があるかもしれん。早急に斥候を放ち巣を発見しゴブリン共を駆逐せねば大変なことになるぞ」

 

 セトが言うとおり、ゴブリンの異常発生は度を越していた。彼らはエルフやドワーフと同じ妖精族の一員だが、古代に暗黒神アモンに仕えてより、醜い妖魔となったのだ。

 なかでも一番恐ろしいのはゴブリンキングの存在だった。キングの存在はただのまばらな集団を一気にまとめ上げ、小さな村など一気に飲み込んでしまうだろう。

 ここテムスの村がやられてしまえば最北の村ダイクスにも物資が届かずドワーフ族や神殿に仕えるものたちの食料が届かず餓死してしまう。

 そのような危機に陥る前に南のアムラン王国王都アトスから援軍を要請するか、ラインフォール王国からの神官戦士を派遣してもらうか、動かなければならなかった。


 だが、この村の老人たちはそのどちらも選択しようとはしなかった。理由としては主に二つ、アムラン王国でもラインフォール王国でも滞在中の負担が増えるということ。もうひとつは自治権を譲渡させられるのではないかという恐れだった。

 本来アムラン王国は貴族制をしいてあり、全ての土地は王家の物かもしくは派遣された貴族の領地であるはずであった。しかし、鬼子母神殿への生命線であるこの村をアムラン王国の貴族に管理されるとマーモル島全土に広がる信者たちの抑圧に繋がる恐れがあるとして特別に自治権を与えられ、村民による合議制による自治をおこなっていたのだ。

 

 しかし、村人による自治領で自警団以上の軍隊を持つことなどアムラン王国としては叛乱の恐れありとして認めるはずが無く、常にギリギリの税を要求してきたのでしかたなく武器をそろえるために神殿に向かう巡礼者の護衛を積極的に行い武器を揃えてきた。

 さらに危険な妖魔と戦い自警団を組織する彼らを助力するためラインフォール王国からも戦闘のアドバイザーとして神官を派遣していた。

 だが、ラインフォール王国が直接支援をするとアムラン王国に対して角が立つため、元々のテムス村の住人をラインフォール王国に派遣し、聖騎士、もしくは神官として故郷に戻していた。

 

 だが、ラインフォール王国で神官として教育されたセトはとにかく好戦的であり、毎晩のようにゴブリン討伐を訴えるので自警団も辟易としており、このような事態となっていた。


 「なぜ、あなたたちにはそれがわからないのだ。我らラインフォール王国の神官戦士団、聖騎士団を呼び寄せアムラン王国の魔法戦士団、猟兵団を集めればゴブリン共など一掃出来るのだぞ!」

 セトは怒りに身を任せ、もう一度テーブルにこぶしをたたきつけた。今度はテーブル自体がが軋みを上げひびが入った。


 「その話は何度も聞いたよ、そりゃあお前さんの言うとおりになればゴブリンなんぞひとひねりだろう・・・だが、そんなことをしたら俺たちにもはやこの土地を治めるだけの能力が無いってことをマーモル島全土に知らしめるようなもんじゃねぇか・・・それにラインフォール王国は北のバーナム王国の叛乱軍が南に降りてこないように抑えるので手一杯なんだろ、アムラン王国も王弟派と王子派が内乱の兆しを見せてるらしいじゃねぇか、ゴブリン退治なんてしてる暇があるとは思えねぇよ」

 村の雑貨屋の男が交易商から最新の情報を仕入れていたのであろう。そう呟くように静かに、だが皆に響かせるようにいった。


 「もうよい、わかった」

 セトは力なくつぶやくと、きびきびとした動作で酒場の扉を押し開けた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 セトは自分の家に戻ると一息つき、樽の中にある水をのみ渇いたのどを潤していた。

 「どうだった、セト」

 そこに不意に声がかかる。

 「どうもこうもない」

 セトは家の入り口に立っている男に向かって答える。

 男は村人だった。茶色のチュニックを着込み、腰には荒縄を巻き、足には革のブーツを履いていた。

 この村人、アポロとは小さい頃からの付き合いだった。共に両親を無くしていると言う似たような境遇が、二人を結びつけたのだろう。アポロはセトとまったくの正反対の性格で、あまり感情を表に出さず、いつもにこやかな表情をしていた。そして料理が好きなのかセトの家に来ては食事を作ってくれていた。

 幼少の頃にホームスの私塾に通い、その才能を認められたセトはラインフォール王国へ神官見習いとして派遣されしばらくの間離れていたが、あまり目立たなかったアポロはそのまま村の馬屋で馬の世話をする仕事をしていたようだ。


 アポロはセトの話をいつも黙って聞いてくれる。そして気性の荒い馬をなだめるかのようにセトの首筋に指を這わせて落ち着かせてくれるのだ。

 「しかたないかもね。村人は変化を恐れるものだから」

 アムラン王国はここ百年ほどは大きな戦いに巻き込まれずに済んでいた。さきの降魔戦争においてもローラン連邦から一番離れていることもあってか戦火を免れていた。

 

 「かといって、このままゴブリンどもを放っておくわけにもいかないだろうし・・・そうだ、さっきホームス先生とダンさんの食事を用意してきたんだけどしばらく滞在するみたいだし知恵を貸してもらったら?」

 セトはホームスの名前を聞くと露骨に嫌な顔をした。あの少女趣味の男に触れられるだけで虫唾が走るのに頼みごとをしなければならないと言うのは癪に障った。

 

 「確かにホームス先生の戦術論に関しては一流であるし、ダン殿の武力もあればゴブリンキングであっても勝てるかもしれん。ただ、どちらにしろ奴らを逃がさないだけの包囲する戦力か地形に追い込まなければ新たな集落を作られるだけだ。ゴブリンはまとめて倒さねば意味が無い」


 アポロはなるほどと納得したようにうなずいた。

 「ホームス先生とダンさんだけじゃ大勢のゴブリンを殲滅するのには不向きってことなんだね、でも自警団のみんなは非協力的で戦力にはならない、となると僕らで信頼できる仲間を探さなくちゃいけないんじゃないかな?」


 「しかし、ラインフォール王国やアムラン王国の騎士団は要請しても動けないそうだが」

 それを聞いたアポロは首を振り、そうじゃないといった。

 「別にその二国にこだわることはないし、カナン王国だってあるしバーナム王国の傭兵団やローランの龍騎士や天空騎士団、商国家ジュエルに支援を頼んでもいいじゃない、鬼子母神殿にも駐屯地として間借りさせてもらっても構わないでしょ、エジャル島の魔物使いにこの現象の答えを教えてもらってもいいかも」

 

 それを聞いたセトは目を丸くしてアポロを見つめる。

 「そんなことを考えておったのか、しかも国にではなく個人で頼みに行くというのか・・・」


 「そういうことになるかな、それもマーモル島全土を回って集めて回ろうよ、仲間は多いほうがいいし」

 アポロはにこやかな表情で、しかも恐れの無い表情であった。

 「そうだな・・・それしかないな、だが現状我らが抜けてしまえば一気に押し込まれかねない、しかたあるまい、戦力は足りんが早急にゴブリンの集落を潰して回ろう、そしてゴブリンキングが生まれる前に戻ってこれればいいだろう。アポロよすまんが今からホームス先生のところへいって作戦を立てるぞ」

 もはやセトの表情に迷いは無かった。方針が決まれば実行力があるのが彼女なのだ。


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 数日後、打てる手を全て打ち、万全の準備を整えた彼らの姿はテムスの村から東におよそ半日ばかり歩いた丘の斜面に洞穴がいくつも作られているかつてここは古代魔法王国時代の鉱山跡にあった。かつてはドワーフたちが集落をつくり、賑わっていたがそれも数百年も昔の話。ドワーフたちはより良質な鉱脈を求め北に旅立っていった。

 その代わりに、今はおぞましい生き物がこの洞穴には巣くっており、複雑に入り組んだ鉱山跡にはどれだけの魔物が潜んでいるかわからない。


 森を抜け、丘へと続く岩の道を登りながら、セトとアポロ、ホームスとダンは油断無く辺りに気を配っていた。

 巨大な岩があちこちにあり、その影に隠れられるうちはゴブリンに見つかる可能性はまず無い、。ゴブリンはもともと夜行性で昼間に行動することはあまりない、だが春になると巡礼者が神殿に来ることを知っており、待ち伏せをすることはままあることなのだ。

 そして、鉱山の入り口が見えてくるとき、様々なケースを想定して作戦を立てたときに考えられる一番最悪の状況が目の前に広がっていた。


 「ホームス先生、あれは・・・ゴブリンキングですよね」 

 セトは震える声で確認するようにつぶやいた。


セト:元々テムス村の出身であったがラインフォール王国に修行に出され天界十二使徒、神官戦士長アルバートの弟子になる。村では神官戦士として自警団の団長として任務に就く


アポロ:テムス村の馬屋で馬の世話をする料理好きの青年。セトとは幼馴染である。セトが危険な任務に就く際には常に同行する。


ホームス:魔術師であり、村の教育係。天界十二使徒大賢者マーロンの弟子


ダン:ドワーフの採掘師であり、戦士、天界十二使徒聖者マーラの友人、マーラの娘マーヴェルを蘇らせる方法を探しに旅に出る。テムス村のゴブリン退治に協力する。

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